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Red Dot   作者: Chris K. Tomato
東京圏
9/11

霞ヶ浦遠征編 Part2

 2056年6月16日(金)

 茨城県潮来市


「第二空挺団所属の田中長兵衛(たなかちょうべえ)です。こいつらは鈴木紗良(すずきさら)二曹、吉川勝(よしかわまさる)士長、柳原辰也(やなぎはらたつや)二士です」


「立川防人民間警備会社の土田優輝と相棒の笠原英寿です。こっちは同僚の伊藤輝紀君と奥村光里ちゃんです。どうぞ、よろしくお願いします」


  陸自の田中と優輝が挨拶し、握手した。


「それではそちらのスナイパーと装備を教えてください」


「はい。俺はMSRを、英寿はTac-50を使います。残りは警護ですが、火力支援に伊藤君がSR-25を使います」


「わかりました。では、すでにいくつか狙撃ポイントを確保してあるので、ついてきてください」


(田中さんって口数が少ない人なのかな? 結構素っ気ないけど、なんか雰囲気が怖い。これが歴戦兵士の顔つきか)


  田中と優輝のやりとりを見ていた輝紀はそう思い、後に続いた。


  しばらく歩くと、人気の無い町から民家が疎らな田畑に景色が変わり、一際目立つ大きい建物が見えてきた。

  だいぶ近づいてから、その建物が廃工場だとわかった。


  元が白だったであろうか、壁の塗装は所々剥がれ落ち、赤茶色っぽくなっていた。貨物の搬入出用のシャッターは赤錆になっていて、数少ない窓ガラスのほとんどがひび割れていた。


「この中にいたレビスは全て片付けました。我々の仕掛けたトラップが張り巡らされてるので、歩いたルート以外には踏み込まないでください」


  田中がそれだけ言うと、さっさと中に入って行った。


  静寂な廃工場内に、輝紀たちの錆びれた階段を登る音が不気味に鳴り響いた。

  階段を登り終えるとドアノブが吹き飛んだ扉が待ち構えていた。


  先頭の田中が何度か押してみたが、結局蹴破った。

  鈍い金属音がして、光が射し込んだ。


  輝紀は少し眩しくて目を細めたが、数秒で目が慣れた。

  赤い空に立ち込める黒い雲。


  田中が少しだけ空を眺めたと思ったら、鈴木に話しかけた。


  輝紀は何を話しているか聞こえなかったが、しばらく様子を見ていた。

  すると、鈴木が輝紀たちに近づいて、言った。


「もうすぐ土砂降りの雨が来るから、武器弾薬と荷物が濡れないようにしてね」


  鈴木がそれだけ言うと、田中たちの元へ戻った。


「ツッチーさん、もしかしてここの狙撃ポイントって屋上?」


「みたいだね。相手がレビスだからカウンタースナイパーを考慮しなくていいし、何よりもここら一帯を見渡せるから、これ以上ないポイントだよ。さっ、俺たちも雨対策するよ。監視に必要ないものは建物の中に入れて」


  優輝がそう言うと、早速雨が降り出した。












 2056年6月17日(土)


  土砂降りの雨。

  雨音が不気味に鳴り響く。


  灯りが点いてなく、月明かりもない真っ暗闇の中、監視の交代で起きた輝紀は壁を頼りに屋上へと向かった。


  屋上の扉は先ほど田中が蹴破ったのでなくなっていて、屋上に降った水が建物内に流れていた。

  床は隙間のある鉄板なので、輝紀たちが寝ていたところまで水が流れこんでいなかった。


  手すりに干してあったカッパを着た輝紀は屋上の一角で寝転んでいる二人の元へ歩み寄った。


「ツッチーさん、交代の時間だ」


「お〜輝紀君。意外と体温奪われるから気をつけろよ。あと、田中さんに迷惑かけないようにね。それじゃ、頑張ってね」


  優輝がそう言って、建物の中へ消えていった。


  輝紀は水溜りで寝転ぶのに抵抗を覚えたが、覚悟を決めて足から順に田中の横で伏せた。


  横を盗み見ると、田中はずっとスコープを覗きっぱなしだった。

  話しかけない方がいいと思っていた輝紀。


「監視の仕方は誰かから教わったか?」


  唐突に田中から話しかけられ、輝紀は驚いたがすぐに答えた。


「いいえ、ありません」


「なら基本を教える。先ず、視界の上からZ字に沿って下までざっくりと見る。だいたい30秒ぐらいでいい。次に、視界の上、中間、下の順にじっくり観察する。上は木の上や屋根の上。下は地面。中間は残りだ。これらを交互に繰り返しす。監視の仕方はそれだけだ。監視中に、どんな些細なことでも異変を感じたらすぐ言ってくれ」


