第五十六話 お客様の訪問
二ヶ月後。
徐々に、私たちの駐屯地へと後続の本隊からの増援が集まってきている。
そして、各国の精鋭部隊でもある後続部隊による、王都周辺地域の奪還作戦が本格化してきており、作戦は順調に進んでいる。
受け入れ時の補給担当の私は、なかなかに忙しい。
「やっぱり、質より量よね」
「こういった局面じゃあ、なんといっても頭数が大事なのは間違いないが、お前、前に量より質、とか言っていなかったか?」
死人たちに支配された近隣の町の一つを解放する作戦に従事し、その後始末をしながら、私はヒューリと益体もない会話を続ける。
やはり、ここにも生存者はいなかった。
「そういえば、カレン王女も、一個騎士団を引き連れて間もなくこちらに到着するみたいだぞ。あと、帝国のリーゼ殿たちが、今、前線に大がかりな魔術転移装置を設置中らしい。それが完成したら、だいぶ補給が簡単になるらしいから、急いで欲しいよな」
まぁ、魔術転移装置の稼働コストを考えたら、その移動する物として、それなりに価値のあるものを移動させないと、大赤字になりそうだから、結局は限定利用になるとは思うが。
「なるほどね。そういえば、ヒューリのお父さん、キャンベル公爵からは何か指示はないの?」
「親父殿なー。最近はこちらの状況を定期的に報告書として送っているんだが。返ってくる返事は、引き続き警戒を厳にせよ、くらいしか指示がないんだよ。……まぁ、ちゃんと追加の支援部隊やら補給やらも手配してくれているから、前線の指揮官としては特に文句はないんだが。……しかし、王都奪還作戦をいつ実行するのかがわからないのはやっぱりモヤモヤするよな」
そこについては、私も同意だ。
かれこれ二ヶ月間も、こうやって戦線を維持しているだけだと、いったい、いつ、この戦いは終わるのだろうか、という気分になってくる。
はっきり言って、気が滅入ってくる。
「よーし。点呼終了! お前たち、班別に駐屯地へと帰投せよ!」
「はっ!」
とりあえず、生存者の確認も終わったので、部隊を撤収させるためにヒューリが号令をかけた。
一応、私たちが殿なので、もうちょっとだけ時間があることから、軽くお昼ご飯を食べることにする。
「……ねぇ、ヒューリ。一応、お昼ご飯を作ってきたんだけど、一緒に食べる?」
「お、おう。そうだな。補給担当殿からレーションをいただくとするか」
私たちが付き合っているのは公然の秘密というやつで、部下たちは、なにも言わない。
年配の兵士はニヤニヤと、若い兵士は若干、羨ましそうにこちらを見ているくらいだ。
とりあえずみんなの前でご飯を大っぴらに食べるのは気が引けたので、建物の影で、地面に布を広げて座って食べる。
今日の昼御飯は、パンにハムとチーズを挟んだ簡単なサンドイッチだ。あと、トマトとリンゴも持ってきたので、ナイフでリンゴを剥いてあげる。
うさぎさんの形にカットしてあげた。
「ルシフ。お前、器用に皮を剥くよな。いつも。なんというか手慣れている感じだ」
「まーね。こう見えても、料理が趣味なのよ、私」
事務仕事で書類とにらめっこするよりも、よっぽど楽しい。
「じゃ、じゃあ。あーんして」
少しくらいは恋人らしいことをしてやろうと、恥ずかしさを我慢しながら、ウサギさんの形にカットしたリンゴをヒューリに向ける。
「じゃ、じゃあ。お言葉に甘えて。あーん」
ヒューリが口を開けて、リンゴを口の中に入れようとしたタイミング。
「ルシフ少佐はいらっしゃるか!」
遠くの方から私を呼ぶ声が聞こえた。
「はい! ここに! あ!」
私のリンゴはヒューリの口を大きく外れて鼻のあたりを直撃していた。
「ご、ごめん。……ちょ、ちょっと行ってくるね」
「お、おう」
