第四十四話 騎士団の生活
『……君に害意を向ける者はいないみたいだが、敵意や嫉妬、それに恐怖を発しているものが多いな。ふむ。私に心を読まれるとは、騎士団の諸君は、精神制御訓練が足りない』
「そんなことを言うものじゃないよ、スーナ」
『わかっている』
最近はすっかりとおとなしくなってしまった私の守護使い魔である銀狼のスーナが、私の耳もとで騎士団に対する辛口の評価をささやいてきた。
その銀色のつやつやした毛並みを撫でてやる。少し硬くて暖かい感触。なかなかに気持ちがいい。
「ほら、スーナ。私の服の中に入って」
『心得た』
スーナは、一つあくびをすると、私の服の中へともぞもぞと入っていった。
普段は周囲を警戒してもらうために、魔法の霧のような形態で周囲に拡散してもらっているが、今は、回りの騎士たちを驚かせないために、魔力の放出は抑えてもらっている。
今日のパーティーは、私を含めた異動者の歓迎と、戦地から帰って来た即応部隊の慰労を兼ねたものみたいなので、割と豪勢な食事がテーブルいっぱいに広がっている。
特に新任の私たちの紹介などもないらしく、みんな、知り合い同士がつるんで、思い思いに飲み食いしている。
私も負けじと、躊躇なく、テーブルの上に並んでいたこんがりと美味しそうに焼けたチキンにかぶりつく。香辛料とハーブが口の中いっぱいに広がり、なんとも美味である。
「少し、よろしいでしょうか、ルシフ少佐?」
チキンを口いっぱいに頬張って、舌鼓をうっているときに、一人の女性士官が私に声をかけてきた。
「あふぁふぁふぁ? ……こほん。失礼。えっと、あなたは?」
無理やりチキンを胃の中に押し込み、キリリと表情を整えて返事をした。
「自己紹介が遅れました。私は、エイシャ・ポルカ少尉です。ベルモンテ王立魔法大学校をこの春卒業したものです」
「まぁ、ベルモンテ卒業生ですか! 私と同じですね! よろしくお願いします」
私は、勢いこんで、エイシャと名乗った女性士官と握手をする。
青みがかった肩まである髪の毛が印象的な、こざっぱりした童顔の女性だ。
ただ、その眼光はするどく、ちょっととっつきにくい印象を受ける。
肩口と胸に縫い付けられている階級章などから、彼女は第四騎士大隊所属であることがわかる。
あと、なんとなく、どこかであったような。そんな既視感を覚える。
「えーと、今年卒業したってことは、二年前に三年生だから、……あれ、もしかして、同級生……?」
「はい。ルシフ少佐たちが雪崩に巻き込まれた冬季合宿のときに、同じ班でしたよ」
言われてみれば、そんな記憶もある。あれから、様々な経験を積みすぎて、同級生の記憶なんてすっかり、忘却の彼方に放り投げられてしまった。
「……た、たしかに、そ、そうだったわよね。あはは。お、お久しぶり」
内心の動揺が、もろに出てしまう。
「お久しぶりです。しかし、当時は驚きましたよ。ケイメル様に、ヒューリ様、それとルシフ少佐が三年時にみんな特例で卒業されてしまって、私たち残された学生たちは、張り合い、みたいなものが少々欠ける感じになってしまったんですよ」
そんなものかなー。
あの後の学校の様子や、先生方の話なんかで、少し話が盛り上がった。
そんな、話をしているときに、また、別の人間から声がかかった。
「おう、ルシフ、飲んでいるか。……って、そっちにいるのは、えーと、たしか……同級生、だったよな?」
「……はい、ヒューリ様。第四騎士大隊所属のエイシャと申します。 ……魔法大学校時代にご一緒させていただいたのですが……」
「あぁ、エイシャね。うん、覚えているよ。たしか、ケイメルに、告って……。痛っ!……いや、この話はやめておこう」
私が、ヒューリの脇腹をつねって、警告してやった。
こいつには、デリカシーという言葉の意味を叩き込まないといけないみたいだ。
「……」
エイシャは、少し悲しそうな顔をしている。
「え、えっと。ヒューリもちゃんと今日は食べているの?」
この何とも言えない空気を変えるために無理やり話をふった。
「ん。ああ、一応、俺も主賓みたいなものだしな。ここで、遠慮しても仕方がない」
「そ、そうよね。あははは」
「あのー、ヒューリ様。少しお話ししてもよろしいでしょうか?」
「おう。いいぜ」
エイシャに対して偉そうな態度をとるヒューリ。
「でしたら、戦場での武勇伝を、新米の私に、先達からの戦訓としてお聞かせ願えないでしょうか?」
「武勇伝ねー」
エイシャは戦場での武勇伝をヒューリにねだるが、ヒューリは少し顔をしかめる。
「武勇伝ならば、ルシフの話になるんだが……」
そういって、当社比三倍くらいには美化された、私の戦場での活躍が紹介された。
いつの間にか、私たちの周囲には様々な士官たちが集まり、ヒューリの話を熱心に聞いていた。
ヒューリの一講釈が終わると、どこからともなく拍手が巻き起こり、なぜか、私が握手責めにあった。
あと、誰かがどさくさに紛れてお尻を触ってきた。おい、じいさん、お前じゃないのか?
