突入
集合場所に到着すると、騎兵以外にも俺と同じような歩兵が何人かいた。そして、そのなかに、やはりベンがいた。あまり言いたくなかったし、言う意味もないように思えたが、思わず本人にこぼしてしまう。
「なんでお前がいるんだよ」
一緒に南部の斥候に行ったので、この部隊に組み込まれるだろうなとは思っていた。ただ、ベンは奇襲部隊にはおよそ似つかわしくない。何度でもいう。ベンは鈍臭いのだ。本隊にいて、力づくで正面突破を図るような役目を任せた方が、まだいくらか役に立つ。剣の腕は立つからだ。
「だって、一緒に行ったじゃんか」
ベンは口を尖らせた。一緒に行ったからって、そんなの理由になるか? どう見ても奇襲部隊の歩兵は、精鋭ではなかった。テイラーのことを「バケモノ」と言っていた食事係たちもいる。騎兵の連中は雰囲気を見るに、そこそこ経験のあるメンツが集まっているようだが、歩兵は明らかに頭数合わせに思われた。
「クリス、よろしく頼むよ」
馬上からシャインが声をかけてきた。他の騎兵がプレートアーマーを着込んでいるのに、一人だけものすごく軽装だ。胸の部分を覆う金属製の鎧だけで、下半身は皮のチャップス。長い髪は結って後頭部でまとめて、バンダナで結んでいる。どこから調達したのか、長い槍を手にしていた。
「そんな軽装で大丈夫なんですか?」
思わず聞いた。
「ああ、よく言われるんだ。だけど、あれ、苦手でさ。着るのも脱ぐのも面倒だから」
シャインは隣の馬に乗っていた軍人を指差した。要するにプレートアーマー、着たくない人なんだな。
歩兵は馬車で出発し、途中から降りて徒歩だった。昼間と同じ侵入路を通って、山間部に入っていく。トラップがあった場所は覚えている。張り巡らされていたロープや針金を切り、進路を確保しながら、順調にベンが吐いたあたりまで到着した。
「クリスくん、君、レベルいくつ?」
突入を前にひと休みしている時に、シャインが聞いてきた。
「20です。姫から直々にいただきました」
俺が答えると、シャインは目を丸くした。
「嘘ぉ! 低すぎない? 早く申請しなよ。今日の働きは、最低でも30に相当するよ!」
そう言われて、悪い気持ちはしない。やっぱりそう思う? いや、俺もそうだろうなあと思っていたんだ。何しろ〝底なし〟と炎の神殿をクリアしたんだから。あのザ・レジェンドが途中で引き返した難所を、魔族の助けを借りたとはいえ、ダブルで突破したのだ。これは是が非でも行きて帰らないとな。死んでからレベル30に上げてもらっても、なんの意味もない。
薮からのぞくと、解体場は真っ暗だった。こちらから侵入してくることは考えていないのだろう。完全に無警戒だ。焼け落ちた廃墟の向こう、街の中心部あたりから明かりが漏れている。篝火を焚いているのだろう。
「申請している暇がなくて……」
苦笑いするしかなかった。そこではたと思い当たった。そうか、非認定レベルって、こういう事情で発生したんだ。次から次へとクエストを渡り歩いて、申請している時間がない。俺は今、自分のレベルがこれまでやってきた仕事を思えば低すぎると思っている。「非認定30です」と胸を張って言いたい。
「じゃあ、非認定30ね。とりあえず」
シャインはポンと俺の肩を叩いた。
突入のタイミングは、本隊がクーメンに突入した瞬間だ。アフリートが敵本体に一発、かますことになっていた。大きな火の手が上がって、ここからでも見えるはずだった。
「クリス、クリス……」
隣にいたベンが声をかけてきた。
「なんだよ」
「今、レベル20なのか?」
訝しげな表情をしている。
「そうだよ。非認定じゃないぞ。ちゃんとマリシャ姫に認定してもらった」
冒険者手帳を開いて見せてやりたい気分だった。ベンと一緒にいた時は、レベルが0から1に上がっただけだった。それもクエストを達成したわけではなく、失敗して帰る途中にたまたま拾った杖が価値のあるもので、それを道具屋に売ったら、そこの店主が感心して上げてくれたのだ。
「す、すげぇな……」
ベンはゴクリと唾を飲んだ。そんな大袈裟に驚くことではない。真面目にコツコツとクエストをクリアしていれば、レベル20なんていずれたどり着く数字だ。むしろ、デビュー4年目での到達なんて遅すぎる。
「ベンは今、なんぼなんだよ」
気になったので聞いてみた。
「いや、軍人なので、なんぼとかはない」
例によって、俺の質問にストレートで返してこない。確かに軍人は冒険者ではないので、レベルはないだろう。だが、ベンはもともと冒険者だったのだ。「冒険者だった頃、最後にレベルいくつまで到達しましたか?」とわざわざ丁寧に聞かないとわからないのか?
