第九節 氷の国王③...証拠のない推理
「では、小出しでいきましょうか。」
体を起こして、姿勢を正しくした。
「私にとっての始まりはとある夫婦のお子さんが行方不明がきっかけでしたね。軽い気持ちで探す手伝いを受けたものの、情報が集まれば集まる程、手に余る事件だと気づきました。
あの頃は...私は手始めに仲間達と何組に分かれて、各方面から事件への探り入れをしましたね。結果、第一の難問である『子供の失踪に特徴と言えるものがなかった』にぶつかりました。」
言って、一度王様の顔色を伺ってみた。
「続けて。」
特に興味を示すような感じはなく、投げ槍な態度だった。
王様は正直者だが、俺も当然、一言程度で揺さぶられるちょろい奴だと思っていない。
「この国の情勢から鑑みると、私が最初に調べた事は『納税脱税』です。聞いた話だと、被害を負ったご家庭の中に、『喰鮫の庇護』を受けた者もいれば、普通に税金を納めた者もいたそうですね。その数もどちらかに偏っていなさそうだし、国外からの観光客の中にも被害を受けた者がいるみたいです。
この時点では、正直犯人の目的は何が何だか、全く分かりませんでした。あ、これ!これが第二の難問、『犯行理由の不明』です。一応私はもう、これは単なる『失踪』ではなく、誰かが行った『誘拐事件』だと考えていました。
まぁ...如何せん誘拐の動機が分かりません。普通に考えれば、殆どメリットのない犯行ですからね。」
ゆっくりとココアのカップに手を掛けて、口元までそれを近づけた。
「となると、犯人はどうして『誘拐』などをしたのでしょう?」
ココアを口にして、その味を堪能した。
「冷たくなっても、おいしいですね。この...『牛乳カカオ』?と呼べばいいのでしょうか。」
そして、俺はまたもゆっくりカップを机の上に戻した。
「そう呼びたいならそれでいい。
それより、話の続きを...」
言って、慌てて口を閉じる王様。
やはり早く「自白」したいんじゃないか。
意地を張らず、さっさと自白すればいいじゃん?
「あら、『牛乳カカオ』という名前が気に入りませんでした?なら、別の名前を考えてみますね。」
「今はそんな事を考える場合ではない。早く僕に『自白』させるのでしょう?」
「くすっ、何で陛下が急かすのですか。」
「ちっ...」
「すみません。私ったら、いつも急に話を在らぬ方向へと飛ばしてしまうのですから。」
王様を弄るのはこのくらいにして、と。
「では、改めて。
未知の犯人が理由不明な誘拐を行いました。殆どメリットがないこの犯行、何故するのかと考えると、何かの目的があったと、そう考え付くよね、誰でも。」
肘を机に付き、両手の指先をくっつけた状態で王様を睨む。
「それで、私が目を付けた情報は二つ。
一つ目は、狙われた家庭は全て一人っ子家庭である事。二つ目は、旅行に来た外国人観光客の中で、中途半端な時期に帰国した者がいるである事。」
「観光客?何故観光客に目を向けた?」
「むー、何故でしょうね?
最後の最後に耳にした事だから、決定打ではないのは確かですね。」
「決定打?何の話?」
「そう言えば、陛下。陛下は先程自分の事を飾りの絵だと比喩しましたね。名目上の国のトップなのに、随分と卑屈ですね。」
「そんなの、他の二国でも同じではないか。間を置かずにまた話が飛んだぞ!」
「いいえいいえいいえ、落ち着いてください陛下、別に話を逸らしてはいません。焦って話を進めても、私の方が自分が何を言ったのか、何を言っていないのかが分からなくなるので、ご容赦ください。」
「...それで?」
「陛下ならもちろんご存じの事ですが、この国、氷の国はもうすぐ喰鮫組とこの国の政府――さっき私が聞いた『区長連盟』でしょうかね?この二つの組織がもうすぐ戦するらしいではありませんか。
私は浅学で、国境を超えるまで、まったく知りませんでした。
グローバルの守澄財閥次期当主なのに、お恥ずかしい事ですね。」
「......
