第九節 氷の国王②...五人兄弟のおとぎ話
予想通り、熱が出た。だけど、蝶水さんが持て来た「冷たいクッション」のお陰で、タオル一枚を隔てるだけで、逆に気持ちよく休む事が出来た。
複雑な気持ちだ。
気遣いが足りないと思っていた蝶水さんの行動、逆にプラスな結果をもたらすとは...複雑だ!
「調子は本当に悪そうですね。ベッドでちょっと横になりましょうか?」
「お構いなく。
調子が悪いのはあくまで体の方、頭は回れます。見聞きはできます。」
「熱が出ているっぽいのに、頭が冴えているのか。そういう体質ですか?」
「ごめん...まだ長く喋れる状態では...」
熱っぽい感じで、体は怠いけど、風邪を引いてる訳ではないから、頭にダメージが行ってないんだ。
というか、まったく病気しないこの世界の住人の王様は、なぜ「発熱」が頭に影響を与えるものだと知ってるんだ?怪しい点がまた一つ増えたよ。
「無関係の人を巻き込みたくなかったか...いいえ、貴女が喰鮫と守澄の血を引いている以上、『無関係』にできないのか。
ねぇ、守澄さん。貴女のお父様はどうして今の時期、貴女を僕の国に送ってきたのですか?僕を使って、貴女の『教育』でもしようとしたのですか?」
そんな事、俺が分かる訳がないだろうか。俺だって、ここへ着くまで何にも聞かされていなかったから。
でも、その可能性はゼロではないな。甘言蜜語を日常用語に使うあのお父様なら、何の目的もなく、急に俺に「お母様に会いたくない?」みたいな事を言ってくる筈がない。
まぁ、俺はそれに乗っかった訳だが、目的の内容までは知らない。秘密漏洩を防ぐためなのか、タマ以外のメイド全員を呼び戻すくらいな奴だからな、今回の合宿が俺の次期当主としての資質テストだったのかもしれない。
...くそイケメン狸親父か。溜まった恨みは帰ってからまとめて返してやる。
「魔力に当てられただけ、こんなに辛そうになるとは...知っての上で貴女を自由にさせているのなら、親として未熟だと言わせざるを得ません。」
「それで、この歳まで殆ど屋敷の外へ出た事がない私、籠の中の鳥の私、箱入り娘の私...
子供にそんな生活を送らせてきた親達は『立派な親』という事でしょうか?」
「あっ...そうですね。短慮な言葉でした。
守澄さんはまだ本調子に戻れないのですか?」
そんな速く良くなれる訳がないだろうか、健康優良児のお前らと違って、俺のこの体は弱いんだよ。
っつか、人の親を貶しといて、謝りの一つもないのか。お父様の悪名が高いのは知ってるが、その娘が目の前にいるのだぞ、不慣れでも嘘の謝りを吐けよ。
...でも、そうしないというのはちょっと偉そうな王様感を出しているので、悪くない。
「...一つ、おとぎ話をしましょう。」
おとぎ話?
眠そうに半目な表情をしているが、眠気がある訳じゃない。おとぎ話を語られても、それで寝てしまう事はないぞ。
「とある場所に五人の兄弟が住んでいました。中で一番の年長者は『始まり』という名の麒麟です。」
...あれ?
「長男の麒麟に続き、次女、『成長』のユグドラシル。三男、『滅び』の八岐大蛇。四女、『復活』のフェニックス。五男、『混沌』のフェンリル。
五人の兄弟は最初、それなりに仲良く一緒に住んでいました。」
「陛下。それは、実話に基づいた御伽噺か?」
「いいえ、ただのおとぎ話です。」
あくまで「創作」だと、そう言いたいのか。
真実か嘘かは分からない。が、物語として楽しむくらいなら、それでもいいっか。
「仲良く一緒に住んでいた五人兄弟だが、『滅び』の三男と『復活』の四女は相性が悪く、いつしか喧嘩ばかりするようになっていました。『始まり』は長男として、一応止める努力をしたが、反抗期の二人は逆にもっと仲が悪くなっていきました。」
「反抗期か。確かに意味もなく、権威に挑戦したくなるお年頃ですね。」
「他の弟妹も、『成長』の次女は毎日鏡の前で自分だけを見ていました。『混沌』の五男は一番悪質で、自分の兄姉喧嘩を止めるどころか、もっと多く喧嘩させるよう、嗾けるようにしていました。」
五王戦争で主に争っていたのはフェニックスと八岐大蛇、そしてフェンリルの三王族、ユグドラシルは自分の国を守るだけで、他国に侵攻はしなかったって話だったな。
そして、麒麟は逃げ出した。
「そんな弟妹達を見て、遂に『始まり』は長男の責務を放り投げて、家出をしました。次女もその後、すぐに自分の部屋に引きこもって、出て来なくなりました。」
五王戦争を皮肉るおとぎ話だ。
しかし、王様は自分の種族を「長男」とするのか。他の王族がこの話を聞いたら、反発しそうだな。
「けれど、長男が家出した事で、三男と四女が反省し、仲良くなる訳がありませんでした。」
あれ、続きがある?
