第八十六話 新しい季節
「何か言うことはないの?」
「うーん、何を言ったらいいのか……ちょっと悩むな」
救護院の個室にて、真っ白なベッドで上半身だけ起こしているヒューリに、リンゴの皮を剥いてやり、フォークに刺して、ふんっ、と差し出す。
「お、ありがたい。……あと、先ほど陛下がやってきてな、君はルシフと付き合っているのかね、なんて聞かれたんだけどな」
私はその話を聞いて、飲んでいるお茶を吹き出しそうになる。
「……んぐぐ。……で、な、なんて答えたのよ」
「ん? まぁ、陛下相手に嘘つくわけにはいかないからな。従前より、お付き合いさせてもらっています、と正直に答えておいたぞ」
「で?」
「?」
「だーかーら、お父さん、それを聞いて何か言ってた?」
「いや、別段何もなかったぞ。わかった、とかなんとかは言っていたが」
「そ、そう」
意外だ。お父さんのことだから、根掘り葉掘り、ヒューリを問い詰めて話を聞きだしそうなものだが。
そこで、また、会話がない、静かな時間が過ぎる。
他の連中は空気を読んだのか、席を外している。
今回のテロ騒ぎの影響で、今も帝都中がピリピリしている。
ちなみに首謀者に関しては、今回は最初から容疑者が割れていたらしく、今も、厳しい追及がされているのだそうだ。
なんでも、銃を持ち出したところから足がついたらしい。
私個人としては、ヒューリに怪我をさせたことそれ自体は許せないが、ヒューリもなんとか無事だったので、犯人一味には法に則って、厳罰を受けてもらえればそれでいいかな、と思う。
「ケイメルとの会談は、結局、有耶無耶になっちゃったわね」
「ま、それは仕方ないだろ。しかし、お前を助けるためとはいえ、俺はちょっと出すぎた真似をしたから、もしかしたら、もう帝国にはいられないかもな」
「……それじゃあさ、そんなことになったら、二人でどこかに行っちゃう? ……なんて」
びっくりした顔をヒューリが私の方に向けてきた。
「それは、実に願ってもない提案だが、お前のお父さんが黙ってはいないんじゃないか?」
「それを言ったらヒューリだって同じじゃない」
「……いや。俺個人としては、親父の意見なんぞ、聞いてやる義理はないからな。自由にさせてもらうさ」
「……ん。そっか」
そこで、また、沈黙が降りる。
「じゃあ、また、お見舞いにくるから。ちゃんと静かに寝ているのよ」
「わかっているって」
苦笑をしながらヒューリが返事をした。
◆◇◆◇◆◇
「ルシフ。正直に答えてほしい」
夕飯の席上、あらたまって、父が居住まいを正してきた。
私も覚悟を決めて相対する。
「好きな人はいるかい?」
単刀直入に聞かれた。
「います」
即答した。
「そうか」
そこで、少しだけ悲しそうな顔をする父。
「……で、だ。やはり、現世の価値基準を持つわしとしては、今、かなり苦悩しておる。……君主として帝政の維持を図るために娘を政略結婚の道具として使いたいという気持ち。また、そなたに帝王学を学ばせ、一流の君主になってもらいたいという気持ち。そして最後のもう一つは親の愛として、娘の自由恋愛を尊重したいという気持ち、だよ」
「……」
私は意外な風に父を見つめる。
この人は、私のことをそんな風に考えていたんだ。
私はいきなり立ち上がると、ぎゅっと、父親に抱きつく。
「どうしたんだい、いきなり?」
「私も貴族の端くれでしたので、政治の重要さは理解しています。そして、あなたの娘になるときにその覚悟は決めてきたつもりでした。でも、そんな中でも、あなたは私のことを本当の娘のように慈しんでいただきました。本当に、感謝の言葉もありません」
私はいつしか泣いていた。
「……うん。よし、わしは決めたよ。ルシフ」
「?」
私は不思議そうな顔で父を見つめた。
「なにせ、わしは開明的な君主じゃからな」
そういって、父はこちらにウインクをしてきた。
◆◇◆◇◆◇
「ちょっとルシフ、大丈夫! ……って、ピンピンしているじゃない」