指名されて間もない上に、まだ成人式も済ませていない少女。余程我が国に関心を持っている人でなければ、もうすぐ内乱が起こるなんて、分かりはしないのだ。」
「ほへ~。態度が変わっても、中身が優しい陛下のままですか。」
「......」
同意も否定もしない。
根が正直者でも、俺を本音で話せる相手だと心を許していないご様子だな!
「陛下のお言葉に甘えて、自分を卑下しない事にしますね。
でも、『知らなかった自分』がいた事のお陰で、私は『外国人観光客』にも注目を向ける事が出来ました。
陛下。国内情勢を知っていながら、自分では何もできないっていうのは、お辛かったのでしょう。」
「貴女の話が一々難解で、要点を得ない。何を言いたいのか、はっきり言ってくれないか。」
「私としては話を噛み砕いたつもりだったか、分かりにくかったのですか。ショックです。」
となると、探るような喋り方を一度やめて、はっきりとした内容を述べよう。
「陛下は内乱について止めたいと思っているのでしょう?だけど、口出しができません。違いますか?」
「そうだ、僕は壁に飾ってるだけの絵に過ぎない。
...そういう事か!」
「それどころか、入国の禁止すら、決める事が出来ません。最悪、提案すらできません。違いますか?」
「一応提案はできるか...なぜそんな事を知ってる?」
「ただの憶測ですよ。だが、本当にそうらしいですね。」
「他人に話をさせてから、小さな間違いを誘い、それを突く。それが『守澄』のやり方か?」
「よく分かりませんか。
でも、陛下がそう言うのなら、そうでしょうね。」
「あくまで惚けるつもりか。
分かった、続けて。」
「外国人観光客の入国を止める事は出来ません。ですが、この国へ入った外国人達が国の情勢を知って、おおよそ二つの行動を取ります。速やかに帰国するか、気にせずに残るか、この二つですね。
私は...はは、気にはしたが、残る選択をしました。言葉のあやに失敗しましたね。
他の方の中に、どのくらいの人が帰国を選択したのか、どのくらいの人が残ったのかは分かりません。『子供誘拐事件』に関係のない話ですから。
私が注目したのはそのどちらでもない、残る選択をしたのに、途中で帰国した人達だけです。」
「なぜ?」
「そう、『なぜ?』です。
あ、いえ、ごめなさい。私の『なぜ?』と陛下の『なぜ?』は違います。私の『なぜ?』は中途半端な時期に帰国した人達に対して、です。
途中で旅行計画をキャンセルする理由なんて、上げればいくらでも出てきます。なので、決定打にはなりません。それでも、気に留めるくらいにはなりました。
もしかして、何か特別な理由で途中帰国したのではないかって、考えてしまいました。」
「その特別な理由とは?」
「急かさないでくださいよ、陛下。申し上げたのですが、焦って話を進めたら、私が混乱しますわ。私のペースで喋らせてください。」
「くっ...」
いつまで経っても本題に入らないから、王様の方が大分イラ立っているな。そんなに喋りたいなら、俺の話を待たずに素直に喋れたら良いのに。
「では、次は『一人っ子家庭』について、お話ししましょう。」
「は?ちょっと待って、まだ『旅行客』の話が終わってなかったではないか!何で急に話題を変える?」
「私の思考に合わせて話をするとこうなりますわ。
私の話が聞きたいのなら、私に合わせてくださいな。」
「...はぁ。分かった。」
「仲間と一緒に事件の事を考えている時、『一人っ子家庭』の話は『旅行客』の話の前に行いました。なので、その時の私はまず、何で独子だけが狙われていたのだろうって、悩んでいましたね。
