第二十八話「光華商場の電子妖精」
台湾祓清愛哀歌:第二十八話「光華商場の電子妖精」
1.不機嫌なiMac
「……もうっ! どうしてこのタイミングでフリーズするのよ!」
双霊相談事務所に、美鈴の悲鳴が響きました。2000年代初頭の台北は、IT化の波が急速に押し寄せていました。美鈴の相棒であるiMac G4の画面には、書きかけのブログ記事ではなく、意味不明な文字列が流れては消えるという奇妙な現象が起きていました。
「壊れたのか? 買い替え時じゃないか」
蓮がソファで帰真剣の手入れをしながら、のんきに言いました。
「そんな簡単に言わないでください! この子には私の今までのデータと、魔術の術式プログラムがぎっしり詰まってるんですから。……これ、単なる故障じゃないわ。電子の海に迷い込んだ『ノイズ』が、回路を歩いてるんだわ」
美鈴は愛用のノートパソコンと、不調のiMacから抜き取った外付けハードディスクを抱え、台北の秋葉原と呼ばれる「光華商場」へ向かう決意をしました。
2.電脳の迷宮、光華商場
当時はまだ高架下にあった「光華商場」は、電子部品や中古ソフト、怪しげなガジェットが山積みにされた、熱気とハンダ付けの匂いが立ち込める電脳の迷宮でした。
「先輩、そこは踏まないで! 希少なマザーボードなんですから」
「ああ、悪い。……しかし、こんな混沌とした場所で、本当に直せるやつがいるのか?」
蓮は人混みを避けながら、慣れない手つきで美鈴の荷物を持って歩きます。
「ここには『電脳の外科医』と呼ばれる老紳士がいるんです。……あ、あそこだわ」
美鈴が指差したのは、古いCRTモニターが壁のように積み上げられた、路地の奥にある小さな修理店でした。
「荷物持ちありがとう御座います、先輩。どれくらい時間が掛かるか分からないので、時間テキトーに潰して来て下さい」
美鈴は返事を待たず店に入っていった。
3.基板の上の迷子
店の主人は、拡大鏡を片手に古い基板を覗き込んでいる、白髪混じりの無口な男でした。
「……これは、ただのバグじゃないね。誰かの『遊び心』が、回路の中で出口を失っている」
主人は美鈴のハードディスクを診断機に繋ぎました。
美鈴がノートパソコンを開き、ケルト魔術を応用した独自の解析プログラムを走らせると、画面に小さなドット絵のような光の塊が現れました。
それは、かつて大流行した電子ペットの「残骸」でした。誰かがこの中古パーツを売り払った際、消去しきれなかった愛情の記憶が、電子の妖精となって、より新しい美鈴のシステムへと逃げ込んできたのです。
「……そっか。君、独りぼっちで怖かったのね」
美鈴はキーボードを叩き、優しく術式を編み上げました。それは、魂を消し去るための「削除」ではなく、彼をより広いネットワークの海へと解き放つための「卒業」のコードでした。
「道法無辺。電子の海に、君の新しい居場所を。――リリース!」
美鈴がエンターキーを強く叩くと、iMacを苦しめていたノイズは、一筋の光となって光華商場の喧騒の中へと溶けていきました。
4.エピローグ:デジタルとアナログの境界
「……ふぅ。これで今夜にはブログが更新できそうです」
修理が終わったパーツを手に、二人は光華商場の近くの屋台で落ち合い、「阿宗麺線」を啜っていました。とろみのあるスープとカツオ出汁の香りが、疲れを癒してくれます。
「後輩さん、お前の仕事は、見えないところでの作業が多いんだな。俺の剣みたいに、振れば結果が見えるものとは違う」
蓮が感心したように言うと、美鈴は少し得意げに胸を張りました。
「これからはデジタルの時代ですよ、先輩。幽霊だって、メールやホームページを通ってくるようになるんですから。私が守ってあげないと、事務所のパソコンは一日で呪われちゃいますよ」
「それは勘弁してほしいな。……よし、今日はお礼に、事務所のLANケーブルを新しいやつに買い換えてやるよ」
「えっ、そこはもっと豪華なスイーツとかじゃないんですか!?」
夕暮れ時、2000年代の台北の空に、新しいネオンサインが灯り始めます。
デジタルと霊界が交差するこの街で、美鈴の指先は今日も誰かの小さな記憶を救い続けるのでした。
第28話、完。




