第六十五話 魔女裁判
「あなた、スーナっていうのね」
『左様。その名は君が付けてくれたものだ』
へー、そうなんだ。
屋根裏部屋の自室にて子犬サイズの銀狼と語らう。
なんとなく床に正座をして、前のめりな姿勢で、子狼さんと話していると、客観的にはあぶない人に見えなくもない。
さて、今から数時間前、森の近くで魔犬に襲われていた私を、この子狼スーナがあっという間に助けてくれた。
魔犬たちのあるものは吹き飛び、あるものは消し炭にされ、その実力差は凄まじいものがあった。
魔犬を追い払った後、私の前にたたずんだ銀色の毛並みを持つ大狼、スーナは、次の瞬間、子犬のような大きさへと文字通り変身し、私の度肝を抜いた。
そして、私と話がしたい、といきなり言ってきた。
私としても、私の失われた過去を知っているらしいこの銀狼から(やや不安はあるものの)是非とも真実を聞きたいと思ったので、家へと連れ帰ることにした。
……帰宅してみると、父さんも母さんもまだ農作業から戻ってきていないらしく(いつもよりは遅く感じる)、これ幸いにと、屋根裏にある私の自室へとスーナを連れ込み、今、こうやって話をしているところだ。
「じゃあ、スーナ。聞きたいんだけど、私ってば一体全体何者だったの?」
『……君の名はルシフ。偉大な魔法使いにして、リットリナ王国の貴族、軍人、政治家でもあった』
この子狼、いきなりすごいことを言ってきた。
私ってば魔法使いだったらしい。
でも、今は頭のなかに魔法の一フレーズだって浮かびやしない。
それにリットリナって、帝国の向こう側にある王国、だったはず。
結構遠いかも。
『信じられない、という顔だが、今、こうやって私が君と話をしているのも、魔法的な接続により、君の脳内に直接語りかけているから会話が成立しているのだよ。だから他人は私の言葉を解さない。これこそ、君の魔法使いとしての才能そのものだ』
「へ、へー、そうなんだ……」
この銀狼の言うことが正しいのか正しくないのかはよくわからないが、それはすごいことのように思えてきた。
「じゃ、じゃあ私ってば、順風万歩に出世していた英傑だったのかしら? 天才だったとか」
『……それは難しい質問だな。私から見ると、少なくとも君は、波乱万丈であって、無駄なことによく首を突っ込み、順風満帆とは程遠い人生を歩んでいたようにも思えたが』
そ、そうなんだ。
「……で、スーナは私にどうしてほしいの?」
『どう、とは?』
「だから。私はなにをすればいいのかなー、って。ほら、私は今ユーリなのよ。あなたが知っている、そのルシフさんっていう人じゃないの。あなたと出会ったからって、はい、じゃあ、元のルシフに戻ります、とはいかないわよ。そもそも記憶がないし」
『ふむ。なるほど。君としてはこの村にとどまりたい、というところか』
「……うーん、別にこの村にずっといたい、というわけじゃないけど、いきなり、どこかに、というのは、ちょっと心配かな。それに、お父さんお母さんを放っておくわけにもいかないし、それに、あなたが言うことが全部本当かどうかなんて私にはわからないし」
『なるほど。君はなかなかに慎重だな。まぁ、どんな選択を選ぶのであれ、私は君の意見を尊重するがね。だが、少しだけ警告をしておこう』
「警告?」
『左様。この世の中には、君のような魔力を有する人間が大好物だ、という魔物は案外多いのだよ。先ほど襲ってきたあの犬型の魔物もそれに類するものだろう』
「……え、それって」
『ゆえに、君がこの村に滞在している限り、魔物の出現する可能性が、通常よりも高くなりうるのだ』
「……え?」
私が疑念の声をあげようとした矢先、家の扉が乱暴に叩かれた。
「魔女め、出てこい!!」
「魔物を使役しているところをこの目で見た、というものがいるぞ!」
「魔物を使って俺たちを殺すつもりだな! そうはいかないぞ!」
部屋の窓から外を覗くと、家の回りを赤々と燃える松明を持った村人たちが、鍬や鉈をもって、十重二十重に囲んでいるのが見えた。
『……閉鎖的な村であれば、直近の災難を流れ者の責任だと考えるのは普通のことだろう。それにどうやら私と話していたところも目撃されたのかな』
「そ、そんな冷静に……」
私としては村人たちの殺気だった表情をみて腰を抜かしそうになる。
なんで、なんで、こうなるの!?