幾つの可能性が考えられるが、どれも状況証拠も薄い、当てずっぽうな考えで、幼稚で、話題に出すのも恥ずかしいものでした。
例えば、種族の絶滅を狙う犯行とか、誘拐した子の親への恨みとか、バカらしい想像ばかりでした。
考えてみれば、誘拐された子供達がそのご家庭の唯一のお子さんだなんて、犯人はどうやって分かったのでしょう?そんなマニアックな魔法を聞いた事がありません。
あはははっ、そんなマニアックな趣味も聞いた事がありませんね。笑えますよね。」
「......」
「あら、ご機嫌斜め?私が面白くもない冗談を言ったのがいけなかったのでしょうか?」
「守澄の考えが理解できないだけだ。どうやってそういう事を思いつくのか、分からなかったんだ。」
「考えるだけなら自由でしょう?なので、私はあらゆる可能性を考えただけです。それがどれだけ突拍子もない可能性でも、一度は考えます。
その中に、もちろん『敵の弱体化』という可能性も考えました。」
「!?」
...分かりやすい。
あからさまな驚きを見せないでくださいよ、陛下。秘密を持っているのなら、隠し通せるように、せめて星のようなポーカーフェイスを貫けるようにしなきゃ。
「もう既に喰鮫組関連のご家庭も、普通のご家庭も被害を受けている事を知っているのに、こんな事を考えるのはバカらしいですよね。私も同じ思いです。」
「バカらしいなんて...」
「優しいですね、陛下。でも、陛下は『バカらしい考えだ』と言い切った方がご自身にとって都合が良いのですよ。だって、それで『両方の弱体化』という可能性を思いつけましたからね。」
「っ!」
「私は自分の考えがバカらしいと思っていても、すぐにそれを切り捨てるような事をしません。『もしかしたら』と、ずっと頭の中に残し続けます。
そのお陰で、『途中帰国外国人観光客』の話が出た時、一つの線が繋がったような感じがしました。
陛下、誘拐された子供の中に『外国人』も含まれていました。そうでしょう?」
「......」
「陛下?おーい、陛下?話、聞いていましたの?」
「含まれていた。
それで?」
「もーう!意地悪しないでくださいな。
もうずっと蝶水さんが話の蚊帳の外で、私と陛下二人だけで話を続けているのですから、会話のキャッチボールをしてくださいませ。」
「っ、バカにするのもいい加減にしろ!」
机を叩いて立ち上がる王様、それに合わせて魔道具を取り出す蝶水さん。
二人の間の空気が張り詰めるな...俺の所為だけど。
とりあえず、ココアを飲み干そう。
「ふぅ、おいしい。
陛下、お代わりあります?温かいものが飲みたいです。」
「俺に入れろっと?」
「陛下しか作れないのでしょう?
こんなにもおいしいのに、今日でお終いですから、できるだけ多く飲みたいのです。」
「ふざけるのもいい加減にしろ。」
「いいやー、こんな緊張した空気の中で、平常心でお喋りができないではありませんか。
温かいものを飲んで、お互い落ち着きましょう。」
「...気づいてるのに尚、僕に『牛乳カカオ』を作れと?大した度胸だ。」
言い終わった後、王様は厨房に入り、新しいホットココアを作り始めた。
「姉さん、あぶねぇ橋を渡るような真似をしないでくださいっス。
やっぱこの場所は喰鮫者の余所、長居しない方がいい。」
王様が離れていくのを見て、すぐに蝶水さんが俺に耳打ちをしてきた。
「お二人が正直何の話してんのかちんぷんかんぷんっスか、このままだとマジで殺りあう事になりそうだ。今のうちに帰った方がいい。」
実際に殺り合うのは蝶水さんだからな、心配するのも仕方ない。
「そうですね。
でも、ごめんね、蝶水さん。国王様と会話のドッジボールをしている間、逆に確信していた一部の事が不明瞭になってしまったので、その辺りが分かるまでもうちょっと残りたい。」
