第八節 神々の墓③...空洞
「魔法?」
俺の言葉に少し怒りを見せたあき君、俺の意見も聞かずに勝手に俺を抱き上げた。
「今一番大事なのはななちゃんの体だろ?早く治療とかしなきゃ...」
お姫様抱っこ...いや、ツッコむ力も、反抗する力も今はない。
けれど、今はこの場所から離れてはいけない。
「全ての治療方法は魔力を使う『魔法』だ。全ての薬も『魔法』で作られている。
今の私の内傷を治す方法はない。」
「そんな事はっ!そんな事は...」
「安心して、あき君。このくらいならまだ死なない。少し休めばよくなるわ。」
「そんなの、分かる訳が...一応千条院先生に診てもらおうよ。」
「必要ないんだよ、本当に。本当に、分かるよ。」
「何でそんな事が言える?ななちゃんは...」
「経験談だよ。」
「けい...っ!」
この世界の人間の体って、実にシンプルに創られていたんだ。少し勉強をすれば、医者資格を取らなくても、傷の治療ができる。
内傷でも、痛みの位置とその痛さである程度対処法が分かる。かつてポーションを飲まなきゃならない程の内傷を負った俺だから、今くらいの痛みなら休めば治るものだと分かる。
「だから、下ろしてあき君。できれば空洞の方が見えるように置いてくれ。今は暫く、喋るくらいしかできない状態っぽい。」
「...ななちゃん。どうして自分を一番に大切しない?」
は?
俺がこの世で最も大切しているのは今の俺だぞ。なぜ「自分を大切しない」と思われる訳?
「...喋る力も大事にしたいから、従ってくれ。」
「...分かったよ。」
通路の壁の形に合わせて、あき君は俺を空洞内部が見えるちょっと離れた控え壁のようなところに下ろしてくれた。
「千条院先生に連絡するから、それを止めないでくれ、な。」
「いえ、止める。」
「はァ!?」
「先に確かめたい。あの空洞の中に、どんな魔法、だったのか。」
「それは後でも...いや、分かったよ。」
半年でも、それなりに長い付き合いだからな。俺の頑固さを知っていたお陰で、無駄に俺と争う行為は俺を疲れさせるだけだと分かるみたいだな。
もしかしたら、昔の「奈苗」も同じく頑固だったかもしれない。
「どんな魔法かは分からないから、一応自分に防御できる魔法を掛けといて。」
「...あぁ。」
あっ、これ!口先だけのヤツだ。あき君は絶対に防御や結界魔法を掛けずに中に入るのだろうな。
でも、俺でも医者いらずのレベルの魔法だから、たぶんこの世界の人間に影響は薄いだろう。
「入るぞ。」
ドアの前で止まり、あき君は振り向いて俺の言葉を待っていた。
今更俺の意見を訊いてどうする?入るのはあき君なのに、どうして俺に判断を委ねる。
...なぜだろう?
雛枝の時はともかく、何で俺の周りの人達はみんな、段々と俺に全てを決めさせようとするのだろう?
「自分で決めろ!!!」
弱っている事もあって、今の俺は苛立ちを抑えられず、自分の出せる最大音量で叫んだ。
...予想以上に声が小さかった。
俺の言葉をちゃんと聞いたかどうかは分からない。聞いたとしても、自分で決定したのかどうかも分からない。が、あき君はゆっくり空洞の中に入った。
......
......
......
待ち時間は、どうしてこうも長いのだろう?
丁度そんな事を思った時に、あき君が空洞の中から出てきた。
「ななちゃん!何もなかったぞ。」
「...何も?」
「えぇ。特に何も感じなかったし、中には何もなかった。空っぽな空間だった。」
ゆっくり俺の側に近づいてから、あき君は屈んで俺に近寄った。
何もなかったに見えたのは俺もあき君も同じだが、俺が中に入ったら吐血、あき君に何の影響もない。
ふむ...
「...そういう事か。」
「何か心当たりはあるのか?」
「あぁ...」
他人にダメージがない、俺にだけ影響を与える魔法。その中で...
