第十一節 三番目の遺跡②...アケディア、魔障束
知らない人に話しかけられた。
目的は分からないけど、俺に「守澄奈苗か?」と訊いて来たのなら、少なくとも俺と雛枝のどっちかを知っている人間なのだろう。
...俺と雛枝の見分けができない程度の付き合いの浅い相手か、一方的に俺達を知っているだけか。
安易に自分がどっちなのかを教えない方が一番安全か。
「...姉の方だな。」
あっさりと正体がばれてしまった。
...あっれー?
黙っていたのに、逆に特定された!
実はストーカーレベルに俺と雛枝の事を知ってる人なのか?
「...呑気に生きていやがる。」
俺と星の釣具をチラッと見て、男はようやく俺を放してくれた。
頬、痛い...
星は...!?
「星、起きて!起きてよ!」
星の頬を軽く叩いて、小声で呼びかけてみた。
が、反応なし。
「俺の力で眠らされてる。暫く起きない。」
頼んでもいないのに、男は俺に自首する。
「他の人間も眠らせてる。起きてるのはお前だけだ。」
「......」
何で俺だけ?キッショ!
しかし、予想以上にヤバい状況かもしれない。
他の人間って事は星以外のあき君達も、この男の力で今は眠っているのか?
目的は分からないが、危険人物?星達に害を成そうとしているのなら、どうしよう?
「守澄奈苗、お前の話が聞きたい。」
何故か男は俺と向かい合い、地面に座った。
えっと...なにこれ?俺達、友達か?
男の行動に、俺は困惑するばかりだ。
けど、一応は俺と話をするつもりの人なのだと分かった。何の話かは分からないか。
「...二人きりで、お話がしたいな~、なんて~♡。」
星達を眠らせた奴なら、万一星達より強く、危害を加えたら嫌だな。何か理由を付けて、星達と離れてもらわないと。
「友達が心配か?」
俺の作り笑顔が見事に失敗、目論見を見破られた。
「一度寝たら絶対に起きない。それが俺の力だ。」
地味な力を自慢された。
「お強いですね。けど、友達が起きて、迷惑を掛けたらやはり申し訳ないので、他の人のいないところに...」
「俺は素直な女が好きだ。素直で、言う事を聞く女が好きだ。お前以外の人間は絶対起きない。ここから動くな。」
「...そうですか。分かりました。」
謎にマウントを取ってくる男は嫌いだ。
「では、ちょっと私のお友達を離れた場所に置いておきます。」
星の体を持ち上げようと、腕に力を込める。
「神経質な子なので..ぬっ!」
重い!持ち上げられない。
いや、きっと俺の方が力がないだけ、星は重くない!
「ちょっと待っててくださいねー...」
男の機嫌が悪くならないように、彼に作り笑顔を向けた。
...けど、何故か男が星の方に手を伸ばしてきた。
ダメだ!!!
「ッ...!」
男の視線を遮るよう星を抱きしめて、無防備の背中を男に向けた。
何やってんの、俺!?この男が星にとって害なる存在かどうか、まだ分からないんだろう?
「震えているなぁ...気丈に振舞っていたが、ただの強がりだったか。」
男が失礼な事を言った!
違う!これは可愛い女の子を知らない野郎に触れさせたくない俺の気持ちの現れ、強がりなんかじゃない!
「五体満足で居たいなら、俺の質問に素直に答えればいい。お前も、お前の友達もだ。」
男は俺から離れて、怠そうにまた床に座った。
「第一問、喧嘩するサルとイヌの仲良しする方法。」
犬猿の仲か...何で俺にそんな質問をする?
「...質問の意図が分かりません。」
「ただ質問に答えるだけでいい。」
「質問に答えるだけなら...手錠を掛けるとか?」
「ふざけた答えを言え、とは言ってない。」
「ですから、意図が分かりません!何でサルとイヌを仲良くさせようとしているのか、どうすれば仲良くできるのか、そもそも喧嘩してる理由も分かりません!
