第四十五話 路地裏の遭遇戦
「うわさ?」
「はい。王都で魔物を見た、というものです」
「……うーん、私は、聞いていないけど。でも王都でそういったことがあれば、まずは、憲兵が対応するんでしょ。聞いてみればいいんじゃない?」
士官用食堂で最近、同級生のエイシャ少尉と一緒になることが多い。
元々、女性士官が少ない上に、顔見知りの魔術士官はまったくいない、といった段階で、知り合いも限られてくるのである。
「実は憲兵の知り合いにもそれとなく聞いてみたんですけど、そんな話は聞いていない、と。そんな魔物の話よりも、最近頻発している女、子供の人さらい事件の方が重要だと言っているんですよ」
「へー。最近の王都は物騒ねー」
「ルシフ少佐も十分にご注意くださいね」
「はいはい」
私は、気のない返事を返す。
エイシャはこの後、用事があるらしく、急いでご飯を食べ終え、走って食堂を出ていってしまった。
さて、私は、これから午前の座学の講義をしないといけない。そして、その講義が終われば、午後は割と暇。
あんな話を聞いた後になんだが、たまには、王都をぶらつこうかしら。
そんなことを思いながら、パスタを口の中に放り込んだ。
◆◇◆◇◆◇
「あー、懐かしいなー、あの店」
私は、王都の石畳を歩きながら、学生時代に、よく歩いていた町並みを眺め、懐かしさに浸る。
まだ、二、三年しか経っていないのに、はるか昔のような感慨を受ける。
「あー、ここのカフェで、よくケイメルやヒューリたちとお茶したなー。そういえば、ヒューリの妹って、今、まだ学生やっているのかしら?」
懐かしい顔を思い出す。
たしか、黒髪で……。
「あれ、呼びましたか、ルシフ先輩?」
背後から声をかけられたので、ビックリして、そちらにふり向くと、背が高いすらりとした体型の黒髪の美少女が立っていた。
どことなく、ヒューリの面影がある。
記憶のダンジョンの中をあちらこちらと探索して、なんとか該当しそうな名前を探し当てる。
「……もしかして、あなた、タレン? ヒューリの妹の」
「はい! 覚えておいていただいて、光栄です!」
そういって、タレンは、力強く私の両手を握ってきた。
握力が強いですよ。
「ひ、久しぶりね。元気にしてた? たしかタレンは、今年で卒業だったかしら?」
私の一個下の学年だったはずなので、今年で卒業だと思うのだが。
「はい! あと半年ほどで卒業です。これで、やっとお兄様と同じく、騎士団に入れます!」
実に嬉しそうだ。
しかし、そうか。騎士団に入るのは規定路線なのか。
まぁ、ヒューリたちの一族は騎士団に影響力が強い一族だ、とは昔聞いたことがあるが。
「そういえば、タレンはここで、何してるの? 学校は?」
「今日の学業はもう終わりましたので、友人たちとこちらでケーキでもいただこうかと」
あ。なるほど。
その後、少しだけ世間話をして、最近の学校での様子を聞き、挨拶をしてその場から離れた。
そろそろ夕刻だが、お腹はまだ空いていない。
帰宅までには時間が少しだけあることから、散歩を続けることにした。
ふらふらと街中を歩き続けていると、路地裏の方へと足を踏み入れてしまっていた。
あんまり、風体が良くなさそうな連中がたむろしている。
まぁ、私としてはどうということはない相手だが、相手をするのも面倒なので、別の道に行こうかしら、と思って踵をかえそうとしたところで、路地裏から野太い男の声で悲鳴が上がった。
さすがに捨て置くわけにもいかず、路地裏に足を踏み入れる。
……まずは、強烈な匂いがした。
鼻につんとする刺激臭が立ち込めている。
そして、路上には真っ赤な花が咲いていた。
人の血だ。
「スーナ!」
『わかっている』
銀狼のスーナが銀色の雪のように周囲の空間に展開する。
そして、私は、赤い宝石をあしらった短杖を服の中から素早く取り出して、隙なく構えると、索敵の魔法を路地裏にかける。
反応が一つあった。
「でてきなさい」
私の声がわかるのかどうかはわからないが、路地裏の奥から、蜘蛛のような形態の魔物が這い出てきた。
節が歪んだ足が七本、非対称に身体から伸びており、蜘蛛の顔の部分には人間の子供のそれが、上下逆さまに付いていた。
そして、その口の中には、牙が並んでおり、口の奥から蛇のような植物のような触手が数本飛び出て、いそぎんちゃくのようにうねうねとうねっていた。
「……さ、さすがに気持ち悪いわね」
私も一般人に比べれば、だいぶ魔物に耐性があるとはいえ、さすがに、こういった嫌悪感を催す魔物の相手はごめん被りたい。
どうやら、この蜘蛛のような魔物(蜘蛛子と名付けた)は、食事中だったらしく、食事の邪魔をした無礼な私に対して、その口を大きく開けて威嚇してきた。
「キシャー!」
有無を言わさず、口の中から何らかの液体を飛ばしてきた。
触れるとやばそうなので、風の魔法で空気の壁を作る。
周囲に飛び散った液体が付着した壁や床には、シュー、という音とともに煙が上がっている。
酸のようだ。
「はいはい。食事の途中でごめんねー。でも、さすがに、あなたのような化け物を捨て置くわけにもいかないからね」
私は、触れれば燃える、『光の粉』の魔法を呼び出すと、蜘蛛子の回りにトラップとして、何重にも仕掛ける。
少しでも触れてくれれば燃え広がって、焼け蜘蛛の出来上がりだ。
だが蜘蛛子は、どうやら戦力の不利を悟ったのか、手足の半分を無理やり光の粉に触れさせ、その手足が燃え上がったところで、根本から切り離すと、そのぽっかりと空いた空間に身体を潜り込ませ、私の魔法の罠を回避してみせた。
こいつには、どうやらある程度の知性があるらしく、手足を犠牲にしてこの危機を切り抜けることに成功した。
「なかなかやる!」
私は、今度こそ容赦しない、とばかりに爆散の魔法を準備する。
「ひっ!」
腰を抜かしてしまって逃げ遅れていたと思わしき、近くに座り込んでしまっていた人間の背後に、蜘蛛子は、そそくさと回り込み、その人間をを盾として使ってきた。
「んー。なんて、いやらしい戦い方をするのかしら!」
蜘蛛子はまたもや、酸を口から吐き出しこちらに攻撃を仕掛けてきた。
今度は単純に空気の盾で防ぐと、人間の盾が酸まみれになりかねない。
しかたなく私は、より高度な氷の魔法を編むと、その吐き出された酸を凍らせた。
だが、その隙に、蜘蛛子は身体を小さく変形させ、人間の盾の背後にあった、下水道への入り口である下水口へと身体を潜り込ませた。
それは一瞬の出来事だった。
「……ちっ、逃がしたわね」
私は、魔物がいなくなった下水口を睨み付け、ふんっ、と息を吐くと緊張を解いた。
そして、固まったまま動けなくなっている男に声をかけた。
「ま、あなた、運が悪かったわね」
その男はまるで、化け物を見るかのように、ただただ、私を見つめていた。
なんとか更新が間に合いました。次回は1/20(土)更新の予定です。