『どうする? このままだと、君は外に引きずり出されたあげく、運がよくて陵辱。悪ければ死ぬことになるのだが』
「で、できればどちらも嫌なんだけど」
私は震える声を絞り出す。
『ならば、逃げるしかあるまい』
「でも、どうやって? あれだけの人数を相手に逃げるなんて無茶だよ」
『そんなものは簡単だ、私が外に出て一暴れすれば良い』
「……で、でも。みんなを傷つけるのは。単なる誤解だし。話せばきっと……」
躊躇っていると、何かが焦げるような臭いがしてきた。
『放火されたか。火は邪を清めるともいうしな』
「だから、そんな冷静に!」
扉の隙間から煙がどんどんと入ってくる。
いけない!
私はシーツで口を塞ぐと、窓を開け放った。
「なんでもいいから、スーナ! 私を連れて逃げて!」
破れかぶれに叫ぶ。
『承知!』
スーナは、いきなり、巨大化すると、私をその大きな背中に背負い込み、四本足で、回りの村人たちを威嚇した。
さすがに、巨大な銀狼を見て狼狽したのか、村人たちが、後退り、包囲に穴が開く。
そして、スーナが、一声叫んだかと思うと、巨体に似合わぬ俊敏さをみせ、包囲を軽々と飛び越えて、疾走を始めた。
『君の望み通り怪我はさせなかったぞ』
「……それはどうも」
私はスーナの毛並みにしがみつきながら、明日からどこで生活しようか、などと考えていた。
◆◇◆◇◆◇
「……ふむふむ。その魔女は、銀色の毛並みの大狼に乗って逃げていった、と」
「お役人様。あの魔女めは、きっとこの村を堕落させようとしていたに違いありません」
「そだそだ」
「火炙りにしないと!」
「火炙りだー!」
村人たちが、だんだんと盛り上がった声をあげる。
年配の騎士は村人たちを無視して、娘を保護した、という老人に話を聞いた。
「……えーと、その娘なんだが、金髪で十代の後半、くらいなんだよな」
「はい。二ヶ月前に川で倒れていたのをわしが見つけました。川で見つけたときには、ボロボロのドレスみたいなものを着込んでおり、さらに首もとに首輪のようなものも身に付けておりましたです」
「なるほど、なるほど」
「……お役人様。申し訳ありませんでした。もう少し早くに届け出しておけば、このようなことにならなかったのに。何卒、何卒、お許しいただければ」
「いやいや。まだ、容疑の段階だからな。その娘を魔女扱いしてはいかんよ。ただ、娘を助けた後に、ちゃんと報告をしていなかったことは、いかんな。事後、気をつけてくれよ」
「はい」
ユーリのお父さんに注意をする年配の騎士。
「ジョーイ先輩。これって」
近くにやって来た若い騎士が、老人から提供されたドレスの残骸を見て絶句する。
「おう、カビー。こりゃ、あたりかもしれんぞ。とりあえず本部のリーゼ様に連絡しておけよ。……あの娘にもしものことがあったら、俺たちの首が飛ぶだけじゃすまんかもしれんしな」
「うまく、生き延びていてくれればいいんですが」
「よし。報告書を送ったら、すぐに俺たちも出発だ! 早いところ保護しないとな」
二人の騎士は村人たちとの話もそこそこに、立ち上がった。
次回は3/16(金)更新の予定です。村人に捕まって凌辱の限りをつくされる雌奴隷バージョンをノクターンの方で連載します(嘘)。