私は何を答えればいいのか、分かりません!」
「お前の思うがままに答えればいい。」
「そうなると、やはり『手錠を掛ける』って答えになります。行動を制限すれば、喧嘩しようにもできないからです。」
「ったく、仲良くする方法を聞いてるんだァ!」
「喧嘩の理由が分からないのでは無理です!『仲良くしないとご飯抜きだよ』とでも言えば?」
そもそも、俺に答えを求める理由が分からない。
急に現れて、意味不明な質問をされても、俺は「一プラス一は二」というような返事しかできない。
「それに、アナタは誰ですか?私を一方的に知っているようですが、私はアナタの事を存じ上げておりません。なんと呼べばいいのかも分かりません。」
追っかけだって、自分はファンだと叫ぶ。
「っめんとくせ。」
男は乱雑に自分の髪の毛を搔き、眉を顰めて俺を睨む。
「俺は魔王だ。魔王アケディア。」
「...魔王。」
また「自称魔王」さんが現れた。
...え?
これ、警戒した方がいいのか?
でも、魔王といっても、この世界での魔王は別に恐ろしい存在ではなく、ただのおしゃれらしい。警戒すべく存在ではない。
警戒しなくてもいい存在...だが、星達を眠らせた奴は果たして警戒しなくていい存在だと思っていいのだろうか?
「教えたから、答えろ。」
「...と言われましても。魔王様?魔王陛下?何でワタクシめに質問くださったのでしょうか?
質問の意図が分かれば、もう少し的の射た回答ができると思うのですか。」
「お前は黙って、俺の質問に答えられないのか?」
「...すみません。」
黙ってたら何も答えられないだろうか!この男、頭悪いのか?
「ったく...俺は魔王だ。だから、部下もいる。
その部下が喧嘩してるんだ。お前ならどうする?」
「...そうですか。」
魔王だから、部下がいる。しかし、部下同士の間に軋轢がある。それに困っている。
なるほど。魔王様も大変だな。
......
いや、何で俺に訊く?
「原因は分かりませんか。私なら、やはりまずお互いの不満点を見つける事から始めますね。
魔王様は喧嘩する二人の不満に感じる点が何かを知っていますか?」
「お互いが気に入らないから。」
「...シンプルな理由ですね。」
その二人を別々の部署に分ければ?と言いたいけど、きっとそんな簡単な話じゃないだろう。
しかも、魔王の部下ともなれば、只者じゃないだろう。喧嘩の方も、きっと天震わせ地動かすような大事件なのだろう、文字通りの。
「...ただ、喧嘩がしたい二人か...
片方を解雇する、とかはどうですか?」
「無理だ。」
「無理か...重役ですかな?」
何で俺がお偉いさんの悩みで悩まないといけないんだろう?
「解雇できない二人の重役...喧嘩の理由はもしかして権力争い?」
「っ!よく分かったな、お前!流石、守澄奈苗だ。」
「えっ?あっ、どもっ...」
褒められたけど、当てずっぽうでアタリを引いたの?ラッキー?
というより、褒め方がおかしい。「流石守澄奈苗」?俺自身も有名人になったっけ?
...ティシェの仕業?
「それで、解決策はある?」
「私に訊かれても...魔王様のお力で何とかできませんか?『二人共喧嘩するな』とか?」
「それは無理だ。」
「無理ですかーー。」
俺が頑張って考えた答えを全部「無理」って返すつもりじゃないだろうなー?イジメか?俺はイジメられてるのか?
「魔王様にとって、その二人の部下の喧嘩は迷惑なのですか?」
「他の手下が迷惑してる。」
「...そうですか。他の方が迷惑、ですか。いっそ放置する、という事ができないって事ですか?」
「はぁ...今はまさにそれだ。」
「苦労なさっているのですねー。」
知らんがな!
「放置できない権力争いができる二人か...力の剥奪はいかがでしょう?」
「...どうやって?」
「えっ、やっ、えっと、あーっと...分かりません。」
「また適当に答えた?」
いやいやいや、本当に分からないよ!経験ないよ!俺に何を求めてんだ?
...弱音を言っても無駄か。
「本人達に今までの倍の権力を与えるとか、その手下を昇格するとか?」
「力を取り上げるのに、なぜ逆に力を与える?」
「えっと、権力を与えるといっても、勢力を拡大させるという意味ではなく、今のままの状態で管轄を広げるだけで、人手を増やしてあげないという事で...つまり、一人で空っぽ支社の経営をやらせるような感じです。
仕事を増やし、責任も増やすが、仕事を行う為の人を増やしてあげない、忙しくさせるのです。」
過大評価というパワハラ。
「昇格する手下も、本当に有能な人を昇格させる訳ではなく、逆に無能な人を昇格させるのです。そうすれば、有能な人達が評価されない事に不満を抱きますし、無能な人達が自惚れて勢力内部を滅茶苦茶にする...と思います。
お調子者のおバカさんが狙い目ですね、ヘイトを買いやすいですから。」
「力を奪うのに、逆にまず力を与えるか。面白い考えた。」
ほっ...デマカセが通れた!