「一番可能性の高いのは、持続性を持つ幻惑系の魔法でしょう。」
「そっち?俺は別の『心当たり』を...
幻影、幻覚などの魔法だな。それなら、俺が何とかしてやる。」
何とかしてくれる...冗談?
少しずつ良くなった俺の体、それのお陰で語る力が戻ったようだ。
「あき君か?魔法...『呪文』の期末試験成績はどのくらい?」
「あー...36点。」
「意外!赤点回避できたんだ。Xクラスに補習免除してるのに、頑張ったね。」
「学年1位に言われても、皮肉にしか聞こえねぇぞ!
っつか、急に何の話?俺の成績なんてどうでもいいじゃん!」
「その成績で、よく『何とかする』とか言えるわねって事。高校生及第点レベルの魔法で、持続広範囲幻惑系の、しかも恐らく高度な方の魔法を『何とか』?できるの?」
「あのな...ななちゃん、一位のお前には分からないだろうけど、一研の試験はマジ鬼だぞ!及第点だけど、普通クラスと比べても、極めて『中』に近い『下』の方だぜ!
そして、俺は『魔法』使うなんて、言ってないぞ。」
あき君は既に物入れ結界に収めた彼の剣を再び取り出して、地面に突き刺し杖のように自分の体を起こした。
「今回使うのも、また『剣技』だぜ。その為に、ななちゃんをこんな離れた場所に置いたんだ。」
まるで自分の「剣技」は「魔法」を成り代えられるかのように語るねー。
もし本当にそんな事が出来たら、彼も雛枝と同じようなチートキャラなんじゃない?
「『魔走剣術』・虚。」
そう言って、空洞内部に向かって、あき君は剣を縦で一振りをした。それ程珍しい動きではないように見えたが、風の刃のような衝撃波が空洞の中に入った。
そして、程なくして、空洞内の真の姿が露になった。
「『虚』は魔力と魔法の繋がりを断つ剣技。魔法を切るだけなら、この技より相応しい技はない。」
また見た事のない、仕組みの分からない剣術。
「あき君って、幾つの技を持っているの?」
「ん?数えた事がないか...今の技はまた前のと違う、『魔走剣術』だからな。
全ての剣術の全技を数えたら、もう...どのくらいだろう?」
「...『剣術』すら一つじゃねぇのかよ。」
頭抱える程のチートキャラだな...って、あき君がまたドヤ顔してる。
王族が桁外れに強いこの世界で、同じくらいに桁外れに強い奴がゴロゴロいるよ。バランス悪くない?個人の強さで世界を変えられるレベルじゃないか!
そんな奴...あ、そっか!だから逆に戦争が起こらなくなったのか。どのくらい強いのか、見た目では判断できないもんな。
来期に恐らく愛しい王女様が一研に入学するだろう。
俺も雛枝を無理矢理一研のXクラスに捻じ込むつもりでいるし、王女様も最初はXクラスだっけ?
そういえば、「ゴミ溜め」と揶揄されているXクラスはあき君達のような特殊な人達を集めたクラスだったな。
星も最年少全国チャンピョンだったし...
お父様は一体何の目的で「私立一研学園」を創り、Xクラスを用意したのだろう。
「あき君が『剣技の申し子』と呼ばれていた理由が分かったわ。私の予想を少し超えたよ。
ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど、Xクラスの全員、皆、あき君や星みたいに何かが特別に強い訳?」
「体術に関してだけならそうでもないが、恐らく全員、入学条件を達した何かの長所を持っていたんだろう。偶に話しかけてくる知り合いの中に、『目に見えたモノを数値化できる力』を持つクラスメイトがいて、見えるはずのない魔力値をも数値化できる奇妙な奴だった。」
「戦闘特化のクラスじゃないんだ。」
とはいえ、見ただけで自分の求めたモノの「数値」が見えるって、意外な力を持つ人もいるもんだ。
......
あんたの戦闘力は3万だ!
