01,朱津国と蒼鳴国の争い(20/09/09改稿)
「お前が赤津の王女か……?」
「――左様で御座います」
目の前の段上で宝飾された椅子に座る年若い男が低音ボイスで聞いてくる。
声のトーンと真反対の侮蔑の様な視線が後頭部に突き刺さっているのを感じながら、蒼鳴国の皇帝陛下に頭を下げたまま返事をした。
どうして、朱津国の王女が敵国の皇帝の前で頭を下げているのか…。
それには私には一切関係もないのを前提に、国同士には訳があったので聞くほどじゃないだろうけど、一応聞いて欲しい。
* * *
それは、半年前に遡る。
一年前から蒼鳴国と朱津国で戦が行われていた。
軍事国家の蒼鳴国が、朱津国の領土までも手に入れようと大群の軍を進軍させてきたのだ。しかし、山々に覆われた朱津国が簡単に進入を許すことはなく、蒼鳴国は月日と兵糧だけが蝕まれていく。
時間を掛ければ、朱津国を手に入れる事はきっと出来るだろう。しかし、時間を掛け続けるのが得策とは言えない。
朱津国も、敵国の兵が山の麓の領土の畑で採れる新鮮な作物や、山から育まれる茸や山菜等の恵みを奪って行くのをただ見過ごしているのも我慢の限界だった。
それもその筈、朱津国は山の恵み、蜂蜜、畑で採れる作物などを隣国に売買して国財を潤していた農産業国家だったから。
これ以上、兵糧を減らしたくない蒼鳴国。
領土の作物や山の恵みを奪われたくない朱津国。
二国の気持ちは協定へと自然と流れていった。
海に面した蒼鳴国は、他国の商団から入ってくる農産物を買い付けてはいるが、高値の取引になっており少しでも金銭面を補う術が欲しかった。
しかし、それは建前で、本当は見目麗しい若い王女がいると聞きつけていた蒼鳴国の皇帝は実は王女狙いで戦を仕掛けていたらしい。
「我が主君は王女を望まれた。代わりに我が国は朱津国と商売をすると仰せです」
朱津国の国王陛下には王妃と妃嬪が十人、王子が四人、王女が二十人いた。
三日の間に嫁ぐ王女を決めるように言われたが、適齢期の王女たちは頑なに首を縦に振ってはくれない。
当たり前だ。蒼鳴国の皇帝は、六十過ぎのおじいちゃん。
エロじじい皇帝に、若くて可愛い娘を嫁がせたいと思う父親がいるだろうか。否、居る訳が無い。だけど、大切な娘を嫁がせなければ戦を終わらせる事が出来ない。
返答の期限は明日。だが王女たちが首を縦に振ってくれなければ…。
赤津の陛下は悪い結末を迎えない術を思案するが、時は一刻一刻と削られ決断は間近に迫られていた。
「そういえば、悪魔の子がいましたね…」
その時、王太子がさも今思い出したように呟いたのだった。その言葉を聞いた途端、陛下は驚いたように立ち上がるも直ぐに自らの行動に気付いて気を取り直して座り直した。
肘置きに腕を乗せながら王太子を見遣る陛下だったが、内心は動揺し戸惑いに満ちていた。
「何を驚いているのですか?あの娘は悪魔の子と呼ばれておりますが陛下の寵妃が産んだ子。私の可愛い妹たちの代わりに老人に嫁がせましょう。もし、悪魔が嫁いだ事で蒼鳴国が傾くことになってしまっても私たちには関係ありませんからね?」
王太子の言葉は、人を人と思っていないような残酷さを滲ませていた。それほど嫌悪を示す理由が、悪魔と呼ばれる子にはあるのだろうか。
陛下は、王太子の言葉に悪魔と呼ばれた娘の母親だった最愛の女性を思い出していた。




