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彼女の隣

 笑った。

 とにかく笑った、滅茶苦茶笑った。

 人生で一番笑ったかもしれない。

 ああ、そうだったこいつはそういう女だった、いつもこちらの予想を突き抜けてくる。

「笑うとは思ってたけど……そこまで笑う?」

 笑うに決まってる、こいつは本当に頭のおかしい天才だ。

 薄情者の癖に、本当は昏夏以外どうでもいい癖に、それでもあんな約束をずっとずっと忘れないでいて、こんなふうになっても諦めずに続けてくれて。

 本当に、なんてどうしようもない女なんだろう。

「お前はもっと薄情な奴だと思ってたよ。俺のことなんてとっくに忘れてるんだと思ってた」

「はあ? 私が薄情? 冗談も大概にしろ。薄情だったらあんな約束はしない」

「だよね。……まあでもお前は結構薄情者だよ。可愛げもくそもない」

 そういうところが気に入ってたから別にいいけど、と続けて言おうとしたところで彼女が口を挟んでくる。

「はあ? 薄情者はどっちだよ。勝手にしにやがって」

「死んでないよ」

「は?」

「お前に殺されたかったから頑張って生きたし、頑張って帰ってきたよ」

「…………?」

 そこで彼女はもう一度まじまじと俺の顔を見た後、眼鏡の男達に視線をやった。

「室長、私今なにやってるように見えます?」

「お前に会いにきた青年のことを勝手に幻覚だと思い込んで会話しているように見えるな」

「独り言をボソボソ言ってるわけでなく?」

「ああ」

 他にもうんうんと頷く他の連中の顔を見た後、彼女はボソッと呟いた。

「………………なるほど、夢か」

「そろそろいい加減にしろよお前」

 ごっそりとこけた頬を片手で握る、潰しそうで怖い。

「いひゃい」

「痛くないだろ、かなり手加減してるんだけど」

「ゆめのくせに」

「現実だ。現実逃避すんな馬鹿」

「うそつけ」

「じゃあなにを言えば信じる」

「正直なにいわれてもってかんじ」

「このやろう」

 言い合っていると眼鏡の男が口を挟んできた。

「夢であれ現実であれ幻覚であれ、今のお前が手遅れなほど疲労しているのは流石にお前でも理解できたんじゃないか?」

「…………うん」

「なら、一度そのおかしなものを治すためにちゃんとした休息を取れ。それでしっかり正気に戻ってからその地獄からのお迎えがお前の夢なのか現実なのか判断すればいい。それにそんな状態で研究を続けても大した成果は出ないぞ」

「う……」

「そうよ、だから休みなさい」

「そーだそーだ!!」

 周囲の連中が後押しするように騒ぎ立てる。

 彼女はしばらく考え込む。

「…………わかり、ました」

 観念したような声色で彼女がそう言った直後、部屋中に歓声が満ちた。

「よく言った……!! 本当によく言った!!!!」

 眼鏡の男が手を叩きながら大声で叫ぶ。

 他の連中もお祭り騒ぎで口笛まで聞こえてくる、どれだけ休ませたかったんだ。

「はぁーい、じゃあ気が変わらないうちに荷物まとめて……あれとこれとそれを、はい!! 鞄にぶち込んだよ!」

「あ、ありがと……」

「先パイ、一週間は来ないでくださいね!! 指切りしましょ!! ほら、ゆーびきりげんまん」

「う、うそついたらはりせんぼんのーます……?」

「指切った!! 約束ですから、本当に本当に来ないでくださいね!!」

「う、うん……」

「何かあったらあたしにいつでも連絡してね。おねーさんはいつだって駆けつけるから」

「は、はい……多分だいじょうぶだとおもうけど……」

 彼女はふらっと頼りなく立ち上がり、大きくもない軽そうな鞄をよっこらせと重そうに抱え込んで、その場でよろめいた。

「……お前、本当に危なっかしいな」

 支えてやると彼女は目眩に耐えるような顔をしてしばらくなにもいわなかった、というか言えなかったんだと思う。

「…………あたまがぐらぐらする」

「だろうね。……歩ける? ダメそうだったら抱えてあげるけど?」

「……それは平気……うぅ……あいつのくせに優しくて実体があるとかこれもう夢で確定じゃん……くそう夢のくせに身体が重い……」

「ひどいことをいうなぁ? 俺はいつだってお前には優しくしていたのに……」

「……そうだったか?」

「そうなんだよ……まあ今回のは打算も含むけど。死なれちゃ困るんだ、約束はちゃんと守って貰わないと」

 そう言うと、彼女は妙に納得したような顔で俺を見上げて、俺から身体を離した。

「ふーん。……じゃ、私今日はもう帰って寝ますんで……」

「ああ、ゆっくり疲れをとってくれ」

「おつかれさまー」

「はーい……じゃあ、お疲れ様でしたー……」

 彼女はそう言いながら眼鏡の男達に手を振って、ふらふらと出口に向かう。

 その様子があんまりにも頼りなかったので、その手をとって握る。

「なに?」

「危なっかしいから。死なれたら本当に困るし……こんな状態のお前に素直に殺させてやるほど俺は弱くないから……少なくともお前の意識が正常に戻るまでは面倒見てやる」

 そう言って彼女の手を引くと、彼女は訝しげな表情で俺の顔を見上げた。

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