「喧嘩し疲れて、二人が一時休戦しようとしても、五男がそれをさせず、続けさせるよう二人を嗾け続けました。うるさい五男をお仕置きしようとしても、その逃げ足に追い付かず、結局三男と四女は五男に専念できるよう、どちらが勝つまで喧嘩を続けました。
お互いは多くの傷を相手に与えました。しかし、負けず嫌いの二人は決して喧嘩をやめる事はありませんでした。しかも、どちら片方が優勢になると、五男が弱った方に味方して、事をややこしくし、喧嘩が終わる事もありませんでした。」
フェンリルの他の王血魔法は知らないが、神出鬼没だって事を知っていた。
まさか、日の国と雷の国のどっちかが優勢になった時、フェンリルは自分の軍を率いて優勢の方に進軍したのか?
混沌を好むという性質は作り話ではなかったのか?王様の「おとぎ話」の中のフェンリルも、名前が「混沌」だし...
「家出をしても、長男は弟妹達に気に掛けていました。自分以外、誰も仲良くしないのを見て、心を痛めていました。
ならば、いっそ...」
言いかけて、王様の表情に影がさした。
「いっそ、もう一度『始まり』をしようと、長男が思いました。」
もう一度...「始まり」?
これは明らかに長男の名前を言っている訳じゃない。長男の、「力」を意味する言葉だったのだろうか?
「仲良くしようとしない三男と四女、焚き付ける五男、そして無関心の次女をも長男の狂気に巻き込まれ、長男の『血』によって、『喧嘩』が『殺し合い』となりました。
大量な血が流れ、三男と五男が命を失い、四女も瀕死な状態となってしまいました。狂気に囚われた長男を止める為に、次女が『成長』に限界を設け、ようやく長男を落ち着かせる事が出来ました。」
五王戦争の終焉。そして、もしかしたら「寿命検査」の起源にも関わっているかも。
しかし、それだと学んだこの世界の歴史と色んな所に矛盾が生じる。まず、五王戦争にそもそも王族麒麟は参戦していなかった点。次に、「寿命管理システム監査委員会」は五王戦争期間中に成立し、「寿命検査」は終焉時ではなく、戦争最中に創られたモノという点。
これは「ただのおとぎ話」だと思えないが、「ただのおとぎ話」だと誤魔化されたら、何も分からないままでお終いになってしまう!
言葉選びに慎重しなければならない。先に王様のおとぎ話全部を聞いてから、質問とかをしよう。
「その後、自分のせいで滅茶苦茶になってしまった家を見て、長男は再び家出をしました。二度と戻らないと心の中で誓い、後悔と共に、振り向かずに出て行きました。
全ての『始まり』は長男によるものであり、自分が何かをしようとする事自体、間違いなのだと、長男はようやくその事に気づきました。」
それ以降、王様は口を閉じて、「おとぎ話」が終わった事を態度で示した。
「おとぎ話としては、救われない話でしたね。とても子供に聞かせられません。」
「殆どのおとぎ話には隠れた残酷さがありました。それを子供に聞かせられるよう、後世の人達が色々脚色してから、ようやく世に出す事が出来ます。
今のおとぎ話は僕が何の脚色も入れていない、原版です。」
「脚色くらい、してくださいな。」
この「おとぎ話」は誰も脚色をせず、世に出していないとも取れる発言だな。王様の嘘か、「おとぎ話」という形で語られた本当の歴史か、はたまたただの王様の妄想か。
「五人の兄弟、誰が一番悪いのでしょう?」
「誰でしょうね?
