第八十二話 お父さんからのお願い
「ルシフ。お父さん、ちょっと話があるんだが」
ポタージュスープを飲む手を休め、そーっと父の顔を伺う。
最近の夕食時には、こうして、父と対面に座りサシで食事をすることが多い。
だだっ広い部屋の中で、使用人が一人だけポツンと側に立っており、広い長机の前に座っているのは私たちたったの二人だけという状況は、少々寂しいものがある。
そして、この食卓では、一日、私の身に起こったことを事細かに父に聞かれる。
正直、鬱陶しい。
それに、こういった場面での父からのお願いというものは、大抵ろくなことではないことも、過去の経験上よくわかっている。
私は警戒しながら聞いてみた。
「はぁ、いったい、どのようなご用件でしょうか?」
一応、立場というものもあるので、下手に出ながら聞いてみる。
「いや、なに。たまには、ルシフにも社交のパーティーに出てほしいと思ってな。聞けばルシフ。お前、せっかく多くのパーティーに誘われているというのに、そのことごとくを断っているそうじゃないか。もう少し社交性というものを大事にして欲しいのだが」
「……」
私は黙ってうつむく。
ちっ。誰か皇帝にちくったな。
しかし、私にだって言い分はある。
パーティーのお誘いを全部、真面目に受けていたら、それこそ毎日舞踏会やら、オペラやら、立食パーティーやら、記念パーティーやら、エトセトラエトセトラと、私自身の貴重な時間がそういった社交の時間で全部つぶれてしまう。
それに、ある特定の人のパーティーだけ参加します、となると、皇女殿下はだれそれのパーティーにだけ参加したぞ、とか、だれそれの派閥に関係が、とか、だれそれと懇意にしており恋仲だぞ、とか色々と噂話が次々に出て来て、後ろ指を指され、陰口を叩かれることは必定。
そう考えると、一律に全部断った方が得、というものである。
……決して私が出不精だから、パーティーへの参加を全部断っている、というわけではないのです。そうなんです。
「で、お前がなかなか参加してくれぬものだから、ついにはわしの所にも直接苦情が来てしまってな。すまぬが、今度こそはでてもらうぞ」
うう。面倒くさい。
「どうしても、でございますか」
「どうしても、じゃな。さて、今度、隣国から訪問される王子の接待は、ルシフ。そなたに任せる。旧交を深めることもできるし、お主の社交の練習相手としてはやりやすい相手じゃろう。……お前にとってもそんなに悪い話でもなかろう?」
「え? それって」
「うむ。リットリナの小倅、まぁ、来年即位するから国王待遇ではあるが、ケイメル皇太子の接待役をルシフに頼むとしよう。少しはこういった仕事にも徐々になれていってもらわないと困るでな。皇族としての、責務を果たすが良い」
「……はい」
不承不承、了承する。
しかし。ケイメル。ついに、乗り込んできちゃったわね。
さすがに、公開の場で変なことをやらかしたりしないとは思うけど。
はぁ……、一抹の不安に苛まれる。
うう、胃が痛い。
◆◇◆◇◆◇
「では、ルシフ皇女殿下。こちらにサインをお願いいたします」
「承知した。……これで、実務書類としての形式は整いましたが、少々込み入った話がございますので、リットリナ大使よ。隣室にて、お待ちいただけますか?」
私の言葉に、疑念を一瞬よぎらせた視線をこちらに向けながら、リットリナ大使であるヒューリが一つ頷き、隣室へと消えていった。
私はその他の決裁をささっと済ますと、急ぎ隣室へと向かった。
隣室では、ヒューリがカップに珈琲を注ぎ、一服している。
王宮内ではそこそこ、この珈琲も名が知れるようになってきた。
もう少ししたら、貴族連中が大っぴらに広めるのではないかと期待している。
「あー、急に呼び出してすまないわね。ちょっとあんたに聞きたいことがあったのよ」
「なんだ、藪から棒に。とりあえず、お前も飲んで、落ち着け」
「……ん。ありがと」
ポットから珈琲をカップに注ぎ、砂糖と牛乳をたっぷりといれる。
一口、珈琲をすすりながら口火を切る。
「ねぇ、単刀直入に聞くけどさ、ケイメル、いったい何しに来るの?」
「本当に単刀直入だな。表向きは、来年度の即位に向けた挨拶と、お前が今推し進めている経済貿易関係の条約への批准のセレモニー参加。あとは、先年度の魔王軍との戦いの慰霊祭への出席だな」
「非の打ち所がない公務ね」
「しかもスケジュールは過密。ルシフに何か仕掛けてくるような余裕はないんじゃないか。というか、あると後片付けをしないといけない俺も困る」
「……うーん、じゃあ、考えすぎか。でも、なにかあっても、ちゃんと、騎士様は姫を守ってくださるわよね?」
そういって、前屈みになりながら、ヒューリの顎を指でなぞる。
「ま、まぁ、努力はするが。あいつは、何をやらかすかわからないからな。昔はもう少し素直だったんだがなー。お前も十分に気を付けてくれよ」
「わかっているって」
今度は、座っているヒューリの背後から、首もとに抱きついて、耳を甘噛みしてやった。
「ひゃっ!」
ヒューリが面白い声をあげた。
「いきなり、そういったことはやめろよ!」
「まぁまぁ、怒らない、怒らない」
顔を真っ赤にして抗議をしてくるヒューリに向けて、私はケラケラと笑ってやった。
◆◇◆◇◆◇
「この前の襲撃では、とんだドジを踏んだわね」
「申し訳ございません、伯爵閣下」
ろうそく一つだけが揺らめく、狭い部屋で、年若い女性が畏まる男の頭を足蹴にする。
「次こそはあいつの顔をズタズタに引きちぎりなさい。そうね。久しぶりにパーティーに顔を出すみたいだから、その場で毒殺なり、事故死なりさせなさい。もう時間がないから、手段も回りの被害も問わないわ」
「御意。しかし、よろしいのですか? 閣下のお父上も出席する可能性は高いのですが」
「大事の前の小事よ。あ、一応私も会場に顔を出すから、その時にやつが苦しむ様を私に見せなさい」
そういって、ローエンタール公爵の長女であるクラム伯爵は笑みを浮かべた。
ろうそくのほのかな光が、伯爵の獰猛な笑みを闇の中へと浮かべた。
次回は5/19(土)に更新の予定です。