「しかし、話し合いが破談になったら元も子もないっスから。ここは一旦引いた方がいいっス。」
「ふむ。」
どうやら蝶水さんは話だけでなく、今の状況も理解していないようだ。
が、それを説明しようとした時、王様がホットココアを持って、帰ってきた。
「新しい『牛乳カカオ』だ。飲んだら話の続きをしよう。」
「あれ、カップが二つしかありませんわ。ここに三人もいるのに?」
「飲みたいのはそちらだろう!僕はもういい。」
「お互いの気持ちが落ち着く為に温かいものを頼んだのですよ。なのに、一番気が立っている陛下の分がないだなんて、本末転倒ですわ。」
俺は「氷ソファー」から立ち上がって、蝶水さんの肩を叩く。
「蝶水さん、もう帰りましょう。時間も時間ですし、早めに游房に戻りましょう。」
王様に一礼をして、
「今日、お時間を割いて頂ぎ、ありがとうございました。また後日に改めて、お伺いに参ります。
失礼します。」
俺は蝶水さんを引っ張って、部屋を出るフリをした。
「『凍』!」
前ふりもなく、王様が魔法を使って、部屋のドアノブを凍らせた。
「自分の分も作ってくるから、今帰るな!」
そう言って、王様が再び厨房へと戻った。
「ね?」
俺は蝶水さんに視線を送る。
「今は私が退こうとしても、国王様が退かせてくれない状況なのですよ。」
「では、あの野郎のわがままに付き合うしかねぇって事っスか?なんて自分勝手な人だ。」
「そう言わないでやってください。
国王様を今の状態にさせてしまったのは、私の話の続け方が問題なのですから、責められない。」
ただ、イジリ過ぎて怒りの沸点を超えさせたら危険なので、確かに引き時だな。
カップに恐れ恐れに触れて、体に影響がない事を確認してから、取っ手を握った。
丁度その時、王様も自分のココアを持ってきて、ソファーに座った。
「では。」
俺はカップを持ち上げて、王様に目線を配る。
意味を理解した王様は仕方なさそうに自分のカップを机に置かずに、自分の口元に近づけた。
そして、俺と王様が同時にホットココアを一口飲んだ。蝶水さんも一足遅れて、同じく自分のホットココアを飲んだ。
「熱っ!」
うっかりさんかな?蝶水さんはココアが入れ立てだって事に忘れて、ドジを踏んだ。
けど、いつも意地悪な俺だが、状況も状況故に、それをスルーする事にした。
「話の続きですか、陛下。誘拐された子供の中に『外国人』もいる事は、当然陛下もご存じですよね?」
「あぁ、知ってる。」
「この国のトップですもんね。報告くらい、聞いていますね。
そうですよね、陛下?」
「繰り返すな。」
「失礼しました。
では、同じ『外国人』という事で、『途中帰国外国人観光客』と『誘拐された外国人の子供』の二つを無理矢理関連付けをしましょう。
すると、あら不思議!『途中帰国』した外国人達の一部は『一人っ子家庭』ではありませんか?」
「...それのどこが不思議だ?」
「また声でバレてますよ。」
「ちっ...」
麟久人国王陛下は本当に嘘が下手だな。カマを掛けたら、すぐボロを出す。
「よく考えてくださいよ、陛下。例え途中帰国した外国人がいると知っていても、帰国理由まで全部知るには、どう考えても五六日だけでは足りないのでしょう。
しかも、そうじゃない途中帰国者もいるのでしょう?隠し事があるのなら、一々私の言葉に反応しないでくださいな。」
くすくすと笑い、またココアを一口する。
「陛下、外国人の子供を誘拐したのは犯人のミス、なのでしょう?」
「......」
喋ったらボロが出ると思ったのか、王様は堅く口を閉じた。
しかし...