喧嘩する三男と四女はもちろん悪なのでしょう。唆す末っ子も、傍観する次女も、良いとは言い難い。
けれど、長男が一番悪いのだと思います。」
「喧嘩を止めようとしているのに、ですか?」
「自分の主観だけで、『喧嘩』を止めようとしました。弟妹達を自分の思い通りになるような子に変えようとしました。
それは『価値観の押し付け』とも取れる行動で、傲慢そのものではありませんか。
末に、実力行使に出ました。また一から始めようと、自分の価値観と違う弟妹達を亡き者にしようとしました。
そんな人だから、長男が一番の悪です。」
五王戦争の終焉には、実は王族麒麟も関わっていたと、王様はそう言いたいのだな。戦争に参加しなかった王族はいなかったと、そういう事なのか。
全ての王族が滅ぶ前に、それを止めたのが王族ユグドラシル。「成長」、つまり「年齢制限」を設けて、狂った氷の国王を「寿命」で殺し、その次の王と平和協定を結んだ、と。
そんな感じかな?「おとぎ話」だけどな。
「ねぇ、陛下。もう一つ『おとぎ話』を語ってくださいませんか?」
「まだ体調が芳しくないのですか?」
「だいぶ良くなりましたが、もう少し陛下のお話が聞きたいです。陛下が語った『おとぎ話』は子供向きではないけれど、とても聞き心地が良いので、耳が幸せです。」
「体調がよくないのなら、静かな環境の方が良いと思うけれど...」
「リクエストしていいですか、陛下?」
「...はぁ、良いですよ。知っているおとぎ話なら、もう一つ語ってあげましょう。」
「光栄至極に存じます。
では、『隠し子のドラゴン』も語り聞かせてくださいませ。」
「...カメレオン族が『亜龍種』ですし、いずれ『守澄財閥』を継ぐ貴女なら、あの守澄から話を聞けるようになるのでしょう。
今急いで聞くような話ではありません。」
カメレオンも「亜龍種」なんだ。範囲広いな、「亜龍」って。
そして、「守澄財閥を継ぐなら」って、どういう意味だ?世界長者になれば知れるような話?
...謎が多いな。
でも、今一番優先すべき事はやはり紅葉先生。彼女の為に、彼女に関する情報を少しでも多く集めておきたい。
「すみません、陛下の話がちょっと解りかねます。
私はただ陛下の語りで、『おとぎ話』一つ聞きたいだけですのよ。」
興味はあるものの、それらの事に触れず、一番知りたい事を王様に頼む。
「六人目のその子の事も、語ってくださいな。」
あき君達なら、話が明後日の方向に飛んでも、いつでも元の話題に戻る事ができる。けど、氷の国の国王様とはまだそこまで仲良くなっていない。一度雑談モードに入ったら、二度と聞きたい本題を言ってくれない可能性がある。
気になるか...すごく気になるか!我慢する!
「...これも、ただのおとぎ話です。と言っても、僕も結末辺りの部分しか聞いていません。いずれ全世界の人の記憶から消えるような、そんな面白みのないおとぎ話です。
五人兄弟の家には、実はとても可愛らしい『ペット』も一緒に住んでいました。」
ペット!?
紅葉先生の種族が「ペット」だと!?
「とても可愛らしくて、三男と四女が喧嘩しようとしたら、そのペットがすぐに間に入って、代わりに殴られてきました。
ペットがいれば、兄弟仲良く一緒に居られると、長男はそう思い、無理に弟妹達の邪魔をしませんでした。みんなが仲良く、幸せに一緒に暮らせると思っていました。」
つまり、ドラゴン族は五大王族を止めるストッパーの役割だったって事か。
言い方からして、八つ当たりの対象として使われているような感じがする。
「けれど、いつしかペットが大きくなり、殴るには、手が届かない程大きくなっていました。」
ドラゴン族は成長が遅いらしいから、油断していたって事か。
「近寄るだけでも噛みつかれそうで、兄弟全員から怖がられていました。ちゃんと餌をやらなかったら、自分達のご飯を盗むようになりました。」
王族からだと、「王族並み」の「平民」は嘸かし目障りだったんだろう。遠ざかりたいが、暴れてしまわれても困るので、受け入れるしかなかったんだろう。
「そして、五人兄弟がペットを捨てる事に合意しました。でも、野良になって帰って来たら怖いので、長男が作成し、次女が細かい設定を創ってから、三男が自分の『血』が滲んだ首輪をペットに与えた。
...五大王族以外、全人類に適応する『人生百年』という名の首輪を。」
人生百年!
