第十節 氷の影王②...お爺様
人は壁を作る癖に、ドアも作る矛盾な生き物だ。
「家族に会うのに、なぜ他人の案内が欲しいと思ってしまうのでしょう?」
目の前の過剰装飾されたドアを見つめて三秒、俺は改めて覚悟を決めて、ドアを叩いた。
「えっと、お爺様?と呼んでもよろしいでしょうか。
今日面会の予約をした守澄奈苗です。いらっしゃいますか?」
......
応答がない。
「面接に来た守澄奈苗です。御隠居様はいらっしゃいますか?」
もう一度ドアを叩くと共にふざけてみた。
だが、それでもドアの向こうからの反応がない。
実は向こう、誰もいないじゃないの?自殺したあの自称伝言役の言う通り、本当にお爺様がお留守だったりして?
あの男!勝手に自殺して、役目を放り出すとか、迷惑な話だな。残された方が困っているから、生き返って来いよ、もう!
仕方ない。
一日も掛けて来たので、とりあえず入ってみるか。
そう思って、俺がドアノブに手を掛けようとした時、そのドアが開かれた。
「......」
知らない女の子が無言で俺を見つめた。
あどけなさが抜けきっていない顔立ちに学生服、恐らく俺よりほんの少し歳が上な女の子だ。けど、気のせいだと思いたいが、その女の子の顔に少しの赤みを帯びているように見えた。
...ちょっとエロい...
「あっ、お爺様はいますか?」
余計な事を口走らないよう、最小限の口数を意識して訊ねた。
「もしかして、雛枝さん、ですか?」
俺の質問を聞いて、ドアを開けたその女の子の表情が一変して、真顔になった。
また有名な雛枝様と間違われた。
ドアを開けた時に見たあの蕩けた表情...あのジジイ、まさか孫娘とほぼ同い年な女の子に!?
「ごめんなさい。私は雛枝の双子の姉、守澄奈苗です。」
理由は分からないが、雛枝だと思われると自殺する人が出るので、今回はいち早く自分の正体を教えた。
「そうか...」
予想通り、相手がホッとした表情を見せた。
雛枝、お前もお前で、どれほど人に嫌われてるんだよ。
「あーっ、お爺様は...いますか?」
さっき、同じ事を口にした気がする。
「...はい。」
女の子が暗い表情で俺に道を譲った。
「すみません。」
俺は女の子の顔色を伺いながら、ドアを潜った。
ありがとうを言おうとしたのに、何故か自然と謝罪の言葉を口にした。
雛枝もお爺様も、この女の子にとってよく思われていないようで、血の繋がりのあるだけだが、無性に申し訳ない気持ちになった。
腹立たしい。
紅葉先生の時もそうだが、既に他の誰かが犯した間違いに対して、自分が何もしてやれなかったと思って感じた無力さが実に腹立たしい。
俺が負い目を感じるような事でもないというのに...
お爺様の部屋を入ってすぐ、またも苛立ちを覚えた。
人一人くらいの大きさな丸テーブルに、それの二倍くらいに大きい椅子が二つ。そして遠い奥にある何人も横たわれるくらいの大きいベッド。
そのベッドの上に、細身の老人が横たわっている。
「っはっはっは!こりゃ、確かに姉ダァ。
雛っちっ子のアレより全然大きい、嫌でも目を引く。」
老人は自分の無精髭を撫でながら下品に笑い、舐めるような視線で俺の体を見る。
「いいご身分...」
おっと、いかん。余計な事を口走った。
「初めまして、お爺様。少しのお話と家族の仲を深めたくて、会いに来ました。」
「ふーん?」
老人は目を細めて、片方の口角を上げる。
「お前さんにとって、わしは『お爺様』なんた。わしの念写写真でも持ってんのか?」
そして、何故か首を傾けて、横目で俺を見る。
男相手に礼儀正しく挨拶してやったのに、その相手が立ってる俺に対して、ベッドの上で寛いでいる。
だが、俺は自分を律する事ができる人間だ。我慢、我慢。
「お母様の写真を持っていますが、お爺様の写真はありませんでした。」
呼吸を整い、声を穏やかに。
「もし、今の言葉が自分が御隠居様だと、どうして思った?という質問でしたら、ただの見た状況からの推測でしかありません。
別人でしたら、すみません。」
俺の返事を聞いて、老人は改めて俺を見つめた。体の上から下まで、遠慮のない視線を投げてきた。
チラチラ見られるのはもう慣れたが、このようなジロジロした視線は初めてだ。実に不愉快。
「座れ。」
老人が体を起こして、手を適当に振った。
ようやく座れる許可が下りたか。
俺は「失礼します」と呟き、ドアに近い方の椅子に手を添える。
「そこじゃねぇ。こっちだ。」
言いながら、老人は俺に手招きした。
...その手はなに?
