第十一節 三番目の遺跡⑤...終盤
「何を考えているのだ、星は!?」
武器で床を叩いて地震を起こせる事にもう驚いていない。けど、遺跡破壊する人間がいる事に驚いている。
「三名門のご令嬢が自ら国際問題を起こす気か!?」
実質上没落貴族だけど、日の国の国策を決める議会――三人議会に出席権利がある...というより、強制?
そんな千条院家は他の二名門は何としても存続させるのだろう。その理由は知らないけど。
なのに、当主の妹が他国の遺跡を破壊しようとしている。
「ヒスイちゃん!星に『揺れて気持ち悪いから、止めなさい!』と伝えて。それと、何でこんなアホな事をしたのかって、あの駄馬に聞いてこい!」
「えっ!?ヒスイがそんなひどい言葉...無理です!無理無理無理です!」
「何で無理?さっきはしてくれたのでは?」
「だって嫌われちゃう...
嫌な事を言う子だって、嫌われちゃう。」
「言うのは私だし、そのくらいでは怒らないよ、星は。」
「でも、ココロの中では怒ります。怒ってないように見えても、ナカでは怒ってます。」
「怒らせようとしているから、問題ないわ。いいから、星に『この駄馬!』って言ってきて。」
「でも...でも...!」
星ほど穏やかな人はなかなかいないと思うけど、人の心の奥底に隠された感情も読めるサトリだと感じ方が違うから、そう思わないのかな?
ここで強く言ったら、ヒスイちゃんが可哀そうか。おろおろしている姿は可愛いけど。
「ヒスイちゃん敏感すぎ。分かったわ。なら、伝言ゲームだと思って伝えてくれる?
私のそのままの言葉を星に送って、星のそのままの心の声を教えて。それでいい?」
「でんごんげえむ?ヒスイが『星』さんになりきればいいのです?」
「む?まぁ、そうね。それでいいわ。」
星の真似をしてほしい訳じゃないが、ヒスイはサトリ族だ、詳しく説明しなくても俺の求めている事をしてくれるだろう。
「では、ヒスイはヒカリさんとココロで直通します。今からヒスイの言葉がヒカリさんの言葉です。
ヒスイが変な事を言っても、ヒスイが言ってなくて、ヒカリさんが言ったので、ヒスイは何も知りません。」
「念押し、くどかわいいわね。
分かったわ。『ヒスイは何も悪い事をしていません』、ねっ?」
ヒスイちゃんのやる事なす事を全部かわいく見えてしまう俺はもう病気かもしれない。
「ななえ?どうした?」
「おー!」
俺の事を「ななえ」と呼ぶのは今のところ星だけ、ヒスイちゃんの声でそれを聞くとなんか違和感...
「星、『お姉ちゃん』と付け加えて。」
「...なんで?」
「いえ、忘れて。
それより、君はいったい何をしているの?」
床が揺れててすごく気分が悪い、心臓の鼓動がはっきりと分かる。
「ヤツの弱点が振動だと分かったからな。床を揺らしてやった。」
「ドヤ顔やめて。」
星の底の浅さが露呈してしまう。
「そんな事くらいで戦況が変化する訳ないでしょう?しかも、一般人の私に被害が来ている。
星は指が痒いからと手首を切り落とすのか?」
「強めにつねる。」
「指が痒いの話がしたい訳ではない。私が言いたいのは目先の小事の為に、大損をしようとしているのではないかって事。
この遺跡を破壊する気か?」
「遺跡は堅固だ。地震くらいの衝撃で壊れたりしない。」
「そんな授業で聞いたような話を鵜呑みにするなよ。」
だが、星の言う通りに遺跡は堅固だ。俺が揺れを感じる程の衝撃なのに、星の立っている床にヒビ一つ入ってない。
耐震強度高すぎない?いや、これがこの世界の常識か。
「分かったわ。なら、遺跡云々の話はやめる。揺れが気持ち悪いけど。
では、星。本当に床を揺らす程度で憎達磨にダメージを与えられると思っているの?」
「思ったより効果はなかったが、動きが鈍くなってるぞ。」
「確かに...」
言われてみればって感じだけど、確かに憎達磨の動きが鈍くなっているっぽい。本当に効果があるようだ。
俺がこの揺れさえ耐えれば、勝敗が早く付くのか。強制緊張状態を我慢しなければいけないのか。
「『沼』!」
俺が苦情を訴えるべきかどうか迷っている間に、憎達磨がまた何か魔法を使った。すると床が段々と柔らかくなっていき、最後は羽毛布団の上に乗っているような感じになった。
「...地震が止まった。」
星の「想いが詰まった」流星錘床叩きが効果なくなった。
しかも、憎達磨は少し動きよくなった上に、あき君の動きが鈍くなった。
「どうするの、星?最悪だよ。」
「うるさい。」
「『うるさい』じゃないよ!良かれと思ってやったのは分かるけど、対策しやすい行動をしたのは君だ。その責任を取るべきなのでは?」
「何もしてないななえに責められたくない。」
「それを言われたら、私は何も言えなくなるわね。けど、少なくとも『振動に弱そうだから、揺らしてやるぞ』と直情的に行動したりしない。
そこら辺、どのようにお考えですか、星様?」
「うるさいな。」
「自分が取った行動への責任も取れないのか?『やっちゃった!』って時に『ごめんなさい』も言えないのか?何もしてない私は『ごめんなさい』を強要できないが、せめて『やっちゃった』事を認めたらどう?」
「ホルスタイン太り...」
「...は?」
えっと、悪口?
