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災禍の魔法使いは恋慕の情には慣れていない  作者: 桜庭 暖
第1部 第1章『チープな英雄劇に立役者は二人いる』
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第20話 蜂人間と陽気なガラス玉

《数分前――巨木・女王の子供部屋》


 時はクラリスと離れ離れになったヴィクターが、蜂人間達の襲撃に遭う場面へと遡る。

 無数の羽音が三百六十度から彼を包囲し、鋭利な槍の切っ先がヴィクターへと向けられる。突撃を始めてもなお、魔獣同士が横に並ぶ間隔は常に均等。統率のとれた動きは、あらかじめこの事態を想定した訓練でもしていたかのようである。



「やはり動きは速いね。だが……なにを躊躇っているのかね。キミ達、そんなチンケな羽で飛ぶより地に足をつけて走った方が速いだろう。その全員揃って貼り付けた立派な筋肉は飾りなのかい?」



 ヴィクターがそう言っている間も魔獣の接近は止まらない。瞬きひとつ悠長にしている間にも、彼の目の前にまで迫っていた先陣は黒光りする槍を高々と振り上げていた。


 ――初めて見た時は驚いて受け止めたが、目が慣れれば避けられない速度じゃないな。それにあの魔術達の様子……焦っているのか? 明らかに卵を意識して近づけないようにしている。少し様子を見てみるか。


 ヴィクターは頭上から降ってくる槍を横に跳んで避け、すかさず横殴りに迫る槍をしゃがんで躱す。背後から飛び掛ってきた魔獣は逆手に構えたステッキで一閃――地面を起爆してやれば、抉れた土の塊と一緒に空高く吹き飛んでいった。

 彼が思った通り、蜂人間の一挙一動は初見で見たよりも目で追うことのできる速さだった。それは決して相手が遅くなったわけではない。一度見たことで見慣れてしまった――単純にそれだけのことなのだ。



『Brrrrr!』


『Brrr! Barrrr!』


「なるほど、連携攻撃か。知能はワタシが思っていたよりあるみたいだね。ひとつの獲物を集団で追い詰め狩りをする。生物の行動として珍しいものでもない。ひとつ、勝敗を決める要因があるとすれば……その方法が上手い(向いている)下手(向いていない)かだ」



 ヴィクターがそう言うと同時に、彼の頭上で金属同士がぶつかる固い音が鳴り響いた。二体の蜂人間の槍が同時に振り下ろされたことで、槍先がヴィクターへと届く前に互いの邪魔をしてしまったのだ。



「ほらやっぱり。キミ達の(それ)、密集して戦うには向いてないんじゃないか?」



 蜂人間達が顔を見合わせる。もちろんヴィクターの言葉を完全に理解したわけではないが、似たようなものだろう。

 ここまではヴィクターが優勢。とはいえ敵の数が多くていちいち相手にするのも面倒だというのが本音だ。ここは助っ人にでも手伝ってもらい、作業効率を上げるべきだろう。

 ヴィクターが指を鳴らすと、彼の前には赤と青、二つのガラス玉が現れた。赤い方がひと回り大きいが、それでも二つの玉の大きさは成人男性の拳程度。それらはまるで小鳥が戯れるかのように、互いにぶつかりコツコツ音を立てては主の周りをくるくると飛び回る。



「ほら、遊んでないで働いて。獲物は目の前だよ」



 ヴィクターが呼び掛けるとハッとした様子で、ガラス玉達は彼を左右から挟む形に整列した。

 ステッキで地面を叩けばガラスの中の水が揺れて、とぷんと赤い玉が返事をし、ちゃぷんと青い玉が返事をする。続けざまにもう一度叩いてやれば、意思を持つ二つの玉はそれぞれ別々の方向へ――今しがたヴィクターを潰し損ねたばかりの二体の蜂人間に向けて、堂々と正面から体当たりを仕掛けた。



『Barr!?』


「おお、よく飛んだ。大きい方を呼んで正解だったなぁ」



 ヴィクターはしっかり目で追えているようだが、おそらくその速さは蜂人間達すらも上回っている。まるでブレーキの効かないトラックにでも追突されたかのように蜂人間達が大きく跳ね飛ばされたのを見て、彼は小さな歓声を上げた。

 それもそのはず。三メートル近くもあるあの巨体だ。ヴィクターの予想ではてっきり数歩よろめく程度かと思っていたのだが……飛距離は十分。飛ばされた蜂人間達は壁に全身を打ち付けたところで動かなくなってしまった。


 最初の襲撃から形勢が逆転するまでに数秒もかからなかったのは、ヴィクターにとって嬉しい誤算であった。

 今の攻防の一部始終を見ていた蜂人間達は、どよめきの声を上げて囲んで間もないヴィクターから数歩距離を取る。なんと人間らしい反応だろうか。しかしそれとは対照的に、ガラス玉達はヴィクターの元へ帰ってくると、コツリとガラス同士をぶつけてハイタッチをきめた。こちらは無機物ながらに、なかなか可愛い仕草をするものである。



「さあ、次は誰が相手をしてくれるのかね。死ぬ気で止めに来てくれないと……アレ、本当に割っちゃうよ」



 そう口にしてヴィクターが指を鳴らす――瞬間、誰もが予想していなかった轟音が蜂人間達の背後から響いた。空気を震わす振動に魔獣達が振り返り、見たものは硝煙。ヴィクターの魔法の爆撃をモロに食らって、黒い煙を上げていたのは彼らが大事にしていた卵であった。

