第四十七話 邪悪、現る
「あれ、ヒューリ。どこに行くの?」
午前中。
教導大隊の騎士たちを、沼の中へと放り込み、その沼のぬかるみの中をひたすら歩かせる訓練をさせている最中、演習場をヒューリが徒歩でこちらに歩いてきたのを見かけ、声をかけてみた。
ヒューリは、戦闘用の制服ではなく、儀礼用の制服を着こんでいる。
なにか、今日、公式行事でもあったかしら。
「よぉ、ルシフ。今日はちょっと王宮に用事があってな……」
ヒューリが、返事を返してきたが、なんだか歯切れが悪い。
「王宮って、なにかあったの?」
私は、訝しげに聞いた。
王宮に、この時間に向かわなければならない用事って、なんだろう。
しかも、そんな儀礼用の服装を着こんでまで。
公式行事もないのに、儀礼用の服装を着込んでまで、王宮に向かうのは、謁見とか、そういった場合だけだろう。
「……もしかして、ケイメルに何かあったのかしら?」
王宮、謁見……と思考を進めていき、頭にピーンときたのは、私とヒューリとの共通の友人であるケイメル王子のことである。
なんとなく、ケイメルがらみであると、ついつい考えてしまう。
「……まぁ、心配はいらないぞ。単に、今回は確認を取るだけだしな」
「確認って、やっぱり何かあったのね」
「……んー、まだ確証はないからな。とりあえず、今日のところは、危ないことはしないつもりだ。だから、あまりルシフも大事にしないでくれると助かる」
「……ん。わかった」
私としては、大事にしたくないというヒューリの気持ちもわかる。
が、妙な胸騒ぎがする。
だから、私が言葉に出したセリフは、いたってシンプルなものだった。
「気を付けてね 」
「ああ、行ってくる」
私は、ただ、その背中を見送るしかできなかった。
◆◇◆◇◆◇
さてと。
ヒューリはルシフと別れた後、気合いを入れ直した。
ここからは慎重に話をすすめなければならない。
すでに王宮へと連絡をし、ケイメル王子への謁見の準備はしてもらっている。
一応、前線から戻ってきた後の、正式な報告、という建前で会えることにはなっている。
いつもと違う不審な点がなければ、特に何も聞くこともなく、普通に報告をして終わり、のはずだ。
大丈夫。特に問題はなかろうと、少しだけ期待をしておく。
先日の部下の報告は、単なる見間違いかもしれないし。
……ただ、報告をしてくれた部下が、病気のために今日休んでいるというのは若干気にかかるが。
王宮の城門にたどり着き、受付の署名を行う。
「ご苦労」
「はっ!」
城門のところで、護衛をしている顔馴染みの兵士たちに声をかける。
特に、何事もないように思える。
だが、その弛緩した気持ちは王宮に一歩、足を踏みいれたところで一瞬にして醒めた。
魔物の気配、それと血の匂い。
近くにいる兵士や、女中たちの、顔に生気がまったく感じられない。
遠くから見ると普通に見えるが、近くに来て、その顔色を観察すれば、明らかに異常を感じる。
魔法を使い、そのオーラを詳細に分析する。
土色。死者の色だ。
このオーラを見る魔法は、壁などを透過して遠くまで見ることができる。
城の外からは対魔法障壁があるため、内部を見通すことができなかったが、内部からならば見ることができるだろう。
ヒューリは注意深く周囲を観察して、王宮の奥の方に、漆黒の空間が、壁に穴がぽっかりと開いたかのように広がっているのを感じた。
まるで、地獄の口が開いているかのようだ。
……ぞわっ!
鳥肌がたった。
なんという、巨大な虚無の穴か。
いったいどれだけ強力な魔物がその穴の中に潜んでいるのか。
その虚無の穴が徐々に大きくなっていくような錯覚を覚えた。
……違う。
虚無がこちらへと近づいてきているのだ。
オーラを見る魔法を急いで解除し、腰の剣を引き抜く。
廊下の向こう側に、目を凝らす。
カツーン、カツーン、と足音が廊下中に響く。だんだんと近づいてくる。
そして、その足音の主が廊下の向こうから、すーっと姿を表した。
「ケイメル!」
「……やぁ、ヒューリ。久しぶりだね。最後にあったのは数ヵ月前だったかな?」
ケイメルの姿は前にあったときと寸分の違いはない。
だが、その纏うオーラはもはや人間のそれではなく、禍々しい邪悪な魔物のそれだった。
「いったい、どうしたんだ、ケイメル」
「どうした、とはご挨拶だな、こうやって、旧交を暖めようと思い、余、自らこうして出迎えてやったというのに」
「……では、この城の様子はなんなんだ。説明をしてくれよ」
「うん。僕に忠実な家臣たちになってもらっただけだよ。不思議なことじゃないだろ?」
「ルシフが悲しむような真似はやめろ!」
「別にルシフがどう思おうが、構わんが」
その邪悪な笑みは、明らかにケイメルのそれではない。
「……お前、一体、誰だ?」
「誰だ、とはご挨拶だな。君の友人のケイメルじゃないか」
「違う! 俺の友人のケイメルは、お前のように昔の友人を蔑ろにするような奴じゃない! 正体を表せ!」
そう叫び、ヒューリは、ケイメルの首筋に両手剣の切っ先を向けた。
「やれやれ。これだから下等生物は困る。それに余は嘘は言っていないぞ。この身体は、正真正銘、貴様の友人のケイメル王子のものだからな」
「! ……お前、一体何者だ?」
「ふふふ。余は、魔王ルガン。この世界の支配者だ。そして、今、この瞬間は貴様の死神でもある」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、無造作にケイメルが、ヒューリへと手のひらを向けた。
「消えろ」
その手のひらが光り、あたりが眩い閃光に包まれる。
不意討ち!
だが鍛え抜かれた、ヒューリの反射神経は、その一撃を紙一重で避けさせた。
「手間をかけさせる……」
「さて、初撃はなんとかかわしたが、どうしたもんかな」
ヒューリは舌なめずりをして、ケイメルに剣を突きつけた。
次回、1/24(水)更新です。