...あぁ、悪口だな。胸が不自然に大きくて、醜いという悪口だ。
確かに、小柄の奈苗は胸があり得ないくらいに大きい。しかし、醜いって程ではないだろう!ロリ巨乳だぞ!
俺が心まで女の子だったら怒るかもしれないが、別に「ホルスタイン太り」と言われても、ダメージはないよ。
「太くないもん。」
自分のお腹を抓ってみた。
少し肉が付いているが、太いって程じゃない。
この世界では体つきは成長期での努力次第で決まるもの、成長期過ぎてからこの体に入った俺はどう頑張っても体形を変えられない。体が太っていても、決して俺が怠けていたからではない、奈苗という女の子が怠けているだけだ。
俺は悪くない。
俺は何も悪くない。
「...スタイル抜群だがオツムが弱い女よりマシ。」
「戦争するか、ななえ?」
「してやりたい!」
口喧嘩で星に負ける訳がない。
けど、二人が俺の為に頑張ってるのに、子供じみた行動を止めよう。
「してやりたいが、TPOを弁えよう。
というか、何もしていなかった私の癖に、星をイジるのはよくなかったし、イジリ過ぎた。ごめんなさい。」
「...急に謝るなよ。僕も、余計な事をして、悪いと思ってるよ。
ななえ、僕はもう次の手がない。また余計な事をしたくないから、何か策はあるのか?」
「非戦闘員の私に聞くの?」
「得意だろう、人の隙を見つけるのが?」
よく星達をイジるから、そう勘違いされたのか。
「時間がいる。あの憎達磨に色んな攻撃をして、観察させてください。それで出来る助言があったら、ヒスイちゃんを通じて二人に伝えるわ。」
「頼む。お前の健康が関わってるから。」
「大袈裟ね。」
そう言って星の返事を待つ俺だが、返って来たのはヒスイちゃんの「ヒカリさんから『集中して』って」の言葉だった。
「ヒスイちゃん、お帰り。」
「どこへも行ってませんって。」
生意気にも俺のイジリに反抗してきた。可愛いっ!
