第5章 オープニング
春日(霧谷)姉妹のオープニング:プランナーからの『お願い』
三年生になろうかという春休みの直前の事、私(響)と奏は春日姉妹として、ちょっとした任務を終えて帰路についていた…筈だった。しかし、送迎役の鈴音母さんのセルメンバーの祇園カナタさんの運転する車の中、疲労から肩を預け合ってひと眠りしていた為、その道がいつもの順路と違っている事に気付けなかった。
私が目を覚ますと、目に飛び込んできた地名は情報の中だけで知っている場所で、神城市とも、鈴音母さんのセルのある東京都の区とも違う場所にいた…そこはFH日本セルの主要拠点として、私が認識しているビルのある筈の場所の近くの地名であった。
「奏、起きて!カナタさん!これは一体!なぜ日本支部に向かっているんです!」
私が叫ぶと運転席から気の抜けた声が返ってくる。
「あ、響ちゃん、起きた?そろそろ起こさないといけないと思っていたんだ。いと高きお方からのプランとの事で、帰る前に寄り道する事になったんだよ」
…これでもドライバーとしては一級の腕を持つオーヴァードである…そして、プラン、と言ったか。それもいと高きお方の。
「都築亰香…さま、『プランナー』のご命令なのですね?」
「正確には、『プランナー』のご命令を受けたらしい、うちのリーダー(鈴音母さん)の命令だけどね。
起こさずに進路変更したのは、疲れているだろうから、支部に着く迄は寝かしといて上げた方がいいかなと思ってね」
「うにゅ?どうしたの?もう着いた?」
と、ここでようやく奏が目を覚ます。
「状況は把握しました。カナタさん、お心遣いありがとうございます。奏、『プランナー』のご命令でファルスハーツの日本支部に向かっていて、もうすぐ着くって。できる限り身支度整えるよ。プランナー様の意図はわからないけれど…少なくとも身ぎれいにしておいて損はない筈」
「あ、大丈夫。支部に着いてから身支度を整える時間くらいはあるらしいから…リーダーも先に着いて待っている筈だし。流石に任務帰りだからご配慮も頂けるよ」
そうこうしている間に、車は高層ビルの地下駐車場へと入っていった。
地下駐車場からカナタさんに連れられ、地下の入口で私達は緊張した様子の鈴音母さんに引き渡された。
「鈴音母さん、まさかご本人と面会するの…?」
控室に着いた私はやっとのことで口を開いた。
「そのまさかだ。二人の任務完了報告を受け取った直後にプランナーが『二人に話があるから任務帰りに連れてきて欲しい』とおっしゃっている、と恭二兄さんが伝えてきた…なにがあったか、私にも分からん」
そう言って鈴音母さんは頭を掻きむしった。
「正直、二人は将来有望なオーヴァードではあるが、賞罰にせよ、何らかの司令にせよ、通常であれば日本支部のエージェントの誰か…それこそ恭二兄さん辺りをそのまま名代にすれば事が足りるからな…故に、それ以外の何かだとは思うのだが…そうなると…」
「それ以外の何か…ご自身で私達に面会する事を望まれる何か…見極めの類?」
鈴音母さんと私はそう言って互いに考え込んで沈黙が流れる。
「えっと…響、鈴音母さん、状況を教えてほしいんだけど…まず、ここは何処?」
そこに状況の読めていない奏がおずおずと手を挙げた。
「ここはファルスハーツ日本支部のビルの一室。ここにいる理由はここの主である『プランナー』が私たち二人に用事があるという事で呼び出されたから。その理由は全く想像がつかないから悩んでいる」
「なるほど…たしかに頭を抱えるよね…雄吾おじさん程フットワーク軽い方でもない筈だし」
奏はそう言って納得した様子でうんうんと頷いた。
そうこうしているとドアがノックされ、1人の女性が入ってきた。
彼女はワゴンから私達の着替えと軽食…サンドイッチと飲み物…を取り出し、30分程度したらお呼びがかかる筈なのでそれまでに着替えを済ませて、空腹ならば軽食を摘まんで待っているように、と告げて去って行った。
言われた通り、着替えをすませてサンドイッチを摘まみながら『プランナー』のご用件についてあれこれ議論していると遂にお呼びがかかった。
先ほどの女性に連れられてエレベーターに乗り、厳重な警備の敷かれた廊下を歩いて行く。
コンコンコン
「都築様。春日響と春日奏の両名と付き添いの春日鈴音を連れてまいりました」
「入室を許可します」
