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第五十四話 訪問客

「そこの木材、林檎と小麦粉は第一○三大隊に、その鉄剣と槍、干し肉と葡萄酒は第二○四大隊にお願いね」


 物資がだんだんと駐屯地に届くようになり、こちらの装備も徐々に充実してきた。

 会計参謀である私は、補給担当も兼務しており、この駐屯地で、今、一番忙しい職種であると言っても過言ではない。

 戦闘職ではないものの、本当に激務であると思う。


 午前の事務作業を終え、御昼の休憩がてら自室へと戻り、昼食を取っている最中、私のところへと客がやって来た。


「ヘイゲナー王国のカレン王女が、前線の激励に来られたとのことです」


 部下が生真面目に敬礼をし報告をしてくる。


「通しなさい」


「はっ!」


 扉を開けて入ってきたのは数か月ぶりに会う、懐かしい私の友人カレンだ。

 白銀色の髪の毛が、前にあったときよりも延びており、ショートくらいになっているだろうか。


「カレン! よく来てくれたわね。なんにもないけど歓待するわ」


「ルシフ。わたしはあなたに会えただけでも、神に感謝をしたいくらいな気分。さぁ、キスをしてもらえるかしら」


「……あ、いや、だめです」


 私は、突拍子もないカレンの提案を即座に却下する。


「……はっはっは。相変わらず、ルシフは照れ屋さんだな」


 違うとは思うが、あえて突っ込むこともあるまい。


「……で、カレン。ここに来るのに激励だけで手ぶら、なんてことはないわよね。何か情報を持ってきているんでしょ?」


「うーん。まだ、確定事項じゃないから、ここで開陳するのは気が引けるんだけど。……とりあえず、帝国とうちとは、リットリナへの大規模派兵を検討中よ。魔王軍がこれ以上、地上で大規模に展開するのは、世界の魔術バランスの観点からも是認できないしね」


「それは、ありがたいとは思うけど……懸念材料があるんでしょ?」


「……あなたにこの事を話すのはとーっても気が引けるんだけどね」


 そこでカレンは一端言葉を切り、私の方をじっと見つめる。


「王城に残されている国王陛下は病身だったし、それに未だに健在か否か不明だし。そしてケイメル殿下をお救いすることができるか否かは余談を許さない状況。ここまではいいわね」


「……まぁ、そうね」


 私としては、客観的にネガティブな状況を並べられて苦笑せざるを得ない思いではあるが、どれも事実であるので反論はできない。


「で、これが、一番の問題なんだけど。そうやって王位継承者を消していくと、現状、王位を継ぎそうなのが、帝国が匿っているグヌート閣下なのよね」


「グヌート!」


 何年ぶりに聞いた名前だろうか。

 私とケイメルとを手にかけようとして失敗し、帝国へと亡命したあの男。

 しかし、思い返してみると、彼はたしかに魔王軍の脅威を認識し、しきりに私たちへと警告を発していた。その点だけは、先見の明があったのかもしれない。

 だが、理屈が正しいことと、私たちに危害を加えようとしたことを許すこととは、全くの別問題なので、はい、わかりました。グヌート陛下に忠誠を誓わせていただきます、とはなかなか、気持ちの整理がつかない。

 ……が、時間が解決してくれたのか、昔ほどには、さほどムカムカとはしない。


「なるほどね。そちらの言いたいことはわかったわ。まぁ、でも、私たちがケイメルをちゃんと救い出すことができれば、その問題は解決するんじゃないの?」


「……うーん。実はこの時点でこの話をするのもやっぱり気が引けるんだけど。……今回の魔王降臨事件は、そもそもの発端はケイメル殿下の安易な魔法実験が原因だ、と推測されているのよね。それが事実だとすると、殿下には責任をとって、隠居してもらわないといけないかも……」


 最後の方は段々とカレンの声が小さくなっていった。


 私は、頭を抱える。

 考えないようにしていた、今回の騒動の原因。

 それがよりによって、ケイメルその人であるとは。


「で、でも、まだ疑惑よね。まぁ、うまくケイメルを救い出すことができたら、その点は私から直接、問いただすわ」


「それがいいと思う」


 カレンは少し悲しそうな表情で頷いた。


◆◇◆◇◆◇


 午後はカレンを連れて、駐屯地内を案内する。

 私の仕事は、とりあえず部下たちに丸投げしておいた。決して、楽したいからそうしたわけではなく、我が国にとって極めて大事な客人であるカレンをもてなすことが、今、一番の私の責務だと思ったからだと、ここで強く主張しておきたい。

 まぁ、彼らならば、なんとか、仕事を回してくれるでしょう。うん。


「カレン! 久しぶり」


「おぉ、リーゼじゃないか。久しぶりだな」


 帝国の制服を着こんで、何やら難しそうな本を読んでいるリーゼのところへと顔を出す。

 現在のところ、同盟を結んでいるとはいえ、やはり帝国の兵士たちには、駐屯地内でもわりと離れた土地を提供し、騎士団とは物理的に距離を置くようにしてもらっている。

 まぁ、何かトラブルが発生しても困るし。


「カレンはいつ頃こっちに常駐するの?」


「うーん、お父様にここの状況を報告をして、派遣団の準備が整い次第だから、どんなに急いでも二ヶ月はかかりそうね」


「そう。ちなみに、今回の査察では、ここにはいつまでいるの?」


「明後日までいる予定。もし、あなたたちに時間があるのならば、少し付き合って欲しい場所があるのだけど、いいかしら?」


 私とリーゼは顔を見合わせる。


「うん。大丈夫」


 とりあえず、安請け合いをしておいた。


◆◇◆◇◆◇


 次の日。

 カレンの案内で、近くの山に登山することとなった。

 なんでも魔術実験の実験跡地の可能性がある、ということだった。


 本来ならば、カレンと私、それにリーゼの三名だけで出発する予定だったのだが、危険だからという理由で、騎士団から、魔法大学校での同窓のエイシャ少尉率いる小隊五十名を護衛にと押し付けられた。


「カレン王女殿下に、リーゼ連隊長閣下。今回、護衛を勤めさせていただきます、エイシャ・ポルカ少尉であります。道中、危険がある可能性が高いので、なるべく我々の指示に従っていただけると助かります」


「あー、えーと、頼みますね」


 カレンが私の方をチラチラと見ながら、答える。

 目立たない、機動力がある、という観点だと、本当は私たち三名だけの方が動きやすかったりするのだが、ここは、騎士団の顔をたてることにした。


「では、まいりましょう」


 カレンの言葉を合図に、私たちは出発した。


次回は、2/11(日)に更新の予定です。

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