そんななかで、エイシャがひどく不満そうな顔をしていたのが印象に残った。
◆◇◆◇◆◇
「頭を上げない! 顔面に弩の矢を食らうわよ! ほらそこ、相手の魔法や矢が飛んできた方向に即座に打ちして! 頭で考えるんじゃなくて、身体に叩き込みなさい!」
教官であるルシフ少佐の声が教練場に響き渡る。
ルシフが着任して一ヶ月。
最初の頃は前任と同様に、駆け足訓練や、魔法の基礎的な使用、格闘訓練等、オーソドックスな教練だけだったのが、月日が経つにつれて、現実の戦場に似せて、より厳しい訓練になっていった。
すでに、その厳しさに耐えかね、同期の一割ほどが教導大隊から去り、元隊に復帰してしまっている。
彼ら騎士たちが這う塹壕の上を、本物の矢や、魔法の炎が容赦なく飛びかっている。
「前に進んでいる仲間の影に隠れて! そこ、頭が高い!」
教官から容赦のない檄が飛ぶ。
挨拶のときの物腰柔らかな印象から一転、一歩間違えれば、死ぬか大事故になるような訓練を、教導大隊の騎士たちが続けさせられている。
この訓練にしても、散々、先ほどまでの持久走と、それにアスレチック訓練をして、ヘトヘトになった後のものだ。
「いい。訓練というのは、考えないでも動けるように身体に刻み込むものなの。考えて動くんじゃなくて、反射で動けるように身体に刻み込みなさい!」
あぁ、あの教官は、かわいらしい外見とは裏腹に、中身は悪鬼だ。
騎士たちは、心の底から彼女を理解した。
◆◇◆◇◆◇
「ふー、なかなか、疲れるわね」
教官としては、一応、訓練には付き合わないといけないので、範を示すためにも、自分でまずは率先垂範しないといけない。
まぁ、体力や、戦闘力など、そもそも、自分にはないのだから、魔法で底上げをしているのは内緒だ。
でも、まぁ、教導大隊の諸君にも魔法によるブーストは許可しているので、彼らも、常時の魔法展開になれてもらわないと。戦場で生き残るために。
「お疲れ、ルシフ」
「あ、ヒューリ。お疲れ」
「喉乾いているだろ。ほらよ」
私が練兵場の柵のところで休んでいるときに、ヒューリが声をかけてきた。
ヒューリから投げ渡された水筒の水をありがたくいただく。
ボーッと空を見ていると、夕暮れ時の日差しが目に染みる。
もうすぐ、日がくれるな。
そんなことを思っていると、ヒューリが話しかけてきた。
「そういえば、今日の晩飯、食堂で取るんだろ。一緒にどうだ?」
「うん。いいよ」
そんなわけで、ヒューリと一緒に食堂に向かう。
さすがに大っぴらにはできないが、私たちは付き合っているので、一応、手を繋いでみた。
なんとなく、くすぐったい。
食堂は、小綺麗な士官用の食堂を使う。
食堂では、兵士用とは違い、いくつかメニューを選べるものの、そんなに種類が多いわけではない。
私は、今日は白身魚のバター焼きと、クリームスープの定食をチョイスする。
二人で静かに夕食を食べているときに、ふとヒューリが声をかけてきた。
「……そういえば、この前、ケイメルの話をしたよな?」
「うん。たしか、人が変わったって」
「それに関連して、最近、妙な噂があってな」
「え? なに?」
そこで、何事かヒューリは考え込んだ。
「……いや。なんでもない。やっぱり忘れてくれ」
そういって、手をヒラヒラと降りながらヒューリが立ち去ってしまった。
ねぇ、ちょっと気になるんだけど!
なんとも言えない気持ちで一人取り残された。
木曜は用事があるので、次回更新は1/19(金)に更新予定です(予定が早く終われば、木曜に更新します。)。




