第九節 氷の国王①...不滅の勝利の火
1年目5月7日(金)
「ねぇ、陛下って暇なの?」
座ったすぐ、俺は厨房に向かう氷の国最高責任者である王族・麒麟の麟久人国王陛下に不敬を働いた。
「アポなしで急に来たのに、よく時間を割いてくださいましたね。」
「五王戦争で唯一逃げ出した王族ですから、立場弱い。」
なのに、俺の不敬を気にも留めず、王様は厨房に入る。
「前回と同じ飲み物でいい?」
「うん!...いいえ、はい!」
俺はすぐに立ち上がって、厨房のドアに駆け寄った。
「陛下にしか作れない飲み物でしょう?この国にいる間にできるだけ多く飲みたいです。」
「そう言ってくれるのは嬉しいですね。」
言いながら、王様は前と同じように二次魔無品のホットココアを作り始めた。
「それに、暇っと言っても、『入国審査』より、守澄財閥のお嬢様...いいえ、その次期当主の接待の方がよっぽと大事です。
下手に怒らせると物流が滞り、想像もつかない経済的打撃を受けます。
この国を代表できる貴族名門もないし、四十七区『区長連盟』の全区長を招集するに時間が掛かり、待たせる訳にもいきません。
となると、国の顔である僕が自ら招待するしかないでしょう?」
「『守澄財閥』ってそんなに影響力のある財閥だったの?」
超お金持ちである事は知っているが、それでも「日の国内」での話だと思っていた。
それが、反対側にある氷の国にも影響できるとは...俺の想像を超えたな。
「それでも、陛下は国王様。国の顔だってご自身もそう言ったのでしょう?
私のような『平民』小娘がそう易々と会っていい身分ではないと思いますか。」
日の国の王様もそう。この世界の「王」って、あり得ないくらい強いのに、立場弱すぎる。
「国の顔...」
ホットココアが出来上がって、カップ三個に淹れた後、そのうちの一個を俺に差し出した。
「壁に絵を飾っても、誰もその絵と会話したりはしません。そうでしょう?」
ホットココアが自分の前に差し出されているが、それを受け取る事に躊躇いだ。
カップにも中身にも魔法の余波はないが、王様の手には俺が気分を悪くする魔法の余波が残っているから。
「蝶水さん、ちょっとこちらへ来て。」
「へい、なんか用スか、姉さん?」
「私の分のカップを持っていて。」
「えっ、何で私っスか?姉さん自分で持っていけばいいじゃん?」
...守澄メイド隊の皆さんが恋しい。
彼女達なら、何も言わずに俺の指示に従ってくれたんだろう。
「私、一応喰鮫組の組長の娘ですよね?お母様が何かの命令を出した時も、蝶水さんは『何で』って聞くのですか?」
「あっ!すいません、ただいま参ります!」
慌てて立ち上がって、俺達の方へ駆け寄る蝶水さん、厨房内から自分の分を取ってから、奪うように王様から俺の分を受け取った。
「ごめんなさい、陛下。」
リビングに戻っていく蝶水さんを見ながら、王様に小さい声で話しかける。
「陛下がわざわざ差し出したカップを受け取らないばかりか、付き人が乱暴な態度も取ってしまいました。
お詫びを申し上げます。」
「あははは...王としての尊敬を求めていないけれど、一人間としての尊厳をも蔑ろにされるのは心が痛い。」
「今の行動の後でこれを言っても信用してもらえるとは思わないが、私はこれでも『国王様』の皆様を尊敬したいと思っていますよ。さっきからずっと『陛下』と呼んでいるではありませんか。」
「社会的立場は僕が上でも、世界各国の経済を握ってる守澄には逆らえません。
それを踏まえて、幼いながらも、貴女の『守澄財閥当主』としての片鱗を垣間見れた。
仲良くしたい相手に対して、小さな心の痛みを気にしてはいけませんね。」
やはり、信じてもらえなかったな。
俺は本気で「王様」とか、ファンタジー世界の「帝王」達に憧れを持っていて、尊敬したいと思っている。
恐らく、この世界の人達の誰よりも、俺の方が「国王」達を尊敬していると思う。
「これも言って信じてもらえるかどうか分かりませんが、私は個人的に陛下に会いたいと思って、来ました。
蝶水さんはただの護衛です。喰鮫組の為に来た訳ではありません。」
「そうですか。
では、楽しく雑談をしましょう。」
「そうですね。まず雑談でもしましょうか。」
雑談をして、警戒心を解く事が出来なくても、薄める事はできるだろう。
そんな事を考えながら、俺はリビングに小走りで戻った。
......
