第八十話 湯治
チュンチュン。
鳥のさえずりの音で目を覚ます。
今日の寝起きはそこまで悪くはない。
昨日はフルに魔力を使いきってしまい、不覚にも力尽きて寝むってしまった。
なにか、とてもとても気にくわないことがあったような気もするが、とりあえずこのもやもやした気持ちは忘却の彼方へと放り投げてやった。
人間、何事も切り替えが大事である。
さて、私はどこからか調達したローブを脱ぎ捨て、部屋のベッドの上にきれいに畳んで置いてあった、自分の服へと袖を通す。
……えーと、たしか、昨日はベッド近くでこの服を脱ぎ散らかしていたような。
まぁ、どこかの優しい小人さんが片付けてくれたことにしておく。
それ以上は……うっ、頭が。
あと、私が下着姿でいそいそと着替えているときに、ヒューリのやつはピクリともすることなく、こちらに背を向けたままソファで寝むっている。
つまらない奴だ。
でもまぁ、外は穏やかな陽気なので、小さいことは忘れよう。
うん。忘れよう。
さて、私はヒューリを起こさないように静かに部屋を出ると、宿屋の一階にある食堂を兼ねている酒場へと向かった。
酒場では、なにやら割れた窓ガラスや、壊れたテーブルなどの後片付けをしていた。
「あ、おはようございます」
宿屋の主人と思わしきおじさんが忙しそうに掃除の仕事をしていたので、とりあえず挨拶だけでも簡単にしておく。
「あぁ、おはよう。お嬢ちゃん。昨日の強盗騒ぎでは被害はなかったかい? お嬢ちゃん可愛いから、恐ろしい目にあっていないかと、おじさん心配していたんだよ」
なるほど。あの騒ぎは強盗の仕業、ということに対外的にはなったのか。
まぁ、私としても、相手が誰かなんて気にすることなく、みんなぶっとばしてしまったので、あの後のことは、よくわからない。
まぁ、細かいことは、きっとヒューリがやってくれているはずなので、あとでヒューリに、聞いておこう。
「あ、私はなんともなかったですよー。実はずっと部屋の中で眠りこけていたんですよ。外ではそんな大変なことになっていたんですね」
あははー。と、軽く流しておく。
まぁ、実際問題としては、降りかかる火の粉は、みんな洗い流してやったわけですが。
「そうかい。嬢ちゃん、なかなか肝が座っているな。ところで、朝御飯なんだが、片付けをしてからになるんで、もうしばらくかかりそうなんだ。ほら、外はこんなに良いお天気だから、散歩でもしてくると良いんじゃないかな」
「うーん。でも、連れのものが心配してしまいますので、また後にしておきます。とりあえず一旦部屋に戻りますので、またあとでこちらにお伺いさせていただきますね」
「すまんね、嬢ちゃん。もうちょっとしたら。ご飯の準備できるから」
はーい。と主人にペコリと頭を下げ、私は部屋へと戻ってきた。
部屋の中では、すでに、ヒューリが何事もなかったかのように、机に向かい、書類を書いていた。
私は足音をたてないように、そーっと背後に忍び寄る。
「ご飯はもう食べてきたのか?」
まぁ、入り口のところで、少し音をたててしまったので、そりゃ、気づきますよね。
「……もうちょっとかかるってさ。昨日のことは、ヒューリがうまくやってくれたんだよね?」
「ん。まあな」
「んー。ありがと」
一応、礼を言っておく。
色々と表沙汰になると不味いこともあるかもしれないので、そういったことは全部、ヒューリにお任せだ。
「まぁ、これも仕事の一つだからな。だが、もう少し自重してくれよ。このままだと、たぶん俺の胃に穴が開く」
そういって、目の下にうっすらとくまができ、疲れた顔をこちらに向けてきた。
うっ。
さすがに、その姿を見ると、すこしだけ罪悪感がわいてくる。
「ご、こめんなさい」
「まぁ、わかってくれればいいんだよ。俺はお前の強さがわかっているから心配はしていないんだが、それでも、自重してくれると大変助かる」
「わ、わかっているって。そんなに念を押さなくてもね。さーて、私はまた温泉にでも入ってこようかなー」
とりあえず、なんとなく私への非難の矛先を逸らすべく、話を変えておく。
「……はぁ。まったく、人の気も知らないで。だがまぁ、いい。とりあえず、十分に気をつけて行ってくれよ。覗き魔を半殺しにするとかもやめてくれよ」
「はいはい。わかっていますって」
とか言いながらも、反射的に手が出ることはありうるが。
私は手拭いを持って、宿屋から少し離れたところにある温泉場へと向かった。
◆◇◆◇◆◇
温泉場には、よくよく見知った客か先に寛いでいた。
「あれ、ルシフ。あんた、なんで、帰ってないのよ?」
リーゼが、驚いた顔をこちらに向けてきた。
半身浴をしているので、リーゼのその細身の肢体が目に飛び込んでくる。
薄い金色に輝くショートの髪と、細く、陶磁のような滑らかで白い肢体。それに、慎ましやかな胸のサイズ。
まるで、お人形さんのようだ。
しかし、リーゼは割と童顔な癖に、これでも二十代後半。
そろそろ、結婚相手でも見つけないとやばいのではなどと下世話な思いが浮かんでくる。
「……あんた、今、ろくでもないこと考えているでしょ?」
リーゼがジト目でこちらをにらんできた。
なんという直観力。
私は慌てたように首を振ると、気持ちいいねー、などと適当なことを言いながら、湯船に入り込む。
「いつみても、あんたの胸はでかいわね。ちょっと生意気だから、少しは私にわけなさいよ」
そういって、リーゼはおもむろに私の胸をむんずと掴んできた。
ぎゃー! い、痛い。
私は涙目になりながら、リーゼの腕を払いのける。
「わ、私なんかよりももっと大きな人はいるんだから他をあたってよね」
私のは割と普通だと思う。
あんまり他の人のを見たことないので平均なんてわからないけど。たぶん。
「持つものと持たざるもの。その二つの戦いは、未来永劫変わらないのよ」
指をうねうねと気持ち悪く動かしながら、力説するリーゼ。
ちょっと気持ち悪いです。
「ま、まぁ。そんなことより。あんた、なんでまた、こんなところにいるのよ」
「え、えっ!?」
なぜか狼狽えるリーゼ。
「そ、それは……」
「それは?」
「ま、まぁ、湯治ということにしておいて」
「はぁ……」
私は疑いの眼差しでリーゼを見据えた。
次回は、5/11(金)更新の予定です。




