生贄でしょうか? 【フレリア】
「じゃあ頼んだよ、フレリア。男爵にはいつもお世話になっているから、粗相のないようにね」
お父様が私の髪を撫でて優しく微笑む。タギー男爵とお父様は一緒に事業をしていて、男爵のお陰で損失を出さずに済んだと何度も言っていたから、お父様は彼を信用しているようだ。
数年前のあの日の事を誰にも言っていないし、知らせるつもりもなかったから、お父様を上手く誤魔化せる理由がすぐに出てこない。あぁ、こういう時に頭がよく回ればいいのにと思う。
「姉さん?僕も一緒に行こうか?」
様子のおかしい私を見てライリーがこちらを伺う。
「駄目!もう夕方も過ぎているのに、絶対に駄目!夜はお化けが出るんだから!」
「…お化けはともかく、夜が危ないのは姉さんも一緒じゃないか」
「駄目ったら駄目!ちゃんとお留守番していて!」
ライリーを連れてなんて行けない。あの変態に私の大事な人を触らせる訳にはいかないもの。マークスは何か用事が出来たみたいだから大丈夫だけれど、ライリーと一緒に行くなんて絶対駄目だ。
「それじゃマークスが戻って来てから一緒に行けばいいんじゃない?」
ライリーが肩をすくめながら代替案を出す。
「駄目よ!マークスを夜に連れ回すなんて…!」
「…姉さん、いい?マークスはもう独り立ちしている十八の男だよ?しかも岩山のような体格の。あの巨体が夜だのお化けだのに怯える訳ないだろ?しかも戻ってくるまで待つようにマークス言ってなかったっけ?」
大きなため息をつきながら、ライリーが言う。
「本当だわ!マークス、戻ったら一緒に行くって言っていたわね。どうしましょう…」
「だろ?だからマークスが戻ったら一緒に…」
「今すぐ行って来なくちゃ…!」
「何でそうなるんだよ」
後ろの方でライリーが何か言っているけど、すぐ行かなくちゃ。マークスと一緒に行って、彼が目をつけられでもしたら大変だ。マークスは確かに体は大きくなったけれど、心は幼い時から変わらず清く美しい。あの変態男爵に言い寄られでもしたらきっと拒否なんて出来ない。考えるだけで身が震える。
私はガーゼなどの医療品と医療書を鞄に詰め込んですぐに部屋を飛び出した。
もしかしたら本当に体調が悪いかもしれない。確認して本当だったら医療に携わる者として手当をしなければいけないし、嘘だったらさっさと帰ればいいんだ。どちらにしてもさっさと済ませて帰れば皆んな守れる。よし、完璧。
飛び出して、はたと思い立ち玄関ホールからライリーに向かって叫ぶ。
「ライリー!もし私が帰って来なくても、適当に帰ってくるからマークスには来ちゃ駄目って言っておいてね!行ってきまーす!」
バタバタと走って出発した私に、ライリーが何か言っていたが聞こえなかった。
もう何も出来ない小娘じゃない。体だって大きくなったし、何かあれば逃げればいい。うん、大丈夫。大丈夫だ。
でも
やっぱり少し怖い。だけど自分が行く以外に宝物達を守る方法が思いつかないんだもの。もしかしたらタギー男爵が改心している可能性だってあるし、良からぬ事を考えていたら懲らしめてやろう。よし、やるしかない。
私はまた悪魔と対峙する為に、薄暗い街を急ぐのだった。