私はヒューリとのご飯をしぶしぶ打ち切って、馬に乗った騎士らしき伝令のところへと向かう。服装から察するに帝国の士官だろう。
「お呼びですか?」
「ルシフ少佐殿。私、帝国のものですが、至急、貴殿の耳にいれておきたいことが御座いまして。私とご同行いただきたいのですが」
「えーと、私一人だけ?」
「申し訳ございませんが、そのように指示を受けております」
「じゃあ、えーと、帝国のリーゼ大佐は同席してもらえるかしら?」
「それは聞いておりませんが、必要でしたらお伝えさせていただきます」
「お願いします。あ、私、少々、準備をさせてもらいますね」
「承知しました。では、のちほど、我々の駐屯地にて」
そこで私は一旦話を切り、ヒューリのところに戻り、相談を行う。
「……私、一人だけで帝国と話しちゃって良いのかなー?」
「まぁ、補給作戦全般はお前の専権なんだから、何かあったら、補給の話をしていた、で通せばいいんじゃないか」
鼻のあたりをナプキンできれいにしつつ、何事もなかったかのように、サンドイッチを食べ続けるヒューリ。
そんなヒューリが考えをまとめるように、少し黙考した後に、先のアドバイスをくれた。
「なるほど。ヒューリ。あんたなかなか頭が良いわね」
「いやらしい社会にたっぷりと揉まれたからな。悲しいことに」
これが、汚れる、というものなのかもしれない。
または、擦れてくる、とも表現するのかな?
そんなどうでもいい感想を抱きながら、私たちはお昼ご飯を続けた。
今度はちゃんとリンゴを口の中へと放り込んでやった。
◆◇◆◇◆◇
駐屯地に戻った後、その一角にある帝国軍キャンプに向かった。
キャンプとしては、当初、駐屯地内のとある宿舎を貸与していただけだったのだが、だんだんと帝国軍は手狭になってきたらしく、今では、宿舎を増改築し、わりと立派な木製の陣地が構築されている。
堀もあり、簡易な防壁もある。
その防壁は所々、セメントのようなもので補強され、さらに大砲が据え付けられていたりして、見た目よりも、なかなかに堅牢な陣地だ。
私は堀を越えて、キャンプ内へと入っていく。
用事もなく帝国軍キャンプに入ることはないので、一ヶ月ぶりくらいの訪問になるのだが、見違えるように立派になっている。
帝国の工業能力の高さに舌をまく。
「あ、ルシフ来たわね」
通された一室に、すでにリーゼが座ってお茶を飲んでいた。
真ん中に円形の大きなテーブルが据え付けられ、壁の棚には高価そうな調度品が並べられ、床には高級なカーペットが敷かれている。
上座の後ろの壁にはタペストリーが飾られている。
あれは、帝国の皇帝旗のような気がする。
「急に呼び出してすまないわね。こちらとしても、予定が今日しか空かなかったものだから、バタバタしてしまってね。まずは転移装置が無事に稼働したから、開通式みたいなものね」
「式典なら、他の人たちも連れてきた方がいいんじゃない?」
「いや。内密にして欲しいのよ。……えーと、今日来られるお客様は、ちょっと特別だから」
「特別?」
「そう。もう、まもなく……」
そうリーゼが言ったところで、入り口の方から、がしゃがしゃと何か金属が擦れ合う音が複数聞こえてきた。
金属鎧に身を包んだ一団がこちらに向かってきている。
「あー。どうやら、到着したみたいね。とりあえず、驚かないように私の方から紹介しておくと……」
「いや、その必要はない。久しぶりだなルシフ!」
私は入り口から入ってきたその集団を見つめた。
深紅の鎧に身を纏った護衛の兵士に周囲を固められた中、見知った七三分けの髪型の老人を見つけ、驚きの声をあげてしまう。
「へ、陛下!」
入り口から入ってきたのは、アルハザード帝国初代皇帝キョウタロウ・ヤマダ・シェフィールドその人であった。
次回更新は、2/17(土)の予定です。