もうイラッとさえしない。呆れて改めて聞く気にもならない。聞いた俺が馬鹿だった。小さくため息をついた時、遠くでドォン!と爆音がして、右手の廃墟の向こうが急に明るくなった。ビリビリと衝撃が地面から伝わってくる。周囲の木の上で眠っていた鳥たちが驚いて、一斉にギャアギャアと声を上げて飛び立った。バサバサッという大きな羽音に、ビクッとして首をすくめる。
「お、接触したな」
シャインはそういうと、ひらりと馬に飛び乗った。槍を掲げると、声を上げた。
「諸君! 進軍だ!」
オオーッ!と鬨の声が上がる。藪を抜けて、集落の畑のあぜ道までトラップがないことは確認してあった。だが、その先はわからない。もし、何かあれば真っ先に気づいて、声をかけてやらないといけない。俺は騎馬隊が動き始める前に、斜面を駆け下り始めた。ベンがすぐ背後からついてくる。
「遅れるな! 炎の方向へ向かうぞ!」
ドドッ、ドドッと土を蹴立てる音を響かせて、騎馬隊も斜面を駆け下り始めた。すぐに追いつかれて、追い抜かれる。馬のブフーッ、ブフーッという鼻息がすぐそばを通り過ぎていく。南部の集落は、ほぼもぬけの殻だった。昼間に見た通り、物干し台に、処理された人間の死体がいくつもぶら下っている。その間を抜けて、街の中心部を目指す。このあたりはあくまでも作業スペースなのだろう。人間でも、屠畜場で寝起きするやつはいない。
ゴオーッというストーブを焚いているような音がしたかと思えば、またドォーン!と大きな爆音が聞こえた。バァーッと空がオレンジ色に染まる。ビリビリと空気が揺れているのを感じる。アフリートが攻撃しているのか、それとも悪魔側の反撃か。熱気もここまで伝わってきた。汗がふつふつと湧いてほほを流れるのは、走ったせいではない。ここの空気が、すでに燃えるように熱いのだ。
「遅れるな! 進め! 進め!」
シャインの声が聞こえる。ガシャン、ガチャンと金属が接触する音が聞こえて「うわぁ!」「ぎゃあ!」と悲鳴が上がった。あの角を右に曲がれば、もう南部集落ではない。街の中央部に出る。左に行けば、俺がハーディーと初めて出会った橋があるはずだ。
角を曲がって、俺は思わずギョッとして立ち止まった。目の前で繰り広げられている光景に、言葉を失う。
これが、戦場か。
すでに交戦状態に入っていた。騎馬隊が魔族の歩兵を蹴散らしている。「グエェ!」「ぎゃあ!」。騎兵に槍で突かれた魔族たちが、ゾッとするような悲鳴を上げている。その向こうは夜空がオレンジ色を通り越して、黄色く染まっていた。バァーッ、ドーン!という腹に響く爆音とともに、火の手が上がる。あちこちから煙が立ち上り、木材と肉が焼ける嫌な匂いがした。
「行け、行け!」
「ひるむな! 行け!」
周囲から声が上がる。それに背中を押されて、俺は再び走り出した。
うわぁ、どうすればいいんだ? そこの建物の角から悪魔が飛び出してきたら、俺が切ればいいのか? 悪魔ではなくて、もっと大きな魔族だったら? 魔法を使われたら? 不安が次々に沸き起こってきて、胸が圧迫されて息苦しくなる。