......なんちゃって。
「情報収集能力に強い種族かな?」
「いや、趣味に走った奴だった。」
「へ~、どんな感じ?」
「自分の種族魔法と全く関係ない、自分の趣味で魔法混用の研究に没頭した奴だった。」
「その趣味は何?」
「...ななちゃんは随分とアヤツに興味があるな。」
「そりゃそうよ。面白そうな力じゃないか。
っていうかね、ずっとスルーしていたけど、あき君は何で知り合いの事を『奴』と呼んでるの?嫌なクラスメイトだったの?」
「嫌いではないけど...なぁ、ななちゃん。空洞の中がどうなってるのか、気にならなくなったか?」
「いや、気になるよ。ただ、今はまだ立てないから、立てられるようになるまで、ちょっとあき君と話して、時間を潰そうと思ったんだ。」
「それでアヤツの事をしつこく訊いてきたんか。俺の話でもいいじゃないか?」
「今、より私の興味を引いたのは君の知り合いのクラスメイトよ。
あのね、あき君。君のそういうところがダメなんだよ。」
「え、今回は何?俺が何か嫌がられる事でも言ったのか?」
「『他人に興味がない』ってさっき言ったの、覚えてる?」
「えぇ。ついさっきの事だからな。」
「他人に興味がないのに、私に興味を持たれたいのか?」
「...え?」
「無自覚、ね。」
彼の年頃でよくある「自己顕示欲」だな。無理もない、まだ子供だしな。
雛枝もそうだし、一研でクラスを跨ぐグループを創った風峰ちゃんもそうだ。殆どの中高校生で見られる傾向だな、たぶん。
星のような相反する例はかなりのレアケースだケド。
「あき君に興味がない訳じゃないからさー、あのクラスメイトの話を聞かせてくれよ。寧ろ興味があり過ぎるから、あき君の話を後回しにしたのだから、ね。分かってくれ。」
「あり過ぎ!?」
「もっとゆっくりできる時に訊きたいのよ。今は短く済ませる話の方を選んだのだ。
ねぇ、あの『数値化能力』で入学できた生徒は何でそういう力を身に着けたのだ?誰でもそれができる事?」
「頑張れば恐らく。しかしアレは...なんというか...『努力』というより、『執念』かな?俺にはとても真似できない。
俺の『魔法を使わない剣技』への執着と同じくらい...いや、それ以上の執念だ。教われば身に着けられる生易しい能力ではないな、うん。」
「ホントかよ!流石Xクラスの生徒。
きっかけは何でしょうね?」
「...女子のスリーサイズ。」
...ん?
「ごめん、あき君。今、何を言ったの?」
「女子の...」
「あー!もういい!分かった!」
男子だ。
間違いなく男子高校生だ!
女子のスリーサイズを知る為に「目覚めた力」か。もう「揉める」俺にとって、全然羨ましく感じない努力の理由だな。
「ちなみに、他の男子も奴に教わりに行ったの?」
「アヤツのようにできた人は誰もいなかった。きっかけはアレでも、誰でもできる事ではない。ユニーク故に、アヤツがXクラスに入れたんだ。」
「お父様もよくそんな人間の入学を許せたね。頭が痛いわ。」
「力の多様化ができたから、Xクラスに入れたと思うな。俺の期末成績も試験前にかなり近い数値を予想できていたし、使い方によっては『予知』に近い予測ができる。」
「でも、キッカケがナー...」
「男子に人気者、女子に嫌われ者。男子に女子のデータを売り回っていたが、種族上、『念写』との相性が極めて悪いのは不幸中の幸いだと思う。」
「そうね...」
実際、女子がこの話を聞いたら、どんな反応するのだろう?
