断罪その後に
王国に「弁護士」という職業が誕生してから三ヶ月。その浸透ぶりは目覚ましかった
きっかけはローズ商会の一件だった。あの日、大広間でマリーゴールド嬢の冤罪を見事晴らしたベーカー弁護士の活躍は、貴族社会に激震を走らせた
「断罪される前に弁護士を雇え」
そんな合言葉が、今や令嬢たちの常識になりつつあった。そして当然、需要に応える形で組織が生まれる。名付けて『王国弁護士協会』。会長はもちろんベーカー。会員数は三ヶ月で五十人を超えた。元御用商人、元書記官元裁判所の給仕、そしてなぜか元暗殺者までいる。経歴は様々だが、全員に共通するものが一つあった。それは「令嬢の断罪現場に颯爽と現れる」という使命感である
今日も王国のどこかで断罪の鐘が鳴ろうとしていた
【第一案件・辺境伯令嬢エリーゼの場合】
「エリーゼ、貴様は夜会で聖女の像を倒した!」
辺境伯令嬢エリーゼは広間の中央で仁王立ちしていた。彼女の腕は太かった。ドレスの袖が悲鳴を上げている。告発したのは隣国の皇子。聖女の像を倒した罪で、国外追放を要求していた
「異議あり!」
扉が開き、弁護士が駆け込んできた。名刺には「協会員第七号・セブネス」。元・石工である
「エリーゼ嬢が像を倒したのではなく、像がエリーゼ嬢に倒れかかったのです」
「なんだと?」
「証拠に、像の台座には彼女の肩の跡がくっきりと。つまり、彼女は動じずに受け止めた。むしろ像の方が彼女の筋肉に支えられていたのです」
「そ、そんな馬鹿な」
「そして、この像はもともと傾いていました。過去三年間、修繕申請が出ていながら放置されていた記録がこちらに」
セブネスは書類を掲げた。皇子の顔がひきつる。エリーゼは腕を組み、満足げに頷いた
「筋肉は裏切らない。わたくし、倒そうと思えば倒せましたわ。でも堪えましたの。ええ、堪えましたとも。筋肉は聖女を拒みません」
「それ、自慢にならないから」
セブネスが小声で突っ込んだ
【そしてある日の案件】
その日、弁護士協会に緊急の依頼が舞い込んだ。依頼主はなんと、王太子アルフレッドその人
「わ、私が断罪されそうなのだ」
「殿下が?」
ベーカーは眉をひそめた。話を聞けば、どうやらアルフレッドはかつてマリーゴールド令嬢に冤罪を着せた件で、今度は自分が糾弾される立場になったらしい。糾弾者は、マリーゴールドの父であるローズ商会会長。つまり、弁護士協会の最初の依頼人である
「殿下。それは自業自得では?」
「頼む! 弁護してくれ! 私はもう、あんな恥をかきたくない!」
ベーカーは腕を組んだ。かつての依頼人と現依頼人という、なんとも複雑な状況である。だが、彼はプロだった
「わかりました。お引き受けします。ただし、条件があります」
「なんだ。金ならいくらでも」
「料金は所定の範囲内でいただきます。ただ、殿下には今後断罪をする前に必ず協会へ相談していただきたい」
「それだけでいいのか」
「ええ。それが、平和への第一歩ですから」
翌日、大広間で新たな断罪劇が繰り広げられた。糾弾者ローズ商会会長。被糾弾者アルフレッド王太子。そして弁護人ベーカー。傍聴席には、令嬢たちが並んでいた。マリーゴールド、フラン、エリーゼ、彼女たちは口々に囁く
「殿下、今度はやられてますわね」
「自業自得ですわ」
「でも、ベーカー様がついてるから大丈夫ですわ」
そして判決が下った。アルフレッドは無罪。ただし、条件付きで「今後一切の断罪を禁止」とされた。つまり、彼はもう誰も断罪できない。安易に断罪した分、断罪する権利が事実上剥奪されたのである
「殿下。断罪するより、される側の気持ちがわかったでしょう」
「ああ。よくわかった」
「人を糾弾するなら、事実を事実として見極め、自分に恥じない生き方をしましょう。貴方も、私もそれは同じです」
その日の夕方、弁護士協会の前に一枚の張り紙が出された
『王国弁護士協会 出張相談受付中。断罪される前に、まずはお電話を。初回相談無料。令嬢も殿下も、泣き寝入りはさせません』
張り紙の前で、マリーゴールドがベーカーに話しかけた。
「ベーカー様、わたくし、弁護士になろうかしら」
「マリーゴールド嬢が?」
「ええ。筋肉は裏切らないけど、弁護士も裏切らないでしょう?」
ベーカーは笑った
「ええ。ただし、デスクワークですからね。プロテインは控えめに」
「努力しますわ」
「まずは書類の読み方から始めましょう」