案内人の声に室内から凛とした声が聞こえてくる。案内人に促されて部屋に入るとそこは大企業の社長室と言われても通じるような立派な展望オフィスであった。そしてその中央に設置された執務机で美しい女性が待ちかまえていた。
その人…『プランナー』都築亰香様に私達は近づき、そして一定の距離を取った状態で礼をした。
「面を上げなさい」
「亰香さま、娘の響と奏です。二人とも、こちらが『プランナー』都築亰香様だよ」
母に紹介され、私達は改めて礼をして自己紹介をした。
「初めまして、『プランナー』都築亰香様。私は『輝く華』春日響と申します、本日はお目にかかる機会を頂き、恐悦至極にございます」
「初めまして、『プランナー』都築亰香様。私は『庭園の騎士』春日奏と申します、本日はお目にかかる機会を頂き、恐悦…至極にございます?」
私と奏の挨拶を受けて『プランナー』は挨拶を返してくれた。
「初めまして、『輝く華』、『庭園の騎士』。改めて、私は『プランナー』都築亰香です。『プランナー』と呼んでください」
そう言ってプランナーは応接机に移動し、私達にも席を進めてくださったので、従った。
「今日、二人を呼んだのはちょっとしたお願いがあるからなのです」
いつの間にか配膳されたコーヒーに口を付けつつ、プランナーはそう言った。
「お願い…ですか?御命令ではなく?」
私は思わずそう答えていた。
「ええ。ですから、これからお願いする事は断られても構いません…どちらでも、私のプランは進んでいきますから…早速ですがお二人は『再生工場』というセルをご存知ですか?」
私と奏は顔を見合わせる。
「いいえ、申し訳ありません、存じ上げません」
「では『ジャンクヤード』というセルの名は?」
「存じています、確か我々(ファルスハーツ)には珍しく、人材の再生を目的とする教育セルでしたか?そう言えばそこの正式名称が再生工場だったかなと今思い出しました」
と言いつつ、ジャンクヤードという名で引っかかった情報を頭の中で整理する。
・再生工場(俗称ジャンクヤード)とはファルスハーツのオーヴァード人材リユースを目的としたセルである。
・通常、ファルスハーツは人材のリユースなど面倒くさい事はしない。量産品には量産品なりの、欠陥品には欠陥品なりの、ゴミにはゴミなりの使い道がある(それが人道的かは別にして)からである。
・しかし、何らかの事情や目的の為、あるいは単なる趣味や気紛れによって、人材の再教育がなされることがある。その際、送り込まれるセルの一つがジャンクヤードセルであり、試作兵器や趣味人(ジャンキー、戦闘狂のファルスハーツメンバー)との戦闘経験を積ませる事で能力の開花を目指すという比較的穏当な方法で訓練が受けられる。なお、ジャーム化については当然の如く考慮されない。
・その様子はファルスハーツのセルリーダー格以上が閲覧できる秘匿チャンネルで放送され、帰るべきセルの無いジャンクメンバーはスカウトされる場合があるし、帰るべきセルがある場合でも引き抜きや貸し出しの養成が所属元のセルに飛び、それらの交渉などをジャンクヤードセルが仲介する事もある。なお、本当の意味でゴミになれば『リサイクル』される。
・本当の意味でゴミになるとは、知性のないタイプのジャームに成り果てるか、臆病からの敵前逃亡を犯すなどを指す
「ええ、その通りです。二人にはそのセルに赴いて、現在そのセルで訓練中のある3人の訓練生と共に訓練を受けてきてほしいのです。期間はこの春休みの間だけでかまいません…そうすれば私の動かしているいくつかのプランの確実性が増す事になります。とは言っても、お断り頂いても問題はありません。その場合、予定通り家族でのんびり過ごしても構わないですよ」
じゃあ、お断りします、と言いたそうな奏を制して言う。
「私は、このお話、お受けしたいと思います」
「響!?どうしたの?」
「これはチャンスだよ、奏。最近、成長できるような敵と戦う機会、無かったじゃない。このお話を受ければ、私たちの糧になる筈だよ」
「私は響を守れる力があれば十分なんだけれど…まあ、響が行くなら私も行く」
「決まりですね、では手配しておきます。所でこちらがその3名のプロファイルなのですが、どう言った感想を抱かれますか?」
プランナーが3名の少女…私達よりは年上…のオーヴァードのデータを提示してくれた。
それに目を通した感想は…
「いずれも覚醒したてでコレなら逸材、ベテランでコレでも…まあ生き残るだけの才能はあった、と言った所でしょうか…それぞれについてですが…まず鈴木さん」
