第九話 白群の刃。
その光景を見て、呆気に取られていたのは颯だけでなく雨宮もだった。
本来、能力者が具現化した刀や銃は本人にのみ扱う事が出来る。
颯が美稀に言ったように、他人には持ち上げる事すらそもそも不可能なのである。
また、雨宮にはその事とは別にもう一点理解の出来ない事があった。
颯の動きが尋常な速度ではなかったのだ。先程雨宮が放った刃状の水柱に追いつくのも美稀の件と同じく不可能であるはずなのだ。
目の前で起こった以上、対策を講じなければならないのだが、様子から察するに今の雨宮には難しいといえるだろう。なぜなら雨宮の動揺は傍目からも窺い知れるのだから。
動けずにいる、雨宮と颯を尻目に美稀が走り始める。向かう先は颯の元だ。
「颯、大丈夫⁉︎」
美稀は自らが成した事の異常さに全く気づいておらず、颯に暢気に声をかける。
「あいつの力に反発すると被害が大きくなりそうだから、うまく打ち消そうとしたのだが無理だった。だが問題はない、大丈夫だ」
颯の無事が確認でき安心する美稀。
「色々言いたい事があるんだが、先ずはあいつを倒さないといけない。刀を渡してくれ、そして危ないから下がってろ」
そう言って、美稀から刀を受け取る颯。
しかしながら、ここで想像すらしていなかった事態が起こる。
なんと美稀から渡された刀を颯は受け止めきれず地面におとしてしまう。
慌てて拾おうとするのだが、颯には持ち上げる事すら出来ない。
少し前まであれだけ軽々と振り回していたのに…
一体どうしたのか理解が追いつかない颯の横から美稀が手を伸ばし、軽々と刀を拾い上げる。
その光景を颯は現実として受け止めることが出来ないでいた。
「おいおい、嘘だろ…刀が具現者を拒否するとか、聞いたことがないぞ…」
颯の感情の一切篭っていない呟きは隣にいる美稀にすら聞こえないぐらい小さなものであった。
「もう…遊んでないでさっさとやっちゃいなさいよ」
呆れ顔で改めて刀を差し出してくる美稀。意識を集中させ今度はしっかり受け取れる様、気合いを入れる颯であったが、その甲斐なく先程と同じ光景となる。
「ちょっといい加減にしてよ‼︎」
流石に美稀も不機嫌さを隠す事なく声を荒げる。
「刀に拒否された。多分あんたを所有者と認識したんだろう。こんなの初めてだから俺だって困惑してるんだよ」
颯が憎々しげに呟く。それを聞いた美稀は事態の重大さに顔を顰め言葉を発する。
「ど、ど、どうするのよ⁉︎」
「美稀、目を閉じて意識を刀に集中させろ。どうだ、闘い方が頭に浮かんでこないか⁉︎」
所有者は特殊な訓練を積まなくても、ある程度は刀を最初から振るう事は出来る。刀の記憶…と呼ばれる力の作用である。
もちろん銃にも同じ様に記憶はある。
理屈はそうでも、この状況で美稀にいきなり闘えというのは酷というものだろう。
美稀の様子を伺うと一応構えてみるものの、腰が引けて小刻みに震えている。
「む、無理よ。私には無理よ」
言われるまでもなく、颯もそのことは理解している。一応聞いてみた様なもので期待など最初からしていなかったのだから。
「ふはははははっ。自らが具現化した武器に愛想を尽かされた者なんて今まで聞いた事がありませんよ。神谷さん、情けないですね。二人揃って消して差し上げますよ」
雨宮が不快な笑みと共に侮蔑の言葉を吐く。
またも地面に亀裂が入り、颯達に向けて先程と同じ刃状の鋭利な水柱が放たれる。
「颯…何とかしてよ。助けて、私まだ死にたくない‼︎」
刀を投げ捨て、美稀は颯の腰に背中側からしがみつく。その顔は涙で濡れている。
そんな美稀を気にすることなく、颯は言葉を紡ぐ。
「気高き白群の刃よ…我に降りかかる災厄を打ち滅ぼせ」
右の掌に軽く握った左の拳の親指側を添える。
緋の刀を具現化する動作の対称。左手に現れたるは白群の刀。その刀身は柔らかな碧みの蒼。見方によっては白みがかっている様にも見える美しい色をしている。
先程の様に弾かれる事なく、雨宮の水柱を簡単に打ち消す。
颯が雨宮を完全に圧倒している。同じ水属性なのだろうか。
対抗関係で遥かに劣る火属性の刀で善戦していたのだ。同じ系統であれば颯が有利になるのは当然と言えよう。
「何なんですかあなたは⁉︎武器の具現を2つも出来る人間がいるとか聞いた事ありませんよ」
雨宮の声は震えている。信じられない光景を目の当たりにしたのだから、こればかりは仕方ないと言えよう。
「悪いな、あんたに未来はないよ。これ見せてしまったからには、悪いが無事ではすまないよ」
後ろからしがみついている美稀を引き剥がし、後ろを振り返る。美稀を正面に捉え、その頭をそっと撫でる颯。
そして雨宮に向き直ると、一瞬で間合いを詰め、刀を天に向かって高々と振り上げる。
雨宮は咄嗟に刀で防ごうと頭上に横一文字に刀を構える。
自分から誘導したとはいえ、思い通りの雨宮の行動にほくそ笑みながら、颯は雨宮の脳天に向かって刀を振り降ろす。
颯の一振りは、雨宮の脳天を割るかと思われたがそうではなかった。
速度こそ常軌を逸していたのだが、蒼の刀と接触するとピタリと停止した。
次の瞬間…雨宮の握る刀が一瞬で砕け散る。雨宮はその場に崩れ落ちる。
殺したのだろうか…?少し離れた位置にいる美稀には詳しい事は分からない。
颯はどこかに電話をかけ始める。
少し話したかと思ったら電話を切った。そして、美稀に歩み寄る。
一連の出来事を呆然と見ていた美稀に語りかける。
「姐さんにあとは任せる。今からこっちに向かってくるらしいから、それまで待機な」
簡単に報告する。
「あんた…刀、まだ持ってたんだ。私に闘えるか聞く前に…さっさとやっつけなさいよ。何考えてるのよ‼︎」
現実に戻ったのだろう。不平不満を喚く元気があるぐらいだから、問題ないだろう。
「とりあえず刀を拾って、頭の中で刀が消えるイメージを思い描け。やってみろ」
颯に促され、刀を拾い瞳を閉じながら言われた様に刀が消えるイメージを思い描く。
その手に握られた刀が光の粒となり消えていく。
颯の方も同じ様に刀を消す。
「美稀…勘違いするなよ」
颯はそう短く呟き、美稀を引き寄せてキスをする。
美稀の唇にも柔らかな感触が拡がっていく。
美稀も予想していたのであろう、瞳を閉じて颯の唇を貪っている。
能力を使用したが故に必要なキスを、『必要』以上に長く、『不必要』なまでに熱く行った2人。
それに対する反応は真逆。ホクホク顏の美稀と引き攣った顏の颯。
ちなみに並んで渚を待っている間、2人に会話は一切なかったのは言うまでもない。