「えっとね、ヒスイちゃん。何故か私が武闘派達の荒事に口出しする事になったわ。ヒスイちゃんは何か考えがあるか?」
「いいえ、ヒスイは何も...魔法であの大きい人を倒すとか?」
「確かに、憎達磨が唱えた呪文の多くが初心者感全開だね。星の方がもっと素早く、他者に分かりにくい呪文を唱えられそうだね。」
「あっ、ダメみたいです。」
「ん?急にどうしたの?」
「大きい人、魔法への対処が万全...」
「そういえば、『消魔の装い』...」
魔法不慣れなのに、「喧嘩」に慣れているってのはそういう事か。
戦えない俺が争い事に口出しか...なんだか今日、無茶振りされる事が多いな。
「やれる事をやるしかないね。
それでヒスイちゃん、疑問なんだけど。『沼』って、確か地面を沼地に変化させる呪文の筈だが、何故床が柔らかくなっただけで、沼地になってないの?」
「あっ、それね。あのね、大きい人の心を読むに、沼地にしたかったけど、遺跡の床が堅すぎた所為で、柔らかくするのが精一杯だそうです。」
「威力が足りなかったのか。」
上手く呪文と脳内のイメージを繋げられなかったのか。単純に魔力が少なく、魔力使い過ぎ防止のブレーキが早めに作動したのか。
「あの気色悪いぬるぬるムーブは何?ただでさえ贅肉の精みたいに気持ち悪いのに、更に気持ち悪くなってるわ。」
これが「スライム族」かって感じで体が崩れている、ゾッとするよ。
「アレ、ふかふかになった床対策です。あの状態だと動きやすいらしいです。」
「...意味不明。」
柔らかい体だと、柔らかい床の上で動きやすくなる?どういう理屈だよ。
「一番シンプルな解決策として、柔らかくなった床を再び硬くする事だが、ヒスイちゃんはどう思う?」
「返し魔法?それって、とても難しいじゃん...」
「そうよね。魔法の相殺より余程難しいよね。」
俺にとって実感を得られない授業で学んだだけの知識だが、魔法で変えた事象を更に魔法で変化するには高度の魔力操作技術が求められるらしい。今も治癒師が重宝される理由の一つだ。
...うちのメイドの中で、治癒ができるのは二人くらいか?いや、彩ねーが入ったから、三人か。
「魔法が...気持ち悪いわね...」
憎達磨の「沼」のせいで、全身に悪寒が走ってる。この状態で憎達磨の弱点を探せっと?無茶振り~...
「ナナエお姉ちゃん...」
心配そうに俺を見つめるヒスイちゃん。
けど、今はこの子にできる事はない。
憎達磨の弱点...
具体的に何をすればいいのかが分からない俺はほけーっと三人の動きを見つめた。
うねうね動く憎達磨は時々手足が伸びたりする。その手に何かの魔道具を握っている事がある為、その対処にあき君が苦心している。
対してあき君は柔らかくなった床でまともに立つ事ができないらしく、何度も体勢を崩している。先まで使った剣技はもちろん、剣すらちゃんと振れていない。
あき君の補佐に回った星は意外と戦えている。弓を使っているのに、不安定な床の上でも正確に、しかも走りながら矢を射ている。弓道の事はよく知らないが、走っている人が腕を固定して、しかも何かに狙いを定めて動くなんて、神業だろう。
「なのにあの娘、あき君への誤射をしてないんだよ。凄くない?
ねぇ、ヒスイちゃん?」
「足です、ナナエお姉ちゃん。ケンタウロス族の人間の一番の武器は足捌きです。」
「武器を使う事が『一番の武器』ではないのか。」
確かに星の足は凄かった。黒のストッキングに包まれたその両足は芸術品と呼べるほど美しかったし、膝枕も気持ちよかった。
膝枕と言えば、望様のも...
「足場...」
床が柔らかくなったことで俺が注目すべき点、一つは形勢逆転まではいってないがあき君と憎達磨の鬩ぎ合いが互角になった事、もう一つは星の援護が変わらずに続けられている事。
「星だけは最大限に力を発揮できている。」
今から星をメインアタッカーにしたら、またこちらが押す状況に戻れるかもしれない。けど、星には憎達磨にダメージ与える技がない。
「何とか星の力を発揮する方法がないのかな?」
例えば、俺が集めた「ナナエ百八(予定)の秘密道具」を使う、とか?
俺は戦場用貯蔵箱を開けて、数字を001から順次に入れて、中身を確認する。
懐中時計、ライター、望様からもらったひよこのぬいぐるみ、化粧道具と刺繍道具、スタンガン、パソコン...扇風機?何で扇風機を入れたんだ?
あ、タマと遊ぶために入れたねこじゃらしがある、本当に適当に入れてるな、俺。
それと...あれ?タマにあげた首輪が入ってる。屋敷の保管庫に戻したのか。なぜ?
透視眼鏡に使い道不明のスピーカー、服セット、下着...碌な下着が入ってない!
雛枝からもらった簪、刺繍が終わってないハンカチ、手書きの氷の国の地図...ダメだ!使えるモノがない!
百八という数字に拘り過ぎて、質より量を取ったのはいけなかった。反省点!