「次、第二問。」
「ほぇ?」
「ゴキブリの生き残り術。」
第二問だ!終われたと思った!
「あの恐ろしい生き物も、何かの比喩ですね。」
「手下の中に、一人嫌われてる者がいるんだ。何をしても嫌がられ、何もしなくても嫌われる。遠ざけられる。殴られる。
そいつがどうやって生きればいいのか、考えてみてくれ。」
「またアバウトな...魔王様は何とかしてあげられませんの?」
「無理だ。」
「自分の手下なのに...なんでも『無理』なら、魔王様は何で魔王様になったのですか?」
踏み込んだ質問をしてみた。
この質問で、少しでも魔王様が嫌な感情をみせたら、すぐに謝ろう。
「自分から魔王になった訳じゃない。周りが勝手に俺を魔王にしただけだ。」
「推薦制なのですね。」
よいしょわいしょと持ち上げられて魔王になったのか?魔王ってそんなんでなるものか?
分からない。分からないけど、分かった事もある。
つまり、この魔王様は魔王になった事で招いた魔王案件を俺にも「悩め!」って事だ。
はた迷惑!一人で悩めよ!何で俺を巻き込む?俺は魔王でもないし、この野郎の手下でもないのに...知らんがな!
...無理だろうな。
隣に眠ってる星を見て、自分の気持ちを再確認する。
魔王の質問に答えなかったらどうなるか?実際のところ、まだ分からない。酷い事をされるかもしれないが、何もされない事もありえる。
だから、星達が酷い目に遭うのは俺の杞憂に過ぎないかもしれない。
けど、杞憂でも、その可能性があるだけでも、俺はそうならないように行動する。
理由は単純...後悔は嫌だからだ。
星の体をゆっくりに地面に横にした。
「誰からも嫌われているって事は、誰かの下に付いて、庇護を受ける事が出来ないという事ですね。
でしたら、私なら魔王様からお暇を頂き、別の王の下で働きます。」
「俺から離れた方がいいと?」
「魔王様は守ってあげないのでしょう?何をしても嫌われるのなら、頑張って残っても辛いだけですわ。」
「どこに行っても嫌われるとしたら?」
「そんなに嫌われるような人間ですか?実は嫌な奴?」
「...いや、そうではない。嫌な部分もあるが、嫌われている理由は『嫌われているから』だ。」
「...怒りのはけ口という扱いか。」
ゴキブリに例えるのは、言えて妙だな。
気に入らないけど...!
「誰からも嫌われて、好きになれないのなら...私なら、自分が王になりますね。」
「...独立するって事?」
「長く持たないだとしても、イジメられる日々を送るよりはマシだと思います。
...一応、ギリギリまで我慢はしますか。」
「なるほど。それが守澄奈苗の答えだな。」
不満そうな顔をされたけど、無理矢理答えさせられた俺の方が文句を言いたい。
「第三問、狼が柴犬に犬を追い出せと命令した。狼になりたい柴犬はどうすればいい?」
「イヌなのに、オオカミになりたいのか。」
今度は誰の話なのだろう?
「狼になりたいのなら、犬を追い出すしかないのでしょう?」
「同じ犬に仲間意識がある。簡単に切り捨てられない。」
「なら、オオカミに逆らいます?『無理』、ですよね。できないから、悩んでいるのですよね?
なら、イヌを切り捨てるしかない...と言う単純な話でもないのですよね?先の二つの質問と同じように。」
何か捻った答えにしよう。
「イヌを追い出したところで、オオカミがシバイヌを狼と認めるかどうかは分かりません。だけど、追い出す途中なら、シバイヌを味方にしようとするオオカミはシバイヌを狼の一員として扱うのでしょう。
だから、柴犬は犬と争い続ける方がいいですね。そして、決着を付けなければ、犬も追い出されずに済みます。」
「勝負の決着を敢えて先延ばしにするのか。これには思いつかなかったな。」
結論の先延ばしなんてありふれたやり口じゃないか!「思いつかなかった」のは流石に嘘だろう。
試されている?
