第六十三話 不意打ち
ぽーん。
ヒューリの目の前で軽やかにオークの首が飛んでいく。
「ケイメル殿下の顔をした魔物を発見次第、手を出さずに俺に報告せよ! その他の魔物は全て討伐せよ! いけ!」
ヒューリが配下の騎士たちに檄をとばす。
自らも、カレンから託された王家の封印物である『黒の大剣』を引っ張りだし、鬼神のごとき戦いをしている。
「あー、ヒューリ殿。その剣は魔力を糧に力に変える魔道具。貴殿の魔力が尽きたあとは、生命力、すなわち寿命を削る代物。使用時間にはくれぐれも気をつけてくださいね」
「わかっておりますよ!」
カレンからの注意が、耳に届いているのかどうかはわからないが、凄まじいいきおいで大剣を奮うヒューリ。
まさに鬼神のごとく、だ。
「ねぇ、カレン。最初からあの鉄砲玉にその剣、持たせてあげたらよかったんじゃない」
リーゼが傍らのカレンに語りかける。
「うーん。あの武器を使いこなせる御仁はあまりいないし。それに、燃費も悪い。あと、彼のお父様からくれぐれも、と事前に注意を受けていたしね」
「……それでも渡しちゃったんだ」
「私は決戦時には出し惜しみをしない主義なのさ」
カレンは嘯く。
そして、振り返り際、近づいてきていた、顔が緑色の死人の首をはね、心臓を一突きにする。
「こいつらとて、注意深く仕留めれば、なんとかなる。それに、魔術師たちの支援もあるし、この戦、なんとかなるんじゃないか」
「楽観論が過ぎるわね。カレン。ちっ。アイアンゴーレムが出てきたわ! 各員、横隊を作って一斉射撃! アイアンゴーレムが怯んだ後に後方へと誘いだし、甲地点で大砲で仕留めなさい!」
「「はっ!」」
きびきびとしたフォーメーションで、魔物を退治し、王城内を次々と制圧していく連合軍。
「ルシフ、待っていてくれ。俺が今、助けに行くからな!」
目の前でゆらゆらと揺れていた大蛇を凪ぎ払いながら、ヒューリは大声で吠えた。
◆◇◆◇◆◇
「んー。セバス。遠くの方から何か聞こえない?」
何やら物音が聞こえたような気がしたので、傍らのセバスに聞いてみるものの、こののっぺりとした皮膚を持つこの人形の魔物は、首を捻るばかりで要領を得ない。
セバスの顔にあたる器官からのびる触手の動きを見て、なんとなく、言いたいことがわかるようになったのが、ここ一週間の幽閉生活の成果だろうか。
とりあえず、朝から魔王が忙しそうだったので、部屋の中でお茶をして過ごす。
しかし、思い返してみると、こうやって、ドレスを着て、ただ、お茶を飲むだけの生活なんて初めてな気がした。
やはり、魔術が人様よりも使えるというだけで、今まで常人の何倍も忙しかったのかもしれない。
……私にも少しだけ、休息が必要なのかもしれないな。
そんなことをふと思ってしまう。
しかし、以前に、人の心配をする心労が自分にとっては耐え難いものあったが、逆に、自分が心配をされる立場になると、正直、気が楽だ。
「でも、やっぱり、ヒューリたち、心配しているだろうな」
ちょっと反省をする。
トントン。
「失礼する」
そんなことを思っているときに不意に扉がノックされ魔王が部屋の中へと入ってきた。
今日は全身黒色の服装で、なにやら、ホスト然とした雰囲気を醸し出している。
「どうされました?」
先ほどまで忙しそうにしていた魔王がいきなり部屋に入ってきたのでびっくりしてしまう。
「どうやら、やつら、しびれを切らしたらしい。こちらとしても、そろそろ急がないといかん」
「何を急ぐのですか?」
そこで魔王はニヤリと嗤った。
「撤退準備だよ。この度の戦で、だいぶ人間の魂、魔力を集めることができたので、そろそろ潮時よ。もう十二分に軍の羽目も外してやったしな」
「じゃ、じゃあ、ケイメルは、その身体は開放してくださるのですか?」
「条件があったのを忘れたのかな、お嬢さん? 君のその知識をさしださなければ、この身体は無傷では返さんよ」
なかなか狡猾そうな笑みを浮かべるケイメルの顔をした魔王。
私は暫く逡巡した後に、頷いた。
もはや、このような状況になってしまうと、魔法が使えない今、自分一人でさえ、無傷で帰れるどうかが覚束ない。
「私の知識を差し出しましょう。しかし、くれぐれも約束は守ってくださいよ」
「案ずるな。貴様や、この我の依代であるこの小僧などに興味もない」
そういって、なにやら、魔術の詠唱を初め、私の頭を両手で掴んだ。
「では、貴様の知識をいただくとしよう!」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、私の脳裏に荒んだ砂漠のような、荒れ地のような、廃墟のような光景、長い長い戦いの光景、そういったものが脳裏に飛び込んできた。
遥かな昔に、この感覚を味わったことがあるような。
「おお! なんだ、この巨大な建物がところ狭しとならぶ異様な光景は! それに、この鋼鉄の乗り物から打ち出される、この巨大な飛行するもの。素晴らしい!」
魔王が子どものようにはしゃいでいる。
この世界の魔王といえども、科学技術の世界には疎いようだ。
「しかし、貴様! これらのものをどのように作るかの知識を持っていないではないか!」
そんなことを言われても困る。
異世界人たる私は、知識としてはビルやミサイルなどは知っているが、事細かにどうやって、それらをつくるかなんて知らない。
「だが、私の……」
そこで、魔王の言葉が途切れると同時。
頭が焼ききれたかと思う衝撃を受ける。
「い、いたたたた!」
私としては頭を抑えて泣きわめくしかない。
頭が痛すぎて、何も考えられない。
「……ふ、不意打ちとはやるな人間!」
遠くからなにやら、声が聞こえる。
だけど、あまり、意味がとれない。
「……逃がさん!」
そんな空気の振動が鼓膜を震わして意味を理解する前に、身体が浮かぶような感覚を受けて、そこで、全ての意識を失った。
◆◇◆◇◆◇
「ガンバルド翁!」
「逃がしてしもうたよ」
不意打ちを成功させて、ケイメルの身体を串刺しにし、あと一歩のところまで、魔王を追い詰めたガンバルドであったが、最後は魔王に次元の狭間へと逃げられてしまった。
「ケイメル王子は虫の息じゃが、ほれ、この通りなんとか生きておる」
ガンバルドが抱き上げたケイメルの身体はぼろぼろだが、手当ては受けているらしく息はある。
「ガンバルド師! る、ルシフは……」
その場にいないルシフのことを考え、呆然としながらも、ヒューリが問うた。
「……次元の狭間に落ち込んでしもうた。行き先はわからん」
ガンバルドの言葉に、その場にいた誰もが、なんとも言えない顔をした。
次回は、3/10(土)に更新の予定です。