つまり、「寿命検査」とか、「寿命管理システム監査委員会」とかが創られたのは「五王戦争」の前?ドラゴン族を絶滅させる為に、全人類に百年の寿命制限を付けたのか...王族を除いて。
これは「おとぎ話」?もしこれが本当の歴史だったら、ドラゴン族に恨みを買われてしまっても、仕方がねぇな!
「...ただの『ペット』の為に、そこまでの事をしたのですか、あの兄弟達は?」
「種族魔法をどれだけ持っていても、『詠唱省略』のドラゴン族より早く魔法を発動させる事ができません。それに加え、属性を自由に設定できる、『竜火』という種族特性も付いていて、王族相手にも引けを取りません。
成長期も長い為、魔法耐性も身体能力もどんどん高くなっていく種族ですから、『裏王族』と呼ばれている民話もありました。」
「複数の種族魔法を所持可能という事を認めたのですね。」
「隠しようにも、貴女には御見通しでしょう。
王血魔法は復種の種族魔法を遺伝可能の、王族専用種族魔法です。王血子が必ず国王になる理由です。」
「『かつては』、ですね。」
裏王族か。「裏貴族」も居そうだな。
王様にそんな風に語られると、本当に紅葉先生のドラゴン族が凄い種族だと思えてしまい、恐ろしく感じるのも仕方がないと思ってしまった。
その為に創られた「寿命管理」の百年の寿命制限。その理由が「神に近づきたいが為」ではなく、最初から紅葉先生の一族を滅ぼす為の魔法だった。今では王族も含んだ本当の意味の「人生百年」は五王戦争が最悪な終焉を迎えてしまわないよう、あの「次女」が「王族にも適応する」と設定を変更したから、って事かな?
が、そこまで苦労した結果、今の世では「詠唱省略」できなくても、一文字で魔法の詠唱が完了してしまう為、無駄骨になった。
そして、魔法も種族としての強さも、全部「魔道具」でカバーできるという、全ての努力が無駄となった結末。当時の人達はきっと誰も予想できなかったのだろう。
...誰も予想できなかった?
「大樹の国の王族って、『予知能力』を持っていませんでしたか?」
未来を予知すれば、何をすればいいのかが分かる筈では?
......
あれ?王様からの反応がない。
「あの、陛下?」
「どうしました?」
「私の質問...」
「それは僕への質問ですか?」
「そのつもり~...ですけれど?」
「それなら、僕の目を見たり、僕の事を呼んだりしてからにすべきではないのでしょうか?」
「あっ、すみません...」
低姿勢で話してくれていたから、うっかり相手が「氷の国の国王陛下」という他人である事を忘れていた。
そうだよな。目を合わせる事すらしないで人に質問とかするのは失礼だったな。独り言だと思われた場合はまだいい方で、「見下されている」と思われたら、机を叩かれる程の怒りを見る事にもなりかねない。
「......」
いや、待って。「予知」について訊くのは本当に今、一番重要な事なのか?
今の王様の言葉、既に俺が彼の気に障った事を意味しているのなら、もっと言葉に気を掛けなければ、「お帰りください」と言われかねない!
考えてみれば、俺は既に王様に「嘘つき者」としては自分より格下みたいな発言をしている。例え「嘘つき」は貶し言葉であっても、格下扱いされるのは気持ちのいい事じゃない。
体調への気遣いも、実は早く俺に帰って欲しいという本音が隠れていたからかもしれない。
だとしたら、俺はもう大分王様を怒らせていたって事だ。渡されたカップも自分の手で取らなかったし。
それでも、穏やかな表情で俺とお話をしていた。俺が「守澄財閥次期当主」だから、怒りを堪えてお話をしていた。
もし、彼がそういう状態なら、もう今すぐでも俺を追い出したい筈。彼と仲のいい関係を保ちたいなら、俺は今引き上げるべきだ。
......
知るか!
俺は仲良くする為に王様の元へ来た訳じゃない。彼を糾弾する為にここへ来たんだ!何で彼のご機嫌を伺わなきゃいけない?