「質問は以上だ。ありがと。」
「えっ、あっ、ありがとう。」
まさか礼を言われるとは思わなくて、「ありがとう」を「ありがとう」で返してしまった。
そして、礼を言い合い終わった次の瞬間、魔王様が俺の前から消えた。
...転移魔法!?
いやいやいや、きっとただの幻惑魔法だろう。
...けど、魔王だぞ?自称だけど、魔王ならできそうなイメージじゃない?
......
本当に何もされなかった。
それでも、もし雛枝がこの場に居ても、敵える相手なんだろうか?
判らない。
何もされなかったとしても、二度と会わない事を祈ろう。
狐につままれた気分だが、一先ずみんなを起こして、事の顛末を教えよう。
そう思って、鞄を拾い星を起こしてみようとしたその時、急に何かの液体に覆われた。
今度はなに?
「ナァ、ナァ、ナァ、ナァ、ナァ、ナァ、ナァーー...いけねぇナァ、雛枝嬢のオネエチャン。」
粘着質な声がどことなく流れてきて、見覚えのある人影が近づいてくる。
「せっかく眠ってるなら、起こされちゃ困るぜ。」
憎達磨だ。
いや、今はそんなことどうでもいい!呼吸が...!
「はむぅっ...」
鼻と口が未知の液体に塞がれて、呼吸ができない。その液体も本当はゼリーみたいなもので、呼吸の妨げになるし、飲み込めない。
苦しい...窒息死っ...!
ぃゃ...
「おぅっと...」
憎達磨が手を軽く振った。
その動きに合わせて、俺の体を包み込んだ液体改め、謎のゼリー状な物体が急に離れた。
「ぷはあ!はぁ、はぁ、はぁ...!」
咳をしながら、俺は急いて体内に空気を取り込んだ。
苦しかった...死んだ方がマシな気分。
「雛枝嬢が苦しんでいるようで、良い気分だぜ。」
俺の側に近づいた憎達磨は俺を見下して、嗜虐的にほほ笑んだ。
「...何で、ここに...?」
何とか呼吸を整えてすぐ、俺は憎達磨に問い掛ける。
「御隠居様から、お前ちゃんを不自然の無いように『失踪させる』という命令を受けた。逆にお前はどうやって御隠居様に目を付けられたんだ?」
「...お爺様の、命令?」
「対象が自分の孫娘は珍しくなかったけど、この時期は一人っ子のみの筈。よっぽどお前を気に入ったみたいな。」
一人っ子のみの誘拐...王様だけでなく、お爺様も犯人だったのか。
いや、主犯が王様で、お爺様はただの「模倣犯」か。主犯の犯行を隠れ蓑に、故意に人を攫っていたのか。
そして、今回は俺がターゲットとなった。恐らく俺がお爺様と接触したのがきっかけだろう。
...近寄ってはならなかった相手だった。
「すー、星...!」
「いけねぇぞ。」
「ぃう...」
すぐに大声で星を起こそうとした俺だが、憎達磨に気づかれて、再び口が謎のゼリー状な物体に塞がれた。
口が...というか、喉の奥に入り込んで...!
「あはっ!ワシはスライム族なんて。小動物を捕食するのは得意ゼ!」
憎達磨は苦しんでいる俺を見つめて、楽しげに笑った。
「疑似チ〇ポだ。気持ちいい?」
喉の奥に入り込んで、吐き気を催したが、喉全体にその謎のゼリーが充満して、何も吐き出せない。もどかしい不快感だけが増していき、時間が無限に伸びたかのように感じた。
「分かった、小娘?」
憎達磨が手を振った。
その動きに合わせて、口の中の謎ゼリーが一気に口の外に出てきた。
「おあがっ!おぅ...!」
内臓までが引き出されるような感覚と共に、胃液らしき何かを思う存分に吐き出した。
「ごぉっ!ぐっ!」
呼吸も苦しくなり、空気を吸い込んだら、吐き出している途中の胃液が気管に入り、また咳を繰り返した。
苦しい...何でこんな苦しい思いを...
吐血の時の痛みに慣れていたが、苦しいと痛いとはまた違う辛さ。痛さより嫌いな感覚だ。
「せっかく通りすがりの魔族が罪を被せてくれたんだ。おツレさんを起こして、ややこしくしんねぇでくれ。」
憎達磨はまだ嘔吐している俺の腕を掴んで、無理矢理引っ張り上げた。
「来い。足を動かせ。」
憎達磨が俺をどこかへ引っ張って行こうとする。
「ど、こへ...?」
「隠し部屋だぜ!興奮するだろう?」
「何で...隠し部屋?」
「隠れる為に決まってんだろうか。不自然の無い失踪...実はまだ未発見の隠し部屋で、ダンジョンの奴らが起きて出て行くのを待つんだ。」
隠し部屋で、みんなが起きてダンジョンから撤退するまで待つ...?
