第三十二話 ヘイゲナーでのまったりとした日々
「……失敗したか」
「申し訳ございません、閣下。途中、邪魔が入りました。ヘイゲナーの王女かと思われますが確認はとれておりません」
「忌々しいな。しかしもはや、奴はかの地に到着してしまった。これ以上の手出しは控えよ。さらなる摩擦はケイメル殿下にとってマイナスになりかねん」
「承知いたしました」
「しかし、奴め、どうやってヘイゲナーに取り入ったのか」
「未確認ではありますが、事前に、帝国の息がかかった高官に動きがあったとの報告があがっております」
「……ふむ。もしや、本当に帝国とあやつは繋がっておるのではないだろうな? 奴の周囲に帝国の息がかかっている者がいないか、早急に調査をせよ」
「はっ!」
「……あやつ、猫と侮っていたら、虎であったやもしれん……今後はより慎重に行動をせんとな」
◆◇◆◇◆◇
「ヘイゲナー国王陛下に拝謁を賜り、恐悦至極にございます」
「面を上げよ、リットリナからの客人よ。そなたのことは、ルシフ辺境伯とお呼びした方が良いかな?」
「いえ、陛下。私はすでに爵位を剥奪された身でありますので、ただのルシフで結構にございます」
「そうか。では、ルシフ殿。この度は我々の招きに応じていただき、感謝する。まずは、長旅で疲れたであろうから、城内にてゆっくりと寛がれるがよかろう。案内はカレンに任せる」
「お任せくださいお父様」
カレンが一歩前に出て、膝をつき頭を垂れた。
こいつは真面目に振る舞っていると、たしかに騎士のような威厳がある。……ようにも思える。
「ありがたきお言葉」
私も国王に挨拶を返した。
まぁ、さすがにすぐに私の今後を相談、ということはないか。
私としては、これからどうしようかなどと考えながら、頭を垂れた。
◆◇◆◇◆◇
……そう、挨拶を交わしたのが、二週間ほど前でした。
今は本当に客人として、なに不自由ない、寛いだ日々をおくらさせていただいております。ありがとうございます。
……って、あれ? 私ってばなんで遊んでばっかりなの?
不思議な感慨も浮かびますが、とりあえず、このうだるような暑さのせいで、思考がなかなかまとまりません。
今日は城の中に作られている水場で、冷たい水に足をつけながら、暑さを凌いでおります。
南の国だからか、暑い日は本当に暑い。
いっそ、水の中にでも飛び込みたい心境だ。
「ルシフ。ねぇ、今から一緒に外出しない?」
案内役として配されているカレン王女から声がかかった。
カレンは、案内役だから、とか、よくわからない理屈で、なぜか同室に泊まっている。
というよりも、なぜか私を自分の部屋に泊めている。
昨日など湯編みをしているときに風呂場の中に突撃してきた。本当に貞操の危機を感じる。
……ダメだ、何とかしないと。
そんな考えが頭をよぎるが、一応、彼女がホストであることを踏まえ、顔に張り付いたような笑みを作る。
「あ、はい」
私に断るという選択肢は存在しないのである。
……カレンに連れられて、どこぞの町外れの酒場へとやってきた。
辺鄙なところにある古い木造の酒場で、店内は薄暗い。
なるほど、たしかに密談にはぴったりな感じだ。
店内にはカウンターが設えられており、丸テーブルが複数ある。
各テーブルで飲んだくれているのは、割とゴツい体格の男どもだ。どうみても堅気には見えない。
はっきり言って、王族の娘が昼間から来るような場所ではない。
「えっと、カレン様。ここは……?」
さすがの私も、笑みを顔中に張り付けておくのも限界だ。
だいぶひきつっている。
「ふふふ。ここは、傭兵たちの溜まり場で、監視も緩いわよ。ここならば、秘密の会話もできるわよ」
なにやら真面目な顔をしてこちらの方に向き直った。
「……なるほど」
そうか。合点がいった。
城内でできないような密談。すなわち、私に対する支援の具体策が決まったに違いない。
「たしかにここならば秘密の会合にうってつけですね」
私は、含蓄があるように大きく頷く。
「わたしね。気づいたのよ。……ルシフがなかなかわたしに心を許してくれないのは、やっぱり王城という窮屈な場所だからじゃないかって」
「うんうん、なるほど。……って、え?」
ん?
なんとなく、私の考えていることと違うことをカレンが言っている気がするが、気のせいだろうか。
「そこでね、わたし、この場所を用意したんだ」
カレンが私の手を引きながら、先頭に立って、酒場の奥から階段にて二階へと上がっていく。
二階では廊下の両脇に複数の扉がある。
「あ、あのー、カレン様?」
そのうちの一つにカレンが私を招き入れた。
恐る恐る中に入ると、そこには、割と大きく綺麗に整えられたベッドが真ん中に、デンと、一つ置いてあり、部屋に一緒に入ってきたカレンがそのベッドに向けてダイブした。
「ここなら、開放的になっても、もう大丈夫だよ!」
そういって、カレンがこちらに向き直り、ベッドをポンポンと叩いた。
……え? 私もそこで寝るんですか?
どうやら疑問が顔に出てしまったらしく、あぁ、そうね、と、カレンが相槌をうった。
そして、なぜか、服をおもむろに脱ごうとした。
「ちょっ! ちがっ! ストーップ、ストーップ! ダメです、カレンさん落ち着いて下さい!」
えー……、なんていうかわいらしい声をあげるがダメです。
とりあえず、カレンを説得したもののなかなか埒があかなかったので、妥協して、横になって一緒に添い寝することにした。
緊張のためか、たしかに疲れていたらしく、私はすぐに深い眠りについてしまった。
結局、密談じゃなかったじゃないか……。
◆◇◆◇◆◇
「……お父様。いったいいつまでルシフをこのままにしておくのですか? 彼女、だいぶ疲れているみたいですよ?」
「わしとしても困っておるのよ」
「困る?」
「そうだ。帝国の顔を立てることと、リットリナのキャンベル公の顔を立てる両方を叶える策がないものか、とな。はっきり言えば、厄介事だからな。あやつの処遇は。本音を言えば、わしらにとっても、あやつにとっても最上の策は、帝国に亡命することであるのに、それをせん。困ったことにな」
「お父様としては、ルシフに帝国に行ってもらいたいのですか?」
「半分はな。もう半分は我が国にて食客としてずっといること。あれだけ、揉めては、もはやリットリナではやりづらかろう」
「……そうでしょうか」
「そうじゃよ」
二人が王城の執務室で、度数の高い蒸留酒を飲みながら話をしているときに、急な伝令が飛び込んできた。
「ほ、報告します!」
「……何事ですか、そんなにあわてて」
カレンが伝令に問いたててる。
「も、申し上げます! リットリナ北方に、多数の魔物が出現! ラディカ市の聖堂騎士隊と、傭兵部隊の混成部隊千名弱が応戦している模様ですが、苦戦中とのことです。帝国と、リットリナ王国の国境線に近いためか、お互いともに、騎士団の派遣には難色を示している模様!」
「なんということだ。このような時期に」
国王は苦虫を噛み潰したような渋面を作った。
「いかがなさいます、お父様?」
「このこと、ルシフには知らせるなよ。色々とややこしくなるからな」
「……はーい」
ちょっとつまらなさそうな顔をしながら、カレンは頷いた。
次回は12/23(土)更新の予定です。