そう言って私は鈴木佳奈と書かれたファイルを手に取る。彼女はブラックドッグのピュアブリードでウエポンマウント手術(武器を体に仕込むブラックドッグ向けの人体改造手術、奏も盾を埋め込んでいる)に対して異常に適性があった。故に滅びの刃と呼ばれるEXレネゲイドを大量に帯びた日本刀(使用者の侵蝕率の高まりとともに形状を変化させる)をウエポンマウントされてしまった不幸な強化兵の中学生である。
元々は両手剣を扱う訓練を受けていたらしいが、両手剣のウエポンマウントとバトルマニューバ(白兵戦支援プログラム)搭載のハードワイヤード(ブラックドッグ向けの人体改造手術)を受ける予定で入院したセルで事件が起こった。
術前検査の結果、彼女のウエポンマウントの許容値が異常に大きかったのである。それは超純血と呼ばれるピュアブリードのオーヴァードに発現する現象…沙羅ちゃんのプラズマカノンもコレの結果でああなっている…による物らしかった。それはそれとして予定通り施術すればよいものをマッドサイエンティストが許容値ギリギリの物を乗せてみたくなり上記の滅びの刃を乗せやがったらしい。
結果、彼女の体内レネゲイドバランスがむちゃくちゃになって、受けるはずだったハードワイヤードの予定がおじゃんになり、また、滅びの刃という高級品をマウントしてしまった事もあり、初任務をキャンセル、代わりにジャンクヤードで再調整を受けているとの事である。
「まあ、彼女は問題ありませんね。西洋式の両手剣から日本刀への武器の持ち替えに伴う再訓練も終わっているとの事ですし、滅びの刃が体になじんで次の施術を受ける余地が出来たらハードワイヤードを予定通り施術して…あとは戦場で彼女自身が足りないと思った技を身に着けて行けばいい。白兵戦技術を磨くだけでも十分強くなれますし、望むならば薙ぎ払うエフェクト(エレキフィールド)でも、守りを貫くエフェクト(バリアクラッカー)でも、さらに肉体改造を進める…特に足回りですかね(サイバーレッグ)…でも、より取り見取りです。ああ、相手の攻撃を切り払う技も面白いかもしれませんね。いずれにせよ、三人の中では一番わかりやすいです」
「なるほど、ではこちらの『死に至る幻影』はどうでしょう」
そう言ってプランナーは『死に至る幻影』竹内優子と書かれたファイルを示す。彼女はソラリスのピュアブリードである。そして、恐ろしい幻影によって相手の心を折る事で戦うタイプのマーセナリー(傭兵、UGNにおけるイリーガルエージェントのような立場)の高校生である。
そんな彼女だが、経歴としてはチルドレンとして育てられていてもおかしくはない…未就学児の頃に家族を失い、孤児となった彼女は、今は既に中止されている実験の実験体として春日一族のエージェントに拾われ育てられていたが、そのエージェントは1年程前に戦死していて、現在はFHマーセナリーの仕事で稼ぎながら生きている。
彼女は戦闘能力としては一定の完成を見ており、後は様々な手段で強化していくだけである。そんな彼女がなぜジャンクヤードなどに来たのか…と言うとそれも資料に書いてあった。
彼女はヒトを壊す仕事を生きる為に必要なものと割り切りつつも、本当はヒトを癒す仕事がしたいらしい。そんな彼女の夢は医者。既に勉強もしており、知識は医師免許を狙えるレベルかつ、レネゲイド関連の医術についてはファルスハーツの闇病院で技術も磨いているらしい。
「竹内さんは…まあ、本人の意思を尊重するならば『癒しの水』でも覚えて頂いて、必要ならば戦闘中でも使える術(女王の降臨、限定追加行動)も学んでお引き取願うべきではないかなと思いますが…攻撃能力を伸ばすのであれば、アイテム…恐怖の心臓でも調達して、体内工場の生成力を上げるエフェクト(オーバードーズ)でも取得するのがいいでしょうね。あるいは妨害系に手を出すか、攻撃対象を広げる能力を身に着けるか…でしょうね」
「フム、妥当な分析だと思います」
「最後に我が従姉殿…春日恵さんですが…普通に後方勤務じゃダメですか?」
春日恵と書かれたファイルには会った事のない従姉殿のデータが書かれていた。彼女はこれまた会った事のない鈴音母さんと恭二伯父さんの兄である恭一伯父さんの娘であり、黄金錬成…有用な物質の錬成に優れたモルフェウスピュアブリードのオーヴァードである。