すっとんきょうな声をあげながらリーゼが部屋に飛び込んできたので、私はあやうく、手にもったケーキを落としそうになる。
「いきなり、どうしたのよ、リーゼ。そんなに慌てちゃって、何かあったの?」
「それは私の台詞よ。陛下が朝に、健康問題のために、あんたの世継ぎの地位を剥奪するなんて宣言したものだから右に左に大騒ぎよ」
「私に健康問題? なんで? 元気そのものよ」
私は心外、とばかりに首をふる。
しかし、お父さん、いきなり何を言い出すのだ。
と、そこではたと気付く。
昨日の今日でいきなりだな、とは思うが、朝から部屋に軟禁されていた理由がちょっとだけわかった。
私のためだ。
「ところで、あんた、これからどうするのよ? あんな風に宣言されちゃったら、王宮にいる必要なくなっちゃったんじゃない?」
リーゼが聞いてきた。
私は両手をあげ、お手上げと言わんばかりに、弁明する。
「ま、これからはただのルシフとして、田舎で療養生活でもさせてもらいますよ」
私はあっけらかんと笑った。
「いいご身分ね」
少しだけ羨ましそうにリーゼが笑った。
◆◇◆◇◆◇
「おーい、ルシフ。これ、どこに置けばいいんだ?」
ヒューリが大きい机を持ちながら、聞いてきた。
しかし、こいつには、平民の服が似合わないな。
「それは、奥の小部屋に運んでよ、って、その箱はこっちの部屋よ」
地方の都市に部屋を借りて、ヒューリと二人でとりあえず生活することになった。
「わかったわかった。しかし、いいのかね、俺までこんなところでお忍びの生活に付き合って」
「ま、ほとぼりが覚めるまでだからね。当面の生活費ももらっているし、しばらくはバカンスだと思って過ごしましょうよ」
そして、私はヒューリに背後から抱きつく。
大きな背中だ。
「おいおい、机を持っているんだから、バランス崩れたら危ないだろうが」
「大丈夫っ。信頼しているから」
「そういう問題かよ」
苦笑をしながらヒューリが、荷物をさっさと運ぶ。
なんていう馬鹿力だ。
「ぶー。じゃあキスしてよ」
「お前なー。……ま、いいか」
軽く唇を合わせる。
なんだかんだと、これからの生活にわくわくしてくる。
「しかし、こんな風に遊んじゃっていいのかなー」
「ま、仕方ないだろ。帝都じゃ、お前の顔はしれわたっているしな」
私の独白にヒューリが応える。
ま、ほとぼりが覚めるまで、か。
片付けがすんだので、お茶を入れてヒューリに、差し出す。
「ありがとさん」
「ふふ。ねぇ、ヒューリ。折り入ってあなたにお願いがあるんだけど」
「なんだよ、あらたまって」
「んー。子供作っちゃおうか?」
「ぶっ!」
お茶を飲んで一息ついていたヒューリが、盛大に噴き出している。
「あははー。面白い顔!」
「お前なー」
顔を真っ赤にしているヒューリに笑いかける。
「ほら、笑顔笑顔」
こうして、私たちはしばしの休みを堪能する。
これから、どうなるのかは、色々考えないといけないけど、ま、なんとかなるでしょう。
窓を開けた。
少し暖かい風が開け放たれた窓から、部屋のなかに吹き込んでくる。
いい天気だ。
新しい季節がやって来たのを感じる。
「じゃあ、外に買い物でも行こうか?」
「ま、そうだな。色々と買わないといけないしな」
私はヒューリの腕をとって、扉の外へと、連れ出した。
「んー、今日もいい天気」
頬に暖かい風を感じる。
こんな日がずっと続くと良いな。
そんなことを考えた。
『TS魔女の異世界戦記 (完)』
今回で、とりあえず完結です。
元々、リハビリがてら書き始めた話だったので、あまり深く考えずに書いていました。
とりあえずの目標であった20万文字の小説を書く、を達成できたので、個人的には満足です。
次回作とかは全く考えてはいないのですが、また、何か書き始めたら読んで頂けたら幸いです。
では、ここまでお読みいただき、まことにありがとうございました!
また、お会いしましょう。