...
「陛下の王血魔法は確か...えっと、招福、ですね。
陛下の近くにいると、運が良くなったり、幸せになったりと、曖昧な種族魔法ですね。」
「興味があるのですか?
でも、残念な事に、僕も詳しく知っていはいません。」
「それは残念です。
では、私と一緒にご自身の力について討論致しましょうか。」
熱いココアを一口飲んで、カップを机に置く。
「まるで紅茶を楽しむ貴族令嬢みたいに見えませんか、陛下?」
「え?あはは、見えましたよ。
しかし、他人から同意を求めるその行動は『貴族』令嬢らしくはありませんね。」
「それはそうでしょう。
私の種族は『平民』クラスですし、今の時代で『貴族』にランクアップを望んでもいません。」
「それはどうしてですか?
確かに今は平民の時代。ですが、『貴族』になるのは昔と同じく...いいえ、昔よりも難しい。
成れる資格を持っているかどうかは知らないが、望まないのはどうしてですか?」
「『貴族』になる事によって、客層の変化に恐れています。
これは別にお父様に教われてはいないが、もし『守澄家』が『貴族』になったら、今までの『平民』の常連客が一気に離れる危険があります。それどころか、成立ての『貴族』が他の『貴族』達に認めてもらえず、新規客も増えそうにありません。今までの『貴族』のお客様達にも『プライドを捨てたか』と蔑んできそうで、色々な契約を破棄する可能性があります。」
「『商売』というはそれほど複雑なものなのですか。」
「生憎、これはお父様から教わった事ではありません。すべてが私の想像でしかない、ただの杞憂というオチになるかも?ですよ。」
「それでも、まだ幼いのに、もうそこまで考えられるようになっていましたのか。
見た目に似合わず賢い人を沢山を見てきたが、年齢に似合わず賢い人はあまり見ません。」
「守澄の血、というべきでしょうか。
そもそもお父様は実力主義者です。私がお父様の期待に応えられる程賢くなければ、後継者として指名する事もなかったでしょう。例え私が実の娘だとしても、同じカメレオン族だとしても。
私達『平民』は『貴族』と『王族』とは違い、弱い種族魔法を残す事は二の次、発明や経営などに関する賢さが一番重要です。」
「...他の家庭の事はよく知らないけれど、僕が成人して間もない頃に亡くなった父と母、幼い僕には目一杯の愛を注いてくれました。
ですから、守澄さんの話は正直、少し信じがたいのです。」
「お父様に愛されていないとは思っていませんわ。ですが、作った『守澄財閥』が潰れる訳にはいかないという重責を背負っている以上、後継者選びに慎重しなければなりません。
娘可愛さで『守澄財閥』を潰したら、数えきれない程の人が路頭に迷いますわ。
実際、私は『次期当主』としての指名を受けたが、書類上はまだお父様の『娘』でしかありません。」
「どの家にも、その家の悩みがありますね。」
「陛下もそうなのですか?
福を招く力があるから、勝手に幸せになるものだと思っていましたわ。」
「招けるのは『福』だけではありません。
私の王血魔法が『招福』だから、人も招いてしまいます。」
「そうでしたね。ご先祖様が元々住んでいた場所からここへ移住したという歴史、日の国の教科書にも載ってましたね。」
「遠慮しなくていいですよ。日の国の歴史では、王族麒麟をどのように書いていました?」
「もしや、日の国の歴史教科書をご購読したのですか?それはそれは...失礼な事がいっぱい書かれていて、日の国の人間として陛下に謝罪致します。
逆に氷の国ではどのように書かれていましたか?」
「日の国の史書では、『麒麟』は故郷を捨て、戦から逃げ出した一族。氷の国では、争いを好まない『麒麟』は自ら五王戦争から身を引き、遠く未開の氷原荒地にて新の国を創った、という事になっています。」
「ものは言いようとは、まさにこの事ですね。
しかし、『負け犬』達がその争いを好まない王族の元へ集ってしまいました。いつか復讐できるの日を夢見て、力を蓄えていた、と。
この記述について、どう思います?」
「どうでしょう?今の時代では最早意味のない説ですね。
王族麒麟はあくまで行き場のない人達を受け入れただけ、その人達の心積もりまでは分かりません。」
「......果たして、それは本当の事なのでしょうか?」
今までの気楽雑談の口調を変え、俺は王様を最初の罠に誘う。
「人も招いてしまったが、それは本当にその人達の意思によるものでしょうか?」
「...それはどういう意味でしょうか?」
「元々、一緒に王様の力について討論しようという話ではありませんか。ですから、討論しましょう。
招福、この王血魔法は本当に言葉通りの『福を招く魔法』なのでしょうか?」
「守澄さんは勉強熱心ですね。