「質問いいですか?」


  輝紀はそう言ったが、田中が特に反応を示さなかったので、話を続けるか迷ったが、結局続けた。


「最初のざっくりと見る意味ってなんですか?」


「先入観をなくすためだ。最初の観察で感覚的な違和感を探し、次の観察で異常を見つけるんだ」


「いまいちわかんないです」


  怒られると思いつつも、輝紀は恐る恐る正直に言った。


「始めっからじっくり観察すると、自己暗示で異常を異常でないと錯覚することが多い。だから、定期的に広い視野を取り入れるんだ」


  淡々と答える田中を見て、輝紀は狐につままれたような顔をした。


「まだ説明してほしいのか?」


「あっ。いえ、ちょっと考えてただけです。ご教授ありがとうございます」


  輝紀はそう言って、双眼鏡を覗きながら田中の言った通りに周囲を観察し始めた。







  約2時間が経つと、いつの間にか雨が止んでいた空は徐々に明るくなっていた。


  どんな精強な兵士でも、夜明けの時間帯は一番気が緩む時だ。

  輝紀はそのことを知っていたので気を緩めまいと頑張ったが、撃沈寸前だった。


「あと1時間で交代だ。持ち堪えろ」


「ふ、ふぁい。かんぱりまひぅ」


  田中は、ほぼほぼ撃沈している輝紀をほっといて、監視を続けた。


  そして1時間後、監視の交代に鈴木と柳原が来た。


「あらら、その子も耐えれなかったのね」


  鈴木はそう言って輝紀から双眼鏡を取り上げ、柳原に渡した。


「夜が明けた後でもしばらくは起きていた。どこぞの新兵と違ってよく耐えたもんだ」


  そう言った田中は、寝ている輝紀を担いで建物の中へ入っていった。


「ほんと誰かさんと違って偉いよね、新入り君?」


  鈴木は笑顔で柳原に向かって言った。


「過去を蒸し返すのやめてくださいよ、二曹。あれから足を洗ったんですから」


「過去って言ってもたった3週間前のことじゃない」


  鈴木に痛いところを突かれた柳原は何も言い返せなくなり、誤魔化すように周囲の監視に入った。


  鈴木は面白おかしく思いながら、田中から引き継いだスナイパーライフルを構えた。






「本当にすみませんでした!」


  輝紀は何度も頭を下げて謝った。


「謝るほどじゃないよ、伊藤君。普通、監視を初めてやる人が夜明け前を担当することはないし、やったとしてもほとんどの人は夜明けまで保たないのよ。実際うちの新入り君はこの前、夜が明ける前にお陀仏になったから、伊藤君はよくやったほうだよ」


  鈴木は、柳原の方をチラチラ見ながら輝紀を慰めた。


  柳原は無心な顔のまま食べるスピードをあげた。


「でも、初めてだからって監視中に寝て良いわけじゃないですし、何よりも与えられた任務を果たせなかった自分を許せないです」


  俯いたままそう言う輝紀に田中が言った。


「なら、罰としてSR-25を持って俺と一緒に来い。別の狙撃ポイントへ移動する」


  輝紀は驚いて返事するのを忘れていた。


「返事は?」


「あ、はい!」


  田中に返事を促された輝紀はそう答え、急いで装備の準備に取りかかった。


「輝紀はん、どこ行くん?」


  光里がそう聞くと、田中が代わりに答えた。


「すぐそこの丘だ。屋上からでも見える。君も装備を整えろ。30分後にここを出る」


  田中の迫力に圧倒された光里も輝紀に続いた。


  鈴木は急いで食べる柳原を肘で突っついた。


「伊藤君に見習ったほうがいいわね、新入り君」


「も〜勘弁してくださいよ、そのイジり」


  柳原は弱音を吐くように言った。


(今日の空は曇ってるけど、雨は降らなさそうね。昨日の雨で、水位がちょうどいい感じに上がってくれたら、資材の運搬がスムーズに終わるのよね)


  柳原の懇願を無視した鈴木はそう思った。








  顔の周りに飛び回る小虫。

  顔や、双眼鏡を持つ手に引っ付く小虫。

  至る所から湧いて出る小虫。


(あ〜も〜! 俺の周りに来んな!)


  苛立った輝紀は片手で小虫を追い払ったが、すぐに小虫に囲まれた。


「監視に集中しろ。集中すれば小虫なんて気にならなくなる」


  田中がアドバイスするように言った。


  泥の上で伏せている輝紀は田中の方を見た。


  スコープを覗きっぱなしの顔には小虫が何匹かとまっていた。

  目線をずらしても、肘抑えに使っている左腕にアリが。

  そして、トリガーを引く右腕にはバッタが。


  輝紀は衝撃を受けていた。


(顔に虫が登っても一切動じないのは映画の世界だと持ってたけど、本物のスナイパーもやってるんだな)


「どうした? トイレか?」


  田中はスコープから目を離さずに聞いた。


「あ、いえ。なんでもないです」


  輝紀は取り繕うように答えた。


  しばらくすると、周囲の警戒をしていた光里が戻って来た。


「輝紀はん、輸送の船が来よった!すごい数やね!」


(全く船が来ている音してないんだけど。やっぱり光里の嗅覚はすげぇや)


  輝紀はそう思いながら、這って後ろにある溝へ入った。興奮する光里を落ち着かせて言った。


「教えてくれて、ありがとう。船が来たってことは、船のエンジン音を聞いたレビスがもうすぐ来るってことだ。光里、レビスの臭いはするか?」


  ちょうど内陸から利根川へと向かう向かい風が吹いていたので、光里はいつもよりも遠くの臭いを捕まえた。


「北北東からレビスの臭いするけど、こっちに来なさそう」


  田中も話が聞こえてたらしく、突然光里に聞いた。


「距離はわかるか? それと群れの大きさも」


「え? あ、う〜んっと、この感じだと距離は1km〜2kmぐらいかな。遠すぎて、群れの大きさはわかんない」


「ありがとう。それだけわかれば十分だ」


  田中がそれだけ言うと、輝紀と光里は互いに顔を見合わせた。


(もしかして、スコープを覗きっぱなしで話を聞いてたのか?)


