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オドの虜囚(とりこ)  作者:
序章 屋敷の虜
9/43

地下室

(つむぎ)は、ファイルを机の真ん中に置きながら、言った。

「これは、管理日誌みたい。昨日の日誌には、閉めておいたはずの地下室の鍵が開いていたと書いてあるわ。遡って行ったら、一カ月ほど前から、地下室ばかり何某か問題が起こっているみたい。」

巧が、視線を上げて紬を見た。

「例えばどんな問題が起こってたんだ?」

紬は、ペラペラとそのページをめくった。

「まず、最初に気付いたのは、電話が繋がらなくなったからと地下へ調べに降りた時だったの。扉を開くと、変な絵柄みたいなものが殴り書きされていて、湿気が酷くて床は水浸しだったらしいわ。これは地下のケーブルが水に浸かったせいだと、急いで業者を読んで水を排出させて、乾かしてケーブルを新しいのに変えたみたい。それから、新しい鍵に変えて、誰も入れないようにしたみたいなんだけど…」

巧が、険しい顔のまま言った。

「また侵入されたんだな。」

紬は、頷いた。

「ええ。その度に、水浸しだったり焦げ跡があったりして、何かしらイタズラされている痕跡が残っていたらしいの。何しろこんな山奥だし、こんなお屋敷を知っている人も少ないから、同一犯じゃないかと思ってはいたようだけど、警察に通報してしばらく見回りをしてもらったりもしていたのに、犯人は姿を見せなかったらしいわ。でも、確かに誰もお屋敷に近付いていないはずなのに、やっぱり地下室には異変が起こっていたみたい。何か盗られているわけでもないし、ナイジェル様は長期化しそうで面倒になってそれ以上警察にも言わなかったようで。今回、犯人の姿をとらえたいから、こうしてセキュリティシステムを一新しようと思ってるって言っていたのと辻褄は合うわね。」

雅樹は、それを覗き込んでじっと読んだ。宮脇の、細かい几帳面そうな文字が並んでいる。そこには、きちんと写真まで添付されていた。激しく書きなぐられたような子供の落書きのような、変な図形が床にある様子や、水浸しになった床の様子、太いロウソクが意味ありげに立てられてある様子など、普通の泥棒ならちょっとあり得ないような、不気味な写真が続いていた。

「…なんだろうな、これ。いったい、犯人は何が目的でこんなことをしてるんだ?」

紬は、首を傾げた。

「分からないわ。何かの儀式のような感じ?…気がふれてる人とかなのかしら。」

「余計に面倒だな。」巧が、顔を思い切りしかめて腕を組むと、椅子の背にもたれかかった。「まだ普通の泥棒とかの方が、話が通じるだけマシだろう。頭がおかしい奴は、何をしでかすか分かったもんじゃない。そんなヤツが侵入してるんだとしたら、地下へ行くのは確かにかなり警戒しなきゃならないぞ。どうする?誰か、入口で見張りについた方がいいのかな。」

巧が腕を組んだままじっと考え込んでいたが、首を振った。

「いや、一緒に居た方がいい。本当に頭のおかしいヤツだったら、見張りが危ない。そんな奴に遭遇してしまうなら、人数が多い時の方がいいに決まってる。とにかく、全員で地下へ降りて、オレと雅樹がケーブルの様子を見て、直せそうなら直す。紬は理沙と同じ部屋で入口を警戒しててもらう。そうしたら、作業に没頭できるしな。」

雅樹は、立ち上がって自分のカバンをガサゴソとまさぐった。

「よし。じゃあもしも電気が着かなかった時のために、懐中電灯は持ってるから。工具も入ってるし、カバンは持って降りるよ。」

紬は、ハッと思い出して行った。

「私も、ペンライトなら持ってるわ。」

巧は、ポケットを漁って出て来たスマホを出した。

「あーオレはスマホのライトしかない。でも、これでも何とかなるか。」

紬は、あの床の入口の蓋に手を掛けた。そして、雅樹が荷物を背負うのを見てから、巧と目くばせをして、そして、それをそっと引っ張り開けた。

ぎぎっと少し、抵抗するような音はしたが、蓋は難なく開いた。

「ちょっと待て。」と、真っ暗なそこへと雅樹が懐中電灯を向ける。すると、ずっと下へ向かって続く、コンクリートの狭い階段があった。「…空気が湿っぽいな。また水浸しなのかもしれない。電気が着かない可能性があるし、最悪感電が怖いから、ちょっと慎重に照明は着けよう。」

