96. どちらも人に。
カチャリ、とノブが鳴って閉まる。
母親の咳が、今度はドア越しに聞こえた。
……点滴が要るんだよなぁ。
自分は、ぼんやりと思った。廊下を行くハルトマンとイリイチの後を付いて歩いて、溜め息を吐きそうになった。
当時ウィルスも細菌も検出されず結果的に風邪と診断されたし、自分でもそう思っていた。
けれども〝<降臨>に触れて呪われたから死に掛けた〟というのを聞かされた今では事情が異なる。経過録を持っている医師は、自分が点滴で生命維持されていたのを把握しているだろう。
目を閉じて、そっと深呼吸をした。
元来た場所を戻るように歩いて、玄関先へと続く廊下に出た。
ダイニングルームとは、反対のドアをハルトマンはノックして入る。イリイチは後に続いたが、自分は思わず立ち止まった。
ドアの開閉の邪魔にならない場所に、移る。
そこは瀟洒な部屋だった。
洗練された調度品が暖炉の火で煌き、天井と壁の照明は柔らかく明るい。広い室内に優美な椅子や一人がけのソファがアチコチに置かれ、使われていた。
イーラと庭で見た小柄な男、そして初めて見る人物が二人。
驚くほどの美丈夫と、魁偉というと少し大袈裟かも知れない風貌の男。
外見は人間だが、自分にはどちらも人に見えなかった。纏う気配が明らかに違う。片方は清廉な霊気に満ちて、片方は尋常じゃない生命力に溢れている。
だが、思い思いの姿勢で座っている様子が不思議と部屋に馴染んでいた。
小柄な男の足元で医師が跪いて包帯を巻き、ハルトマンの部下の一人が手伝っている。
頑丈そうな添え木が、包帯の白さと相俟って痛々しい。骨折の手当てだと気付いて、自分は庭で男がよろめいていたのを思い出した。
部屋にいるハルトマンの部下は三人だ。
残りの二人は、一隅に一人ずつ柱のように立っていたが、三人とも頭巾を取っていないから顔が見えず、明るい部屋の中では余計に黒衣に見えた。
自分は室内を見回す。暖炉から一番遠い窓辺に四神がいた。
何故か熱中症患者のようにグッタリした風の神を、三神が介抱していた。
水の神が膝枕して、風の神は額に端切れを乗せて寝転がっている。
火の神が別の端切れをカップの水で濡らして搾って、土の神は一葉を両手に持って団扇のように動かしていた。
そばのカーテンが小さく揺れているが、誰も気にしていないようだ。
「……ドアは閉めないで。後からウェジーが来ることになっているから」
閉めようとした動きを止めた指揮官は、イーラに一つ頷いてドアを開けたままにした。