あぁ、なるほど!女の子相手に、自分の側に座れ、って事か。
...ジジィ。
「お気遣いなく。私はこの氷ソファーで十分です。」
言って、椅子に腰かける。
「こっちに、来いっ!」
老人が声のトーンを落とした。
...急にドスの効いた声を出して、悪い物でも食ったか?悪寒が走ったじゃないか。
俺が心の弱い人間だったら、ビビるところだったぞ。
話が順調に進む為なら、ここは従った方がいいと思う。
が、相手が「自分がルールだ」と思っているような人間だったら、従ったら「話が順調に...」とは限らない。
だから、俺は自分のしたいようにする。
「...お爺様の孫ではありますが、私は今日、お爺様とは初対面。礼儀を欠いた行動をしてはなりません。」
俺は無駄のない動きで蝶水さんともう一人の女の子を避けて、出入り口に着き、ドアを開けた。
「お爺様が着替え終わるまで外でお待ち致します。ごゆっくり。」
また何かを言われる前に、速やかに部屋を出た。
逃げ出してしまった。
予想していた事だが、頭では覚悟したつもりでも、相対した時には恐怖を感じるものなんだな。
初めてだな。
前世の記憶を思い出した時から、男からの邪な視線を沢山感じてきて、気持ちが分かるから何も言わないできた。見られることも、いつの間にか慣れていた。
けど、さっきのお爺様のような堂々なセクハラは未経験だった。考えてみたら、アレでもまだ体を触られていないし、卑猥な単語もまだ耳にしていない。
つまり、セクハラレベルの中でも、まだ雑魚レベルだ。
もし、本格的なセクハラをされる羽目になったら...
俺は女の子を見て、淫らな妄想をする健全な男性だ。だけど、その妄想を誰かに語ったりはしない、セクハラは良くない事だからな。
けど、さっきの出来事ではっきりと分かった。やっぱセクハラへの真剣度では男と女は全く違う。男がどれだけ「真剣」でも、女にとってはまだ楽観的だ。
覚悟しておいたと言った自分が恥ずかしい。
「姉さん、今からでも逃げない?」
後から付いてきた蝶水さん、開口一番が逃走のお誘いだった。
「今になって逃げたら、不自然でしょう。」
多大な労力を費やしてここまで来て、話もまともにしないうちに離れたら、無駄骨もいいところだ。
「そうっスけど。御隠居様、ヤル気みたいっスよ。
姉さんの為思って言うけど、黙って帰ろっ。戻ったら絶対ヤラレるっス。」
「いやな想像をさせないでくださいよ。」
ふっと、隅っこに「野晒し」にした自称伝言係の男の死体を目にする。
...死んだら、何も怖がらなくていいし、何も考えなくていいって、いいなぁ。
「このタイミングで帰るのは無しね、不自然すぎます。
絶対お爺様により目を付けられてしまいます。
私も何かを成し遂げるまで、ここから離れたくありません。」
揉まれたとしても、それで何?俺は心まで女の子になった訳じゃない。
「けどよぉ。私、組長から姉さんの事を頼まれてる。
傷物になったら、怒られる。」
「あのねぇ...」
今もお爺様の部屋にいるあの女の子は「傷物」だろうな。俺と違って、蝶水さんに心配されない。
別に全人類平等であって欲しいと思っちゃいない、寧ろそうなったら問題だと思っている。
けど、実際に不平等な扱いをされて、いい気分じゃない。中身が男だから、より鮮明にそう思う。
「では、蝶水さんの言う通りに、帰るとしましょうか。」
「姉さん!分かってくれたっスか。」
「えぇ。蝶水さんが言うから、仕方なくお爺様に一言も言わずに帰るとしましょう。
蝶水さんの責任。ね?」
「ぇ責任?」
「お爺様に訊かれたら、蝶水さんに帰れと言われたからと言うね。蝶水さんが『帰ろ』と言ったから。」
「あーっ...別に私は『帰れ』と言ってないっスよ。帰った方がいいと言っただけっス。」
「私が『傷物』になったら嫌でしょう?」
