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13、イーヴォとニコが海賊船に乗っているわけ

 俺は甲板に置いたビーチチェアの上でひとり、竪琴を奏でていた。大きな帆が陰を作り、潮風が俺の額を撫でる。


 波間へと消えてゆく竪琴の音色に耳を澄ましていると束の間、レモと姉ちゃんの心配から思考が離れて心が静かになる。


 船べりから釣り糸を垂らして魚を釣っている親子もいれば、色の違う貝殻を並べた樽を囲んで一喜一憂しているオッサンたちもいる。盛り上がり方から見るに彼らのゲーム――いや、賭け事なんだろう。


 マストの下ではニコが年配の男たちに指示を受けながら、帆の向きを調節しているようだ。若者がいないから重宝されているらしい。


 海からひときわ強い風が吹きつけると全ての帆がいっせいにバタバタと音を立て、背中にたらした俺の銀髪も、ふわりと舞い上がった。


「乾いたかな」


 片手で確認する。精霊力で出した真水で洗い、纏熱風(ヴェントカルド)で大まかに乾かしたあと、自然乾燥させていたのだ。熱風を出す魔法は便利だが、南の海で使うと暑くてかなわない。


 俺は竪琴を魔法陣の描かれた布に包んで亜空間収納(マジコサケット)にしまい、立ち上がった。伸びをして、船べりに近づく。何気なく海を見下ろして――


「キャー!」


 俺は反射的に叫び声をあげていた。なぜか降りたままになっている縄梯子から、黒ずんだ緑色のかたまりが登ってくるのだ。


「へ、へ、変な生き物が――」


「ジュリアちゃん、僕が倒してあげます!」


 マストの下でニコが大声を出した次の瞬間、


「た、助けてくれぇぇぇ」


 彼は骸骨の描かれた帆と一緒に高速で浮かび上がり、マストの最上部まで吊り上げられてしまった。途中でロープから片手を離すとああなるのか? 


「どうした姫さん!?」


 年配の男が駆けつけてきて、俺は魔物と対峙していたことを思い出す。


 おっちゃんはどさくさに紛れて俺を抱き寄せながら、ひょいと海をのぞいた。


「ああ、イーヴォのあんちゃんだな。今日も海藻採りに精を出しているようだ」


「イーヴォ!?」


 よく見ると縄梯子を登ってきたのは、頭から大量の海藻をかぶったイーヴォだった。


「姫さん涙目になっちまってかわいそうに。イーヴォとは幼馴染なんだろう?」


「違います」


 即答した俺に気付いたイーヴォが、


「俺様のジュリア、冷たいじゃねえか!」


 叫びながら飛びついてくる。一歩引いてかわすと、


 ビタァァァンッ!


 イーヴォは甲板に激突した。がばっと顔をあげると明らかに鼻がつぶれている。


「俺様、たくさん海藻食べてフサフサになるからな! 結婚式を楽しみにしていてくれよっ」


 まさかのウインクを飛ばしてきた。お前いつからそんなキャラになった? いやそれより、いつの間にかクロリンダ嬢と結婚式を挙げるところまで仲良くなっていたとは。


 甲板にあぐらをかいたイーヴォは、ユリアのように生のまま海藻に食らいつきながら、俺を眺めまわした。


「俺様のジュリアは何を着ても似合うなあ。パステルカラーも可愛いぞ!」


 そう、俺が着ているのはいつもの白い服ではない。女性たちから「女の子が磯臭いなんてだめよ」と注意され、着替えるように火大陸の服を渡されてしまったのだ。もとは極彩色に染色されていた布だろうが、今は色あせてイーヴォの言う通りパステルカラーに見える。


 せっかく着替えるなら、というわけで俺は精霊力で出した真水を全身に浴びた。俺が着てきた服は青空の下、甲板に張られたロープに並んで(ひるがえ)っている。その下ではようやく起きてきたユリアが、ニコをマストから降ろす船員たちを手伝っていた。


「大丈夫だったかい、ジュリアちゃん!」


 甲板に足が着くなり、ニコが駆け寄ってきた。だがすぐに魔物の正体に気付いたようだ。


「――ってハゲ坊主のイーヴォさんか」


「海坊主みたいに言うんじゃねえ!」


 立ち上がったイーヴォが殴り掛かろうとするが、


「うおっとー!」


 足元にぶちまけてあった海藻を踏んで、ぬるりとすべった。また、したたかに鼻を打ち付けたイーヴォの後頭部と、目を輝かせて俺を見つめるニコを眺めながら、俺は疲れた声で尋ねた。


「なんであんたら、ここにいるんだよ?」


「髪の毛を探す旅に出たんだよね!」


 ユリアがイーヴォを見下ろして、元気な声で断言した。


「ちげーよ」


 起き上がったイーヴォが鼻をさすりながら不機嫌な声を出す。ユリアは納得したらしく、まじまじとイーヴォの輝かしい頭を見下ろした。


「髪の毛はあきらめたんだー。本当の勇者じゃないと抜けないのかな?」


 ん? イーヴォは偽物の勇者だから髪の毛が抜けたのか? 俺が混乱しているとイーヴォが言い返した。


「あきらめてたら海藻食ってねぇっつーの!」


「ほらね」


 ユリアがしたり顔で俺を見るが、会話のレベルが高すぎてついていけない。俺は理解することをあきらめて話を戻した。


「確かあんたら、クロリンダ嬢の護衛としてエドモン第二皇子に雇われてたんじゃなかったか?」


「護衛という名の愛人はイーヴォさんだけ」


 ニコがさらりと答える。


「愛人って言うなぁぁぁっ!」


 イーヴォは絶叫した。どうやらトラウマになっているようだ。ニコは微塵(みじん)も気にしていないようで、


「おいらはイーヴォさんが逃げないよう、見張る役目を仰せつかってたんだ」


 へらへらと状況を説明した。


「で、現実には二人して海の上にいるんだが?」


 眉をひそめる俺に、ニコは頭をかいた。


「おいらイーヴォさんに殴られて、無理やり連れ出されちゃった。てへっ」


 相変わらず主体性がないのはニコらしさである。


 イーヴォは海藻を裂きながら、苦難の旅路について語った。


「夜中に帝都を抜け出したんだ。港まで逃げて、桟橋に係留してあったロープを切って、奪った小舟で夜の海に漕ぎ出したのさ」


 息を吸うように犯罪を重ねるイーヴォ、変わってねえなあ。


「海岸線を東にたどっていけば、多種族連合(ヴァリアンティ)自治領に帰れると思ったんだが、流されて沖に出ちまった。漂流してたところを『赤きウム族の希望』に拾われたってわけよ」


 語り終わったイーヴォがかつての癖で、今は亡き前髪をかき上げようとしたところで、 


「大変です、姫!」


 オッサン船員の声が響いた。


「俺は姫じゃない!」


 すかさず訂正すると、


「だって歌姫ちゃんって呼ぶの、長くてまどろっこしいんだもんなあ」

「船の上で優雅に竪琴なんざ奏でてるあたり、行動が姫だもんなあ」

白銀(しろがね)のロングヘアを潮風になびかせて、ひとり海を見つめて歌を口ずさむって、いかにも姫だよなあ」


 顔を見合わせる船員たちに俺は反論できない。


「それより姫、大変ですぜ! 北から海賊船らしきシルエットの船影が近づいてくるんです!」


 ええーっ、本物の海賊が出た!?

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