少なくとも、俺のように「そうね」で済まさないのだろう。
執念って、怖いな...って、そういえぁ執念で「透視眼鏡」を創った奴もいたな、Sクラスの上村龍也君。
この世界の男子高校生って、マジで怖いな!ますます今の自分が女の子だって事にラッキーを感じなくなった。
「なんか、これ以上休んでもよくならない気がしたから、空洞に入ろっ。」
壁に手で支え、立ち上がろうとする俺。
「あ、俺の手を掴んで、ななちゃん!」
しんどそうな表情を見せたのか、透かさず俺に手を伸ばしたあき君。
「触んな...」
ちょっと...いや、かなりかな?冷たい声であき君を拒絶した。
「さっきの話を聞いて、気分悪くなった。暫く私に触れるな。」
「そ、そんな!?俺の話じゃないし、ななちゃんが聞きたいから教えただけなのに。」
「でも、私のスリーサイズとかも、買ったのでしょう?」
「あ、いや、ソンナコトハ...」
分かりやすい棒読み、アリガトウゴザイマシタ。
ロリ巨乳キャラのスリーサイズを知りたいと思わない男はいない。少なくとも、胸のサイズを知りたいと思うはずだ。
...俺も中身が男だからな...
だから、これもまた八つ当たりだ。「あのさ、あ、アレだよ。その、わ、分かるっしょ?あ、あの子。あの子のサイズって、いくら?」的な感じで男同士でワイワイしたいよ。例え女子から冷たい視線を送られる事になるとしても、バカみたいに男同士ではしゃぎたいんだよ!
なのに、今の体が女子!得るモノも多いけど、失ったモノの方が多い!
寂しいんだよ!長い間が経って、ようやく女の子のように振舞える事が出来、女子の友達の作り方が少し分かったけど、バカ騒ぎが出来ないんだよ!「ねぇ、どんな男がタイプ?」とかいう話に興味ねぇだよ!
例え可能性が限りなくゼロに近くても、彼女ができる男の体であって欲しかった!
ああああああああああ!
......
「ごめん、あき君。八つ当たりした。」
「いや、ななちゃんは何も悪く...アー...
何も悪くない、よ?」
フォローが下手だな。
「実際はどう?私のサイズ、買ったの?」
「...ノーコメント。」
「買ったのね?」
「......」
「買ってないの?」
「えっ、答えないとホントにダメ?」
「買った?」
「...買った。ごめなさい。」
「なら、あき君を許す。」
「えぇえええ!買ったのに、許すん?」
「正直に謝ったから許したんだ!注目ポイントを間違えるな。」
「あー、それで許してくれたんだ。ありがとう、許してくれて。」
「それで?あき君は私を許してくれるの?」
「その話も続くんだ!
俺的にはいつもの事で、別に許すも何もないと思ってるケド。」
「いいえ。今回は『遊び』での八つ当たりではないから、許してくれないと、私の気が済まないのよ。
だから、今回は本気で許すかどうかを考えてくれ。あき君の感じるままに、素直な想いを教えてくれ。」
「...え?本気の謝罪!?俺は別に怒ってないよ。」
「それは私のわがままに慣れて、感覚が麻痺しているだけだと思うわ。
でも、積もった苛立ちはいつか爆発するよ。この際だから、いっそ今までの不満を全部ぶちまけても良い。」
「ななちゃんへの不満...」
俺の言葉に少し真剣で考えるようになったあき君、まっすぐに俺を見つめてきた。
そして、最後まで自力で立ち上がれなかった俺の体に手を回して、俺を抱き上がった。
「またお姫様抱っこ?」
「これでななちゃんを許してあげるから、我慢しな。」
「...我慢するほど恥ずかしくないもん。」
許しを請うっても、優しさを掛けられるだけ...この世界でも、かわいい女の子は男に甘やかされるだけか。
俺は甘やかすのが好きだが、甘やかされるのが好きじゃない。今回のあき君の行動で、この感性が確かなものであるのだと実感した。
「さっき言ったろ?最後は『楽しい』で終わるからって。
確かに麻痺してるかもしれないな。結局俺はななちゃんと一緒が楽しいから、積もっても、最後で四散して消える。
不満なんて、溜めれないんだよ。」
「口説いてるの?」
「ははっ!ほら、すぐこうやって茶化されるしな。絶妙に怒れねぇよ。」
「口説かされた方の私が茶化したって、どうして確信できるの?もし、私が本気になったら?本気であき君の事を好きになったら、どう責任を取るつもり?」
「...ななちゃんが本気で誰かを好きになる事はない。」
「!!!」
不意打ちを食らい、心臓がドクンと激しく跳ねた。
なぜ、あき君がそれに気づいたんだ?なぜ、気づけたんだ?