 卵の中からは、先程のような金切り声こそ聞こえない。しかしナニカが忙しなく狭い殻の中を這いずり回っていることと、人間のようなたくさんの手の平が張り付いていたこと――それだけは遠目に卵の様子を見ていたヴィクターにもよく分かった。



「もうすぐ誕生ってところか……。よかったら卵を暖めて孵化を手伝ってあげようか。それともゆで卵にでもして食べて……いや、この場合は目玉焼きか? キミ達が望むのならこのまま処理してあげてたっていいんだよ」


『――Brrra! Aarrrr!』


「はは、怒ってる。どれが気に障ったのかね。全部か」



 そもそも言葉が通じない以上、どれだけ口で煽ろうがとも卵に危害を加えられたこと以外を理由に魔獣が怒るはずも無いのだが――そんな細かいことは今はどうでもいい。

 魔獣の咆哮。蜂人間達は今度こそ連携を取るまでもなく、一体が動いたことを皮切りに残った全員がヴィクターに向けて飛びかかった。


 ――さて。本格的になりふり構わない感じか。魔獣の視線、様子、動き……アレは卵を守るためというよりも、中身が出てこないかを気にしているように見えるな。わざわざ飛んで移動をしていたのは少しでも刺激を与えないためか……


 ヴィクターがステッキを構える。



「面白いね。そうも隠されると、アレからどんなゲテモノが出てくるのか気になるじゃないか」



 近いもので視界右上から一体と、左から一体。それから正面に三体とガラス玉に映る後方の二体――ここにクラリスはいないのだ。この際処理の方法なんてどうやったって構わないだろう。

 ヴィクターが地面にステッキの石突きを打ち付けると、次の瞬間。蜂人間達の足元からはその巨体を包み込んでしまうほどの激しい火柱が次々と上がった。火力は十分。魔獣を飲み込んだ火柱は轟々と音を立てて、ツンと鼻を突く焦げた肉の臭いの不快さにヴィクターの眉がぴくりと動く。

 しかし敵も一筋縄でいくはずがなく、後続の蜂人間達は器用に火柱の間を縫って接近。そのうちの一体がヴィクターの背後で重たい槍を振り上げた。



「避けられるのも想定済みだ。問題ない」



 ヴィクターは後ろに身を翻すと、わずかに体勢を低くして自ら蜂人間の懐へと潜り込んだ。両手でステッキを支えては、魔力を集中的に流し込んだ宝飾を魔獣の胸元へと押し付ける。

 嗚呼、馬鹿な魔獣。腕を上げて、わざわざデカい的の急所を晒すだなんて――なんて愚かなのだろう。苺水晶(ストロベリークォーツ)の表面で魔力が静電気よろしく音を立てて弾ける。その熱が体表を通して心臓まで伝わると共に、蜂人間の小さな脳内には危険信号が灯された。



『Barrr! ――Brr?』



 本能的に退避を選んだ蜂人間が、とっさにヴィクターから距離を取ろうと身を引く。しかし魔獣の身体は思ったように動くことはなかった。

 これだけの美人が目と鼻の先にいれば、普通の人間ならば思わず息を呑んで硬直してしまっていたことだろう。実際蜂人間も硬直はしていたが、しかしそこは魔獣。動けなかったのは目の前の男に魅了されたからではなく、もっと物理的な理由――断りもなく、ヴィクターが体重をかけて足を踏みつけていたからに他ならない。

 ヴィクターの唇が吊り上がり、宝飾に触れている蜂人間の体表がじゅわりと音を立てる。そして。刹那――熱が、溢れた。



「BANG!」



 ヴィクターが高らかに号令を言い放った瞬間、蜂人間の胸を眩い光線が貫いた。

 分厚い魔獣の胸板にポッカリと空いた穴の先には、流れ弾によって頭を焼き切られた別の蜂人間が倒れていく姿が見える。どうやら意図せずもう一体倒すことに成功したらしい。すかさず隙を狙った蜂人間達がヴィクターの頭上から奇襲を仕掛けようとしたものの、そこはいちいち指示をせずとも二つのガラス玉が体当たりで制した。



「助かるよ。このまま他のも処理していこうか」



 素直に感謝の言葉を伝えれば、ちゃぷん、とぷんとガラスの中の液体が嬉しそうに揺れる。だが――その中に混じったわずかな異音に、ヴィクターだけがいち早く気がついた。

 コンコン、パリ、パリ。まるでパイ生地を焼いて作ったミルフィーユをフォークで叩いたかのような音だ。


 卵に、ヒビが入っている。


 殻にできた亀裂を拙い手つきで広げるかのように、芥子色(からしいろ)の指が内側から丁寧に殻の破片を剥がしている。それはまるで、小さな鳥の雛が一生懸命に殻の外へと出ようとしているかのような。まさにひとつの生命の誕生する瞬間。

 もっともそこから出てくるのはそんな可愛らしいものではなく、正体はあの無数の手の平の持ち主であり蜂人間達の主。――ちょうど今、割れた隙間から二つの目を覗かせた巨大な化け物ではあるのだが。

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