「ヒスイちゃん、一先ず私が今考えた事を二人に教えて。『対策はまだ検討中』で。」
「ヒスイが輝明お兄ちゃん達の仲介に入ればいいの?」
「うん、そう。仲介...仲介か。」
ヒスイちゃんが俺が予想していなかった単語を使った。
仲介...両者の間に入って...
「ヒスイちゃんって、サトリだよね。」
「はい。常に念話を使っているサトリです。」
「脳で会話してるわよね?」
「考えている事を瞬時に伝えられるサトリ族です。」
「って事は...できるわよね?」
「はい、直通できます。」
そうか...そうか!
うわー、一気にゆるゲーになったよ、この世界が!
この世界って、仲間に「サトリ」がいればもう最強じゃねっ?
「ヒスイちゃん!すぐにあき君と星と脳で繋げて、お互いが考えている事をすぐにお互いに伝わるようにして!
憎達磨をぶっ殺すわよ!」
「輝明お兄ちゃん達と?した事がなくて、大丈夫かどうかは...」
「ん?何か問題でも...がっ、ダメだ!」
脳波支配...人の思考をコントロールするという、この世界で最も重い罪の一つだ!場合によって、人の人格すら消せる、許されざる行為。
「ヒスイ、牢屋に入っちゃうの?」
「ないないないないない!絶対にさせないし、うっかり犯したらお父様に頼んでもみ消す!」
俺の可愛いヒスイちゃんが終身刑なんて、想像するだけでゾッとする。
時間差ができちゃうが、ヒスイちゃんには脳内会話形式で二人のサポートをしてもらおう。それだけでも、二人の連携が段違いに変わる筈だから。
「分かりました。ヒスイ、やってみます。」
「ごめんね。結局ヒスイちゃんを巻き込んちゃった。」
ヒスイちゃんの返事が来ない。きっと集中しているのだろう。
......
俺って、基本見ているだけだな。仲間達が戦っているのを隣で見ているだけ。
...別に文句はないけど。
......
...
ヒスイちゃんがテレパシーで参戦し、星を中心に戦い方を変えてから暫く、戦況が再びこちらが優勢になった。そのうちこちらの勝利によって決着が付けるだろうと、何もしていない俺でも見て分かる。
...まっ、二対一だし、そうなってもらわなきゃ困る。
「あき君達、大丈夫でしょうか?」
「......」
戦っている二人だけでなく、俺は遂にヒスイちゃんにまで無視されるようになった。
ヒスイちゃんもヒスイちゃんで大変だし、仕方ない事だと分かってはいるが、寂しいな。
「悪寒が走る感覚には慣れてきているけど、『暇』が耐えられないんだよ、ヒスイちゃん。」
頑張ってる人の邪魔はよくない。が、俺はヒスイちゃんにちょっかいを出した。
「ヒスイちゃんは私がいないとだめだよね?ヒスイちゃんは私だけのモノ。私のヒスイちゃん、私の妹、私の所有物。
ヒスイちゃんが頼れるのは私だけ。ヒスイちゃんは私の言う事を何でも聞く。ヒスイちゃんは私の為なら何でもできる。ヒスイちゃんは『ナナエお姉ちゃん』が大好き。
ヒスイちゃんは私の奴隷。」
返事する余裕がないのをいいことに、言いたい放題。もう怒ってくれてもいいのに。
それでも、ヒスイちゃんは返事しなかった。体温がなかったら、本当に生きているのかと疑ってしまう。
...みんな、俺の為に戦っているんだよな。
元はと言えば、俺がお爺様と会わなかったら、お爺様の興味を引く事もなく、誘拐される事もなかった。
狙われているのは俺だから、俺を見捨てれば、この争い事も起こらなかった。
しかも三人共、これで俺を助けに来るのが二回目だ、見返りもないのに...ってか、俺はよく誘拐されるなぁ。
「見返り、本当に用意しなくては...」
ヒスイちゃんはこれ以上ない程に可愛がっていたから、見返りを与えるのなら、後は守澄家の財産を自由に使える事くらいか?
お父様と相談...いやでも、甘やかしすぎるのはよくない。特に金銭関係は慎重に期すべきだ。
星には何をしようか?
お父様と望様の関係を考えると、金銭的援助は絶対に受け入れてくれないのだろう。
望様の給料、星の学費免除。どっちも規則に則っているが、千条院家が守澄家の援助を受けていると感じてしまう。助けたお礼としても、更なる援助は難しいだろう。
俺も親友に金を渡したくない。
あき君は?