「いや、別に私は...姉さんの好きなようにすればいいと思う、っスねぇ。」
「ソウデスカ。」
結局自分が一番かわいいって事だな。
蝶水さんが予想通りな小物で助かった、今後の彼女との付き合いがどういう風にすればいいのか、楽に決められた。
「私の好きなようにすればいいの?帰った方がいいんじゃ?」
「むー、私が決めていい事じゃない。」
「だけど、蝶水さん...」
時間つぶしに蝶水さんを更に弄ろうとしたその時、後ろにドアが開く音がした。
「あのっ...お呼び、です。」
さっきの女の子が出てきて、弱々しい声で俺達を呼ぶ。
今気づいたが、学生服を身に付けているこの女の子、素足だった。
...「どうして?」とかは考えたくない。
「入ろう、蝶水さん。」
女の子の方から目を逸らし、その横を通って再び部屋に入った。
部屋の中、机にお菓子の籠が追加されたとお爺様が寝巻きを着た以外、さっき出た時と何も変わっていない。
出た時と何も変わっていない。
周りの服が綺麗に片付けていないし、明かりも薄暗いままだし、お爺様がベッドの上から離れていないし...イラつく。
「...座ってもよろしくて?」
「あぁ。」
許可を得て、俺はドア側の椅子に座った。
「先にご確認いたしますが、お爺様?で、よろしいでしょうか?」
「そうじゃのぅ、直系の血族じゃ。」
「よかったぁ。
今まで親族に訪ねる機会に恵まれなくて、実は顔見知りではない親戚に会うの、お爺様が初めてなのですわ。
間違えたらどうしようと、ちょっと思ってて...」
「そうか。」
何を思ったのか、お爺様が徐にベッドから立ち上がって、対面の椅子に座った。
そして、またも俺の全身を視線で嬲る。
またも悪寒が走った...なるほど、これが「身の危険を感じる」という感覚か。
「お爺様は私と会って、どう思いました?
もしかして、迷惑ですか?」
「ふふっ。」
笑ってないで否定しろ!
このジジィ、見た目が不健康そうな老人なのに、会った時からずっと笑ってばかりで、俺とほぼ会話をしていない。なんだか不気味だ。
「そう言えば、ここ最近の氷の国に起こった大事件、ご存じですか?」
「いや、知らないぞ。」
「...そうですか?」
あのさ、お爺様...本当に知らない人なら「そうなの!?」というように驚きます。お爺様のようにすぐに「知らない」なんて、言わないんだよ。
「実は、氷の国にかなり多くの誘拐事件が起きてて...」
「ふーん。」
反応が薄い。
こんな薄い反応を見せたって事は、やっぱりお爺様は「知らない」じゃないんだ。
それどころか、「知らない」と嘘を吐いた事を俺に隠そうともしていない。誰かに何と思われても気にしないって感じだ。
「...お爺様?」
何を思ったか、お爺様が立ち上がって、俺の側に寄ってきた。
...はっ!そういえば椅子が二人座れる広さがあるのに、蝶水さんが俺の隣に座っていない。
そんな事を思っていたら、お爺様が無言で俺の側に座り、にやけた顔で見つめてきた。
「あの、お爺様?」
「なに?」
「...いいえ。」
俺の反応を楽しんでいる顔をしている。
何かお爺様の気を引く話をして、俺の体への興味を逸らさなきゃ...
「千件も超える子供の誘拐事件がこの氷の国に起きてて。けれど...」
「子供かぁ!それは大変だ。」
「あっ、そうなのです!実は多くの子供が...」
「お前さんは子供じゃないから、心配しなくていいじゃん?」
突然、お爺様の手が俺の胸を掴んだ。
...何で?
いや、別に予想していなかった訳じゃない。けど、タイミングがおかしくない?もしくは一言声を掛けてからとか。
警戒して体が強張っていたから、びっくりして一瞬思考停止した。
「っ!」
揉んだ!揉まれた!
マジかよ、お爺様!この体、お前の孫娘の体だぞ!直系血族だぞ!
