断罪その前に
王宮の大広間は今日も今日とて断罪の空気に満ちていた。金髪碧眼の王太子、アルフレッドが慈愛に満ちた目で令嬢マリーゴールドを見下ろしている。傍らには薄い桃色のドレス纏った子爵令嬢のフランが彼の腕を取っていた
「マリーゴールド。貴様の所業はもはや看過できぬ」
「わたくし、何もしておりません」
「見苦しい!」
アルフレッドが高らかに宣言する。周囲の貴族たちが息を呑んだ。マリーゴールドは淡いイエローのドレスの裾を握りしめ、俯いている。完璧な断罪の図式である。下位貴族への圧力、見過ごせない王太子による苦悩、断罪、婚約破棄。アルフレッドがさらに口を開こうとしたその瞬間だった
「お待ちください!」
大広間の扉が勢いよく開き、一人の男が駆け込んできた。燕尾服に蝶ネクタイ、手には分厚い書類を抱えている。誰も見たことのない男だった。彼は息を切らしながら、裁判官席、もとい玉座の前に進み出た
「私は弁護士のベーカーと申します。マリーゴールド嬢の代理人として参りました」
「弁護士?」
アルフレッドが眉をひそめた
「この国にそんな職業はない」
「今から作ります」
ベーカーは涼しい顔で書類を広げた
マリーゴールドが瞬く
「わたくし、あなたなんて知りませんわ」
「旦那様から雇われました。『娘が断罪される前に、弁護してやれ』と。あの、ローズ商会の会長さんです」
「お父様!?」
マリーゴールドの父は王国一の貿易商である。金の力で即席で雇ったらしい。
マリーゴールドは思った
(しかし弁護士を作るとは。そしてちょっと、遅い)
今は断罪される前ではなく、断罪途中である
アルフレッドは嘲笑った
「ふん。何を言おうと、マリーゴールドがフランにした仕打ちは変わらぬ。まず、フランの寝室に蛙を放り込んだ」
「異議あり」
ベーカーが手を挙げた
「蛙ではなく、ヒキガエルです。しかもそれはマリーゴールド嬢のペットです。フラン嬢の部屋に迷子になっただけ。悪意はありません」
「都合よく迷子になるか!」
「あの子はよく迷子になりますの」
「なるのか!」
「あの夜は心配で眠れませんでしたの」
こほん、とアルフレッドが調子を取り戻すように言った
「次に、フランの教科書を捨てた」
「異議あり」
「またか」
「殿下がおっしゃるその日はマリーゴールド嬢は迷子のペットを探しておりました。王家の護衛が確認なさっておいでです」
「また蛙か!」
「アマガエルです」
「違う蛙か!」
アルフレッドの顔がひきつった。ベーカーはさらに続けた
「そして極めつけは、フラン嬢のドレスを汚したという件。これは逆です。フラン嬢がマリーゴールド嬢のドレスにわざとワインをかけたのです。目撃者が三人います」
「なっ!?」
フランが顔を青ざめさせた
観客席から「え」という声が上がる
「受付嬢とワインソムリエと迷子課所属の方の証言です」
「蛙の?」
「迷子のお子様と手を繋いだ職員の方です」
ベーカーは静かに書類を閉じた
「以上の通り、マリーゴールド嬢に対する告発はすべて冤罪。むしろ、フラン嬢による虚偽の申告および名誉毀損に該当します。殿下、婚約破棄の前にまず事実確認をされてはいかがですか」
大広間が静まり返った。アルフレッドは唇を震わせている。やがて絞り出すように言った
「で、では、マリーゴールド。お前は何も悪くなかったのか」
「わたくし、最初から何もしておりませんわ」
マリーゴールドはため息をついた。そして、ベーカーに小声で囁いた
「お父様に、無駄遣いしないでと伝えてくださいな」
「無駄遣いではございません。これで三件目の冤罪回避ですから」
「三件目!?」
「ええ。先月も、先々月も、別の令息、令嬢から訴えられていました。すべて和解に持ち込みました」
ベーカーは自分の職務結果に満足気な顔をした
マリーゴールドは頭を抱えた。どうやら自分は、知らぬ間に冤罪の常連になっていたらしい
フランはその場に崩れ落ち「ごめんなさい」と繰り返している
アルフレッドはというと、すっかり小さくなって「では、婚約破棄はなしで」と呟いた
「殿下」
ベーカーがにこやかに言った
「婚約破棄はなしで結構ですが、マリーゴールド嬢への罰則は別途協議させていただきます。あと、殿下。先ほど『看過できぬ』とおっしゃいましたが、その発言は書面で残しておりますので」
「な、何が言いたい」
「名誉毀損で訴えられたくなければ、今後はよく調べてから断罪することをお勧めします」
マリーゴールドは思った
(この方、言質を取るまで登場を遅らせたわね)
アルフレッドは黙った。観客席から拍手が起こり、やがてそれが大広間全体に広がった。マリーゴールドは照れくさそうに俯き、ベーカーは書類を鞄にしまった
「では、私はこれで。来月の『断罪しそうな令嬢リスト』の確認がありますので」
「またわたくし!?」
マリーゴールドの叫びが大広間に響いた。フランはぽつりと「私も弁護士さんに相談します」と呟いている
アルフレッドは「弁護士、弁護士か」とぶつぶつ言いながら玉座に座り込んだ。どうやら彼も、自分の立場を弁護してもらう必要があるらしい
その日の夕方、王宮の掲示板にこんな張り紙がされた。
『好評につき、ローズ商会では弁護士派遣サービスを開始しました。初回相談無料。断罪されるその前に』
マリーゴールドはそれを見て、深い深いため息をついた。
「お父様、商魂たくましすぎませんこと?」
だが、悪い気はしないのだった