しかし、どの種族でも、種族魔法は一種だけ、王族でも例外はありません。」
「早っ!仕掛けるまでもなかった。」
罠がまだ掘っている最中なのに、もう片足を突っ込んじゃったよ。
「仕掛ける?何の話でしょうか?」
「陛下がとても『良い人』だと、改めて確認しました。」
「良い人か...僕は良い王で在りたかったね。」
「それは無理でしょう。」
「ばっさり言いますね。」
「すみません。少し陛下の事を知った所為で、遠慮を忘れてしまいました。
いいえ、これもまた失礼な話をしましたね。私はまだ、陛下の事が全然知らないというのに、知ったつもりで無礼を働き、申し訳ありませんでした。」
警戒心を薄める為のさっきの雑談が全部時間の無駄に感じてしまった。俺の洞察力はまだまだだな。
「陛下、日の国の王族が持つ王血魔法が何なのか、ご存じでしょうか?」
「復活、二度目の生を得るという魔法ですよね。」
「今の歴史書では五大王族の王血魔法について、それぞれ一つ、世の理をも変えるのではないかと思えるような魔法を記しています。
まだこの世にいる大樹の国の王族・ユグドラシルは『瞬間再生』、もうこの世にいない八岐大蛇は復活をも無効にできる死の宣告、フェンリルは他種族の種族魔法を自分のものにできる食育。
改めて考えると、とんでもない強さですね。」
それに加えて、数えきれない程の、しかも強力の種族特性をも持っている。絶対的な強者として生まれるよう、神からの贔屓を感じる。
「それでも、本当にそれだけなのかって、ちょっと思ったのですよね。」
「...何故そのように思ったのでしょうか。
守澄さんが述べた五つの王血魔法は、他種族を恐れさせるのに十分すぎる程のものでした。どうしてその上があるように思えたのでしょうか?」
「陛下は日の国の『不滅の勝利の火』の歴史話をご存じでしょうか?」
「五王戦争が終焉手前の出来事だという事くらいは...」
「では、少し語らせて頂きます。
混沌を好み、神出鬼没の王族フェンリルが後継者争いの為か、王族同士の殺し合いの末、勝手に自滅してしまいました。
その結果、フェニックスも八岐大蛇も国内部からの奇襲を恐れる事が無くなり、本格的に領地争いに力入れる事が出来、日の国と雷の国の戦争が一層激しくなりました。
そんな中、遂に雷の国の王族も戦場に現れ、護国の盾と名高い辺境候アイギス族の柳家の当時当主までもが命を奪われ、日の国の国王も仕方なく王の座を幼い王太子に譲り、先王として戦場に出ました。
フェニックスにとって絶対に遭いたくない八岐大蛇との戦い、その末、結局日の国先王陛下も命を落としました。復活の魔法が発動しない為、雷の国の軍は勝利を確信し、日の国の国境を犯そうとした時、両国を遮る程の巨大な炎の壁が現れて、その進軍を十日以上も止めました。
その十日間、進んでも兵を無駄に消耗するだけと分かっても、雷の国の王族は進軍を強行しました。ですが、貴族達は殺戮を好む王族八岐大蛇に反意を抱き、加えて長年の日の国侵攻、雷の国の民も疲弊しきっていた結果、遂に貴族達が革命を起こし、王族八岐大蛇を根絶やしにし、五王戦争が終焉を迎えました。
戦争終焉までの間のこの炎の壁が、後に『不滅の勝利の火』として日の国の歴史に刻まれました。
めでたしめでたし、ですね。」
「そんな事があったのですか。
自分の国の歴史ではないと、どうしても疎くなってしまいますね。」
確かにそうだ。国の歴史でも、物語として面白くなければ、俺も覚える気が湧かない。
実はこの話の後、蛇足も少しあってな。
国の為に命を落とした当時の先王、幼い王太子に王座を譲ったが、現在の三名門と呼ばれる当時三大公爵家が五王戦争終焉後、逆に王太子の幼さに付け込んで、傀儡の王にし、権力を握った。
その後も歴代の王太子と自分の子息子女と婚姻を繰り返して、「王権」を完全に自分達のものにした。
国の為に命を落とした結果、信頼してきた貴族達に裏切られるという、なんとも報われない話だな。
けど、それは今からする話と何の関係もないので、省く事にした。
「しかし、何で急に炎の壁が現れたのでしょう?」
「そうですね。理由もなく、急に国と国の間を遮る壁が現れるのは実に妙な事ですね。」
「歴史書も特にそれについての記述がありませんでした。歴史学者も考古学者も、それについて何の仮説論文も発表しませんでした。
まるで、日の国ごとがそれに触れないようにしているみたいで、非常に不自然です。」
「...それは、別の国でも同じく、何の議論も起こらなかったのですか?」
「そうです。
調べてみたら、意外とどの国もこの事には触れませんでした。
特に相対した雷の国ではそもそも『不滅の勝利の火』の話がありませんでした。一番理由を知りたい国である筈なのに、ね?」
「......
