九
下った高低差を思い浮かべると登山道へ戻るには十数メートルは崖を登らなければならない。
そこまでの装備は持ち合わせていないし、仮に無理矢理登ったとして、落下して怪我でも負えば助からないかもしれない。
ひとまず考える。
山頂を目指して登ればいずれ登山道に出られるが、そもそもこの森は切り立った崖に囲われる形で形成されているようで、登る選択肢は現実的ではない。
ならば下る選択肢のみなのだが、マップを見ても黒姫山の深い森に佐古下が居る位置のピンが刺さっているだけで、どちらが麓に続くのか判然としない。
仕方ない。佐古下は溜息をついた。
僅かに舗装された道を、森へと続く道を、行くしかない。
これ以上は、と捜索を打ち切り引き返した道を奥へ進むしかなかった。
幸い森の中は人為的に舗装されたであろう道が一本伸びており、そういった意味で迷うことは少なかった。
刻一刻と日没へ向かっていく。
枝葉の隙間から明かりが零れ落ちることもなかった。
地面には鬱蒼と草木が茂っている。
ふと一箇所だけ草木が四角くくり抜かれているのが目に留まった。金属製の蓋のようなものだった。
古いマンホールだろう。それはある意味人工的な建造物や施設があることを示している。
佐古下は視線を前に戻し歩いた。
この地方では神隠しが起きている。人為的なものなのか、神による超常現象なのか。佐古下は自分の目で確認しなければ気がすまなかった。
七人目となってしまうのだろうか。
ミイラ取りがミイラになる。とはよく言ったものだ。
なぜこんなにも必死に首を突っ込んでしまうのだろう。佐古下を動かす原動力はどこからくるものなのか。
好奇心。求知心。あるいは
――追蹤。
佐古下の追憶は、丁度高校に入学する春、三月末からのものしか辿れなかった。
それ以前のものは記憶が遠くかけ離れている。このかけ離れている、という部分には佐古下自身の一人称視点で追憶できないことによる表現だった。
中学三年生以前の記憶は全て三人称のものだった。
どこか他人めいた客観的な視点として映る自らの瞳を通した記憶。テレビゲームの主人公を演じていたみたいだ。
――どうして――
これが佐古下の最初の記憶だった。いや、あるいは最後の記憶だったかもしれない。
あのときの疑問、どうして、は一体誰に向けた誰の言葉だったのだろう。
佐古下の記憶の旅はそれを探し続けていた。今でも探している。現にこうやって行動に起こしているのはこの記憶を探しているからなのだろう。佐古下はそう考えていた。
突如それは眼前に現れた。
記憶を辿り呆けていたからだろうか、それまであったらしいが、佐古下にはそれが突然霧から出現したようにも見えた。
気づけば森は僅かに切り拓かれ、大きな屋敷が佐古下の目を釘付けにした。
時刻は十八時を回り、宵の口に迫る。
佐古下は藁にもすがる思いで玄関の扉を叩いた。