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10、冒険の旅に出る決意

 親父の仕事を手伝って、村で採れた山菜を下の漁村まで売りに行った帰り道、


「父さんは冒険者やってた頃、聖ラピースラ王国って行ったことあるの?」


 村まで続く坂道を登りながら、俺は前を歩く親父に尋ねた。


「あー通ったことならあるぜ。なんでだ?」


 父は珍しく言葉をにごした。普段は冒険者時代の話を振ると饒舌になるのに。


「ん、神父様の歴史の授業で出て来たから、ちょっと気になっただけ」


「ああ、百五十年前だっけ、いやもっと前か。戦があったんだろ」


「今は仲いいんでしょ?」


 父さんは三歩か四歩、黙ったまま坂道を登ったあとで、口を開いた。


「あの国はさ、今でも大聖女ラピースラとかいうのをあがめてるんだが、俺たちから言わせりゃあ聖女でもなんでもないんだよ」


「へえ。どうして?」


「あいつらの教義だと、千二百年前に凶暴な水竜を封じたとか言うんだけどさ、俺たち精霊教会の教義だと水竜様ってなぁ水の精霊王なわけよ。生きるのに欠かせない水を司り天気を操る、ありがたい存在なんだ」


「しかも俺たちの祖先なんでしょ?」


 父さんは機嫌の悪そうな声で、ああ、と短く答えた。


「なんかやだね」


 木々の間から海のきらめきを見下ろしながら、俺は伝承の内容を思い出していた。


「その大聖女ラピースラって、黒巫女ラピースラって呼ばれてたりする?」


「分からねえな。でも黒巫女ってほうが合ってると思うぜ。俺たちにとっちゃあ」


「俺たち竜人族には、千二百年前に起きたことって歴史として伝わってないの?」


 父さんは大きな手でボリボリと頭をかきながら、俺の問いに答えた。


「昔の竜人族は、文字を持たない種族だったらしいぞ」


 書き残されずに、叙事詩や吟遊詩人の歌の中だけで語り継がれてきたってことか。


 頭の中であれこれ考えを巡らせていたら、我が家に着いていた。


「ジュキお前、自分の中に入り込んでることがあるから気をつけろよ」


 父さんが俺の頭を力強く撫で、髪をぐしゃぐしゃにした。手櫛で梳かしていたら、


「なに色気づいてんだ」


 と笑われる始末。俺はむすっとしたまま家に入り、共同井戸のある中庭にかごを置いた。井戸で手を洗ってから、夕飯の支度をしている母さんとねえちゃんを手伝って、食器を二階のテラスまで運ぶ。暑い季節はいつも、うちの家族は屋根の上に作ったテラスで食事を取っていた。俺が生まれる前に、父さんが木材を手に入れてこしらえたそうだ。


「ねえねえ父さん、古代神殿の奥に眠る白き竜って知ってる?」


 俺はまた質問した。母さんの手料理はおいしくて、俺の機嫌はすっかり直った。毎日、英雄たちの冒険譚を読んでいた俺は四六時中、物語のことを考えて胸を躍らせていた。


「あ? ダンジョン『古代神殿』のこと言ってんのか?」


「ダンジョン!? 何それ何それ!?」


 来たぞ、ダンジョン! 冒険っぽくなってきた!


