哀れな軍隊
「そういえば帰らないのですか?」
一冊で家が建つ値段の本を読みながらカンナはジンに話しかける。
カンナは今はローブを身につけてはおらず、椅子にかけてある。
ジンは本に目を向けながら言う。
「本当はすぐにでも帰るつもりだったのですが、もう二日ほどお世話になることになりました」
まだ帰らない、という言葉にカンナが一瞬嬉しそうな顔をしたのにジンは気づいたが言わないでおく。
「何故ですか?」
「もうすぐこの国に勇者が来るらしいですから、それを見てから帰ろうと思いまして」
「ゆ、勇者ですか?」
「ええそうです。他の国で魔人の目論見を打ち壊し、魔人を殺したために勇者と呼ばれています」
別の国では魔人殺しだの英雄だの呼ばれているが、英雄はこの国に既にいるためこの国では勇者と呼ばれている。
ジンはその勇者を見てみたい。という『適当』な理由をカンナに伝える。
カンナはローブを身につけ、フードを深くかぶって顔を隠してながらジンに伝える。
「それでは私はサクラの所に行ってきます」
「わかりました」
「・・・・ありがとうございます」
カンナが走り去っていったのを見ながらジンは一人呟く。
「お礼を言うのはこちらなんですけど、ね」
ジンがこの国にもう少し居ようとする理由は、単純にカンナがサクラ姫と楽しそうにしているからだ。
ジン達大人と一緒にいるときは、カンナはそんな顔をしたことがない。子供といるときは良きお姉さんになっているが、それも少し違う。
カンナが楽しそうなのを見て、ジンはすぐにアレンにお願いするとアレンも同意見だったらしく、あっさり了承された。
勇者を見てみたいというのは完全に嘘というわけでもないが。
「・・・?」
ジンの耳に、鐘の音が聞こえてきた。
この国で鐘を鳴らすのは、朝の時間と夜の時間のみのはずだ。
「それなのに鐘が鳴ったということはつまり・・・」
何かがあった。
ジンは本を戻して長い廊下を歩く。
行き先は、王の間だ。
「―――くそ、人間同士で争っている場合ではないだろうに」
王の間を出たアレンは苛立っていた。
大臣から伝えられたのは、『ラーグ』という東にある国の軍隊が無断で国境線を越え、王都へ進軍しているという話だ。
ラーグは魔法の国で、国民の半数以上が魔法士らしい。最近は魔法を動力にした機械を作っているという噂もある。
ラーグの軍隊は途中にある村は全て破壊しながら進軍をしている。放っておけばそれだけ被害が大きくなる。
これからアレン達騎士団が軍隊を迎撃しに行くための準備をする。
と、そこでアレンは自身の友の牧場の位置を思い出した。
「まずい・・・東にはジン達の牧場が!」
「ありますね」
突然の声に対してアレンは剣に手をかけながら向く。
そこには壁にもたれかかったジンの姿があった。
「ジン! お前まさか」
「聞いてました。もう少し防音に気をつけた方が良いと思いますよ」
盗み聞きをしたことをまったく悪く思ってないような振る舞いより、別のことにアレンは焦っていた。
「聞いていたならなんでそんなにリラックスしてるんだ! 速達ならまだ間に合う。早く牧場に連絡をすれば!」
「あぁ、必要ありませんよ」
何てことない、天気の話でもするかのようなジンの対応にアレンは絶句する。
「なんというか、軍隊の方も運が悪いですね。魔法が使えるなら転移なり飛行なりしてくればいいものを」
「・・・・いやいやジン、何を言ってるんだお前は」
「アレン、とりあえず輸送用の馬車があれば十分だと思いますよ。騎士団は必要ありません」
ジンは、本当に哀れに思って言う。
「せめて皆さんが死者を出さなければいいのですが」
「隊長! 前方に牧場らしきものを発見! いかがなさいますか?」
馬に乗った魔女の一人がそんなことを言ってきた。
隊長はいつものように言ってやる。
「総員、『爆滅』の用意!」
「「「了解!!」」」
「・・・ふう。馬鹿の相手は疲れるな」
ここにいる魔法士達は隊長を除いて皆犯罪者だ。自由という餌を見せて、他国との戦いに利用してるだけだ。
今回の目的は、ひたすら破壊することにある。資源を徹底的に破壊して、後の戦いを有利にするためだ。
ちなみに隊長には戦前離脱用の結晶を持たされているため、不利になったら一人国に戻れるようになっている。
そんなことを思ってると、魔女達の魔法が完成していた。
巨大な火の塊は、彼女達の意思次第で牧場に降り注ぐことになる。
「撃て!!」
隊長の合図と共に巨大な火の塊が大量に空を飛んでいく。
塊は途中で分裂しながら数を増やし、牧場へと降り注いでいき。
そして牧場を破壊し尽くす、
はずだった
「・・・なっ!?」
隊長達が見たのは、突如現れ火の塊を全てその身で受け止める、ドラゴンの姿。
そしてこちらへと飛んでくる、大量の雷光。
「『魔壁』展開しろ!」
隊長の声でようやく動いた魔女達が魔法の障壁を作り出して雷光を防ぐ。
雷光の幾つかが地面に当たり、そこを起点に新たに魔法が展開されていく。
「と、突撃! 突撃せよ!!」
隊長はそんなことを言いながら自身の懐にある結晶を掴む。
と、そこで軍隊を取り囲むように巨大な結界が生じた。
「ど、どこに術者が!?」
「そりゃあここにだよお嬢さん方」
結界の外側に、いつの間にか沢山の人が武器を持って集まっていた
老若男女が各々の武器を持ち、こちらを見ている
「さーて、こいつらどうするよ?」
「殺すのはジンが許さないからこのまま放置しとく?」
「でもそれだとこいつら飢えるんじゃないのか」
「じゃあ一人ずつ捕縛しておくか。ジンが帰ってきたらどうするか聞くことにしようぜ」
「けどジン帰ってくるの遅いねー」
「カンナの仏頂面なんとかしようと頑張ってるんじゃね?」
わいのわいの緊張感なく喋る奴らに、魔女達は怒りながら魔法を結界にぶつけるが、ビクともしない
(くそ!転移が出来ない!)
隊長は一人逃げ出そうと結晶を使うが、結界に阻まれて転移が出来ない
「『縛鎖』」
魔法で作り出された鎖が軍隊を縛り付け、何も出来なくなった
遠くで、ドラゴンの咆哮が聞こえてきた