一般的な黄金錬成は一般原子間の相互変換で、貴金属の錬成をして資金稼ぎをする、という手段がとられるが、彼女は格が違う。彼女は独自の特殊な軽量レネゲイド金属合金を錬成できるという事で非常に重宝されていた。
が、現在では『あまりにそれが有用過ぎたがゆえに』解析され尽くし、他のオーヴァードでも生産ができるまで開発が進んだ事で重要度が著しく下がり、両親の寵愛を失った。自らの有用さを向上させ、両親に再び『愛される』ために、魔狼の心臓(体力を増強する効果のあるアイテム)を取り込んで、AIDAと呼ばれる高性能支援プログラムを脳に積み、肉体改造(皮膚の人工皮膚化)までして戦闘部隊への転属を視野に再生工場で鍛え直している最中…なのだが大問題がある。
彼女、黄金錬成以外のエフェクトは殆ど使えないのである。唯一、砂の結界と呼ばれるカバーリングエフェクトのみは既に使える為、盾役として戦場に立つしかないのだが…当然と言えば当然だが、ファルスハーツ内で盾役の地位は低い。
「こう…金満装備のおかげで捨て駒ではない盾役を張れるレベルではありますが…そもそも、ファルスハーツ内の盾役は総じて地位が低い…と言うか、地位が低いから盾役をやらざるを得ないというか…どちらにせよ、地位の回復、というのには程遠い構成ですね。
せめてもう少し早くアドヴァイスを求められていたら、片手持ちの盾で妥協してSTALKER辺りの支給を受ければ攻撃性能を積めてマシになったのですが…」
「なるほど、それはそうですね、では支給しておきましょう、ガードシールドと共に」
「ご慈悲、感謝いたします。で、あれば奏と同じ盾役兼サブアタッカーとみなせるので戦術の幅が広がります」
「これ位は問題ありません。とても有意義な時間でした…詳細な予定は『ダークソード』(彰吾父さん)に連絡させます…期待していますよ」
「はい、ありがとうございます」
尚、奏はこの会話をしている間、ふむふむ、という顔をしつつ、本音では早く帰りたそうにしていたと付け加えておく。
訓練生3名のオープニング:訓練の始まり
「おい、おまえら、今日の午後から実践訓練に入る、故に今日の訓練は午前中で終いだ。昼飯時には『輝く華』と『園庭の騎士』も到着する、午後はまずはミーティングだ」
再生工場の主である女性、『ジャンクソーター(ジャンク選別者)』森田めぐるがセルの所有する訓練施設で朝食を取る3名の訓練生に声をかけた。
「わかりました…やっと滅びの刃にも慣れてきたのでやれると思います、いえ、やります」
そう返すのは『滅びを纏うモノ』鈴木佳奈
「承知しました、『輝く華』に言われて始めた拳銃の取り扱いも基本はできる様になりましたし、がんばりますわ」
続いて『アイテムユーザー(アイテム頼り)』春日恵が了承の返事をした。
「はい、わかりました…望む自分になる為に」
最後に食事をしながら読んでいた医学書を脇によせ、『死に至る幻影』竹内優子が応えた。
「ん、いい返事だ。私は訓練生に困難を用意しても不可能を用意したことはない。お前達3人と、『輝く華』『園庭の騎士』の5人が全力を尽くせば課題をクリアーできると信じている。そして課題をこなしていく事でお前達が成長できる、ともな」
そう言って『ジャンクソーター』は去って行った。
「困難…いったいどんなジャンクとの戦いが用意されているのでしょうね…」
『アイテムユーザー』は一抹の不安をにじませつつ言った。
「どんな相手でも問題ない。中身を壊してしまえば結果は同じ…動かなくなる」
『死に至る幻影』は自信をにじませつつ言った。
「それよりも、私は『輝く華』『園庭の騎士』の二人がどんななのかが気になるな。まだ8歳だって言うのに既にいろんな任務をこなしているなんて…」
『滅びを纏うモノ』はそう言って少し遠い目をした。
「羨ましいかしら?自身の価値を高く買ってもらえるなんて」
『アイテムユーザー』が妬ましさをにじませながら言う。
「むしろちょっと可哀そうかな…そんなに幼いのにもう戦場に立っているだなんて…私はまだ実戦経験ないけれど、早く実戦をしたいとは思わないから…」
「…まあ、気持ちはわからなくはない。戦わずに…壊さずに生きていけるのであればそれが一番楽ではある…世の中そう言うものじゃないけれど」
そう『死に至る幻影』は諦めた様子で言った。
「そう言うもの…かしら?父様と母様が認めてくださるならば私はいくらでも戦場に立ちたいけれど」
「ふん…まだ殺しの処女の春日お嬢様がよく言うよ」
等と話をしながら朝食時間は終わりに向かって行った。