彼が俺を帰させたいのなら、それをできないようにすればいい。
「申し訳ありません、陛下。私が勝手に話をしたら、陛下が返事してくれると思い込んで、失礼な態度を取りました。
私の思い込みで、私の傲慢で、陛下に不快を感じるような事をしてしまいました。陳謝いたします。」
「こちらこそ。お飾りとして長く生きて来ましたから、自分の方が話しかけられたと、つい思わなくて。」
「そうなのですか。
陛下の苦労を露知らず、自分がこの世で最も可哀そうな人だと決め付けて、多くの人に甘えてきました。
自分の価値観を勝手に人に押し付けてはいけませんね。」
「...守澄は本当に口が上手いですね。」
おとぎ話の中の長男は自分のエゴで弟妹達を傷つけた。それが本当の歴史だろうか、王族麒麟の国王の妄想だろうか、利用して、「同じ間違いをするな」って警告...じゃなくて、忠告する事ができる。
そして、これで王様も簡単に俺を追い出す事が出来なくなる。
「守澄。世界から戦争がなくなったのに、どうして『五大国』のままだったのでしょう?」
「ほへ?」
「平和になったのに、どうして人々はまだ自分達を『国』で区別するのでしょうか?」
...つまり、「少しお前も語れ」って事か。
「15未満の少女に、そんな大層な事を訊かれましても。」
「僕はもう、貴女をただの少女だと思えなくなっています。
ねえ、守澄、世界一財閥の次期当主である貴女に、ご賢察お聞かせ願いたいのです。」
「そう言われましても...皆、死ぬのが怖くて、戦争ができなくなったから...が大元の原因なのでしょうか?」
適当な事を言ってみた。
「あっほら!他人を支配したいという欲を持つ人達が戦争を起こすのですが、魔道具発明の所為で、下手に戦争を起こしたら、自分達が逆に支配されかねないとか?王族に革命を起こした自分達のように、『平民』が『貴族』の自分達に『革命』を起こして、『平民』に支配されるのが怖くて、戦争を起こせなくなったから、とかではないのでしょうか?」
「そうですね。そう考えるのが普通ですよね。」
同意をしてくれたのに、王様は俺に懐疑的な視線を送ってくる。
「...どうやら、私の回答がお気に召さなかったようですね。」
嘘つきの初心者に疑われてしまうとは...いや、俺を「嘘つき上級者」だと思わせてしまったから、逆に怪しまれたのか。
仕方ない。本音を述べよう。
「都合が良かったから、だと思います。」
「都合がいい?」
「はい。
王族にとって、自分達を擁する国で無償の贅沢が得られます。存在する事自体が自身の『存在価値』であるから、ですかね。
私のお父様のような商人・経営者にとって、『○○区の品』より、『○○国の特産品』の方が響きが良く、高く多く売れます。国際事業を行っているから、『国内事業』を行っている中小企業の『国外営業』を委託されやすいのです。そして...あっ、はは。企業秘密的な事はあまり言ってはいけませんね。ごめなさい。
政治家にとって、普段の色々な税金以外に、『関税』という特別な収益が得られます。他国の自国と比べて劣る部分を開示する事で、過疎地域の移民狙いも出来ます。この辺りは陛下の方が私より詳しいのでしょう。
芸術家達は国が五つに分かれているから、その芸術の琴線に触れる事もあるのでしょう。『日の国』とか、『氷の国』とか、このように所在地に合わせて国名が違うのに浪漫を感じませんか?全世界が一つの国になったら、『国の象徴』が一種になってしまい、発想が狭まれてしまうので、彼らも嫌なのではないでしょうか?
