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来訪者

 すぐにふらふらと歩いているテイラーに追いついた。以前のローブに三角帽子ではなく地味なグレーのワンピース姿なので、人混みに紛れたら見失ってしまいそうだ。


 「大丈夫か? なんかふらふらしているぞ」


 顔をのぞき込むと、キョトンとしている。立ち止まって自分の足元を見て、俺の方に顔を寄せてきた。


 「大丈夫。魔力を使って歩いているんだ。アフリートがやっていたのを真似してる」


 耳元で小さな声でささやいた。スッと顔を離すと「まだ大きな声では話せない」と言って、ニヤッと笑う。そして、手を差し出してきた。何だかよくわからないけど、その手を取って歩き始める。


 おっ、何だ、これ! めちゃくちゃ軽いぞ。


 よく見ると、テイラーの足は微かながら宙に浮いていた。足を前後に出しているけど、それで進んでいるのではない。ふわふわと浮きながら、前に進んでいるのだ。


 「こうして歩くと、痛くない」


 テイラーはまた顔を寄せてきて言った。なるほど。こうやってふわふわ歩けば、確かに首の傷に響かないよな。


 「アフリートがこうやって歩いていたの?」


 「そうだ。ずっと見ていたら覚えた」


 へへへと笑う。へぇ、大したもんだな。見ただけで、できるようになるなんて。


 俺は人混みのなか、テイラーの手を引いて歩いた。2人きりになるのは、本当に久しぶりだ。炎の神殿以来だろう。話をするのも久しぶりで、うれしかった。ワンピース姿のテイラーは、どこにでもいそうな女の子だった。


 「冒険に行くんなら、ローブと帽子を手に入れないとな」


 そういうと、うんうんとうなずいた。トトン、トトンとスキップをする。ほとんど衝撃を感じない。これも浮いているのだ。テイラーはニコニコ笑っている。何がそんなに楽しいのだろう。


 「なんか、うれしそうだな」


 俺が聞くと、クイッと眉毛を上げて、またそばに近づいてきた。


 「だって、冒険に行けるんだもん」


 耳元で言って、ニーッと笑う。「4人で一緒に冒険に行けるなんて、最高だぞ。そうだろ?」と言いながら、俺のほほをつついた。確かに4人一緒にいられるのは安心ではあると思うけど、最高かなぁ? なぜそこまでテイラーがご機嫌なのか、わからない。


 人混みでライラが待っていた。何だか罰の悪そうな顔をしている。さて、わが師匠が口説いたことを謝った方がいいのか、それとも触れない方がいいのか。迷っているうちに、ライラの方から口を開いた。


 「ごめん。先に行っちゃって」


 腕を組んで、もじもじしている。


 「こちらこそ、ごめんな。うちの師匠が迷惑かけちゃって」


 ここはサラッと謝っておいた方がいいだろう。そう思って、できるだけ軽く言ってみた。ところが、ライラは思いもよらぬ反応をした。


 「いやいや、悪いのは私だから! あんなダンディで素敵な男性に、恥をかかせてしまって……。同じ断るなら、もっと丁寧な断り方があったはずなのに。私、ちょっと動揺しちゃって……!」


 真っ赤になった顔を覆って、うつむいた。何だよ、ダンディで素敵な男性って。なぜかちょっとモヤッとする。


 「いや、いいんだよ。うちの師匠は、好みの女性には片っ端から声をかけるんだから。別に断ってもいいんだ」


 落ち着かせようと、ゆっくり話しかける。


 「そう? そうなの? それならいいんだけど。私、こういうのにあまり慣れていなくて……」


 ライラはふーっとため息をついた。慣れてない? 口説かれるのに? いや、そんなことないだろう。この前、修道院の上司に口説かれているところを見たし、俺も以前、口説いたことがある。


 「いや、言い寄られたことくらい、何度でもあるでしょ?」


 ライラは横目でチラッと俺を見た。まだ顔が真っ赤だ。ライラは、照れるとほっぺたが真っ赤になる。滅多に見られない現象だけに、妙に劣情を刺激された。


 「え? ないよ」


 ものすごく素の顔で否定する。


 「いやいや、そんなことないでしょ。俺も口説いたことあるし、修道院のおっさんにも口説かれていたじゃない」


 俺がツッコむと、ライラは「あぁ」と言ってから、鼻で笑った。


 「違うよ。いい男に口説かれたことがないってこと。クリスもあの上司も、別に全然いい男じゃないじゃない」


 何気にひどいことを言っている。隣からテイラーが「ライラはクリスの師匠みたいな人が好みなのか?」と割り込んできた。


 「いやぁ、好みっていうか。でも、かっこいい年上の人は、嫌いじゃないよ」


 ライラはそう言って照れ臭そうに笑った。テイラーが「へえ、そうなんだ」とニヤニヤしている。ライラは「もう、嫌だ。テイラーったら」と言いながら、なぜか俺にビンタした。不意打ちを食らって、モロにもらってしまう。バチン!といい音がして、よろめいた。