だとしたら、きっと答えが出ない未知の自然現象なのでしょう。または太古の遺産や遺物などが起こした不思議な何か、なのでしょう。」
「...驚いた。」
そんな事ないと思っていたが、
「嘘をつき慣れていない人が嘘をつくと、本当に音や言葉尻で分かるものですね。」
「お、と...?」
「陛下は想像以上に正直者で。私、とても驚いています。」
「...何の話でしょうか?」
「嘘のつき方の分からない子供が嘘をつく時、表情で簡単に分かります。
嘘のつき方が分かるが、あまり嘘をつかない大人は、声で分かります。
別に声が震えている訳でもないし、上擦ってもいないが、聞けばすぐ、それが嘘だと分かる。
お父様にそれを教わった時、正直半信半疑でしたが、陛下のお言葉でそれを信じられるようになれました。」
「守澄さん。貴女はカメレオン族なのは知っています。それでも、貴女はまだ幼く、人生経験がまだまだ少ないのです。
今の貴女は貴女のお父様の話を鵜呑みにしているだけです。それは本当の事ではありません。
僕は何の嘘も吐いていません。貴女の勘違いです。」
「何の話でしょうか?」
「何って、僕が嘘をついたって...」
「私がいつ、陛下が嘘をついたと仰いました?」
「......」
陛下が黙秘権を行使しました。
そうだろうな。嘘をつくのに慣れていない人が嘘を重ねていくと、どんどんボロが出やすくなるよな。
ならば、俺が勝手に語るとしよう。
「ずっと疑問に思っていたのですよ。圧倒的に強いと言われている国の王族、なぜ我が国の王族の王血魔法が復活なのでしょう?
確かに、復活は種族魔法としては他を圧倒できるような規格外な魔法です。それでも、この魔法だけで、王族が『圧倒的に強い』というのは、少し説得力が弱いと思いました。
その理由を解くキーは『不滅の勝利の火』の歴史にあると目を付けました。復活できる先王が実際復活しなかったのは、雷の国の王族がそうさせなかったからだと、教科書も史書もそう書いていました。
しかし、八岐大蛇の王血魔法を知っていて、何の対策もしないで挑むのは、王としても、人としても、あまりにも無策、犬死しに行くようなものです。
本当はただの愚か者という可能性も考えられますが、私はそうじゃない可能性も常に頭の片隅に置いています。実は当時の先王陛下が何らかの対策を既に考慮している状態で戦場に赴いたとしたら、それが何なのか、どういうものなのか、暇があれば考えるようにしていました。
そこで思ったのが、あの炎の壁です。
もし、あの炎の壁がかの先王陛下の行いでしたら、フェニックスの王血魔法が復活ではなくなります。
普通の魔法だとしても、十日間も雷の国の進軍を完全に止めたのなら、私では考えられない程の膨大な魔力が使われる筈で、誰かそんな事をしたのでしょう?