俺自身だって、まだ...
..........................................................................................................................................
「これ、マジかよ...」
......
「ななちゃん。ななちゃんは知ってたのか?『当たり』って...いつから、そしてどこまで予想していたんだ?」
......
「ななちゃん?」
......
「おい、ななちゃん!どうした?」
......
「おい!返事しろ、ななちゃん!なぜ何も言わない?どうしたんだ!?」
......
「おい!なな...」
「うるせぇな。」
耳元でずっと大声を出されなくても、ずっと聞こえてるっつうの。
「よかった。
ななちゃん、さっきはどうしたんだ?何で声を掛けても返事しなかった?」
「......」
えっと、俺の今のキャラは...あっそうそう、病弱令嬢だ。
体は弱い癖に、みんなを引っ張って色んなところに行く強引リーダーキャラ。
だけど、偶に体が弱い事を理由にバックレる...いや、こっちは本当に体調不良で、団体活動ができない、だっけ。
あとは色々...なるほど、大体思い出した。
「ショックなのは俺も同じだか。
これ、この状況...どうすればいい?」
あき君が空洞の入口で、俺を抱えたままに周りを指さす。
「当たりって、これの事だよな。」
「あぁ、これだ。」
声を出してみたが、予想より低かったな。
前は確か、もう少し悪戯っ子っぽく、ソフトに高いめな声の筈だ。
言葉遣いも、もう少し女の子寄りの中性的喋りの筈、「あぁ、これだ」ではなく「えぇ、これだね」な感じだった。
となると、もう少し意識をして、「自分」になろう。
「ご都合主義展開を願ってはいたが、こちらは本気で期待していなかったわ。まさか本当に、しかも一発目で当たりを引いたとはね~。」
「あぁ。ここにいるみんな、誘拐された子供達だよな。」
広い空洞を埋める程の多くの子供が詰め込まれていた。数えるのも疲れる程、多くの子供が...
「あき君、下ろして。」
「ぁ、うん。ごめん、ぼーっとしてた。」
先程と全く違う空洞内の光景に圧倒されてたのか、あき君はようやくまだ俺をお姫様抱っこしていた事に気づき、たった今に俺を下ろしてくれた。
「ななちゃんが軽いから、抱えていた事を忘れてた。」
言葉とは裏腹、あき君は驚愕を満ちた表情で回りを見ていた。
「見つけたいと思っていた。けど、いざ見つけると、どうすればいいのか、何も考えられなくなる。」
ざっと見千人...と言いたいが、千人もいれば、「ざっと見」では大まかな数の推測も出来ない。
「これが、初めての経験だよね、あき君。」
「あぁ...その言い方だと、ななちゃんは初めてじゃないみたいに感じるけど。
初めてじゃないのか?」
「いいえ、私も初めてよ。ただ、可能性として、脳内でシミュレーションを何度も繰り返していたわ。」
これが大人と子供の差、というべきか。肝心な時に、冷静でいられるかどうか。
...前世持ちとはいえ、俺も自分が思う程、大人でなくない?