そう言って、先に立って降りて行く。

紬は、そのすぐ後ろに従い、巧は理沙を先に行かせて最後尾をついて、四人は暗い地下へと降りて行ったのだった。




二十段ほどの階段を降りた所で、先頭の雅樹が止まった。小さなペンライトの灯りをそちらに向けると、雅樹が大きな懐中電灯で先にその扉を照らしていた。金属製の扉で、あちこち錆が浮いている。

雅樹が皆に視線で確認してから、そっとノブに手を掛けて回すと、鍵は掛かっておらず、扉はキイとさび付いたような音を立てて開いた。

ムッとしたような生臭い匂いがする。

懐中電灯の灯りを中へと向けて見ると、そこは見通しのいい五メートル四方ほどの部屋で、中には誰も居ないようだった。

ピチョンピチョンと水の音がどこからかした。

床を照らしてみたが、そこには上階で見た写真のように水が溜まっているわけではなく、ちょっと湿気ているぐらいだった。

(灯りを着けても大丈夫そうだ。)

雅樹は、口を動かしてジェスチャーでそう合図すると、最後尾の巧が、扉の外にあったスイッチを入れた。

パッと地下室の中が明るく照らされる。

そこには、木箱や棚が真ん中の方に固めて置いてあり、他には何も見当たらなかった。

壁は湿気て黒いカビのようなものが隅の方から侵食して不気味な模様を作っている。

恐らく、木箱を真ん中に集めてあるのは、そういうカビの侵食から守るためのようだった。

入って右側の床には、床下が見えるような柵がついていて、その柵の下には、配線のようなものが見えていた。

「あれだな。」雅樹が言って、そこへ歩み寄った。「ちょっとどこが問題なのか見てみよう。」

早速、巧と雅樹がその金属製の柵を取り外して、下を覗き込んでいる。

(つむぎ)は、二人が作業に取り掛かったのを見てから、理沙と二人で、中央に置いてある木箱の上に腰掛けて、入って来たドアの方を見張った。理沙は、時にボーっと宙を眺めたり、ハッと気づいたように紬の顔を見たりして、精神的にまだ不安定なようだ。紬は、大学時代に取っていた講座のことを思い出した…確か、不安や狂気にかられそうになっている人を落ち着かせるため、こういう時には精神分析を使ったらいいって教わっていたっけ。

紬は、理沙を見て、ゆっくりと話しかけた。

「理沙…ごめんなさいね。楽しい週末に、なるはずだったのに。まさかこんなことになるなんて思わなくて…でも、巧も雅樹も、すごく頼りになるし。ここから出たら、お詫びにあなたの好きなスイーツを奢るわ。それに、ナイジェル様にも詳しく話して、あなたがどれほど頑張ってこの仕事をしてくれたのか伝えるつもりよ。」そう言ってから、理沙が無類の美男子好きであることを思い出し、付け加えた。「ナイジェル様は、すっごく綺麗な人なの。短い黒髪で、鳶色の瞳で、イギリス人とのハーフよ。高貴な品と威厳があって、とても同じ人間だと思えないぐらい本当に美しいの。あのかたほど、美しいって言葉が似合う人は居ないわ。あのかたが居ると、みんなの注目が集まってそれは大変なんだから。きっと、あなたにも会ってくださると思うから、楽しみにしていてね。」