「無言を貫いたら、それで隠せた訳ではありませんよ。
陛下が犯人ではないのですから、『犯人のミス』なんて、分かる筈がないのではありませんか。」
「っ...」
「正直者に、嘘のつき方を教えるのはいけない事ですか。さっきは『え?』と、惚けるタイミングですよ。」
この時、俺の中は既に「疑い」が「確信」に変わっていた。
なので、自分が出した独り善がりの「結論」を王様に告げる。
「子供誘拐事件の犯人の目的は、氷の国の内乱規模の縮小、です。」
「なっ!」
「突然結論を言って、混乱を誘うようで申し訳ありません。今から『なぜ?』について話をさせていただきます。」
「まず前提として、犯人は国の内乱関係で、何かをしようとしています。
それで、犯人が何をしたというと、一人っ子の家庭のお子さんを誘拐しました。しかも、どうやら誘拐された子供達みんな、殆どが『成長期』前のようです。」
「そこまで分かったのか?」
「昨日、偶々。
偶々探索したダンジョンで、失踪していた子供達を見つけました。
全員かどうかは分からないが、それは重要ではありません。重要なのは『初めて』失踪した子供が見つかれた、という部分です。
ご存じですか?ダンジョンの中に閉じ込められた子供達はみんな、魔力枯渇状態になっています。」
「そうか...」
「でも、みんなは成長期前だから、成長期に入れば自然と治っていきます。成長期中の子供達は、今もう治りずつにあるのでしょう。」
「そうだろうな。」
「犯人は優しいのですね。子供を誘拐したのに、その子供達の健康に気を使って、成長期後の未成年者を攫いませんでした。
昨日の『初めて』がなかったら、この事に気づくのに、きっと長い時間を要するのでしょう。
しかし、何故犯人はこの優しさを振り撒いたのでしょう?そこまで気を付けてあげるくらいなら、誘拐なんて、しなければいいのに。
そうでしょう、陛下?」
「それで、『犯人』はこの国の内乱規模を縮小しようと考えたのか。」
「思いついた時はまだ憶測のレベル。昨日、子供達を見つけた時は『推測』までレベルアップしました。」
「その『思いついた時』はいつなのだ?」
「一昨日、仲間のみんなとお話しした時です。」
「一昨日!?まだ入国してから四日しか経っていない時に!?
その上、昨日で失踪者を見つけ、今日で僕のところへ来たのか?」
「二日で事件解決とか、どんだけチートだよと言いたいのでしょう。私もそう思いますわ。
ですが陛下、先程に私の『両方の弱体化』という言葉に反応を見せたではありませんか。つまり、陛下も犯人の目的に心当たりがあるという事でしょう?」
「...そうだな。」
「一人っ子家庭にとって、そのお子さんはご両親に大事にされている場合が殆ど。失踪というような事が起きたら、ご両親の方が血眼で捜すに違いありません。
喰鮫と政府の争いなんて知ったこっちゃねぇよ、というような感じで、国内の権力争いに『我知らず』になるのでしょう。
見つかった今でも、魔力枯渇状態の子供を一人にする事なんてできないから、内乱に不参加を続けるのでしょう。
だから、昨日で犯人の目的が『氷の国の内乱規模の縮小』だと、推測しました。」
犯行動機はやはり犯人から自白してくれないと...
「外国人の子供を誘拐したのはただのミスですが、それで事件の解決が難しくなったのは不幸中の幸い。けれど、望んだ事ではありません。
それで、犯人は何をしたと思います、陛下?」
「犯人が攫った観光客の子供を親に返し、帰国するように頼んだ。」
「『頼んだ』のですか。低姿勢ですね。
そろそろいいのではありませんか?陛下、自白をお願いします。」
自白したくてしょうがない国王様。語るべきところはもう全部語ったので、貴方様も思う存分に自白してください。
「その前に、最後に一つ聞かせてくれ。
何故僕が犯人だと思った?」
「ふむ...実は今も、陛下が必ず『犯人』だと決めつけてはありません。ただ、一番調べやすいから、最初に陛下のところへ来ました。」
「調べやすい?」
「この犯行、規模が大きい上に、手掛かりが一切出なかったのではありませんか。普通の人なら、絶対にできない事です。