私生活が謎に包まれている...というより、俺は男に興味ないから、あき君に聞いた事がなかった。「また金の話?」にしたくないから、お礼に金銭は無しだ。
しかし、それ以外に返せるお礼といったら、何があるのだろう?あき君は何が好きなんだろう?
好きな色は?好きな匂いは?好きな場所は?好きな天気は?好きな料理は?好きなお菓子は?好きな動物は?好きな花は?
...好きな女の子のタイプは?
って、あき君達がまだ戦っているのに、もう後のお礼について考えているのか、俺?気が早いぞ!
「無力って、辛いよね。」
俺はヒスイちゃんを強く抱きしめた。
「大好きだよ、ヒスイちゃん。」
「『重...圧』!」
全てが順調に見えるその時、憎達磨はまたも何か特別な魔法を使った。
もう魔力がないと思ったのになぁ...あの野郎も殺されないよう、必死になってるね。
重圧...恐らく人の感覚を操作する魔法なんだろう。体が酷く重く感じたり、誰かに押さえられていると感じたり。
「星、平気?」
大声であき君達に呼びかけてみた。
......
返事なし。
けど、あき君達が動いていないのを見るに、無視されているのではなく、魔法のせいで返事できなかったのだろう。
「どうしよう、ナナエお姉ちゃん...?」
「ん?えっ、ヒスイちゃん?」
ずっとあき君達と脳内会話を勤しんでいたヒスイちゃんが俺に声を掛けて来た。
「お姉ちゃぁん...あの大きい人が、来ますぅ。」
涙声だ!かわいい...って、憎達磨がこっちに来る?
「どういう状況?」
「あの人、動けますぅ。重力の魔法の中でも、輝明お兄ちゃん達より動けます。」
「何で...って、スライムならあり得そうね。」
よく見ると、憎達磨は人の形こそまだとっているけど、足が蛆虫のように蠢きながらこっちに寄ってくる。
「今すぐ逃げても、アイツが『重圧』の範囲外まで動いたら、すぐに捕まれそうね。
ヒスイちゃん、とりあえず君だけは先に逃げて。」
「ダメです!ナナエお姉ちゃんも一緒に...」
「狙いは絶対私だ~。見て、あの目、星達に見向きもしないで私を睨んでるわ。『お前を道連れにしてやる』と言わんばかりよ。」
「嫌です!ヒスイ、ナナエお姉ちゃんがいないと生きていけません!」
「そんな事はないでしょう。」
「あるぅ!ヒスイはナナエお姉ちゃんの妹だもん!
ナナエお姉ちゃんがいなかったら、ヒスイ、何者にも成れません。」
「いいえいいえ、ヒスイちゃんは今は『守澄翡翠』でしょう?」
「ナナエお姉ちゃんがいないと、ヒスイはただの『ヒスイ』です!お願いです、ヒスイを捨てないでぇぇ!」
「ヒスイちゃん...」
なんと聞き分けのない...と思ったが、もしかして、ヒスイちゃんの言う通りかもしれない。
ヒスイちゃんは俺が「妹」と言っているから、「守澄のお嬢様」に成れたんだが、その俺がいなくなったら、みんなはまだヒスイちゃんを「守澄翡翠」として扱ってくれるのか?
人の心は分からない。けど、ヒスイちゃんはサトリだから、な。
「ヒスイちゃんの為にも、自分を大事にしないといけないね。」
「お姉ちゃん...」
ヒスイちゃんを残して先に死ねない...なんだか、世の親達の気持ちが分かってきたかも。
「ヒスイちゃん、星とあき君に連絡して、動けるかどうかを聞いてみて。」
「はい!
...だめです、動けないみたいです。」
「あき君はあの重そうな剣を捨てたら?」
「...お兄ちゃんは足が動けません。剣は魔法無効できる太古の遺物だそうです。」
「魔法無効なのに、動けないの?」
「剣だけです。お兄ちゃんは魔法の効果を受けてます。」
あき君は役立たず、っと。
「星は?」
「...ヒカリさんも腕が動けないのです。武器が重すぎて、手放したらちょっと動けるみたいです。」
「星は動けるのか。」
「はい...はい!輝明お兄ちゃんと鍛え方が違うと言っています。」
「負けず嫌いで強がりぃ~。」
そこが可愛いんだよな。
「では、ヒスイちゃん。気になった事があったので、星に聞いてみてくれる?
