第二十九話:「資格更新、官公庁の静かなる午後」
台湾祓清愛哀歌:第二十九話「資格更新、官公庁の静かなる午後」
1.スーツと腕章
台北市役所の一角にある多目的ホール。
普段はカジュアルな格好が多い蓮も、今日は珍しく白シャツにスラックスという、少し畏まった姿でパイプ椅子に座っていました。
「……肩が凝るな。やっぱり俺は、道場か現場にいる方が性に合っている」
「我慢してください、先輩。この『祓清技能士』のライセンスを更新しないと、来月から公的な依頼が受けられなくなっちゃうんですから」
隣の席では、美鈴が退屈そうにiMacならぬ、今日は配布された分厚い「霊障対応ガイドライン:200X年度版」の資料をパラパラとめくっていました。周りを見渡せば、スーツ姿の若い男女から、伝統的な道士服の上に無理やり事務局の腕章を巻いた老人まで、台北中の「プロ」が集まっていました。
2.同業者たちの世間話
休憩時間、ホールの外の自動販売機コーナーには、缶コーヒーを片手にした祓清師たちが集まっていました。
「よう、佐藤、美鈴。相変わらずカローラで走り回ってるのか?」
声をかけてきたのは、北投エリアを縄張りにしているベテランで男性祓清師で仏教の僧侶の呉でした。彼は蓮の師匠であるウェイとも旧知の仲です。
「呉さん。ええ、相棒はまだ現役ですよ。そっちはどうです?」
「いやぁ、最近の幽霊は根性がなくていかん。昔みたいに『恨み! 呪い!』っていう分かりやすいのが減って、ネットだの携帯だの、目に見えん場所にくっつきおる。わしら古参には、美鈴ちゃんみたいなデジタル担当がいないときついわ」
呉道士が笑いながら言うと、近くにいた二十代後半のキリスト教のシスターで女性祓清師のエイミーも頷きました。彼女は美鈴の恩人でケルト魔術を美鈴に伝授したイザベラの知り合いでもあった。
「本当に。私のところも最近、マンションのエレベーターの『開閉ボタン』に憑く低級霊の除霊ばかりで、単価(寄付金)が安くてやってられないわ。美鈴ちゃんと佐藤さんのところは? 最近、西門町で大きなのをやったって噂だけど」
「あれは……後輩さんの機転がなければ、俺の剣だけじゃどうにもならなかった案件ですよ」
蓮が少し照れくさそうに答えると、美鈴が「もっと言ってください!」と得意げにVサインを作りました。
呉もエイミーも祓清の同業者であり、本業は宗教関係者であったが、祓清の先達として、二人を温かく見守ってくれている。
3.講習会の核心
講習が再開されると、壇上の林担当員が咳払いをし、モニターにスライドを映し出しました。
「……さて、今年度の重点注意項目です。最近、特定の宗教団体を装い、インターネットを通じて『呪い』の雛形を配布している組織の存在が確認されています。名称は現在調査中ですが、コードネームは――」
蓮と美鈴は顔を見合わせました。
「(……枢栄会、のことですね)」
美鈴が小声で囁きます。
「(ああ。やはり、当局も動き出しているな)」
講習の内容は、そうした人為的な呪い(呪詛)に対する法的処置や、二次被害を防ぐための封印手順など、実務的なものへと移っていきました。プロたちは先ほどまでの他愛もない雰囲気から一変し、鋭い眼差しでメモを取り始めます。台北の平穏を守るという、共通の責任感が会場に満ちていました。
4.エピローグ:日常への出口
夕方、ようやく講習が終わり、ライセンスの更新印を押してもらった二人は、市役所の大きな玄関を出ました。
「お疲れ様でしたー! 脳みそがガイドラインでパンパンです……」
美鈴が大きく伸びをしました。
「同業者と話すのも、たまには悪くないな。みんな、それぞれの場所で戦ってるんだと実感できた」
「そうですね。……あ、先輩! 呉さんとエイミーさんに教えてもらったんですけど、この近くに最近できた『豆花』の店、トッピングのタピオカがすごくモチモチしてて美味しいらしいですよ!」
「……結局、最後はそこか。まあいい、今日は一日、座学で体も固まった。甘いもんでも食べて、明日からの仕事に備えるか」
二人は夕暮れの台北の街へ、いつもの足取りで歩き出しました。
鞄の中の新しいライセンスは、明日からまた、彼らが「双霊相談事務所」として活動するための確かな証明書となっていました。
第29話、完了いたしました。