だから、私が最初に思いついたのは、そういう力を持った『奇形児』です。
ですかご存じの事、奇形児の血統融合特性はその奇形児が使用した時に初めて判明し、『申請登録』を行ってようやく記録に残されます。人によっては、『貴族昇格申請』可能となった三代目でようやく血統魔法として申告する事もあります。調べやすさとしては、難です。
次に考えられたのは、やはり『組織犯罪』ですね。ただ、こちらの線も別の意味で調べるのが難しいのです。
まずは氷の国の国内組織なのか、別の国による犯罪なのか、そこから調べ始めないといけません。考えるだけで頭が痛くなるような話ですね。
そして、これは『奇形児』のケースにも言える問題ですが、犯行目的はなんだ?と。
調べやすさ的には『普通』だと思っていますが、万一危険な巨大組織だったら大変なので、下手に首を突っ込まない方がいいと後回しにしました。
んと、それでどうして陛下のところへ来たのかというと、きっかけは昨日のダンジョン探検です。」
「子供の監禁場所のあるダンジョンの事だね。そこはどこだ?」
「真下にある『神々の墓』です。」
「国の王が住んでいる区にあるダンジョンだから、僕のところへ来たのか?」
「いいえ。
陛下が住んでいる区のダンジョンだから、最初に探索した訳ではありません。単純に『最もありえないと思える場所が最も可能性が高い』と思っただけです。
まだ陛下を疑った程度で、話を交わしたいと思えるほど、陛下が怪しいと思っていません。」
「でも、最も調べやすいだろっ?」
「昔から王族の力に対して疑問を持っていたし、力を隠しているかもしれないと考えていました。調べやすさ的には一番簡単で、もし本格的に犯人捜しをするのなら、最初は陛下から、とは思っていました。
それでも、昨日までは犯人探しについてまだ考えていません。」
「だけど、今日は僕のところへ来た。
一番調べやすいから最初にと、そう言ったのが貴女でしょう?」
「...また話が飛んでしまいましたか。失礼しました。
仰った通り、私は最初に陛下、と考えていました。順番的にはそれで合ってます。
今話しているのは後日ではなく、今日いきなり伺った理由です。
陛下、子供達の多くが魔力枯渇状態ですが、死者はいません。犯人は子供を誘拐したが、子供達に害を成す事が目的ではありません。
私はこの事から、犯人の目的は『内乱の阻止』、もしくはせめて『内乱規模の縮小』にあるのだと推測し、同時に犯人は想定より優しいのではないかと思いました。
犯人探しする決心もこれで出来て、最初に陛下のところへ来ました。
陛下、お優しい陛下。『区長連盟会議』に参加しても、ただ座ってるだけというのは、お辛かったのでしょう。」
「...どうやら、もう隠しても仕方がないか。」
言いながら、王様が少し楽な体勢を取った。
「約束通り、自白します。けど、実際は全部貴女の推測通りなので、これ以上自白できる事がありません。
どうしましょうか?」
全部、俺の推測通り?
俺の適当な推測が全部当たってるって事?証拠となる物を何一つ持っていないのに?
「陛下が全ての犯行をお一人で行ったという事ですか?そんなの、可能なのですか?」
「王族の王血魔法は少しの解釈違いで、全く違うような魔法にもなり得ます。ただ、分かりにくいから、『複数所持』という事にしています。
今はその『複数所持』という事も秘密になりましたか...
他の王族の事を詳しく知らないが、僕の王血魔法は『招く』というものです。
僕が自分の望むモノを『招く』事が出来ます。それが『運』のような曖昧なモノでも、『人』のような実体のあるモノでも。」
「しかし、世に知られている王族麒麟の王血魔法は陛下に対してのものではなく、氷の国に住む人々に効果発揮する魔法って事は...」
「『受ける方』の選択も僕次第、という事です。」
...チートすぎる。
これが「王族」という、世界の全種族の頂点に君臨できる理由か。
あっ、違った!君臨できたという過去形にすべきだ!
今は「魔道具」をうまく使えば、チートの王族をも倒せる世の中だった。
...マジで?こんなチートな種族をどうやって倒す?
