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エピローグ

 スパルタ軍をテーバイ軍が打ち破った、レウクトラの戦いの約十年後の事である。


 マンティネイアの地で再び両軍は決戦に臨む事になった。


 この戦いにおいてもテーバイ軍を指揮する事になったエパミノンダスの作戦は成功し、見事スパルタ軍を退却させる事に成功した。


 だが、その代償は大きかった。


 レウクトラの戦いにおいては、エパミノンダスは敵の指揮官であるスパルタ王を速やかに討ち取る事で、劣勢を逆転させ勝利を我が手にした。だが、今回の戦いでは逆にスパルタ軍が同じ企図の作戦を実行してきたのだ。敵の攻撃はエパミノンダスに集中し、彼を守るテーバイ軍の側近たちは大きな被害を被る事となる。


 エパミノンダスは自ら武器を手にし、幾人もの敵を屠っていき、味方の兵士達を鼓舞し続けた。だが、最後には敵の槍を胸に受け、戦いの終わった今瀕死の重傷で救護を受けている。


 だが、最早エパミノンダスが助からない事は誰の目にも明らかである。エパミノンダス自身その事は十分理解していた。


「私は、間もなく冥府に旅立つであろう。軍の指揮権を引き継ぎたい。誰か、ダイファントスを呼んでくれ」


「将軍、ダイファントス様は戦死なされました」


「そうか……では、イオライダスを」


「残念ながら、イオライダス様も戦死されています」


 エパミノンダスが名前を出した者達は、皆マンティネイアの戦いの最中戦死していた。それ程の激戦だったのである。この後も、エパミノンダスはディオスドトス等の後継者にたると考える人物の名前を口にしたが、皆先に冥府に旅立っていた。


 そして、彼がもっとも頼りにしていた親友のペロピダスは、数年前に既に死んでいる。彼さえ生きていれば、マンティネイアの戦いがこれ程の接戦になる事は無かっただろう。


 エパミノンダスが名前を口にした者達は、皆彼に近しい人物で、彼の戦術を教え込まれている。エパミノンダスはレウクトラの戦いをはじめとする数々の戦いで、見事な勝利を掴んできたがこれは彼の生み出した戦術の力によるものだ。単にテーバイの国力が優れているとか、テーバイ軍の兵士が強いとかその様な単純な理由ではない。


 エパミノンダスの戦術を受け継ぐ者がいなければ、テーバイはこれまでの様な強国として戦う事は出来ないだろう。


 現に、レウクトラの戦いの後、一時的にテーバイ軍の戦果が振るわない時期があった。エパミノンダスの活躍を妬む者がテーバイの政治家には大勢おり、彼が軍を指揮できない様にしたのである。


 将軍の地位を失った彼は、一兵卒として戦った事さえあった。その際、テーバイ軍は敵の猛攻のため窮地に陥り、兵士達の求めに応じてエパミノンダスは一兵卒でありながら全軍を指揮した事さえある。


 ここで彼が死に、彼の戦術を受け継ぐ者がいなければ、最早テーバイを勝利に導く者はいないだろう。


「そうだ、シシュ……」


 ある人物の名前を思い出し、その名を口にしようとしたエパミノンダスは、途中でそれを止めてしまった。


 口にしようとした名は、シシュポスとデミトリアスである。


 シシュポスはエパミノンダスと同じくピタゴラスに連なる学問を修めており、エパミノンダスと同じような思考の元に作戦を立てる事が出来る。彼ならば、経験を積めばエパミノンダスと同様の能力を発揮してくれるはずだ。また、デミトリアスはシシュポスのパートナーであり、優れた戦士である。エパミノンダスの指揮の下、親友のペロピダスが前線で軍を率いて活躍してくれたように、デミトリアスはシシュポスの助けになってくれるはずだ。


 そして、深い愛情で結ばれた彼らなら、きっとテーバイを良い方向に導いてくれるだろう。


 だが、彼らはレウクトラの戦いの後テーバイを離れ、自由な立場で旅立っていった。彼らは二人で楽しく暮らしているはずだ。今更戦いの巷に引き戻してどうなると言うのか。


 それに、シシュポスとデミトリアスはレウクトラの戦いで活躍したが、テーバイの有力な家系に連なる者ではない。同じように有力者ではなかったエパミノンダスは、どれだけ戦いで活躍しようと有力な政治家には妬まれ、その居心地は決して良いものではなかった。この様な醜い世界に、美しい青年たちを放り込むことは躊躇われたのだ。