「領都の近くにあるダンジョンだよ。誰がいつ何のために作ったのかは不明だが、俺たち冒険者は『古代神殿』って呼んでたな。地殻変動で地下に埋もれた古代の城かも知れん」


 父さんが、豆と夏野菜の冷製スープを口に運びながら答えてくれた。


「領都ってそんなに遠くないんでしょ? ってことはダンジョン『古代神殿』も――」


「歩いて四刻くらいじゃねえか? 朝、村を出りゃ夕方には着いてる距離だ」


「そのダンジョンの奥には何が眠っているのかな?」


 叙事詩では白き竜が眠っていて、主人公に精霊力を授けてくれたのだ。


 父さんはニヤリと悪い笑みを浮かべた。


「ダンジョン最下層は海底洞窟とつながっていて、魔神アビーゾが封じられてるって噂もあるぜ」


「出た。大人が子供を脅す魔神ネタ」


 俺はぶっきらぼうに言い放った。


「海底に封じられた魔神アビーゾの餌食になるから、夕方まで海で遊ぶなって毎年言われてるし」


「ハハハ、別にダンジョン最下層の話は俺の作り話じゃないぜ? ジュキお前、ダンジョンにもぐってみたいのか?」


「うん!」


 俺は力強くうなずいた。だが父さんは苦い顔をして、


「ダンジョンってのは魔物の巣窟なんだぞ? 剣も魔法も使えない奴が――」


「あなた、スープのおかわり、いる?」


 母さんが遮った。魔法を使えないことが俺のトラウマだと知っているからだ。


 でももう母さんに守られてばかりの俺じゃない。  


「俺の歌声で魔物なんか追い払えるじゃん」


 初めて冬至の精霊祭で歌った九歳の日から、俺はたびたび村の魔物討伐に同行するようになっていた。森の魔物が増えすぎると、父さんたち元冒険者が間引きに行くのだ。


「そりゃお前の歌声は強力だが、倒してるのとは違うだろ?」


「それにね、ジュキちゃん」


 母さんが静かな口調で俺の名を呼んだ。


「心を落ち着けて聞いて欲しいんだけど――」


 いつもは心を癒すような母さんの声が、今は少しだけ硬い。


 俺はドキッとして、パンを口に運ぶ手を止めた。


「ジュキちゃんのその力は、大人になっても残っているか、分からないの」


「どういう、意味?」


 かすれた声で尋ねると、母さんは言葉を探して口をつぐんだ。かわりにねえちゃんが、


歌声魅了(シンギングチャーム)っていうんでしょ?」


 と母さんに確認した。


「そう。私たちセイレーン族の女性に代々、受け継がれてきた能力よ」


「女性に?」


 俺はおうむ返しに尋ねた。


「そうなの。私も持ってはいるけれど、ジュキちゃんのように強力なものじゃないわ。あなたたちが幼い頃ぐずって泣き止まないときに子守唄を歌って、なだめたくらいのもの」


「俺は先祖返りだから、セイレーン族の能力も強く受け継いでるのかな?」


「多分ね。でも――」


 母ちゃんが眉根を寄せて言葉を飲み込むと、ねえちゃんが続きを引き取った。


「男の子は声変わりするでしょう?」


 俺は無言でうなずいた。精霊祭のとき、悪ガキのイーヴォが変な裏声で俺の歌を真似たことを思い出す。俺も、ああなるのか?


「ジュキちゃんの歌声に不思議な力が宿っているのは、もしかしたらソプラノで歌える今のうちだけかも知れないって、母さんは心配してるのよ」


 ねえちゃんの言葉に母さんは、苦しそうにうなずいた。


 今の俺は、森で鳴き交わす小鳥たちより美しい声で歌えるのに。いつか、この歌声を失う日が来るかも知れないなんて。二度と明けない夜に閉じ込められた気分だ。


「でもジュキちゃん、神父様は綺麗なテノールでお歌いになるじゃない」


 ねえちゃんがなぐさめてくれる。


「そう、だね」


 俺はじっと冷たいスープをにらんでいた。さっき母さんが遮った父の言葉を思い出す。


「剣か魔法が使えれば、ダンジョンに入れるんだよね?」


 古代神殿の奥に眠るという白き竜――ただの物語かも知れない。だが文字を持たなかった過去の竜人族が残した伝承に、すがろうと思う。だって俺が魔法を使えない理由を誰も解き明かせない以上、ほかに方法はないのだから。


「ジュキ、剣を学びたいのか?」


 父さんがまっすぐ俺を見た。スプーンを皿に置いて、俺は頭を下げた。


「教えてください、父さん!」


「そんなっ、危ないわよ!」


 真っ先に反応したねえちゃんを、母さんがたしなめた気配がする。俺はテーブルの板を見つめたまま、父から返ってくる答えを待っていた。


「よくぞ言った!」


 意外な言葉に驚いて顔を上げると、そこには大口を開けて笑ういつもの父さんがいた。


「剣術を学ぶなら俺より適任がいる。冒険者時代の仲間に声をかけるから待ってろ」


 父さんは嬉しそうに目を細めている。俺の胸は期待でいっぱいになった。


「仕方ないわね」


 母さんも小さなため息をついて、了承してくれた。


「しっかり学ぶのよ」


「もちろんだよ! 俺は絶対強くなって、父さんみたいな冒険者になるんだ!」


 それでダンジョンにもぐって、伝承の真相を確かめてやる! 俺も英雄譚の主人公みたいに、魔法を使えるようになるんだ!!


「それならジュキ、お前に父ちゃんが使ってたマジックソードをゆずってやろう!」


「やったー!」


 俺は手の中のパンを放り投げて飛び上がった。


「明日から剣の修行する!」


「偉いぞ、ジュキ!」


 父さんは満面の笑みを浮かべて、俺の癖っ毛をガシガシと力強くなでた。


「魔法が使えるようになった暁には、マジックソードに魔力を通して戦えるからな」


「俺、魔法を使えるようになる方法、探すよ!」


 宣言したとき、日よけのため頭上に張った帆布が風に吹かれて、バタバタと音を立てた。陸から海へと帰っていく風に導かれるように、俺は赤茶けた瓦屋根が連なるその向こう――夕日にきらめく海を見つめた。


 俺は、広い世界と自由な冒険に胸を躍らせていた。

次回、ついに旅立ちです。

数年をすっとばします笑

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