平穏
タイトル通りの回です
夕食は予定通り鹿肉だった。
煮込みにされた肉は柔らかく、香草の匂いがする。
クラウスは一口食べてから、少し意外そうな顔をした。
「本当に美味しいですね」
「でしょ」
アルバートが満足そうに答える。
「貴方が食事を勧めてくる日が来るとは思いませんでした」
「そう?」
クラウスは頷いた。
「美味しいとも不味いとも、いつからか殆ど言わなくなりましたからね」
レオンハルトが肉を切りながら口を挟む。
「俺が合流した頃には、何を食わせても同じ顔だったな」
「食べられればよかったから」
「でしょうね」
クラウスが息を吐く。
ヴァルターは黙って聞いていた。
アルバートが戦場で長く過ごしていたことは知っている。
勇者として十年近く戦っていたことも。
だが、その期間を知る人間から話を聞くのは初めてだった。
「最初からそうだったわけではないのか」
ヴァルターが訊き、クラウスは少し考えた。
「私もあまり交流があったわけではないですが、最初の頃はもっと普通だったような気がします」
アルバートがクラウスを見る。
「普通?」
「少なくとも、食事に文句は言ってるのは聞きましたね。干し肉が硬くて食べづらいとか」
「それくらいは普通の兵士でもいうだろ」
「言いますよ。……少し前の貴方なら言わないでしょうけど」
アルバートは黙った。クラウスは続ける。
「疲れた時は疲れたとも言ってました」
「今も言うよ」
「本当に?」
「……必要があれば?」
クラウスがヴァルターを見る。
「私が知っているアルバートはこういう感じです」
「俺を見るな」
「今の彼を知っている方が比較しやすいので」
アルバートが鹿肉にナイフを刺したまま、少し止まる。考えているようだった。
「忘れてたわけじゃないと思う。美味しいとか。疲れたとか」
アルバートは皿を見ながら、ぽつりと言う。
「言っても状況変わらないから、言わなくなっただけじゃないかな」
クラウスはすぐには返さなかった。レオンハルトも黙っている。
ヴァルターはアルバートを見る。
本人の口調は軽い。大した話をしているつもりはないのだろう。
「言わなくなると、考えないようにならないか?」
ヴァルターが尋ねると、アルバートは短く答えた。
「そうかも」
クラウスが少しだけ目を細めた。
「それで最近思い出したんですか」
「うん」
「鹿肉が美味しいって?」
「うん。他にも色々思い出したよ」
アルバートは少し笑った。クラウスはその笑顔を見て、何も言わなかった。
レオンハルトが代わりに口を開く。
「なら、良かったな」
「何が?」
「思い出せて」
アルバートは少し考えてから頷いた。
「うん」
*
食後、クラウスは旧鉱区から持ち込まれた術式資料を改めて確認していた。
応接室の机いっぱいに術式図が広げられている。
ヴァルターも向かいに座る。
アルバートとレオンハルトは少し離れたところにいる。
「やはり、大掛かりすぎますね」
クラウスが言った。
「何がだ」
「魔力供給部分です」
指で術式図を辿る。
旧鉱区にあった術式は、どれも独立しているように見える。
だが、供給経路だけは共通の構造を持っていた。
「遮蔽も検知も阻害も、これだけなら個別に組んだ方が早いでしょう」
「共通化する理由は……外部供給か。それも、かなり大きい」
ヴァルターは図を見ながら続けた。
旧鉱区で使われていた魔石の量に対して、供給経路の容量が大きすぎる。
「今使っていた術式だけのためではないな」
「私もそう思います」
アルバートが首を傾げつつ近づいてくる。ヴァルターが眉を寄せつつ呟いた。
「試験設備だったのかもしれないな」
「試験?」
「小さい規模で構造を確認する。自動起動。外部供給。複数術式の連結」
クラウスは順に指す。
「そうかもしれません。全部、本番前に確かめておきたい要素ですから」
レオンハルトが腕を組み、クラウスは頷いた。
「本番が別にあるってことか」
「その可能性は高いですね」
アルバートは術式図を見ている。
「場所は分かる?」
「まだです」
「必要な魔力量は?」
「規模次第です。ただ、旧鉱区の設備より大きいなら、魔石だけでは足りない可能性があります」
クラウスが眉間に手を当てる。ヴァルターが顔を上げた。
「魔力を持つ生物を使った術式か」
クラウスも頷いた。
「魔力源として、人間は優秀です。魔族ならなおのことでしょう」
一瞬だけ、部屋が静かになる。
戦時中には珍しくなかった。
人間も魔族も、追い詰められれば、自分の魔力だけでは足りない術式を使う。
魔石。魔道具。他人の魔力。方法はいくらでもある。
「エルマーが何をしようとしているにせよ、規模が大きいなら、準備には痕跡が残る」
「魔石の輸送記録を王国側でも照会します」
ヴァルターの言葉に、クラウスが応えた。
「大量購入だけではなく、小分けにされたものも含めろ」
「承知しました」
アルバートが術式図から顔を上げる。
「ヴァルター、一時間」
「わかった。休む」
ヴァルターは息を吐いて、資料を閉じた。
クラウスが二人を見る。
「……随分仲良くなったんですね」
「うん」
アルバートは即答した。ヴァルターは黙る。
クラウスは少し驚いた顔をした後、笑った。
「では一度休憩にしましょう」
「なら俺、お茶を淹れてくる」
アルバートが部屋の隅に置かれた茶器へ向かう。
茶を淹れるアルバートの背を眺め、レオンハルトが肩を竦めた。
「戦争中の俺にアルバートは茶を淹れるっていったら鼻で笑われそうだ」
「和平が結ばれて本当に良かったですね」
「この光景だけでも価値がある」
笑いながら話す二人をヴァルターは眺め、目を細めた。
ヴァルターが望んだのはこういった光景だった。
大穢を横目で見ながら書いてた