 エパミノンダスとペロピダス、そして彼らが所属していた神聖隊の精神を引き継ぎ、この世界の何処かで生きていき、それを広めてくれれば良いではないか。そうなれば、例えテーバイが没落しようとエパミノンダスの勝利である。


 そう思うことにしたのだ。


「将軍、今何と?」


「いや、何でもない。これ以上スパルタと戦うのは難しいだろう。講和を整えるのだ。良いな?」


「はい。その様に」


 今回の戦いでは、一応はスパルタに勝利したが、エパミノンダスの後継者がいない以上戦い続けるのは難しい。もしも今日の勝利に欲をかいて戦い続ければ、すぐに逆転されてしまうだろう。本国の欲呆けの政治家たちが余計な口出しをしない内に、それだけは避けるために指示したのだ。


 恒久的なテーバイの繁栄は諦めたが、自分が死んだ直後に滅びたのでは流石に寝覚めが悪い。出来る限りの延命処置はしたのである。


「満足のいく人生であった。敗北を知らずにしねるのだから」


 その言葉を最後に、エパミノンダスはマンティネイアの地に命を落とした。


 彼の戦いは歴史に刻まれ、現在でも各国の士官学校の教育でレウクトラの戦いは若き士官達に教えられている。


 また、彼は自分の戦術を受け継ぐ者がいないと思っていたが、それは一部間違っている。彼はテーバイに人質として来ていたとある国の王子に、戦術の全てを教え込んだ。その王子は、この後本国に帰国して王に即位する事になる。そして、エパミノンダスから学んだ戦術により、彼の国を発展させていく事になるのだ。


 その王子の名前はフィリッポス二世、彼の国の名をマケドニアと言う。


 彼の息子こそ、世界史にその名を轟かすアレクサンダー大王であり、世界の東西を繋げた彼の征服戦争は、エパミノンダスに学んだ父の教えを実践したのである。


 エパミノンダスの戦術は、世界の歴史を変えたのである。





 マンティネイアの地で、エパミノンダスが命を落としていたのと同時期の事である。


 地中海のとある島で、騒ぎが持ち上がっていた。海賊が島の集落を襲撃し、財宝や女子供を持ち去ってしまったのである。


 集落の集会所では男達が集まり、対応を協議していた。


 考えられる対応は二択だ。


 海賊を制圧するか、更に財宝を支払って女子供を返してもらうかだ。


 時間は余りない。時が過ぎれば、海賊たちは遠くに去っていき、さらわれた女子供は奴隷として売り払われてしまうだろう。


「どうもこうも無い。早く身代金を集めて、家族を返してもらおう」


「だが、そんな金は何処にあるのだ」


「なら、集められるだけの金額で、一部だけでも返してもらうのはどうだろう?」


「その一部はどう決めると言うのだ!」


 話はこの様な内容を堂々巡りしている。海賊を討伐しようと言う意見は出ない。皆、海賊と戦うのが怖いのだ。だが、とても全員を返してもらえるような金額を集めるのは無理であろう。


 この光景を、集会所の外で聞いている者がいた。この集落の代表者の息子で、ホメロスと言う。まだ十歳になったばかりの少年だ。まるで話がまとまらず、しかも臆病極まりない大人たちの会話を聞いていて彼の精神は高ぶっていた。それが頂点に達した時、集会所の中に怒鳴り込もうと入り口に手をかけた。


 そのホメロスの手を握り、押しとどめる者が現れた。


 一体何なのかと驚いたホメロスは手の主の方を見ると、はっとする様な美貌の青年が立っていた。


 少年の様なあどけなさが残っているようにも見えるし、知性を磨き上げてきた老哲学者の様にも、蠱惑的な魅力で男達を骨抜きにする男娼の様にも見える。そして、ホメロスを手を抑えるその力は凄まじく、強く握っていないのにも関わらず、全く逃げる事が出来なかった。ホメロスの抱いた印象に、百戦錬磨の戦士というものが追加される。