「陛下のお力でも、戦争を止める事ができないのですか?例えば、『平和』を招くとか?」
「そこまで強大な魔法ではありませんよ。穏やかな気持ちにさせる事が出来ても、逆らえない程の強制力はありません。
それができたら、『五王戦争』も起こらなかったのでしょう。」
「個人差がある、という事でしょうか?」
「そうだね。今の言い方なら分かりやすいでしょう。」
なんた。
十分チートでも、無敵という訳ではないんだ。
「それでも、何かがしたくて、子供のランダム誘拐を行ったのですか?」
「氷の国四十七区内に、成長期前の子供の中から、兄弟姉妹のいない子供を毎日、数十人をある場所へ招く。
ある場所にいる成長期前の人間に、最低限な魔力を招き続ける。
僕がやった事と言えば、この二つですね。
それ以外は『子供と逸れた』と警察に通報した外国人に秘かに接触した事くらいです。」
「なるほどですね。
けれど、陛下、こんな事をしても無駄だと、思った事がありませんか?」
「無、駄...?」
「陛下はお優しいのですね。
残念ながら、人は愚かな生き物です。特に平和の世に生きている私達は最も愚かな時期だと言っていいのでしょう。」
「15歳のご高見を聞かせてもらおうか。」
あ、怒らせてしまって、俺をバカにしてきたな、国王陛下。
まーーーー...実際に誰かが実験・証明した訳じゃないから、全てが俺の妄言と言ってもいいか。
「陛下は、自分が死ぬ事を想像した事がありますか?」
「...何の話?」
「今の世、誰も自分が死ぬ事を考えた事がありません。体の弱い私でも、まだ遺書を書いていません。
戦争が起きたら、きっと多くの命が消える事になるでしょう。けれど、誰もそれが自分の事だと考えません。誰もが自分以外の人が死ぬと思い、危機感を持ちません。
内乱が起きると知っても、呑気にこの国に留まる外国人観光客が一つの例です。
ですから、ある程度『内乱規模の縮小』が出来ても、誘拐された全ての一人っ子家庭の親が争いから身を引くとは限りません。『何日親戚の家に預けるくらい、大丈夫でしょう』とかを思って、内乱に参加するのでしょう。
自分が死ぬという可能性を全く考えずに、ね。」
「それは...そんなの全部、貴女の思い込みではないか!」
「陛下はその逆の『思い込み』をしています。」
「っ!」
「楽観的になる事で、人は楽しく生きていけますが、最悪な可能性も考えなくては。」
「...僕がやった事全部、ただの悪足掻き、と言うのですか。」
見る見ると、王様の顔が曇っていく。
正直、王様のような良い人は決して嫌いではない。良い人が多ければ多い程、それは喜ばしい事だと思う。
けど、結局王様が「二ヶ月に千件超える」ような大事件を起こしているのに、喰鮫組はまだ戦争の準備に勤しんでいる。「区長連盟」とやらの政府側も恐らく同じ事をしているのだろう。
それに、どちら片方が戦争準備をしているのなら、もう片方も受動的にしなければならない。人はバカなのに、賢いから。
「余計な事を口にしたみたいですね。
陛下、申し訳ありませんが、これにて失礼致しますわ。」
俺はソファーから離れて、凹む王様に一礼をする。
「悪足掻きでも、何もしないよりマシだと思います。ただ、もう子供の誘拐はやめてください。
私は誰にも言うつもりがないが、私のとある部員が陛下のところへ辿り着くかもしれないので、ご迷惑をお掛けしてしまいます。」
そう言い残して、王様を背にして、外に繋ぐドアに向かった。
「守澄。僕は、何かを成し遂げられるのだろうか?」
蝶水さんがドアノブの氷を溶かしている間、王様からまるで何かに縋るような声が流れてきた。
それを聞いて、俺は思わず王様の方に目を向いた。
「陛下も、私に判断を委ねるのですか?」
お飾りでも、高い地位にいる大人が、小娘の俺の意見を訊ねるのか。
「何もできない無力の王でも、良き王でありたいんだ。」
「それは無理でしょう。」
「さっきと同じ、ばっさり言うね。
なら、どうして無理なのか。それを教えてくれ。」
「陛下は...優しいですから。」
優しい人は決して良い王に成れない。
「すみません、陛下。どうか、一小娘の戯言を真に受けないでください。
ただ、『おとぎ話の長男』のように、何も成し遂げていないと、自棄にならないでください。」
「...そうか。
また貴女に会える事、期待している。気が向いたら、いつでも来ていいから。」
「有難う御座います。」
......
...
「姉さん、明日は予定通りに御隠居様のところへ?」
「そうですね。
正直、もう犯人が判明した今、お爺様と会う必要がなくなったのですか。
...やはり一度会う事にしましょう。折角来たのですから。」
「姉さんの血族で、御隠居様だから、こんなの言っちゃういけねぇと思うっすが、会わない方が姉さんの為だと思う。」
「話は一応雛枝から聞いている、女癖が悪いですよね。
でもね、私はやっぱ自分の目で人を判断したいのですよ。」
「御隠居様だと、姉さんを護れねぇっス。本当にいいっスか?」
「...覚悟だけはしておきます。
私も、何もしないというのか、嫌ですからね。」