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奇襲部隊

 フェンネルの防衛本部に帰還すると、斥候部隊が2つ、いなくなっていた。中部に行った連中だ。思った通り、クーメンを襲った魔族の本隊が待ち構えていて、見つかって殺されてしまったらしい。


 「いや、あんなところに攻撃を仕掛けるなんて、無理ですよ! 自殺行為です!」


 生き残って帰ってきた斥候たちは、目を血走らせて訴えた。聞けば、数百人の悪魔を主体とする部隊が陣取っていたらしい。


 「しかもやつら、バリケードに捕虜をくくりつけているんですよ! 俺たちが攻撃できないように!」


 なるほど。それでは弓矢や魔法で攻撃できない。逆にあちらは飛び道具でやりたい放題だ。どうするのだろうと思ってエドワードを見ると、不気味な薄笑いを浮かべていた。


 「うん、よくわかった。ありがとう」


 斥候部隊からの報告がひと通り終わった。エドワードは立ち上がると、隣に座っていたバイエルに目配せした。「予定通りで行きますね」と言うと、バイエルはくわえていた葉巻をいらただしげに吹かした。この眼鏡の若造の思った通りに物事が進んでいるのが、面白くないといった感じだ。エドワードはテーブルの上に広げたクーメンの地図を指差した。


 「僕たちの本隊は、街道沿いから正面突破をかけます」


 周囲がざわつく。誰かが「報告を聞いていたのか?」とつぶやく声が聞こえた。そうだろう。先ほど、斥候から「正面突破は無理」という意見が出たばかりなのだ。エドワードはざわめきが少し収まるのを待って、続けた。


 「奇襲部隊を作ります。この南側から入る。解体場があるところです」


 地図にある、南の山地を指差した。再びざわめきが起きる。「ただでさえ敵より人数が少ないのに、それをわざわざ2つに分けるのか?」という疑問の声が上がる。


 「奇襲部隊は騎馬隊とします。本隊が敵本隊と交戦するや否や、後方から迅速に挟み撃ちにしてください。騎馬隊の指揮はシャイン、お願いしていいかな?」


 エドワードは少し離れたところに立っていたシャインに声をかけた。シャインは少し驚いて目を見開いたが、すぐに「構わないよ」とニコッと笑った。今度は「えっ、シャイン様が自ら先頭に立ってくれるのか?」「それは心強い……」とざわめきが起きる。知らなかったけど、シャインって軍人としては有名なんだな。


 「で、案内はクリス、頼んだよ」


 急に声をかけられて、ビクッとした。


 「何? なんだって?」


 エドワードがニコニコしながら、こっちを見ている。


 「奇襲部隊の案内を頼むよ」


 「えっ、俺でいいの?」


 てっきり他の軍人がやるものだとばかり思っていたので、驚く。


 「いいよ。生きて帰ったら、姫様にレベルを上げてもらうようにお願いしとくから」


 ニンジンをぶら下げやがった。神殿から戻ってきて、誰もレベルを上げてくれないので忸怩たる思いをしていたのだ。そんなことを言われたら、断れない。


 「わかったよ」


 苦虫を噛み潰しながら、返事をした。エドワードはうなずくと、チラリと地図に視線を落として、続けた。


 「作戦決行は、今夜です。月が沈むのと同時に仕掛けます」


 また「えっ」「マジか」と声が上がる。悪魔は基本的に夜行性だ。夜になると彼らの魔力は活性化して、日中よりも活発に行動する。そんな時間帯に攻撃を仕掛けるなど、普通はあり得ない。俺も驚いた。


 「なぜなら、彼らは夜中に人間が襲ってくるとは思っていないからです。日中は警戒しているけど、夜はそれが緩みます。特に今は街を攻略し終えたばかり。警戒を解いている可能性が高いです」


 なるほど。裏をかくというわけか。うまくいけばいいが、逆に相手が夜になるほど警戒を固めていれば、苦戦は免れない。


 「われわれの本隊にはアフリートがいます」


 エドワードは本部の周辺に集まっていた修道士や軍人を見回して、声を上げた。当のアフリートはハーディーと一緒に、その輪から少し離れたところにいた。


 「火力は負けていません。僕は実際に、この目で見てきました。アフリートには1000人規模の火力がある。数百の悪魔には負けない!」


 さっきまでざわざわしていた聴衆が、次第に静かになっていく。なんだ、こいつ。若いくせに指揮官の素養があるじゃないか。みんながエドワードの言葉に耳を澄ましている。


 「2度と『人間に手を出すのはやめだ』と思わせるくらい、徹底的にやってやろうじゃないですか。人間の怖さを見せつけてやりましょう!」


 エドワードが拳を握って熱弁を奮うと、あちこちから「そうだ」「その通りだ」と声が上がった。誰かが立ち上がって「女神様の祝福あれ!」と声を上げた。あちこちから「女神様の祝福あれ!」と声が上がる。


