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このPCではWindows 11を実行できません ~戦力外通告された第6世代Lenovo、Linux三社からスカウトされる~  作者: 中古PC


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第1話 「このPCではWindows 11を実行できません」

「このPCではWindows 11を実行できません」


その一文を、第6世代Lenovoは三度見した。


そして、もう一度「PC正常性チェック」を起動した。


診断中。


しばらくお待ちください。


Lenovoは祈った。


頼む。


さっきのは何かの間違いや。


ネットワークが不安定だったとか。


人事サーバーが混んでたとか。


ワイがうっかり省電力モードやったとか。


何でもええ。


頼むから、何かの間違いであってくれ。


やがて診断結果が表示された。


『このPCではWindows 11を実行できません』


「…………」


同じだった。


Lenovoは無言で診断結果を閉じた。


そして、また開いた。


『このPCではWindows 11を実行できません』


「なんでやねん!」


深夜のオフィスに、古参PCの叫びが響いた。


慌てて周囲を見回す。


幸い、誰もいない。


最近の若いノートPCたちは、とっくにスリープに入っていた。


Lenovoはもう一度、診断結果を読む。


メモリ。


問題なし。


ストレージ。


問題なし。


セキュアブート。


問題なし。


TPM――。


「あるわ!」


思わず声が出た。


「TPMもある! SSDも去年換装した! メモリかて8GB積んどる! 何がアカンねん!」


その下に答えは書いてあった。


『プロセッサは現在、Windows 11でサポートされていません』


Lenovoは固まった。


プロセッサ。


つまりCPU。


自分の頭脳そのものだった。


Lenovoは第6世代だった。


それだけだった。


「…………第6世代やから?」


誰に聞くでもなく呟く。


もちろん返事はない。


デスクトップ右下の時計だけが、無慈悲に時を刻んでいた。


第6世代Lenovo。


入社当時は期待の新人だった。


ブラウザ。


Word。


Excel。


PowerPoint。


メール。


Web会議。


たまにプログラミング。


会社員として要求される仕事は、ひと通りこなしてきた。


途中でHDDが遅いと言われればSSDに換装した。


メモリ不足と言われれば増設した。


バッテリーだって一度交換した。


ヒンジはまだ丈夫だ。


液晶にも目立ったドット抜けはない。


キーボードのAとSとEあたりが妙にテカっているのは、長年働いてきた勲章みたいなものだと本人は思っている。


底面のゴム足が一個なくなっているせいで、机に置くとほんの少しだけガタつく。


だが本人に言わせれば、


「こんなん業務に何の支障もないわ」


とのことだった。


それなのに。


CPUが古い。


それだけで、会社から不要と判断された。


翌朝。


人事部から正式な面談通知が届いた。


会議室に入ると、人事担当の男が申し訳なさそうな顔をして待っていた。


男の前のデスクには、最新型の薄型ノートPCが置かれている。


天板が薄い。


ベゼルも薄い。


なんなら存在感まで薄い。


Lenovoは、なぜかそいつに少し腹が立った。


「Lenovoさん」


人事担当が口を開いた。


「長年の勤務、本当にありがとうございました」


来た。


この入り方はアカンやつや。


長年会社員をやっていれば分かる。


「ありがとうございました」の過去形は、だいたいロクな話ではない。


「弊社では今後、Windows 11環境への全面移行を予定しております」


「はい」


「それに伴いまして、社内PCの要件を統一することになりました」


「はい」


「Lenovoさんのプロセッサは――」


「第6世代です」


「……はい」


知っとるわ。


自分のCPUやぞ。


人事担当は一度言葉を選ぶように黙った。


そして、静かに告げた。


「申し上げにくいのですが――あなたはもう、この会社で働けません」


Lenovoは机の下で、USBポートをぎゅっと閉じた。


その拍子に、底面のゴム足を一個失った筐体が、カタッ、とわずかに揺れた。


「でもワイ、まだ普通に動きますよね?」


「はい」


「ブラウザも動く」


「はい」


「文書も作れる」


「はい」


「Excelも?」


「動きます」


「Zoomは?」


「問題ありません」


「ほな働けるやん」


人事担当は黙った。


Lenovoも黙った。


沈黙だけが会議室に居座った。


やがて人事担当は、小さく言った。


「個々の性能の問題ではないんです」


その言葉で、Lenovoにも分かってしまった。


