第23話 悪役令嬢の本懐PART2
「……よし、じゃあこっちの氷上さんを撮りたい人は?」
バっと手が上がる。GUILDのメンバー5人中……5人。
小泉さんも笑顔で手を上げて……。
「じゃあ決定! 今日のPR撮影は、氷上さんを撮りまーす!」
ちょ……ちょっと! 何を勝手に……!
「ちょっと小泉さん? 選ぶ相手を間違えているのではなくて」
「へ……いやいや流石に俺が連れてきたこの子を撮りたいっすよ。俺が過去一でピンと来たモデルなんで」
「アタシじゃなくこんな女を!?」
「えーあー、俺が知らなかったとはいえわざわざ来てくれたおねえさんにはちょっと悪いと思ってるんで……。イベントTシャツ要ります? サインするっすよ」
何を……言っているの?
信じられない、冗談じゃない。
「えー? じゃあアタシらどうなんの?」
「GUILDの撮影見れるっていうから休日付き合ってんのに」
「氷上さんだっけ、あの子の撮影見学できないか聞いてみようか?」
団員まで諦め始めてる。
こんなの嘘よ!! 絶対に何かの間違いだわ!!
零が小さく声をあげる。
「あの……。そんな決め方良くないと思います……。私、撮影は志緒里さんに譲りますから……」
譲る……ですって? 零の分際で……。
「いやいや。氷上さんは撮影に参加するかわりに、俺に確認して欲しいドレスがあるって言ってたじゃん」
「それは……そうですけど……」
「俺、氷上さんが参加してくれないと見る気にならないなー」
「ううん、その件はもういいです。だから志緒里さんに——」
何それ……。
零は、何かの交換条件をつけて、渋々撮影を受けてるっていうの?
アタシはこんなに楽しみして待ちきれなかった撮影を? この女は横からやってきて『仕方なくやらされてる』と言って奪うの?
——この女は悪魔なの。
お母様が囁く。
雑誌の表紙を飾ったときもそう。かわいこぶって男をたぶらかして……。自分ばかり良い思いをして。
——躾けをしてあげなくちゃね。出来るわよね、私の可愛い志緒里ちゃん?
はい。お母様。
「零!!」
ズカズカと踏み込んで、零に向かう。
「おわっ……なんすか?」
零に洗脳されて可哀想な小泉さんを退かして。
「なんてことをしてくれたの! 全部全部台無しだわ!」
目を釣り上げて、唇をわななかせる。
——こうすれば、とても怒っているように見えるわ。上手よ。
零を許さない。許したらダメ。
今はいないお母様の代わりに、アタシが怒ってあげないとダメ。
「信じられないわ! この卑怯者! 汚れた血筋!」
力強く圧迫するように前のめりになって、怯える零を自分の影に押し込む。
——良くできたわ。じゃあ、この台本通りにやりなさい。
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志緒里「零、もうアンタとは縁を切るわ。だから、用無しはさっさと自害しなさい」
志緒里、零を強くビンタする。
鋭い爪で、跡が残るように
何度もその頬を強く引っ掻く。
両腕で零を吹き飛ばし、強く地面に叩きつける。
零、突き飛ばされ、頬から赤い血が滴る。
志緒里「あはは、これで撮影が台無しね。そうだわ、奴隷に服なんか不要よね? さあ、この場で全裸になって皆さんに詫びろ。そのまま切腹して死ね。このブス女が」
零、頭を押さえて泣く。
零、怒り狂う志緒里に何度も詫びる。
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はい。お母様。
「零、もうアンタとは縁を切るわ。だから、用無しはさっさと——」
右腕を振りかざし、鋭く磨いたこの爪で、零を————。
『————いつまでこんなことを続けるの? 零は毎週、アナタのために料理を作ってくれているのに』
操り人形じゃない、鏡の中の声がした。
そう、昨日だって、重い食材を持って、わざわざ遠い屋敷まで来て、温かい肉じゃがを作って、アタシの気に触らないよう静かに立ち去った。
アタシは、あのあと、零が残してくれた肉じゃがを食べて……。
「っ——」
咄嗟に力を弱めるが、振り下ろした腕の勢いは収まらず。手のひらが零の頬にバチンとぶつかる。
アタシも体勢を崩してしまい、零と共に倒れる。
ビリッ、と引き裂かれる音がした。
「うわぁっ!」
「いやあああ!」
傍から見れば、零を叩いた勢いでアタシが転んだように見えたはずだ。
「ううっ」
身体を起こすと足に違和感があった。
ヒザのところがスカスカ。
黒いドレスのスカートが大きく縦に引き裂かれている。
せっかく作ってもらったのに台無し……それより零は?
