第六十二話 スパイ活動
「えーと、それはなにをしているのですか?」
魔王が書類に目を通している。
「これか? 議会に諮る事案を精査しておるのよ」
「議会って、魔王様、何ですか?」
王城内での自由な移動を許されているので、早速、調査という名前のスパイ活動を開始することにした。
昨日は一部の部屋のみしか移動が許されていなかったが、今日からはどこの階、どこの部屋にも移動ができて、行動範囲が広くなった。
ただ、傍らには、セバスがいつもお目付け役としているのだが。
私の服装も、相変わらずのドレス姿なので、動きづらい。
実は、これ、私の動きを制約するための策略なんじゃないかとさえ思えてくる。
で、やはり、まずは、本丸を調査しないといけないと考えた。
そういうわけで、魔王の動きを逐一、監視しようと思って、執務室に見学にきたのだが、予想以上に魔王が文明的な仕事をしていて、ビックリしてしまった。
「お前たち人間は議会も知らんのか。……議会というのは、諸部族間の利害を調節するための機関で、各部族の長老や、有力者たちが合議で物事を決する機関よ」
なるほど。部族間の調整、つまり、魔界には複数の派閥がいるわけね。
「わかりました。それで、魔王様はそこの議会を支配している、と」
「いや。それは違う。我は魔界では弱小氏族出身ゆえ、大手の氏族の意向は最大限尊重しておる」
なんだか、私の中でのイメージが崩れる。
実に、合理的な君主じゃないか。
「はぁ、なるほど。それでは、今回の人間界での橋頭堡の確保は、いったい何を手にいれるための戦略だったのですか」
「……うーん。なかなか難しい質問だな。直接の原因は、これの我の召喚よ」
そういって、自分自身を指差す魔王。
やっぱり、ケイメルが軽率に呼び出してしまったのが主因か。
「だが、それだけではなく、魔王軍内のガス抜き、敵対氏族への共通の敵をくれてやることにやる融和策、それに、人間界の情報収集の観点もあるな」
つまり、今回の戦いは、当初こそ、偶発的なものではあったのだが、次第に、少なくとも合理的な側面を有している戦いになってきている、ということだ。
そう考えると条件次第では、魔王軍をあっさりと撤退させることができるかもしれない。
「それでは、お聞きしますが、この度の戦、反対する勢力はあったのですか?」
「……これ以上は軍規に反するな。他のところを見に行くがよい」
ぴしゃりと情報提供を止められてしまった。
なかなか、ガードが固いですね。
……泣き落としや色仕掛けとかも効きそうにないし、またの機会とするか。
「はい。では、ほかのところも見させていただきます」
◆◇◆◇◆◇
「はやいところ総攻撃をしよう!」
「まぁまぁ、ヒューリ殿、落ち着いて。リーゼ。なにか策はないのかい」
「策って言われてもねー。王城内は強力な魔術で保護されているから、なかなか、中の様子はわからないのよね。ルシフが自分自身でなんとかできる状況ならばいいのだけど」
ヒューリ、カレン、リーゼの三人はああでもない、こうでもないとルシフ救出のための策を話し合うが、結局、妙案もなく、なにもしないか、強行手段の二択しか思い付かない。
「……心配するでない。ルシフは元気よ」
そんな三人に声がかけられた。
ルシフの義父であるガンバルドだ。
「ガンバルド師。それはどういった根拠で?」
不審に思いながらもヒューリは聞いてみる。
「なに。昨日、王城に忍び込んで、ルシフの奴の顔を拝んできたのよ」
「なっ」「えっ」「はぁ?」
三人から口々に疑問の声があがる。
「か、顔を拝んだって、で、どうしたんですか!?」
「ん? そのまま情報収集に励め、と伝えておいたわ」
しれっと、爆弾発言をするガンバルド。
「そ、そんな! ガンバルド様。ルシフと皇帝陛下との間柄はあなた様ももご存じのはず。一刻も早く、連れ帰っていただかなければ」
リーゼがガンバルドに詰め寄る。
「すまんなリーゼ殿。確かに私は皇帝に借りがあるが、それでも、優先事項は間違えんよ。魔王を直接、討伐できるこのチャンス。最大限に生かさないといかん」
「そ、そんな……」
「なーに、本当に危なくなってきたら、なんとかしてルシフを逃がしてやるさ」
飄々というガンバルド。
「で、では、ガンバルド様。魔王を倒すチャンスと、ルシフを助けるチャンスが同時に来たらどちらを選ばれます?」
カレンがガンバルドの方をまっすぐに見つめて問うた。
「……さあな」
そういって、ガンバルドは去って行ってしまった。
「私たちでなんとかしないといけないかも」
カレンがボソッと呟いた。
◆◇◆◇◆◇
「へー、ここで食事を作っているのね。……でも、やっぱり魔王軍も食事を取ったりするのね」
王城のキッチンに顔を出してみた。
ただ、あんまり、見た目にはこだわっていないらしく、家畜の首が無造作に台の上に置かれていたりして、なんとも言えない気持ちになってくる。
豚顔のオークが、どでかい鉈を奮って、家畜を解体している姿を見ていると、なかなかシュールではある。
「というか、もしかして、昨日の食事を作ったのはこのオークだったりして」
そう考えると、私はレアな経験をしたのかもしれない。
「えっと、セバス。私、この一角でお菓子を作ってもいいかしら?」
小麦粉、果物、それに蜂蜜などが、まだ残っていたので、ケーキくらいは作れそうだ。
セバスは一つ頷くと、ボールや、木の棒など、道具を持ってきてくれた。
私はせっせと生地をこね、オーブンで焼いて簡単なケーキを作る。
「あとは……」
私はケーキを皿に載せて、蓋をし、キッチンを後にした。
……コンコン。
「誰だ?」
「ルシフです」
「なんだ、客人か。城内は探索したかね」
「えーと、一応、キッチンがありましたので、お菓子を作ってみたのですが。あなた様のお口にあうと良いのですが」
「ふむ。菓子か。そういえば、食べたことはないな。では、一ついただくとするか」
そういって、魔王はケーキの一切れをフォークで食べた。
「むむ。美味だな。そなた、料理人であったのか」
「いえいえ。ただの趣味で作っているだけです」
「そうか」
そういって、魔王が次々にケーキを口の中へと放り込み、完食してしまった。
「……また、今度、作ってくれると、その、なんだ。嬉しい」
私はケイメルの顔をした魔王に微笑みかける。
「はい。またお作りしますよ」
次回は、3/7(水)に更新の予定です。