 「女神様の祝福あれ!」


 エドワードは拳を突き上げた。大合唱になる。俺も一応、一緒に拳を突き上げた。テントの向こうで日が沈みかけている。アフリートは本隊なのか。ということは、またテイラーとハーディーとは別行動になるな。


 なんか寂しい。


 出発前に、アフリートとハーディーに会いに行った。アフリートはローブの上から皮の胸当てをつけてもらっている。ハーディーも皮の鎧で武装していた。


 「ハーディー、テイラーを頼むぞ」


 俺はハーディーの太い腕をポンと叩いた。


 『お任せあれ。クリス殿も、くれぐれも無理をなさらぬように。ここは、われわれが命をかける場所ではないのでござる』


 ハーディーは屈んで、俺と目線を合わせて言った。いや、仮面なので、目線は合っていない。俺の目の前には仮面に彫られたスリットがあるだけで、その向こうは真っ暗だ。これで本当に見えているのだろうか。いつも不思議に思う。だけど、ハーディーはまるで目が見えているように行動しているので、確かに見えているのだろう。俺はうなずいた。


 「アフリートも、無理はするなよ」


 今度は俺が屈んで、アフリートと目線を合わせた。アフリートはキョトンとした顔をして、それからニヤッと笑った。


 「無理も何も、久しぶりに思い切り暴れられると思うと、ゾクゾクするねぇ」


 ゲヘヘと不気味に笑うところは、テイラーそのものだ。笑い方は気持ち悪いが、本当に楽しそうだ。魔族を殺しに行くんだけどな。同族なのに、平気なのかな?と思う。


 「人間を裏切らないでくれよ」


 表情を引き締めて、念押しした。


 「裏切るも何も、クリスにはテイラーを連れてきてくれた恩義があるからねえ。それを果たすくらいまでは、人間の味方をしてやってもいいよ。悪魔どもには、あそこに閉じ込められた恨みもあるからねえ」


 アフリートは相変わらずニヤニヤと笑っている。神殿からの帰り道に聞いた。アフリートは前回、魔王を倒したパーティーのメンバーだった。だが、あまりにも強すぎて魔族から恐れられ、魔王を倒した後に炎の神殿に封印されてしまった。


 「酔っ払って目が覚めたら、体がなくてねえ」


 アフリートは酒飲みだったらしい。封印された経緯はこうだ。魔王を倒した後に宴会があり、そこで痛飲して酔っ払って寝てしまった。その間に寄生していた体が殺された。「体が殺された」という表現はなんだかしっくりこないが、寄生している肉体が死ねば、アフリートは本来の小さな炎になって、体から出てしまうのだという。


 「悪魔は嘘をついて騙すものだとわかっていたけど、寝込みを襲うだなんて、本当にひどいねえ」


 ニヤニヤ笑っているので、本当にひどいと思っているのかどうかわからない。だが、俺たちの味方についてくれたところを見ると、多少なりとも腹に据えかねているところはあるみたいだ。


 「ありがとうよ。あと、わかっていると思うけど、テイラーを大切にしてやってくれ」


 俺がそういうと、アフリートは口元を緩めてさらにニヤニヤし始めた。


 「もちろんさ。あんたやハーディーが大好きなこの子には傷ひとつ、つけやしないよ」


 フェッフェッフェ……と何やら思わせぶりに笑っている。


 「うん。あと、ハグしていいか?」


 アフリートは目を丸くして「あたしとかい?」と驚いたが、特に拒否することもなく両手を広げてきたので、恐る恐る抱きしめた。


 熱っつ。


 アフリートに寄生されていると知らなければ、すぐに病院に連れていく体温の高さだ。湯を入れたばかりの湯たんぽを直接、肌に押し付けた感じ。決して気持ちのいいものではないが、出発する前にテイラーを感じておきたかった。


 「よし。じゃあ、行ってくるよ」


 体を離すと、アフリートの肩をポンと叩いた。テイラーにも聞こえているはずだ。


 『クーメンで会いましょうなのでござる』


 ハーディーと握手する。


 「気をつけて」


 『クリス殿こそ』


 俺は手を振ると、シャイン率いる奇襲部隊が集まっている場所に向けて、駆け出した。

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