「やだ!」
何されるか分からないシチュエーションに黙って遭いに行かねぇよ!
そう思って、足を踏み締めて、自分の精一杯の力で逆らってみた。
「うぜぇから、無駄な足掻きはやめよぜ。」
俺の抵抗が虚しく、憎達磨がちょっと力を入れただけでまた足を動かしてしまった。
「女に飢えてねぇけど...雛枝嬢から散々舐めた態度を取られたから。お前で腹いせしても構わんぜ。」
「『記録』!」
「アぁ?」
「アナタが行ったすべての事が『記録』で確認できます!例え私を隠し部屋に連れて行っても...」
そうだ!
この世界で「誘拐犯罪」が最もリスキーな犯行である理由、それは「記録」という大魔法が世界の隅々を監視しているお陰だ。
俺をどこへ連れて行ったら、「記録」で道筋を辿れる。俺に何をしたら、「記録」でその犯行が確認できる。
だから...もし...俺が望まない目に遭う事になったら、「記録」で簡単に犯人が判明できる。辛い目に遭っても、復讐くらいはできる。
「ははっ...はははははははははははっ!」
憎達磨が鋭い高い笑い声を発した。耳障りな笑い声だった。
「そんなの、いくらでも目隠しができるよ。これだから、社会に出ていねぇガキ共が無知で困る。ワシの今の服が魔障束だって、見て分からんかった?」
ましょうぞく?
初めて聞く単語だが、どういう意味だ?
「ワシの体液で全身粘液まみれのお前も、今は魔法を隔てる服を着てるようなもんだぞ。『記録』のような魔力ケチる魔法、お前を記録しねぇよ。」
「っ...ご冗談を。」
「ハァン、ワシが冗談言ったと思った?」
突然、頬に衝撃を受けた。
足の力が抜けて、膝で着地した。
脳みそが揺れてる感じがした。
そして、遅れて頬に無数な針が刺さったような痛みが襲ってきた。
「ワシぁな、疑われんのは嫌いなんよ。雛枝嬢と同じ顔で、ワシを疑うな。」
一切の発言を禁ずるような態度で、憎達磨は俺の手首を掴んで、引っ張りながら歩き出した。
「ここが...?」
「ただの壁に見えるだろう?」
一見普通の通路の壁に憎達磨が触ると、その壁が横に開き、新しい真っ暗の通路が現れた。
「踏破したダンジョンの国有見取り図を弄れば、簡単に隠れ家が造れちゃう。ガキの秘密基地と全然違う用途だけどなァ。」
「っ!」
中に入ったら二度と自力で出られない。
そう思って、俺は手やら口やらを使って、必死に抵抗をしてみた。
勿論、それで憎達磨の拘束から逃れる訳がなかった。
「暴れてもこの程度なら、言う事を聞かせる為の教育もいらねぇな。」
結局、またも憎達磨がちょっと力を入れただけで、俺は隠し通路の中に足を踏み入れてしまった。全力で逆らった末、「ナナエ百八(予定)の秘密道具」を入れる鞄を通路の外に落しただけで終わった。
それでも、俺は諦めずに抵抗し続けた。無駄な抵抗だと分かっていても、その抵抗を辞める訳にはいかなかった。
そうしているうちに、俺は憎達磨に想像もしなかった広さのある空間に連れ込まれた。
ダンジョン内なのに、天井が遠い。一研の体育館くらいの広さがありそうだ。
「さーて、お前の処置は、っと。」
俺を無造作に床に放り出されて、憎達磨は左手を耳に当てた。
「御隠居様、入荷成功。運がいいよ、ホント。」
やっと自由になれた。
ま、逃げ出そうとしても、すぐに捕まれるだろう。
その上、放されてようやく自分の体が熱くなっている事に気づけた。つい先まで暴れていた事もあって、体がすごく疲れている。
というか、力が入らない...脱力状態。
俺の腕に力が入らず、そのまま床に倒れ込んで、動けなくなった。
「マジっスか。本当にちょっと力入れたら握り潰せる小動物みてぇじゃ。
......
