バンドマン住職殺人事件
庫裏の横に建つスタジオの床に横たわる住職は、手に使い込まれたドラムスティックを三本握りしめて事切れていた。頸部には索状痕がくっきりと残っているのを、確認した。
署の刑事課長に連絡を終えた狩谷警部補は、外に出ると事情を聴かれている、住職の妻と若き修行僧の傍に歩み寄った。
(あの住職、えらく若い嫁を貰ったもんだ。嫁と修行僧は、ほぼ同い年じゃないのか?)
部下の浜村巡査長の質問に毅然とした態度で応じる妻を見ながら、狩谷警部補は思った。
(それに比べてアイツはどうだ?顔面蒼白で、怯えてやがる)
妻の横に立つ修行僧は血の気を失っており、今にも倒れそうだった。なぜ、そこまで動揺しているのか?
発見者であり通報者でもある住職のバンドメンバーは2人の横で怒りに身を震わせており、修行僧が口を開くたびに「ハッキリ喋れよ、小坊主!」と怒声を浴びせる。
あれじゃ、いっそう動揺して話せなくなってしまう。
聴取を終えた浜村から報告を聞いたあと、殺人事件であり本部から捜査一課の刑事が来る事を告げる。
「外出なされず、庫裏でお待ち頂けますか」
「刑事さんは、どう思われます?」
あとを地域課巡査に任せて、不審者の目撃情報がないか聞き込みに向かおうとした狩谷警部補の背に、妻が声を掛ける。
「はぁ」気の抜けた返事をすると、振り返って妻と向きあった。
「あくまでも警察官でなく、個人としての見解ですが」
ちょっと馬鹿な事を言って修行僧の気分を換えてやろうと、狩谷は考えた。絶対に他の奴には呆れられるのは、充分承知の上で。
「住職は手にドラムスティックを三本握っておられます。もしも、もしもそれがダイイングメッセージだとしたら、したらですよ?」
目線を妻から修行僧に向けて、言葉を続けた。
「スティックを棒と考えると、三本の棒でボウサン。新品のスティックも有るのに、古いモノを掴んだ事に意味があるなら、コかもしれません」
狩谷警部補と修行僧以外の面子が呆れた表情を浮かべたが、気にもとめず言葉を続ける。
「という事で、コのボウサン。こ坊主。住職は修行僧のあなたを示そうとしたのではないか、と」
言い終えると、通報者が「ふざけた事を抜かすな!」と喚き警部補に掴み掛かろうとしたが、浜村巡査長が鍛えた大胸筋を盾にして狩谷警部補と通報者の間に割って入り、宥めにかかる。住職の妻は呆れを表情に表していたが、修行僧は幾らか呼吸が荒くなり、目が泳ぎだした。
「馬鹿な話で申し訳ないです。詳しくは捜査一課の・・・・・・」
「ああっ」
狩谷警部補が言い終わる前に、修行僧が悲痛な声を上げて膝を折り、地面に倒れ込んだ。
「大丈夫ですか!」
伏せた身体を仰向けて抱き抱えた警部補の腕に身を預け、蒼白な表情で虚空を見つめながら、「私が殺しました。私が住職を手に掛けたんです」
修行僧の突然で思わぬ告白に、通報者が驚きの声を上げた。
狩谷警部補は修行僧が虚空に何を見ているのか知りたくて、視線を辿り振り返った。
視線の先には、禍々しい表情で修行僧を睨みつけている、住職の妻の姿があった。
庫裏に移動し詳しく問い質したところ、住職が高齢であり夜の営みが久しく無い事・世代差による価値観の違いに悩まされた妻が、自身に好意を寄せる修行僧と関係を結び続けた末に、住職を排除したのちに修行僧を新たな住職として迎えよう、と計画した末の犯行であったとの自供を得て、妻と修行僧を緊急逮捕するに至ったのである。
「馬鹿なダジャレのつもりだったのにねぇ」
つまらない事で解決する事もあるんだよ、と狩谷警部補は真顔で言った。