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最強のS級冒険者です。ですが女性だけは攻略できません~恋愛指南書を信じた男の奮闘記~  作者: 仁科異邦


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その男、最強につき

よろしくお願いします。

完全な思いつきです。


『出会いの基本は、圧倒的な「格の違い」を見せつけることである。

 余裕の笑みと共に放つ「お前、面白い女だな」は、万物を恋に落とす魔法の呪文である』


 ――幻の奇書『これ一冊でモテる!恋愛完全攻略』第12ページより抜粋


「……ドラゴン程度、三秒だ」

王都最大規模を誇る『獅子の牙』冒険者ギルド。

その喧騒が一瞬にして静まり返ったのは、酒場の奥で静かにエールを傾けていた男の、低く渋い声が響いたからだった。


アーヴィン・クロムウェル、38歳。

冒険者ランクは最高位の『S』。

かつて魔王軍の幹部を単騎で壊滅させ、空の覇者たるエンシェント・ドラゴンを物理(右ストレート)で沈めた、生ける伝説である。


彫りの深い精悍な顔立ち、無造作に撫でつけられた黒髪に混じる一筋の白髪、そして分厚い胸板を包む漆黒のコート。


彼がグラスを置く仕草ひとつで、ギルドにいる女性冒険者たちはため息を漏らし、若い男たちは尊敬の眼差しを向ける。


「きゃっ……アーヴィン様、こっち見たわ……!」

「相変わらず渋すぎる……抱かれたい……」

黄色い声援が飛び交う中、アーヴィンは眉一つ動かさず、ただ静かに目を伏せた。


その姿はまさしく、孤独を知る歴戦の英雄。大人の余裕と色気を纏った完璧な男。

――しかし、騙されてはいけない。


彼の脳内は今、かつてない規模のパニック状態に陥っていた。

(い、息が苦しい……っ! なんで皆こっちを見ているんだ!? 服にシミでもついているのか!? それともチャックが開いているのか!?)


完璧なポーカーフェイスの裏側で、アーヴィンは泣きそうだった。

若い頃から山に篭り、「剣は女よりも美しい」、「恋愛など弱者のすること」という筋肉師匠に育てられた結果、彼の恋愛経験値は38年間ずっと『ゼロ』のままである。


魔王の放つ絶望のオーラには一歩も退かないが、女性から漂うフローラルな香りを嗅ぐだけで、彼の思考回路はショートする。

(落ち着け、俺。こんなこともあろうかと、今日も『アレ』を完璧に頭に叩き込んできたじゃないか!)


アーヴィンにとっての唯一の光。

それは、下山する際に師匠から渡された一冊の古書、『これ一冊でモテる!恋愛完全攻略』である。


「アーヴィンさん、お疲れ様です!」

ふいに、鈴を転がすような明るい声が響いた。

ギルドの顔であるS級受付嬢、アイラだった。輝くような金髪に、受付嬢の制服がよく似合う、王都でも一、二を争う美少女である。


「今日は非番だと伺っていましたが、これからどこかへお出かけですか?」

アイラがにこやかに微笑みかける。


通常であれば「ああ、少し買い出しにな」とでも返せば終わる日常のワンシーン。

しかし、アーヴィンの脳内ではけたたましいアラートが鳴り響いていた。


『警告! 警告! 若く美しい女性からのパーソナルな質問! 距離1.5メートル! 対応を誤れば致命傷になります!』

(きた! 日常会話という名の高度な心理戦! ここは、第12ページ・第3項のメソッドを実行するしかない!)


アーヴィンはゆっくりと立ち上がった。

身長190センチを超える偉丈夫が見下ろすと、アイラは少しだけビクッと肩を揺らす。

アーヴィンは指南書の教え通り、唇の端だけを歪めて『余裕のある大人の笑み』を作った。


……しかし、彼には致命的なほど表情筋のコントロール能力がなく、傍から見れば「獲物を見つけた肉食獣の笑み」にしか見えなかった。


「……お前」

鼓膜を震わせるような、重低音のダンディボイス。

ギルド中の空気がピンと張り詰める。

「……面白い女だな」


沈黙。

圧倒的な、沈黙だった。

『お出かけですか?』というごく普通の質問に対する返答が『お前、面白い女だな』である。


会話のキャッチボールにおいて、相手の投げたボールを無視してボーリングの玉を剛速球で投げ返したようなものだ。


「えっ……? お、面白い、ですか……?」

アイラは目をパチクリとさせ、顔を真っ赤にして後ずさった。


完全に意味不明な対応。

しかし、相手はあのアーヴィンである。アイラの優秀な脳は、この不可解な言葉に無理やり意味を見出そうとフル回転し始めた。

(お、面白いって……どういうこと!? 私の質問の裏にある『あわよくばお休みなら、一緒にどこかへ行けないかな』っていう下心を完全に見透かされている……!? その上で、私みたいな小娘の背伸びを『面白い』って……!)


「あ、あのっ……私っ、失礼しますっ!!」

アイラは耳まで真っ赤にして、逃げるようにバックヤードへと駆け込んでしまった。


それを見送ったアーヴィンは、静かに席に戻り、再びエールを口に運んだ。

その背中は、やはり孤独を知る英雄のそれであった。

(……完璧だ)


アーヴィンは内心で、見えないガッツポーズを決めていた。

(見たか師匠。本に書いてあった通り、女性は顔を赤らめて去っていったぞ。これが『照れ』というやつだな……! 愛読書、マジでハンパない!)


奇書を盲信した結果、見当違いの成功体験を得てしまった38歳。


最強の冒険者の人生が、音を立ててバグり始めた瞬間であった。


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