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第六十四話 元気に働きます

「あ、お父さん、お母さん、行ってくるね!」


「ユーリ。気をつけて行ってくるんだよ」


「はーい!」


 私は元気に挨拶を初老の両親に返した。


 長い金髪をツインテールに結んで、灰色のブラウスと紺色のスカートとを帯で結んだ衣装を着込み、今日も元気に出勤です!


 え? どこで働いているかって?

 それは、村の中心部にある宿屋兼酒場『赤羽鳥亭』で、給仕の仕事をするためですよ。

 ……あ、別に、夜の客をとるとか、そんなやましいこととかはしていませんよ。


 赤羽鳥亭で働き初めてから一ヶ月。

 今は村人の皆さんともだいぶ顔馴染みになり、何人かからは、付き合ってくれ、とか言われたりしてちょっとした人気者、看板娘なのです。


 ちなみに、私のユーリという名前は拾ってくれたお父さん、お母さんに名付けていただいた大切な名前です。

 この土地に古くからある言葉で、言葉の意味は『幸せ』らしいです。素敵だな、と思います。


 ……二ヶ月前、村近くの川で気を失って倒れていた私を、お父さんが見つけてくれた。

 私は記憶をポッカリとなくしてしまっていたので、自分がいったい何者なのか全く思い出せませんでした。


 そんな寄る辺ない身の上である私の身を案じ、お父さん、お母さんは私を引き取ってくれました。

 とっても、ありがたいことです。


 私は父母への感謝の気持ちを胸に抱きながら、小走りに村の中心部に向けて歩を進めます。


「おはよう、ユーリ。今日もかわいいねー」


「あ、おはようございます、エドさん! でも、おしりをさわるのはやめてくださいね」


 挨拶をする度に、私のおしりをさわろうとする、農家のエドさん。

 体力もあり、力仕事では、大層助けられているのですが、このセクハラまがいの挨拶はいただけません。


 最近は私も対処に慣れ、うまくエドさんの手をかわすことができるようになりました。

 なんとなく、身体が覚えている感覚。

 不思議な感じです。


「ははは。そういえば、前はけったいなものを首に巻いていたが、もう取れたのか?」


「はい。お陰さまで」


 私の首には、気がついたときから鎖のようなものが巻かれていた。

 お父さんによると倒れていたときも、首の鎖はあったとのことだ。

 ただし、面白いことに、この鎖は時が経つに従い、風化していき、いつの頃からか、なくなってしまった。

 触った感じ金属のようなものでできており、ハンマーや、ヤスリでどうにかはずそうとしても無理だったのにあっさりと消え去ってしまって、不思議なものである。

 ほかに、私が所持していた当時の持ち物としては、着ていた絹のドレスくらいしかない。


 お父さんは、倒れていた私を見て、ドレスを着ていたことから、どこぞの令嬢だと思ったとのことです。


 そのドレスの残骸は、もはや着れないのですが、私の過去との繋がりを示す唯一のものですので、一応、保管はしてあります。

 ただ、ドレスを着ていたおりに、首に鎖が繋がれていた、という状況から、お父さんやお母さんは、もしかしたら、私が過去に罪人だったのかもしれないと恐れています。

 私としても、官権に付き出されて、また牢屋の中、とかは嫌です。

 そこで、お父さん、お母さんの厚意もあり、お二人の子どもとして、別人として静かに暮らすこととしたのです。

 ……私はもしかしたら過去にとんでもない大罪を犯した罪人かもしれませんが。

 正直、私は過去の記憶が戻ることを恐れています。


 私はエドさんに別れを告げ、また歩き出しました。

 全うな御天道様の下、これからは真面目に生きようと思います。


◆◇◆◇◆◇


「……ユーリ。お仕事お疲れ様」


「マスター、お疲れ様です。今日は夕方のお手伝いは良いんですか?」


「おう。うちのが手伝ってくれるからな。今日はもういいぜ」


「わかりました! では、失礼します」


 私は、赤羽鳥亭での給仕の仕事を終え、帰宅の途につきます。


「あ、そういえば、最近、近所の村で魔犬を見たっていう噂があってな。お前も十二分に気を付けろよ。一応、アルハザード帝国から騎士団が確認のためにこの辺りに来てくれる、っていう話だが、気を付けるにこしたことはない」


「はい、気を付けます」


 アルハザード帝国というのは、うちのような辺境の村々を支配下に置いている近隣の大国で、うちの村の治安維持を請け負ってもらい、その代わり、代官を派遣してきている。

 うちの村の場合、代官は単なる名義だけで村長が代理で徴税作業をしているので、本当に帝国の人間がやってくるのは珍しい。


 しかし、魔犬かー。出会ったら嫌だなー。


 そんなことを思いながら、少し肌寒い中、森の脇を抜ける。


 鼻腔に微かな刺激臭。

 臭い。


 私は嫌な予感を感じながらも臭いが漂ってくる森の中に目を向ける。


 そこには、赤く光る目が十対以上も森の中に漂っていた。


「……ひっ!」


 私はそれを見て、腰を抜かしてしまう。

 逃げないと、逃げないと、逃げないと……。


 頭の中ではぐるぐると思考が回る。

 助けは来るか?

 ……無理だろう。

 戦って勝てるか?

 ……無理だろう。

 じゃあ、逃げれるか?


 ……私は顔を森の中へとむけながら、這ってその赤い目から距離を取ろうとする。

 だが、森の中の、光る目は私を取り囲むように周囲へと展開していく。

 まもなく夜のとばりが降りようという時間、夕闇の中にその身体が浮かび上がってくる。

 通常の犬に比べて一回り大きい体つき。

 その牙は、明らかに私の肌など食い破りそうに尖っている。


 ……がたがたがた。


 知らず知らず、歯がなりだす。


 やばいやばいやばいやばい……。


 さすがにこれは、ダメかも。

 そんな絶望的な気持ちになりそうになる。


 ……でも、最後まであがくことに決めたんだ。

 せっかく助かったこの命。こんなことで失ってたまるか。


 私は勇気を絞り出すと、そろりそろりと立ち上がる。

 そして、気合いをいれるために、大声を張り上げる。


「かかってこい! この犬ども!」


 私は地面に転がっていた木の枝を構える。


 ぴりりとした空気の冴え。

 そして、距離を取っていた黒い犬たちが、姿勢を低くしながら、そろりそろりと近づいてきた。

 無限とも思える緊張の中、さて、魔犬が飛びかかってくる、というタイミング。

 犬のうちの一匹が、「キャン!」といきなり悲鳴をあげた。


 ……へ?


 思考が追い付かない。


 悲鳴が上がったところには、私を襲おうとしていた黒い犬が、子犬にしか見えないような巨体を誇る、銀色のふさふさの毛並みを持った美しい犬か狼のような魔物が、その黒い犬を踏みつけいた。


『ルシフ。探したぞ』


 その声に、私はどこか懐かしさを感じた。


次回は、3/13(火)更新の予定です。

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