「何だよ、お前」


「人の名前を聞く時は、まず自分からと言いたいところだけど、この島では僕が異邦人だ。答えるとしよう。僕の名前はシシュポス。今日、この島に辿り着いた商人さ」


 そういえば、海賊騒ぎの後にまた船が辿り着いたとかで大人たちが騒いでいたのを、ホメロスは思い出した。海賊が戻って来たのか、それとも一味なのかと警戒していたらしいが、結局ただの商人だった様だ。


「何をしようとしていたの?」


「あいつら、身代金がどうのとか言っててまるで助ける気がないんだ。金を集めたってどうせ全員助けるなんて無理だ。なら、皆で力を合わせて戦うべきなんだ」


「それは、勇ましい意見だね。でも、それは子供の意見だね」


「子供だって?」


 自らの意見をシシュポスなる青年に否定されたと感じたホメロスは、シシュポスの顔を睨みつける。


「君は子供だから仕方ないけど、海賊との戦いには危険が伴う。皆が戦いが得意な訳じゃない。それでけがをしたり、死んでしまったとしたら、その家族はどうなるんだい?」


「でも、全員分の身代金なんて、無理なんだ。それじゃあ帰ってこれなかった奴は、どうなるんだよ」


「だれか、家族が捕まったのかい?」


 シシュポスが見る所、ホメロスの身なりは綺麗なものだ。島の有力者の出身だと判断出来る。ならば、その縁者の身代金は確実に支払われるはずだ。それなのに、何故この少年はこうも焦っているのか。


「友達が、さらわれたんだ。あいつの家は、父ちゃんも母ちゃんもいなくて、じいちゃんと二人で暮らしてるんだ。誰も、あいつの身代金なんて払ったりしないよ」


 そういう事かと、シシュポスは合点がいった。友達を助けたいがため、海賊との戦いを主張しようとしていたのだ。だが、彼がいくら戦いを主張したところで、大人たちを動かすことは出来ないだろう。


 そこで、シシュポスはホメロスについてある事に気付いた。


「その短剣、どうしたんだい?」


「どうって、俺も海賊と戦うのさ。俺がマルケルスを助けてやるんだ」


「そう……」


 シシュポスはホメロスの瞳をじっと覗き込んだ。ホメロスの瞳に嘘は感じられない。本気で危険を冒して友達を助けに行くつもりなのだ。


 シシュポスはホメロスを抱え上げ、風の様な速さで走り出した。向かう先は港の方だ。


「な、何すんだよ。離せよ!」


 ホメロスはシシュポスから離れようと暴れるが、ホメロスを抱えるシシュポスの手は全く揺るがない。細身に見える彼が、そんな膂力を備えている事にホメロスは驚いた。


「友達を助けたいんだろう? 気に入った。僕たちで手伝ってあげるよ」


「僕たち?」


「そう、彼と一緒なら、きっと何だって出来るさ。何ってったって、あのスパルタ王ですら倒した事があるんだから」


 シシュポスがホメロスを抱えながら乗り込もうとする船には、見るからに立派な偉丈夫が手を振って待っていた。彼の金髪は陽光に晒されて輝き、まるで獅子のような印象を与える。


 一体こいつらは、何者なんだろうとホメロスは困惑した。だが、彼らが嘘をついていたり、頼りにならない者達ではない事は、本能的に理解出来た。そして、彼らの信頼関係が普通では無い事も、ホメロスは感じ取った。


 彼らの様な関係に、自分とマルケルスも成れるのであろうか。


「さあ、海賊退治に出発だ!」


 シシュポスとデミトリアスが歴史の有名な事件に関わったのは、レウクトラの戦いだけである。その後は二人で商売をしながら旅を続けたと言う。


 だが、深い絆と信頼、そして愛情で結ばれた二人は、各地で人々を助け、人々に記憶されていく事になった。


 かつて、神聖隊と言う愛で結ばれた男達の最強部隊があった事は、輝かしい人類の歴史の一部として現代まで語り継がれている。

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