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4.無垢の破壊者


 最初に変化へ気づいたのは、俺だった。


 廊下の空気がざわつく。

 人の気配が増え、足音が重なり合い、言葉にならない音が壁越しに滲んでくる。


「……どうしたんだろ」


 亜美も異変を察したのだろう。


 換気ファンの一定の音に混じって、複数の靴底が床を叩く。

 統制の取れた移動音ではない。

 意図的に静かでもなく、完全に乱れてもいない――厄介な種類の騒がしさだ。


 直後、聞き慣れた佐々木の声を筆頭に、言い争う声が自室にまで響き渡る。


 俺は無言で一歩前に出た。

 亜美を背に庇う形で、扉と向き合う。


 状況を把握しようとした、そのときだった。


 ノックはなく、突然、扉が開いた。


「あ!アイザワ!」


 弾けるような声。


 扉の向こうに立っていたのは、モニター越しに見た少女――エマだった。

 短く束ねたツインテールが、動きに合わせてぴょこぴょこと揺れている。


 室内の状況を確認するとすぐに表情を変える。

 

「……って、ごめんごめん。オタノシミ、だった?」


 含みのある笑顔。

 状況を茶化すようでいて、相手の反応を測っている目。


 後ろで亜美が「っ!」と声にならない悲鳴をあげているが、目の前の状況に集中する。


 エマと呼ばれている少女。そして、その背後には、数名の護衛。

 一歩遅れて、女性の護衛が深く頭を下げた。


「本当に申し訳ありません。アイザワ氏に会いたいと聞かなくて……」


 言い訳の調子だった。

 だが声は抑えられており、形式は守っている。


 俺は即座に警戒を解かない。

 視線だけを、自分の護衛のほうへ投げる。


 ちょうどそのときだった。


「――エマ・ハリントン様。困ります」


 廊下の奥から、佐々木の声が届く。


 表情は抑制されているが、明確な不快がにじんでいた。


「事前連絡なしの訪問は、許可されていません」


 エマは悪びれもせず、肩をすくめる。


「ちょっと顔が見たかっただけなんだけどなー」


 廊下はより一層、騒然とした。

 護衛同士の視線が交錯し、言葉にならない緊張が漂う。


 このままでは収拾がつかない。


 俺は一歩、前に出た。


「……とりあえず」


 全員の視線がこちらに向く。


「エマさんと、護衛の方お一人。こちらは俺、五十嵐、佐々木」


「以上の五名で、中で話しませんか」


 一瞬の沈黙。


 それを破ったのは、エマだった。


「いいね、それ!」


 間髪入れず、俺の手を取る。


「ね、アイザワ。俺のことはエマって呼んで!」


 ツインテールが跳ねる。

 力は強くないが、迷いがない。


 そのままエマは遠慮などなく、室内へ足を踏み入れる。


「すみません……」


 小さく謝罪しながら、エマの護衛が続く。


 最後に、佐々木が一歩遅れて入室した。

 呆れを隠さない表情だったが、職務は崩していない。


 扉が閉まる。


 外の騒音が遮断され、室内に静けさが戻る。


 その静寂を破るように、エマが振り返った。


「ね、先にさ」


 一歩近づき、声を落とす。


「ナイショ話、しよ?」


 その笑顔は無邪気で、同時に危うかった。


 俺は何も答えず、ただ彼女を見つめ返した。

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