そして、厄介な事に体が暑くなってきて、お爺様の魔力に拒否反応を示してきた。
「お爺様、私の体質の事を、ご存じですか?」
俺の「記憶喪失」設定と同じ、体が弱い理由も箝口令を敷いているが、「記憶喪失」の箝口令ほどに厳しくない。「記憶喪失」の事を知らない雛枝が「魔力耐性ゼロ」の事を知っているように、家族なら俺の体質の事を知っているのだろう。
けど、実は知らなかったという可能性もあるので、お爺様の魔力で死ぬ前に改めて伝えて、離れてもらおう。
そんな思惑をする俺だが、お爺様は俺の耳に口を近づけて...
「いいえ。」
そのまま、お爺様の口が俺の耳たぶを噛んだ。
...口が臭い。
この老い耄れめ、俺の体質の事を知ってるんだな。
知ってて、触ってきて、そして離れてくれないんだ。
貞操の危機どころか、命の危機まで瀕してる。
「はぁっ、ぁ...」
体の調子が悪くなる上に、ジジィの胸を揉む手が止まってくれない。
切り札として雛枝の事を口にしていないが、このジジィ相手に「本当に切り札になれるのか?」と、今になって怪しく思えた。
どうする?
このまま死を待つつもりはないが、どうすればお爺様にやめさせられる?
...男なら...
「...新しく手に入れたオモチャをすぐに壊すの、勿体なくありません?」
「ん?」
「折角なのですから、時間を掛けで壊れにくいオモチャにしてから、長く楽しんだ方が良くありませんか?」
「...オモチャか。」
お爺様の手の動きが止まった。
けど、まだ俺の胸を放してくれていない。
「オモチャって、考える脳みそが入ってないだろっ?」
「っ!」
胸が強く掴まれた。
ムカつくジジィだが、ここで反抗心を見せても何の意味もない。
寧ろ反抗的な態度は男の征服欲をそそる、事態を悪くするだけだ。男の俺がソースだ。
「最近のオモチャは仕様が変わっていて、ある程度持ち主が好きなように変える仕組みになっています。
時間の掛かる仕組みだが、その分、満足度の高いオモチャになっています。」
「気が短ぇんだ。早くしろ。」
「耐久面では、どうにも...
是非、時間を掛けて、私をお爺様の色にしてください。」
寒気がするのに、全身が暑い。頭もボーっとしてきて、自分が口にした言葉に気にしなくなっている。
俺、キモい事を言った?それとも、恥ずいことを言った?
今なら、どんな恥ずい事も言えるような気がする。言わないように気を付けるけど。
「お前さんがわしのオモチャか。」
ようやく、胸にあった熱い何かが離れてくれた。
ボーっと隣のジジィを見ていると、クソジジィが机の上のお菓子に手を伸ばして、飴を取っているところを目撃した。
甘党か?
飴を取ったお爺様は包み紙を外して、口に飴を咥えてから、その包み紙を俺に渡してきた。
「......」
俺は無言で包み紙を受け取って、捨て場所が分からず、自分の手の中に残した。
そしたら、何故かお爺様が楽しそうに笑った後、俺から離れて、また対面の椅子に戻った。
......
無音の時間が過ぎていく。
飴を舐め始めたし、足も組んで楽な体勢を取ったお爺様だが、先と同じように俺を見つめながら無言でいる。
目つきは何となく俺の体を見るモノから、俺の反応を待つようなモノに変わった気がする。
けど、無言。
蝶水さんと学生服の女の子は言うまでもないが、俺もお爺様の所為で、無言。何を言えばいいのか、言ってもいい言葉が何なのかが分からず、口を開けないでいる。
そして、この四人の中で、お爺様だけがこの無言空間で楽しそうにしている。
空気が重い。
いや、違うな。お爺様が楽しそうにしているから、お爺様だけが「空気が重い」と感じていないだろう。
脳天気な奴でもないだろうから、空気が読めない訳じゃない。逆にこの空気を楽しんでいるとも思える。
...いや、そうかもしれない。
この「重い空気」を楽しんでいる。一人だけ楽しんでいる。
このままこの無音空間を継続させたら、お爺様以外の人が心が削られていくだけ、最後はお爺様の一人勝ちだ。
寧ろ、それが狙い目では...?