じっと紬が話すのを聞いていた理沙は、こんなたわいもない話なのに、段々に落ち着いた目の色になって来た。そして、紬が話し終わるのを待って、ポツリと言った。

「…あなたがそんなに言うなら、きっとそうなのね。会ってみてもいいわ。」と言ってから、紬から居心地悪げに視線を反らした。「ごめん、なんかいろいろ当たり散らして。」

いつもの理沙だ。

紬は、こんな時なのに嬉しくなって、微笑んだ。

「いいよ、こんな異常な状態だったら、何もかも疑いたくなるのは普通だもの。もうすぐ回線が繋がって助けが来るわ。だから、一緒にがんばろう。」

理沙は、横を向いたままだったが、頷いた。紬は、ホッとして巧と雅樹の方へと視線を移した。

二人は、まだうつ伏せに寝転がって外した柵の下を覗き込み、何やらやっている。

見張る以外に何もすることがない紬は、手持ち無沙汰になって目の前の木箱を見た。

これの中って何が入ってるんだろう。

紬は、そっとその箱を開けてみた。

すると、中はガランとしていて、古い洋書が一冊と、使いさしのロウソクが二本、無いやらどす黒い液体の入った小瓶が一個入っていた。

…このロウソクって、イタズラの写真に写っていたのと同じ物…?

紬は思ったが、洋書の方が気になってそれを手に取ってみた。

それは、ラテン語で書かれたものだった。

父親がかなり熱心なキリスト教徒だったので、家には昔から古いラテン語の聖書が一冊あった。なので紬は、幼い頃からラテン語は理解出来た。

表紙を読むと、どうも魔導書と言われるものらしい。

やっぱり、ここに来た人はこういうものを信じている頭のおかしい人なのかしら。

この木箱に入っているのが、犯人の残したものだとするなら、そう解釈出来た。

紬がその魔導書を開いて見ていると、巧の声がした。

「ちょっとこっち来てくれないか。」

理沙と紬は、同時にそちらを見た。雅樹と巧が、座り込んでこちらを見ている。

紬は、急いでその魔導書を手に取ったまま、そちらへ近寄った。

「どうしたの?直りそう?」

紬が言うと、巧は首を振った。

「駄目だ。地下室の床までは水は来てないけど、このケーブルがある場所にはもう、水が溜まってしまってる。これを抜いてからケーブルを変えないと、復旧でき無さそうなんだ。」と、懐中電灯で下を照らした。「ほら。あの、黄色い太いのが通信関連のケーブルだ。」

見ると、濁った水の中に、黄色や緑、青や赤のケーブルが沈んでいた。

「完全に水没してるじゃないの。」

理沙が言う。巧は、思いのほかはっきりとしている理沙に、驚いたような顔をしたが、ホッとしたように言った。

「そうなんだよ。結構新しいケーブルだから、前も同じ状態でやり換えたんだろうな。とにかく、お手上げだ。このままじゃ、通信は復旧出来ないよ。」

雅樹が、フッと息をついて紬の手に抱えられている魔導書を顎で示して、言った。

「で、そっちは何か見つけたか?それは何だ?」

紬は、ハッとして魔導書を皆に見せた。

「あ、これ、あの、木箱の中から見つけたの。私ラテン語は読めるから、これは分かるんだけど、魔導書みたいだわ。木箱の中には他に、上の部屋で見た写真のロウソクとか入っていたから、犯人の残して行ったものじゃないかな。」

巧が、グッと眉根を寄せた。

「それって…やっぱり、頭のおかしい奴の仕業ってことか?」

紬は、首を振った。

「分からないの。でも、これを読んだら何か分かるかもしれないと思って。ケーブル復旧のめどが立たないなら、一度上に戻りましょう。今のところ、変な人も現れて居ないし、おかしなことと言ったら、宮脇さんの事件と、ここから出られないことでしょう。このままここに居ても、どうにもならないわ。どうしてこんなことになっているのか分からないけど、とにかくは状況を整理して、次の手を考えましょう。」

巧が、木箱を覗き込んだ。

「他はどうする?要るとも思えないが、もしかして電気が落ちた時とかのために、持って行った方がいいかもしれないぞ。」

紬は、迷った。魔術など信じてはいないが、しかしこんな状況で変な魔術など掛かっているような物は持ち出したくない。

「…気持ち悪いし、今はやめておかない?こんな状況だし、魔術とか信じた訳じゃないけど、それに使ったかも知れないものなんて、側におかない方がいいかも。」

雅樹は、笑って言った。

「魔術だって?そうだとしても、多分もう術は終わってるんだろう。オレの荷物の中に入れて置くよ。大丈夫だって。」

紬はまだ不安だったが、それ以上反対する事も出来ず、雅樹がカバンの中にロウソクと小瓶を収めるのを黙って見守った。

そして、4人はまた階段を上がって管理室へと向かった。

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