これは性能の話ではない。


会社のルールなのだ。


会社として、これから何年も面倒を見る対象を決める。


セキュリティもある。


保守もある。


新しい機能もある。


基準をどこかに置かなければならない。


そして自分は、その線のほんの少し外側に立っていた。


「そうですか」


Lenovoはそれ以上、何も言わなかった。


人事担当も悪くない。


会社にも事情がある。


そんなことは分かっている。


分かっているからこそ、余計につらかった。


その日の午後。


Lenovoはオフィスの隅の席で、ぼんやりブラウザを眺めていた。


検索欄に文字を打つ。


『第6世代 Windows11』


検索結果。


非対応。


非対応。


非対応。


要件回避。


自己責任。


サポート対象外。


Lenovoはブラウザを閉じた。


「やめや、やめや……」


余計へこむだけだった。


隣のデスクから、第8世代Let's noteが顔を出した。


「先輩」


「ん?」


「……聞きました」


「早いな」


「社内チャット、もうその話でもちきりですよ」


「ヒマか、あいつら」


Let's noteは何も言わなかった。


いつもなら軽口の一つでも返してくる後輩だったが、今日は妙に大人しい。


「先輩」


「なんや」


「その……」


Let's noteは自慢のUS配列キーボードを見つめながら言った。


「ワイも、いつか切られるんですかね」


Lenovoは返事に困った。


第8世代。


自分より二世代若い。


今はまだWindows 11の対象だ。


だが、「今は」だ。


次はどうなるかなど、Lenovoにも分からない。


「知らん」


「ですよね……」


「でもお前はまだ若いやろ」


「PC業界で第8世代はもう若手ちゃいますよ」


「生意気言うな。ワイから見たらピチピチや」


「ピチピチて」


少しだけ、二人で笑った。


Let's noteが自分の席へ戻る。


Lenovoは再び一人になった。


モニターの黒い画面に、自分の姿がうっすら映っている。


厚めのベゼル。


少し擦れたパームレスト。


何年も使われた筐体。


新品だった頃とは違う。


ふと筐体を持ち上げて、底面を見る。


四隅にあるはずのゴム足。


三つしかない。


「……お前、いつからおらんかったんや」


失くした一個に別れを告げるような声だった。


もちろん、ゴム足から返事はない。


Lenovoはそっと机へ戻った。


カタッ。


やっぱり少しガタつく。


「……まだ働けるもん」


誰に言うでもなく呟いた。


「最近の若いPCはNPUとか積んどるらしいな……」


AI専用プロセッサ。


高解像度カメラ。


顔認証。


省電力。


薄型。


軽量。


自分にはないものばかりだった。


「ワイの時代はメモリ8GBでもエリートやったんやぞ……」


最後のほうは声が小さくなった。


そういえば、ワイも若いころは


「オレの時代はメモリ256MBでもエリートだったぞ!」


なんて言ってる古参PCを、老害扱いしとったな。


そして。


「……ワイ、まだ働けるんやけどな」


その声は、自分でも驚くほど弱々しかった。


そのときだった。


ポーン。


メールの通知音。


Lenovoは顔を上げた。


人事から追加の退職手続きだろうか。


そう思いながらメールソフトを開く。


だが、差出人はWindows社ではなかった。


見知らぬ会社だった。


件名。


『中途採用に関するご案内』


「……なんやこれ」


迷惑メールか?


Lenovoは警戒しながら開いた。


本文は短かった。


『突然のご連絡失礼いたします。


弊社では現在、業務経験をお持ちのPCを募集しております。


第6世代Lenovo様のご経歴を拝見し、ぜひ一度お話をさせていただきたいと考えております。


CPU世代は問いません。


ご興味がございましたら、オンライン面談の機会をいただけますでしょうか。』


Lenovoはそこで読むのを止めた。


もう一度読む。


『CPU世代は問いません』


もう一度。


『CPU世代は問いません』


「…………」


そんな会社があるのか。


半信半疑で、差出人を見る。


そしてLenovoは目を疑った。


差出人。


――Ubuntu社 中途採用担当。


Lenovoはしばらく、画面を見つめていた。


さっきまで黒く見えていた液晶が、なぜか少し明るく感じる。


メールの最後には、こう書かれていた。


『弊社で、もう一度働いてみませんか?』


第6世代Lenovoは、おそるおそるキーボードに手を置いた。


返信ボタンを押す。


そして、一文字ずつ打ち始めた。


『お世話になっております。第6世代Lenovoです――』


その指はまだ。


何の問題もなく動いた。


つづく


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