「雛枝と連絡して、まず雛枝を私達のところへ呼んできて。」
「ひなちゃんを?」
「ついてに雛枝に、タマに人の姿になって、ヒスイちゃんを入口の望様のところまで連れ戻すよう、私が雇い主としての命令を出したと伝言させておいて。
その後に望様に状況報告して。」
「まずはひなちゃん?何で真っ先にひなちゃん...」
「あき君はノープランでしょう?私に従いなさい。
私はその間、子供達の生死を確認してくる。」
「っ!」
「早く!」
「わ、分かった!」
一刻も争う状況かもしれない時にあたふたして、時間を無駄にしている。望様に啖呵を切った癖に、肝心な時にヘタレるな。
まぁ、まだ青少年だし、子供なんだよな。俺は俺で、ここにいる子供達の数を数えよう。
「......」
経験とは実に得難い貴重なものである。
「『魔力枯渇』?」
近寄った子供達の顔を見ながら、地下城廃墟での紅葉先生の事を思い出す。
長い作業になるだろうが、俺は子供達の顔を一人ひとり見て、確かに生きている事を確認する。
そして、約二十人を確認した頃に、雛枝が空洞の中へ駆け込んで来た。
「姉様、ホントっ...酷い...」
「転移してくると思ってたけど、普通に走って来たね。どうして転移を使わなかった?」
「ダンジョン内の転移はとても危険で、深さを間違えたら壁に体が...って、今はそんな事を言ってる場合じゃねぇし!
あたしは何をすればいい?あたしだけここへ呼んだ理由は何?何か役に立つから呼んだよね?何をすればいい?どうすればいい?」
「相変わらず騒々しいな、こんな時でも。」
どいつもこいつもあたふたしやがって...
「雛枝、まずは落ち着いて。」
「え、落ち着く?あたし、落ち着く為にここへ呼んだワケ?」
「んな訳ないでしょうか!だから、まず落ち着けって言ったのよ。
自分がアホになっている事に、そろそろ気づいて。」
その両肩を掴んで、無理矢理に上下に動かす。
「はい、吸って!」
「すー...」
「吐いて!」
「はー...」
「吸って!」
「すー...」
「吐いて!」
「はー...」
「落ち着いた?」
「...うん。」
全く、手間のかかる子だな。
「なら、雛枝。一つ頼みがあるわ。」
「はい。」
「いい返事ね。ちゃんと落ち着いたみたいだ。
聞いて雛枝。喰鮫組を使って、ここにいる子供達全員をその親の元へ送り返して欲しい。」
「...これ、警察を呼ぶ事件じゃねぇの?」
「悪いが、この国の警察は信用できない。」
王を擁しながら、実は五大国の中で一番治安が悪いだと昨晩で知ったからな、頼れない。特に喰鮫組支持してる人達の子供は警察に預けられない。
「政府側の人達の子供も喰鮫組に任せられない。けど、雛枝なら喰鮫組の連中を抑えられるでしょう?雛枝の監視下で、子供全員をちゃんと親元に送り返してくれ。
これはお世辞抜きの、雛枝にしかできない事だ。頼めるよね?」
「...分かった、姉様。」
何故か少し恐れた表情で俺を見つめる雛枝、しかしそのすぐ後に、自分の耳元に手を当てながら、俺から離れた。
さて、引き続きに子供達を見て来よう。
「ななちゃん。」
全部の連絡が済んだのか、あき君が俺に話しかけてきた。
「全部が1306人、死者はない。」
あれ、いつ確認したんだ?
「その数字、間違いない?」
「間違いない。ついてに全員、魔力枯渇状態だ。」
「そこまで分かるの?どうやって?」
「そういえば、まだ一度も今のななちゃんに俺の種族を伝えてなかったな。
俺の種族は『ピジョン』、『俯瞰』という種族特性を持っている。」
「ピジョン...」
ピジョンってなんだろう?動物の名称?それとも幻獣や神獣などの空想上生物の名称?