慣れるまで待つとは、御隠居様らしくねぇ。そんなにこの小娘が気に入ったんか?
......
生意気な雛枝嬢と同じ顔は高得点だな、確かに。んでさぁ、処女って必要ある?
......
ヒュー。
......
やぁん。雛枝嬢を犯すみたいな感じで、なんか燃えるんだよな!あの小生意気なガキンチョもいつか分からせてやりてぇが、その前座?前戯?みたいな?
......
分かるって。死なねぇように気を付けるって。」
憎達磨が手を下ろした。
俺は憎達磨の念話が終わるまで、ずっと床に横たわっていた。
頑張れば、少しくらいは動けるだろうけど、な...
「マジだったんかよ。」
憎達磨がしゃがんで俺の顔を覗き込む。
「まだなんもしてねぇのに、もうバテてんのか。屍姦趣味ねぇ、死なせてもいけねぇ...時間掛かる穴だぜ。」
失礼な事を呟きながら、憎達磨がちょっと残念そうに俺から離れた。
...ラッキー。
お爺様の要求で、俺を死なせてはいけないのか。良い情報をくれてありがとう。
このまま寝込んでおこう...実際に体が言う事を聞かないし。
......
...
少しの時間が経ち、熱が徐々に引いて、体にも動けるくらいの力が戻ってきた。
が、動けないフリを続けた。
床が冷たくて硬いし、埃っぽいけど、元気な姿を晒して憎達磨に弄ばれるのは嫌だ。中身が男だから、ぜっっっっったいに掘られたくない!
憎達磨は今、何をしているのだろう?何もされなかった事は嬉しいが、そんな、我慢強い人間だったのかな?
我慢する必要もないし、ヤる気でいるのなら、俺なら我慢はしない。例え制限付きだとしても、イタズラをしてしまうだろう。
だから、すごく今の憎達磨が気になる。けど、瞼を開いたら動ける事がばれて、いやらしい目に遭ってしまうので、我慢して動けないフリを続けた。
「奈苗、雛枝...お前らの名前は面白い。」
自分の後ろから声がした。
無視だ、無視。
「優秀な妹の方が木の枝で殻を破った雛、虚弱な姉の方が奈落の底で芽生える苗。二人に対する期待度が天と地ほど違うのぅ。」
「......」
「お前、組長に期待されてねぇじゃねぇの?生まれて来なきゃよかったとか、思われてるかもな。」
「......」
「生まれた時から、妹と比べて来たんじゃねぇの?組長がこっちに帰って来た時も、お前を残したんだな。」
「......」
「寝てるフリを続いても、もう無駄よ。鳥肌が立ってるのは、もう見て分かってるんだぜ。」
突然、両手が掴まれて引っ張り上げられた。
「なぁ、いつから元気になったんだ、奈苗ちゅわん?」
「...人の名前で遊ばないでくれる?」
「えん?あれ?ナニナニナニ?」
憎達磨が俺の両手を片手で掴んで、その手を俺の足が床に届かないくらいに高く上げた。
「奈落の苗よ、まさか光とか待ってんのか?萎える未来しかねぇのに?」
実に楽しそうに俺を見つめる憎達磨、文字遊びに興じるその顔、学のないバカそのものだ。
バカの相手するのは好きではないけど、付き合わされる時もある。
「ひかりならあるわ。しかも、二つも。」
まるで俺の言葉を待っていたかのように、次の瞬間、入口の通路から二つの人影が駆け寄って来た。
一つの人影が憎達磨に大剣で斬りこみ、それに気づいた憎達磨が俺を放して、跳んで大剣の斬り込みを避けた。
が、もう一つの人影が避けた憎達磨を追いかけて、鎖に繋がれた鉄球を振り、その脇に鉄球を叩き込んだ。
「ぐあ゛ー!」
憎達磨は脇を押さえて、その場で蹌踉としていた。
それを見て、鉄球を持つ人影が俺を抱えて離れ、大剣を持つ人影が憎達磨を睨みながら一緒に距離をとった。
この二人、現れるタイミングが絶妙すぎないか?
俺は嬉しい気持ちを隠すと同時に、キザに自分の髪を整える。
「一度しか会ってないから、顔も覚えてないと思うので、紹介するわ。
私を照らしてくれる二つのひかり、白川 輝明 と千条院 星。
私が考古学部部長になってから最初に入ってくれた二人の部員よ。」