いや、待て。落ち着け。とにかく、まずはハーディーと合流するんだ。そうすれば、なんとかなる。今はそれだけを考えるんだ。ということは、あの明るい方向に向かって、ひたすら走ればいいんだ。
「クリス!」
ベンに肩をつかまれて引き止められて、ハッと我に返った。
「なんだよ!」
この緊急事態になんなんだ。見ると、ベンは剣を抜いていた。
「嫌かもしれないが、お前は俺とバディだ」
剣をかざして、そう言った。おお、そうだ。忘れるところだった。冒険は常に最低でも2人1組。危うくパニックに陥って、1人で行動してしまうところだった。戦場ではベンの方がよほど冷静ではないか。
「嫌なもんか。俺の背中を守ってくれよ」
クソみたいなやつだが、剣の腕だけは確かだ。俺がそういうと、ベンはうなずいた。
「騎馬隊を追って本隊に合流するぞ」
「おうよ」
俺たちは再び走り出した。魔族がどんどん増えてくる。斥候の情報通り、悪魔が5割、オークが3割、ゴブリンや獣人が残り2割と言った感じだろうか。魔族軍は完全に浮き足立っていた。人間と剣を交えている者もいるが、多くは俺たちを完全に無視して、血眼になって西へと逃げていく。立ち止まって戦っているやつらの方が少ない。
互いの本隊が激突したと思われる街の東側に出て、その理由がわかった。
「なんだ、こりゃ……」
ひどい有様だった。建物という建物から火の手が上がり、黒い煙を吐きながらごうごうと燃えていた。そこかしこに黒焦げになった死体が転がっている。もう魔族が人間かすらわからない。まだ剣でやり合っている者もいるが、ほとんどの魔族は、街の北の方へと走っていく。それを軍や修道士たちが追いかけていた。
と、燃えていない建物のそばに大きな人影があるのが見えた。ハーディーだ。駆け寄ると、先に気がついて『クリス殿〜!』と手を振ってくれた。近くまで行くと、エドワードとアフリートもいる。アフリートはワインか何かの瓶を手にしていた。口元が真っ赤だ。なんだ、血か?
「うわっ、テイラー! どうしたの? 大丈夫?」
そばに行って、熱いのは承知で肩に触れる。アフリートは平然とした顔をして、うなずいた。
「腹が減っていたのだが、これで大丈夫だ」
そう言って、瓶を振りかざす。何、これ? もしかして、酒を飲んだのか? いや、だが、この口元にこびりついている液体は赤ワインにしては質感が違いすぎる。べっとりと張り付いている。どう見ても血だ。指で拭き取ってやる。手触り、匂い。明らかに血だった。
『クリス殿。申し訳ない』
ハーディーが揉み手をしながら、何やら済まなさそうにしている。
「何を言っている、ハーディー! これでチャージ完了だ! さあ、行くぞ!」
アフリートはポーンと明らかに魔力を使って飛び上がると、ハーディーの肩に上がった。
「この程度で済んだと思うなよ! 皆殺しだ、魔族どもが! なあ、エドワード?」
ハーディーに肩車してもらって、エドワードにニカッと笑いかける。そして、瓶の中身をグビグビとラッパ飲みした。
「あ、ああ……そうだね」
エドワードは苦笑いしていた。なんだ、何がどうなっているんだ?