「鳩だよ。『種族』の授業にも出て来ないありふれた『平民種族』。」
「あぁ、そうか。
そういえば赤羽真緒も『鷹の目』の特性を持っていたぞ。それに似てるの?」
「いや、『鷹の目』程自由じゃない。周りをよく見える程度、距離の調整はできない。」
つまり「鷹の目」の下位互換か。同じ「平民」でも、「隼」は「鳩」より強い、という事だな。こんなところにも「不平等」があるね。
この世界で「公平」「平等」を求めるのは...ちょっとアホらしく感じるぞ。
「昨日の雛枝が言ってた『鳥野郎』って、こういう事だったのか。
それで、その目で回りの全員を確認できたって事か?」
「俺のような種族は総じて目が良いんだ。簡単な幻惑系魔法も見破れる『色彩視認』の特性も持っているから、ここにいる子供達の状態確認もそれでできた。」
「へ~。」
やはり「知る」という楽しさが堪らないな。「知識欲」っていうのか?人一倍に持っているのは前世と同じだな。
「カメレオン族の舌が良く回るというのも、『迎合能力』の特性のお陰かも。」
「舌が良く回る?」
「そうだよ。」
言いながら、自分の舌を出して少し動かした。
「矢野春香程ではないけれど、私の舌も結構凄いよ。」
「そ、そっだ、ね...」
顔を赤らめるあき君。
このくらいの悪戯で顔を赤くするとは、まだまだ子供だな。
「姉様、手配は済みましたわ。どうする?あたしと一緒に待とうか?」
晴れない表情で俺のところへ来た雛枝、疲れているみたいだ。
だけど、俺がここにいる事は雛枝にとって決して良い事ではない。
「ごめんね、雛枝。迷惑を掛けて。」
「いいえ!こっちの方こそ!ファミレスのあの時の二人の子も見つけられた。あたしの方こそ、本当に感謝感激している感じで、助かりましたわよ。」
「そうか。約束を守れて、良かったわ。」
「本当...まるで作られたハッピーエンドのように。」
「でも、全員が魔力枯渇状態よ。それを何とかできる方法はあるの?」
「むー...見た感じ、全員『成長期』前か、その途中って感じがしますわね。」
「おう!それは良い事を聞いたね。」
成長期に入れば、何もしなくても体が成長していく。もちろん、枯渇した魔力も増えていくから、何もしなくてもよくなるって事だな。
...まるで誰かの意思が介入しているかのような、そんな錯覚に陥る「ご都合主義展開」だな。
「だけど、やはりごめん。私はあき君と一緒に上に戻るわ。」
「え?一緒に居てくれないの?」
「私が雛枝と一緒に居たら、逆に雛枝の立場?発言力?そういうのを弱くしてしまう恐れがあるわ。
あくまで雛枝が一人で喰鮫組を動かす方がいい。
雛枝は将来、喰鮫組の実権を握りたいよね?」
「その為、という事ですか?」
「ツートップは危険よ。どれだけ仲良くても、指示一つ違えば、周りが困惑し、勝手に動くようになる。仲を裂こうと、奸計をめぐらす事もしたりはする。
特に私の場合は部外者。今まで雛枝を支持してきた組員達にとって邪魔な存在、忠誠心が揺らぐ危険要素になり得る。いない方がいいわ。」
「...姉様はなぜ、っ!なぜ、そこまで深く考えられるの?そんな先までの事を予想できる?
姉様は本当に、あたしと同い年?」
「双子だから、当たり前でしょう?
けどまぁ...双子でも、二人の人間で二つの種族、完全に同じにはなれない。
外見がほぼ同じだから、それで妥協しようよ。」
俺と雛枝は魔力の量も耐性も、魔法の才能も身体的能力も、何もかもが違い過ぎる。
「あたし達は同じ顔を持つ、双子の姉妹...この繋がりは決して切れる事のない鋼の糸、それで満足する。納得する。妥協する。我慢する。」
そう言って、雛枝は悲しげな微笑みを浮かびながら、ゆっくり後退して俺から離れた。
まるで二度と会える事ができないような離れ方だな。そんな態度を見せられたら、俺も辛くなってしまうじゃん。
「暫く雛枝が忙しくなって会えなくなるから、まだ会って三四日しかないのに、これは言わせてくれ。
雛枝、君が大事よ。」
「あたしも。姉様、だーーーい好き!」
片手であき君を招き、もう片手で雛枝にバイバイと振って、俺は子供一杯なその空洞を出た。