そもそも、それが出来るのなら、なぜ最初からそれを行わなかった?日の国での結界・防壁タイプの魔法が一番得意な柳家の当主すらできなかった防壁、一体誰がそれを張ったのか?しかも、先王陛下が亡くなった直後に。
ねぇ、氷の国の国王陛下。一体、誰がそんな事をしたのでしょう?」
「......」
「陛下はとても優しい人だと思っていたが、私の勘違いのようですね。」
「守澄さん、深入りしない方が良い事はこの世に沢山あります。
今ならまだ間に合えます。王族の事についてそれ以上考えるのをやめて、普通の一人間としての生活に戻るようにしてください。」
「そんな事を言われても、もう何となく気づいてしまったので、もう間に合えません。
ねぇ、陛下、教えてくださいな。王族のみが持つ王血魔法は、それぞれ一つしかない...という訳ではない、ですよね?」
「...一種しかありません。」
「嘘ですね。
陛下は本当に、嘘が下手ですね。」
どうやら、貴族も平民も、種族魔法は一種しか保持できないが、王族の王血魔法は複数種を保持できるようだ。
あの炎の壁はどういう魔法なのかは分からないが、王血魔法の一種で、恐らく王族の死によって効果が発揮する魔法だろう。奇しくも復活と同じ「死んでから」発動する魔法なのか、そもそもフェニックスの王血魔法の発動条件が「死ぬ事」なのか、そこまでは流石に分からないな。
「各国の王様が揃って秘密にしているとは、一体なぜですか?」
「...何故だと思う?」
突然、だけど予想通りの事だが、王様の体から魔力が溢れ出てきて、俺を威嚇した。
それを見て、蝶水さんは流石プロの「喧嘩屋」なのか、すぐに立ち上がって、物入れ結界から幾つの魔道具を取り出した。
状況が一触即発...だけど、俺は蝶水さんのスカートを引っ張る。
「陛下が本気で口封じしようとしているのなら、私達が抗っても無駄ですよ。」
「しかし、姉さんの護衛を組長から任された以上、むざむざヤラレる訳には...」
「抗っても無駄なら、抗っても無駄だ。
安心して、陛下が私を殺すつもりはないですよ。」
「は?」
殺すつもりだったら、わざわざ魔力を人に視認できるまで上げたりしない。これはただの脅迫だ。
「優しいね、陛下。」
「......」
「本気で口封じするつもりなら、陛下の手に持っているカップを私に投げつけるだけで、たぶん、私は死にます。
それをしないで、魔力を放出し、私を脅すだけとは、実に優しいのですね。」
「......」
「ですが、そろそろ魔力を収めてくださいませんか?実は私、魔力を浴びるだけで気分が悪くなるほど、病弱な体なのです。
正直、もう熱が出そうな感じがします。」
「っ!」
やはり王様は優しい。本当に魔力を放出する事をやめてくれた。
そして、俺もそれで気分が落ち着くようになって、反動に疲れが一気に沸いてきた。
「姉さん!?」
倒れる俺を見て、蝶水さんがすぐに手を伸ばし、抱えてくれた。
「それ程に体が弱いのですか?」
「まぁ、種族魔法ならともかく、普通の魔法は、本当、無理...」
「そうと知らず...」
「何、陛下?さっきまで私を殺、そうとしていません、でした、か?」
「あなたの言う通り、ただの脅しのつもりでした。
まさか、そこまで体が弱いとは思いませんでした。」
「こちらも一応、覚悟をして、いましたし...はぁ...」
流石国王。魔力を放出しただけなのに、その魔力残滓がなかなか体から抜けない。
...魔力を他人に視認させるだけでも、普通にできる事じゃないし、当たり前か。
「あのね、陛下、今日来た、本題に、入りたい、んだか。」
「その体調で、ですか?」
「そのうち、良くなる、から。話、させて。」
「分かりました。
なら、少し休んでから、話をしましょう。」
「うん。」
そうこうしているうちに、蝶水さんがどこからクッションのようなものを持ってきて、俺の頭に手を添えて、そのクッションの上に乗せた。
...硬い。
たぶん、このクッションは氷の国の特産品の、あの氷で出来ているように見える、熱で柔らかくなる家具なんだろう。
だけど、魔法が使えない俺にとって、ただの体温を奪っていく硬い石のようなもの、全然気持ちよくない。
...あぁ、メイド隊のみんなが恋しい。
「とりあえず、陛下、何の『本題』だけでも、話させて。
これ、陛下にも考える、時間の、欲しい話、だと思います、から。」
「無理して喋らない方がいいと思うが、聞きましょう。
今までのが全部『雑談』ならば、一体『本題』は何ですか?」
「氷の国での、子供の、失踪、または誘拐、の事件、です。」
「あの事件の事か。
僕に何かをしてほしいのですか?」
「別に。
ただ、聞きたい事があって...」
何度深呼吸した後、俺は王様にとある質問を投げかけた。
「どうして子供を誘拐したのですか?」