芸能者達も芸術家達と似た理由で、『我が国の芸』と『我が故郷の芸』の二つから、後者の一つだけになるのを嫌だと思います。国同士で競争しているからこそ、その国特有の『芸』が生まれます。愛国心によって、『芸』の種類もより豊かになりましょう。
そして最後、一般市民にとっても、国は一つにならない方がいいのです。『どの区がより住みやすい』より、『どの国がより住みやすい』の方が選びやすいのです。その国を選んだ後で、『では、どの区へ行きましょう?』と、その時に選べます。
つまり、様々な人にとって、様々な理由で、世界が一つにならない方がいいと、そういう事だと思います。」
「人々自身の意思によって、世界が未だに五つに分かれていると、そう言いたいのですか?」
「ふむ...そう解釈されると、答えが曖昧過ぎてしまい、回答になっていませんね。
では、シンプルに一言にまとめますね。私が思うに、世界が今も五つの国に分かれている理由は、人が進化し続ける為の要素である『競争』が無くなる事を恐れているから、です。」
「競争がなくなる事を恐れている?」
「争いです。競争です。
恐ろしいですよ、競争がなくなったら。
命のやり取りに関わる『争い』は確かにいいものではありません。でも、競争自体が消えた『平和』は『死』と同義だと私は思います。
みんな、その日その日がただ過ぎていくだけの日々、退屈で自死したくなりますね。」
「でも、争いに疲れた人達に平和を与えるのが我ら王族の使命で、『平和』が『死』となってしまったら、何の為の王なのか...」
「陛下、今ご自身の口から『争いに疲れた人達』と仰いましたね。争いに疲れていない人達は『平和』より、『刺激』を求めていますわ。
この時期の氷の国はまさにソレではありませんか。」
「っ!」
そう。氷の国の政府と極道の喰鮫組との争いの事だ。
「生死に関わる『争い』より、競い合う『競争』はまだ良い方です。勝者と敗者で分かれてしまうけれど、少なくとも誰も死んでいませんから。」
「僕が平和を望んだのが良くなかったのですか?」
え、何でそういう結論になる?
「い、いいえ!平和を望む事は決して悪い事ではありません!
私はただ...そう!私個人の見解を述べただけです!
私の考えが正しいなんて、誰も証明していないし、何の証拠もありませんわ!結論を出すのはまだ時期早尚です!」
「自分で自分の考えを否定するのですか?」
「それはもうしますよ!私はまだ間違いをしていい歳ですのよ!」
「ははっ、貴女自身がそれを言うのですか。」
確かに、中身の方はもう「責任を取る」歳だ。でも、体の方はまだ「成人」してないから、もう少し「子供」としての時間を楽しませてくれ。
「そもそも陛下は何もしていないのでしょう?お飾りなのでしょう?仕方ないのですわ。」
「そうです。何もしていないのです。
始まるのを恐れて、僕は何もしていません。
ただ『幸』を招き続けただけです。『区長連盟会議』に参加しても、ただ、座ってるだけ。」
「そうです、そうです!
今の時代はホント、王族が何か良い事をしようとしても、させてもらえない時代なのですよ。仕方ないのですよ!」
「...守澄、ここで僕をやる気にさせない方がいいよ。」
そう言って、王様が急に右足を上げて、左膝の上に足首を乗せるような足組みをして、砕けた口調で低い声を出した。
「忘れたか?僕はこの国の国王で、貴女の妹君の敵だ。」
「...?」
この態度の急変に、俺は戸惑った。
さっきまでは丁寧語で、初対面の時は砕けた口調だが、どっちの時も低姿勢に感じる程、礼儀正しい人って感じだった。
だけど、今の王様は少し「暴君」感を出している。一体、何かどうなってるんだ?
...俺はまだ、この国王陛下の底が見れていない。彼の事を理解した気になっては、まだいけないんだ。
「話大分逸れましたが、私はもう元気です。
なので、もう本題に戻りましょうか。」
「賢明だな。僕達は仲良くならない方がいい。」
最初からイケメンと仲良くなるつもりねぇし、俺のこの世界の妹をイジメようとする人なら尚更だ!
「では、教えてください。
もしくは、教えるかどうかを、教えてください。
陛下、どうして千件以上の『子供誘拐事件』を起こしたのですか?」
「その前に、どうして僕が犯人だと思った?」
「確定してはいません。ただ、一番可能性が高いだと思ったから、最初にここへ来ただけです。
陛下の王血魔法は招福だけではないのでしょう?何の魔法を使って、どうやって短時間でこんな大規模な事件を起こせたのですか?
陛下はどうやって...始めたのですか。」
「その全てが貴女の思い込みだったら?」
「その時は『次』に行きます。
私に疑われている『容疑者』は陛下だけではありません。陛下への疑いを抱えたまま、次の容疑者のところへ行くだけです。」
「そうする事で、貴女は何をしたいんだ?」
「さあ。それは私の事で、陛下には関係ありません。」
「ふん、その通りだな。」
王様は自分の膝の上に肘を乗せて、頭を右手の上に乗せた。
「なら、言わせてみなさい。僕のどこが怪しいのかを言って、僕に『自白』とか、するようにしてみなさい。」
「仰せのままに。」
陛下、ご存じでしょうか。今この瞬間、「言わせろ」と言ったお前は、既に「自白」したくてしょうがない状態になっているんだよ。