ケンタウロスって、一番力のある部位って、どこだっけ?」
「あっ!」
ヒスイちゃんも思い出したのか、俺の思考を読んで知っただけなのか、パッと目を見開いた。
その後、すぐに星も動き出して、流星錘を握ったまま憎達磨に一歩ずつ近づいていく。
「武器を手放さないのか。化け物だよね、星は。
ねぇ、ヒスイちゃん?」
「ねぇ!」
安心したのか、ヒスイちゃんは笑顔を返してくれた。
ねって返事しやがったぞ、この子!かわいいな、もう!
弓を使うイメージを持つケンタウロス族だが、実は一番力強い部位は両足だと「種族」の課外授業で学んでる。常識の筈だが、よく走っているせいで、逆に慣れ過ぎて忘れたのかも?
この若年ボケが心配な星は逃げる憎達磨を少しずつだが確実に近づいていき、遂に手が届くその時、突然空高く跳び上がった。
動けないとか、嘘じゃん!
そして、落下の勢いを利用したのか、無理矢理腕にも力を込めたのか、憎達磨に向かって落ちる星は思い切りに流星錘を振り下ろして、憎達磨の体を粉々にした。
「うひょっ!」
憎達磨の体の一部が足元に飛んで来て、あと少し遅く足を引っ込めなかったら、その肉片が完全に足に乗るところだった。
「むっごいな...」
地震をも引き起こせる流星錘に叩きつけられたら、肉片になるのも仕方ない。最後の時、俺に向かってくるのではなく手を引いてくれたら、こんな様にもならなかったんだろう。
やっぱ許し合う精神は重要だな!殺し殺されるような状況になったら、お互いが困るから。
「星が人を殺してしまった...」
さて、この事をどう隠蔽しようか。
「おねぇ、ちゃん...」
「ん?」
俺が星の「不祥事」をどうすればいいのかを考えている時、急にヒスイちゃんに袖を引っ張られた。何事と思ってヒスイちゃんを見てたら、その指が示す先に注目した。
「ウソでしょう?」
目の前の肉片が少しずつ大きくなり、いつの間にか人の姿を取っていた。
憎達磨だ。
肉片になっても、まだ死んでいなくて、俺の目の前に人の姿で現れた。
「ワシに手間を取らせやがって。」
「ハハッ...」
乾いた笑いを出してしまった。
この世界の人間、健康優良児すぎるだろう!
「さぁて、奈苗お嬢様、お爺様が待ってるので...さっさと来いや!」
そう言って、憎達磨が俺に腕を伸ばしてきた。
星とあき君がまだ魔法の影響範囲内、ヒスイちゃんは戦えない。出入口が塞がれているが、そもそもそこへ辿り着けない。
万事休す、か。
「征人剣術奥義、弑!」
「うっ!」
何かが起こったのか、一瞬分からなかった。気がづいたら、憎達磨の胸元に一本の剣が生えていた。
「なぜっ...小っ僧ぉ!」
剣がゆっくり憎達磨の胸元から後ろに引いていき、全部抜かれた後に憎達磨が前に倒れた。
その後ろに、剣を握っている一人の青少年が姿を現した。
「あき君...」
「......」
少年は俺の声に反応を見せず、ただ剣を握ってまっすぐに立っていた。
あき君、か?どうしてだか、様子がおかしい。
もう一度声を掛けるべきか?しかし、目の前の人は本当にあき君か?
そう俺が困惑している間に、目の前のあき君が急に無数の白い羽毛に変わって、消えた。
「あきっ...」
何か起こったのかを確かめようと俺は立ち上がろうとした。が、突然目の前が真っ黒になり、何も感じなくなった。
あぁ、これか、「あき君の魔力で死んでた」ってのは。
まだ聞きたい事が一杯あるのに、目が覚めるまでお預けか。
どうやって一瞬で憎達磨の後ろに着いたのか?どうして羽毛に変わって消えたのか?アレは魔法なのか?
精神系統の幻影魔法か、変化系統の分身魔法か、はたまた身体系統の即動魔法か。
...あき君の殺人事件はどうすればいいのか。
...俺はまだ、「寝て」はいけないのに...