 「大丈夫か、クリス。こりゃあ、えらいことになったなぁ。へっへっへ」


 テイラーはものすごくうれしそうに、目を細めて笑っている。笑いごとか! それに、なぜ俺がビンタされないといけないんだ。


 『ああ、失礼。やっと追いついたのでござる』


 ほっぺたをさすっていると、ハーディーがやってきた。


 「あーたん!」


 なぜかニーナを抱っこしている。あーたんはライラのことらしい。ライラが手を伸ばすと、ハーディーからポンと飛び降りて、ライラの胸の中に飛び込んだ。


 「ハーディー、なんでニーナがいるの?」


 『手放しそびれて、連れてきてしまったのでござる』


 頭をポリポリかいている。いや、ちょっと待てよ。今頃、黒猫亭ではニーナがいないと大騒ぎになっているんじゃないのか? 


 「ニーナも一緒に冒険に行く? とりあえずママのお家に帰ろっか」


 ライラは俺の気持ちも知らないで、ニーナを抱きかかえてスタスタと歩き出した。ニーナは無邪気に「ぼうけん、いく!」と腕を突き上げている。


 「いやいや、盗賊ギルドのみんなが心配しているでしょ。返してあげないと!」


 追いかけながら、背後から声をかけた。


 『いや、クリス殿。ニーナ殿はもともとミラキュラスの一員だったのでござる。本来、いるべき場所に戻ってきただけで、これはおかしくも何ともないのでござる』


 珍しくハーディーがめちゃくちゃなことを言っている。ライラが振り返って「ハーディー、わかってるぅ」と笑顔で声を弾ませた。


 「いやいや、ダメだって! そんな小さな子、冒険に連れて行けないって。危ないだろ」


 こいつら、何をその気になっているんだ。いざとなったら、誰がニーナの面倒を見るんだ。最低限、自分のことは自分でできる人間でなければ、冒険に連れていけない。どんなにかわいくても、ニーナには、まだ無理だ。


 「子連れの冒険者だっているでしょ。無理だとは思わないけど? ねえ、ハーディー」


 ライラはチラッと振り返りながら言った。ハーディーは『その通りでござる』とうなずいている。くそっ、ダメだ。この2人はすでにニーナを連れて行く気満々なんだ。お話にならない。俺は助けを求めて、テイラーを見た。


 「いいんじゃない? ニーナ、かわいいし」


 テイラーはあっさりと言った。


 「いや、でも。戦闘中とか、どうするんだよ」


 「テイラーが抱っこしておくよ」


 くそっ、こいつもニーナに脳を焼かれている!


 俺たちはとりあえず、ライラのアパートに戻ってきた。ニーナはベットに飛び乗ると、テイラーと一緒にキャッキャと遊び始めた。この2人、いつの間にか仲良しになっている。俺はライラを呼んで、ニュウニュウと会ったこと、ミラキュラス全員で参加することを許されたこと、3日以内に出発すること、ベンがいることなどを話した。


 「ベン?」


 「知っているよね? 初めてライラに会った時、一緒にいたんだけど。赤髪で筋肉モリモリのデカい野郎だよ」


 ライラは指先で唇を触りながら、うーんと記憶をたどっている。いや、普通、忘れないだろ。見栄えのするマッチョな体や目を引く赤毛は忘れても、あんなにおっぱいをなめ回すように見つめていた視線は、忘れようがないはずだ。


 「そんな人、いたっけ?」


 ずっこけてしまった。気を取り直して、改めてベンの説明をする。会えば間違いなくジロジロ見ること、猛烈なコミュ障でまともに会話ができないこと、もしかしたら突然、卑猥な発言をするかもしれないこと。びっくりしないように、ベンのおかしなところをひと通り説明した。つもりだった。


 「クリス、ちょっと待って」


 ライラはちょっと怒ったような顔をして、俺の話をさえぎった。


 「何?」


 「そんな変な人、いるわけないじゃない。ちょっと盛りすぎよ」


 盛ってねーっつーの! 隣でハーディーがニヤニヤ笑っている。


 と、またトントンとドアを叩く音がした。ライラが「はーい」と返事をして立ち上がる。ふと見ると、ベッドの上のニーナがコートを脱ぎ捨てていた。耳と尻尾が丸見えだ。駆け寄って、床に脱ぎ捨てていたコートを頭からかぶせた。来客は、若い修道士の3人組だった。みんなコートのフードを目深にかぶっているので、表情がうかがえない。


 「こちら、ライラ・ミラーさんのお宅でよろしかったでしょうか?」


 先頭に立っているのは、女性だった。「はい、そうですけど」とライラが返事をすると、その女性はホッと口元を緩めて、フードを取った。


 「あ!」


 ライラが声を上げる。背中越しにのぞき込んで、俺も同じように「えっ!」と声を上げてしまった。


 そこにいたのは、他ならぬマリシャ王女だったからだ。


 「よかった。まだ出発していなかったのね。ちょっと入ってもいい?」


 マリシャは微笑んで、ライラに手を差し伸べた。

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