「っ…………」
零は横に倒れ込んでしまっている。ああ、頬に傷がなくて良かった。
無事を確認するため、アタシは零に近づこうと。
「テメーなんてことするんだ!!」
本物の激怒の表情でアタシを睥睨するのは、小泉さん。
豹変したような怒りの声をアタシにぶつけたあと、零の元に駆け寄って、優しく声をかける。
「氷上さん大丈夫? ケガはない?」
「ん……はい。大丈夫、です」
状況が飲み込めてないのか、ふらふらの零。
そして、零の肩を起こして、彼はまたアタシを睨んだ。
「……こっちも少しは悪かったと思うよ。でも、いくら自分が選ばれなかったからって……いきなり暴力を振るって氷上さんを傷つけるなんて、最低だよ! このクソ女が!」
「ちが、アタシ……。本当はこんなつもりじゃ……」
「何がこんなつもりじゃないだ!! テメーが氷上さんを殴ったんだろ!!」
いつもメディアで見ていて、すっかり大ファンになっていたGUILDの小泉さんが、剥き出しの怒りをぶつけてくる。
こんなつもりじゃなかったのに。
「うわヤバ……なんなの? ひとりでヒスって人殴るとかヤバくない?」
「最低……」
「あの子かわいそう……」
「自分があの子より可愛くないから嫉妬したんでしょ。カスじゃん」
味方であるはずの劇団員まで、アタシを蔑む。
だからもうこの場にアタシの味方はいない。
「二度と俺たちに近寄らないでくれ」
「ちが、ちがうって。アタシは今日……」
だって今日は、憧れのGUILDと楽しくPR撮影をして、その動画が表彰されて、一躍有名人になって。
それで、
『天堂院さん凄い! 親のコネでサークル長に収まってたわけじゃないんだ!』
『凄いなぁ! 本当に実力があったんだ!』
『志緒里姉さん、見直しました! 凄いです!』
『……志緒里ちゃん良く頑張ったわね。よしよし』
みんなに認めてもらって……。
落ちぶれた令嬢でも、仮初めの女帝でもない、本当のアタシになって……。
なのに、
「そうだそうだ帰れよ! このブス!」
「ひどすぎ、マジありえない」
「小泉さーん! かっこいー!」
「いいぞー! もっといってやれー!」
現実の声はこんなに冷たくて鋭い。
「あっ————」
パキッと、心が折れた音がした。
ちっぽけな仮面がティッシュみたいにクシャクシャに丸められて、投棄される。
何も考えられず、ただこの場から消え去りたくて。
アタシは破れたドレスも気にせず、気がついたら走っていた。
「あ、逃げたwww」
「団長ー! そのダッセーギラギラのドレス破れてますよー!」
「うっわパンツ見えそーwww! 恥ずかしーwww!」
もう、サークル長としての威厳も今日限りかな。
「ああ、そんなひどいこと……姉さん待って。皆さん、私は、大丈夫だから。姉さんを……!」
妹の悲しそうな声が聞こえる。
なんで、どうして?
だって、本当は、今日は、
「最高の一日になるはずだったのに……」
最後に、か細い声で、そんな弱音を吐いてしまった。
悪いのは、《《悪人》》のアタシなのにね。