「お爺様、氷の国の子供誘拐事件について、耳にした事がありますか?」
「さぁ?」
「さぁって...聞いた事があるかどうかを尋ねております。」
「そうなんだ。」
「......」
このジジィ、少しも答える気がないなっ!
何かを知っている雰囲気を出しているが、何も知らないかもしれない。
イラつくぜ、マジで!目の前のジジィをぶっ殺したい!
「もし、何か知っている事があるのなら、教えてくれませんか?」
もう犯人が分かっているから、犯人を見つける為の情報が欲しい訳ではない。単純にお爺様がどのくらいの情報を持っているのか、把握しておきたいだけだ。
「お前さん、奈苗っつったけ?」
「えっ?はい、守澄奈苗です。」
「雛っちっ子の双子の...姉だっけ?」
「...はい。」
「汗凄いぞ。暑い?」
「っ...」
お前の魔力の所為で、今もまだ体が暑いんだ!分かってて訊いてんの!?
...我慢だ!
「ご心配なく、暑くありません。」
「そうか?
でも、暑いなら服を脱げば?わしは構わんぞ。」
「っ!
いいえ、お気になさらずに。」
「遠慮はいらんぞ、わしはお前さんのお爺様じゃ。
全部脱げば涼しいし、汗も拭けるじゃん。」
「......」
俺さ...別に体が女の子だから、心まで女の子になった訳じゃないんだよな。
今までだって、肌を極力露出しないようにしてきたのは「青少年の健全な成長」を護る為であって、異性に裸を見られても何とも思わない。
しかし、今初めて「裸を見られたくない」と思った。恥ではなく怒りで、そう思った。
「お爺様。この国の子供誘拐事件について、何かを耳にしていますか?」
「うん。」
「何か情報があるのなら、教えて頂けませんか?」
「そうじゃの...
お前さん、暑そうじゃな。服、脱げば?」
「...何か情報があるのなら、教えて頂けませんか?」
「ふふっ。」
「話を聞いていますか!?」
うっかり、感情を前に出してしまった。
...抑えろ!抑えるんだ!
怒ったところで、何かを変える訳ではない。お爺様を楽しませるだけだ。
......
「よろしければ、お爺様の知っている事を教えて頂けませんか?」
「知ってる事か。
お前さんも、わしの話、聞いた?」
「それは...」
女の子に「裸になれ」なんて話、聞く訳ないだろっ!
「暑いなら、服、脱げば?」
「......」
つまり、情報が欲しいなら、代わりに服を脱げって事か?
...舐めやがって。
「私が肌を見せれば、お爺様が情報をくれるのですか?」
「暑そうにしているお前さんが忍びなくて。」
「自分の裸に値があるとは知りませんでした。
ですが、それを知った今、安値でドブに捨てたくありません。
子供誘拐事件の話は忘れましょう。私は別にお爺様からの情報は何も欲しくありません。」
「可愛い孫におまけしようとしたんじゃが、いらねぇのか。」
既に犯人が判明してるんだ!テメェのデマカセ情報なんて、最初からいらねぇんだよ!
......
男として、女性の裸に価値がある事には同意する。女の子になった今の自分なら、情けで男に自分の裸を見せても良いと思っていた。
けれど、今は簡単に男に裸を見せないと思うようになった。裸を見せる事で、実際に何かと交換できると分かったからだ。
もし、裸を見せる事で何かと交換できるのなら、できるだけ高値でこの裸を売る事にしよう。
少なくとも、それ程必要でもない情報と交換したりはしない。
「喰鮫組、近いうちに政府と一戦を交えるらしいですね。」
「初耳じゃの。」
「そうなのですか。」
テメェが知ってるかどうかは重要じゃない。
「戦争になると、人が死にますね。もしかしたら、沢山死にます。」
「ふわぁ...」
欠伸!?
...もう回りくどいのはやめよう。どうせ俺の目論見なんて、すぐにお爺様に見破られるんだろう。
「私はこの戦争を止めたいのです。お爺様に力を貸して欲しいのです。」
「...わしは隠居じゃ。」
「御隠居様はそうだとしても、喰鮫組での影響力は未だに大きいのです。
戦争を止める為にはお爺様の発言が必要です。」
「そんな事ないじゃろっ。
今事何とかしたいなら、今時の人じゃん?佳奈多に言え。」
カナタ...?
