第六十八話 夜半の襲撃
『……監視されているな』
「どこ?」
お店で給仕をしているときに、スーナが鋭い声をかけてきた。
『入り口近くの客だな。……監視している人間が、入れ替わり立ち替わり交代している』
「え、それってつまり?」
『監視の人間が複数名いて、それも皆、素人ではない。そう考えると、組織だった監視だと推測する』
スーナの言葉に冷や汗が吹き出る。
も、もしかして、隣村での魔女騒ぎが、ついにここデイコモにも伝わってきたのかもしれない。
このままだと、当局に捕まって宗教裁判の末に、火炙りとかの未来。……そこまで考えると冷や汗が止まらない。
……また、この街から逃げるしかないのかも。
デイコモにきて、すでに一週間以上たっているし、こんな簡単に街を追い出させるのは嫌だなー、とは思う。
が、しかし、身元が割れてしまったのならば、長居はできない。
私は逃亡者なのだ。
……でも、まだ潜伏してそんなに時間はたっていない。
ばれるのがちょっと早くないかな、とも思う。
じゃあ、別口?
でも、それだと、あまり思い当たる節がない。
はて。
「ルシフちゃん。今日もありがとね。もうあがっていいよ」
「あ、はい。ありがとうございます!」
夕刻。外から教会の鐘が聞こえてくる。
私の退勤時刻だ。
その鐘を合図に飲み屋の主人に挨拶をして帰るのが私の普段の日課になっている。
「……あと、これは噂なんだが、最近、ぼや騒ぎが街のあちらこちらであるみたいだから、ルシフちゃんも十分気を付けなよ」
「ぼや騒ぎですか?」
「あぁ、そうだ。……あまり大きな声じゃ言えないんだが、ここいら一帯を支配している貴族、マモス様が、城壁外地区の不法占拠者たちを一掃するために、全てを灰にしようとしている、なーんていう噂もあるしな。ま、気を付けて」
「あ、はい。ありがとうございます」
貴族様ねー。
しかし貴族様が自分の管轄内の邪魔物を除くため、自分の町に火をつける、なんて世も末ね。
……もしかしてこの前の火事の現場にいた人影が、実は放火魔だったりして。
そして、私に邪魔をされたので監視をしている。
……そんな、まさかねー。あはは。
とりあえず、そういった妄想を頭をふって追い出す。
ま、何はともあれ帰宅しますか。
そうして、私は帰宅の途についた。
「……あ、姉御、お帰り」
ユーグレが、夕御飯の準備をしていた。
といっても、囲炉裏の鍋に火をかけ、くず野菜、豆、香草、塩、それに、チーズを入れただけの簡単なスープを作っているだけだ。
私は帰宅時に買っておいた、黒パンとイチジクを、テーブルの上に広げる。
「ユーグレもお疲れ様。ご飯食べたら、お湯で身体を流して、その後は今日も読み書きの勉強をするわよ」
「……えー。今日も勉強をするのかよ」
「あたりまえでしょ。継続は力なりよ。ちゃんとあんたが、一通り文字が読めるようにしてあげるわ」
「……まるで、姉御、口うるさいシスターみたいだな」
小さい声でゴニョゴニョとユーグレが呟いたので、つい、嫌がらせで聞いてしまう。
「え? 何か言った?」
「な、なんでもないです。はい!」
直立不動でユーグレが返事をした。
私はユーグレのその言葉に満足し、一緒にご飯を食べた。
◆◇◆◇◆◇
お湯で汗を流し、ユーグレの勉強を見てあげ、そろそろ寝ようかしら、と思った夜半、スーナがいきなり警告を発してきた。
『囲まれているな』
「え、スーナ。何?」
『家の周囲を四名ほどの人間が取り囲んでいる。武装もしている。それに……』
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、何かが燃える臭いがする。
「やばい! ユーグレ。逃げるよ!」
「え? え? ど、どうしたんだよ!」
私たちが、玄関の扉を開け放ち、外に逃げようとしたところで、頭巾を被り、剣で武装をした二人組の人影にいきなり、斬りつけられた。
剣の扱い方が、素人のそれじゃない。
私は無我夢中で、手近にあった、角材を使って、剣を受け流す。
身体が剣の使い方を覚えている。
なんでだろう。
幾合かの打ち合いの末、角材はボロボロとなったが、なんとか、二人組を押し退け、外に出ることはできた。
「ね、ねーちゃん。向こうから二人ほど来るぞ!」
私が二人組の襲撃者の相手をしているその隙に、ユーグレが家の外に飛び出し、路地の方へと走りだし、新しい情報を私にくれた。
さすがの私も一対四は厳しい。
「……こやつ素人ではないな。周囲を囲め」
頭巾の一人が低い声で告げた。
どうやら、人間の男のようだ。
「あんたたち、いったい、誰よ。それに私になんの用事?」
まぁ、家に火をつけ、問答無用で切りかかってきたところをみると、なんとなくわかる気はするが。
男たちは、私の問いには答えず、無言で斬りかかってくる。
また、魔法の一節でも頭のなかに浮かんでくれたらうれしいのだが、残念ながら、何も、浮かんではこない。
私はボロボロの角材を男たちに向けて投げ捨て牽制すると、壁に立つかけてある箒を手にもった。
薄い寝間着に、素足、さらに、箒を杖がわりに、って、私に不利すぎるだろ!
さすがに、だんだんと、追い込まれていく。
路地が細いため、前後同時に二人を相手にしているのだが、相手は疲れたらもう一人と交代しており、私の体力が徐々に切れかかる。
と、そのとき、急に声がかかった。
「……おい、お前たち、そこでいったい何をしている!」
「……ちっ。退くぞ」
路地の入り口から。松明を持った人物が声をかけてきたのを合図に、武装した男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ散っていった。
……た、助かったー。
私は力が抜けるように、その場にへたりこむ。
が、しかし、いきなり、腕を引っ張られる。
「姉御。やばい。あいつ、夜警だ。夜中の火事騒ぎはこの街だとご法度だよ。捕まったらやばい。逃げよう!」
「えー。私たちも被害者じゃない!」
「うちらみたいな不法占拠者には権利なんてないぜ、さぁ、走ろう!」
「いったい私が、なんで、こんな目にー!」
私の叫びが、夜の町に響き渡る。
次回は、3/25(日)更新の予定です。