あ、お母様の事か。
「喰鮫組の実際のトップが誰なのか、もう気づいちゃいましたわ。」
まだぜーんぜん部外者視点だか、喰鮫組で雛枝に反抗的な態度を取る人がいるが、お爺様にはそんな人はいなかった。
「お母様も雛枝も、本当の意味で喰鮫組を代表する事はできません。」
会う前から良い印象を持てなかったが、会ってから更に嫌いになった。
けど、このお爺様は喰鮫組では雛枝より影響力を持つ。御隠居様にのみ従う者もいるみたいだし、お母様側の蝶水さんが怖気付くような存在みたいだ。
非常に不本意だが、氷の国の内乱をなんとかしたいなら、お爺様の存在は必要不可欠だ。
「わしは隠居じゃ。
例えまだ影響力が残っても、世事に口を出す気がないんじゃ。」
「『世事に口を出す気がない』?本当でしょうか。」
「うん。なんか言いたい事あるね?」
「喰鮫組の丸川顧問と丁度最近に会えていまして。丸川顧問、お爺様の命令にだけ聞く人みたいですけど、喰鮫組での序列が一らしいですね。
何故でしょう?」
「わしは隠居してるんじゃ。
はて、『何故でしょう?』」
質問に質問で返す、しかもオウム返し。
お爺様は答えるつもりがない上に、それを誤魔化す気もないって事か。
お爺様か。
「なら、せめて顔出すだけでもお願いします。
戦争を止めるには、やはり両陣営首脳陣の顔合わせが一番です。
向こうの方は王様に頼んで何とかしてもらうとして、喰鮫組はお母様とお爺様、そして雛枝も出席してもらえば、きっと話し合いができるようになります。」
「ヤツ等がお前さんの言う事を聞いてくれると良いなぁ。」
「それに関しては私の仕事という事で、お爺様は何も気にせず、出席して頂ければ十分です。」
「わしは、御隠居じゃ。
世事の事を知らんし、足を突っ込む気もなぃ。」
「...居てくだされば十分です。私はお爺様に何かを強要するつもりはありません。」
「親孝行の良い子じゃのぅ。
まっ、わしは隠居じゃから、知らんけど。」
隠居隠居、うるせぇな!言葉を覚えたばかりの赤ん坊か、クソジジィ!
...巻き込みたくはなかったけれど、仕方がない。
「なかなか首を縦に振ってくれなかったのは、私一人だからですかね?片割れだけでは弱いのでしょうか?
日を改めて、また雛枝と二人でお爺様に甘えに来ますので、私のお願い、考えて頂けませんか?」
雛枝に告げ口するぞ、という宣言。
力をチラつかせての交渉はデメリットが大きいから、できるだけしたくないんだが、するしかないという時もある。
「奈苗っち子。」
お爺様が眉を顰めて苦笑いをし、体を前に倒しながら俺に手招きをした。
行動の意味が分からない。
話ならすればいい。体を寄せて来る理由が分からない。
けれど、意味もなく反抗しない方がいいだろう。一応は俺の方がお願いをしている身だから。
そう思って、お爺様と同じように体を前に倒すと、お爺様が口の中の飴を取り出して、俺の前に突き出した。
「...飴?」
「うん。」
「まさか、これを...?」
「うん。」
「......」
「うん。」
笑いながら、「うん」しか言わない、お爺様。
くそっ...今だけ、バカになりたい。
「...あーん。」
目を閉じて、口を開ける。
少し待つと、口の中に何かが押し込まれた。
それが全部口の中に入ってから、俺は恐れ恐れに目を開けると、お爺様が自分の口を指さした。
...ホント、今だけはバカになりたい。
「ちゅる...あー。」
口の中の物を何回舐めてから、お爺様に口を開けて、それを見せた。
...甘い筈なのに、何故か「臭い」って思ってしまった。
「奈苗っち子。」
お爺様は手で俺のほっぺを軽く叩く。
「わしは隠居じゃ。」
「っ!」
人に自分の臭い口の中の物を食わせて、それでも「わしは隠居」だと!?
「ふぅ。」
お爺様は姿勢を戻して、見下ろすように俺を睨んで、
「ガキは大人しく...アメ、喰っとけ!」
そう言って、不敵な笑みを見せた。