  輝紀はそう思い、急いで監視に戻った。


  輝紀の思ってた通り、田中はずっとスナイパーライフルに取り付いていたままだったようだ。


「あの…そんなに長く覗きっぱなしで疲れないんですか?」


  恐る恐る聞く輝紀。


「監視は慣れれば、何日でも続けられる」


  田中は気にする素振りもなく答えた。


(直接の答えになってないんだが)


  輝紀はそう思ったが、疲れないと解釈した。


  そして、なにも変化が起きずに約30分が過ぎていった。


  後方から聞こえてくる船の独特な音。


(やっと最初の船団が来たか)


  輝紀たちがいる地点から利根川までの距離は数百mしかないが、輝紀が首だけ振り返っても船の姿は見えなかった。


(やっぱここからじゃ見えないか。堤防があるから仕方ねぇよな)


  輝紀は見るのを諦めて監視に戻った。

  すると、田中が言った。


「レビスが来るぞ。自分の銃を構えろ」


(え? 光里からレビスの近づく臭いがするって連絡がきてないけど)


「早くしろ」


  ぼーっとしていた輝紀は田中に催促されて、慌ててSR-25を構えた。


「輝紀兄ちゃん、真東からこっちに来るレビスの臭いがする! そこそこ数がいる!」


  息を切らした光里がそう言うと同時に2時方向、ちょうど輝紀の真東から光里の言った通りにレビスの群れが林から出現した。


(光里よりも早く察知したのか?! 一体どうやって?)


  輝紀は疑問に思いながらも、先頭のレビスに照準を合わせた。

  距離は約600mといったところだ。


  高ぶる鼓動。

  汗で濡れる手のひら。


(力を抜いて、呼吸を整えろ。撃つ時は、トリガーを絞ってから自然に引くんだ)


  輝紀が心の中で自分に言い聞かせながらトリガーを絞った。


  突如、狙っていたレビスの頭が木っ端微塵になった。

  輝紀は頭を上げた。


(まだ、トリガー引いてねぇぞ。あっ、横取りされたのか!)


  田中に獲物を横取りされた輝紀は田中の方を見た。


  排莢(はいきょう)、装填、発砲。

  流れるような動作で、瞬く間に弾倉が空にする田中。しかも、スコープを覗いたまま。


  輝紀は驚愕した眼差しで田中を見つめていた。


(本当に、狙って撃ってるのか? 闇雲に撃ってるとしか見えねぇ…)


「的なんて腐るほどいるんだ。さっさと次を狙え」


  田中がそう言って弾倉を込め、銃を構えた。

  再び無駄のない動作で、次々とレビスを撃ち抜いた。


  頭を失い、地面に突っ込むように倒れるレビス。


(す、すげぇ……俺がSR-25を使っても、田中さんの方が倒すスピードがずっと速ぇ……)


  輝紀のSR-25は、セミオート式のスナイパーライフルで20〜25発入りの弾倉を使用する。次弾装填は自動で行われるため、近中距離や敵が複数の時はかなり有効。

  一方、田中が使っているMSRは、ボルトアクション式で5〜8発入りの弾倉を使用する。セミオート式やオート式と違って、長距離の精度が非常に高いが、次弾装填は手動で行わないといけないので、近中距離で複数の敵を倒すのには向かない。


  そんなハンディーギャップをものともしない田中。


  輝紀は田中の凄まじい射撃に圧倒されながらも、銃を構え直した。


  手前の方から次々と倒れていくレビス。


  輝紀は無意識のうちに最後尾から狙いをつけた。


  頭を上下させながら走るレビス。

  輝紀はが銃弾を放つも、銃弾は僅かに横にそれ、レビスの背中をかすめた。


  縮み上がる心臓。

  言語のない思考。


  再び銃弾を放ったが、今度はレビスの上を通り過ぎた。


  やけくそになって、トリガーを引き続けた。

  放った銃弾の1発が偶然にレビスの頭を破裂させた。


  いつの間にか、肩で息をしていた輝紀。

  輝紀はレビスが倒れるまで何発撃ったかわからなかった。


「連射すると精度が下がる。それを防ぐのに単発撃ちモードと連射モードの切り替えができるようになってるんだが、確認してなかったのか?」


  残りの全てを倒した田中に話しかけられて、やっと輝紀は我に返った。


  震える右手。

  体の内側から聞こえる鼓動。


(すぐ目の前までレビスが来たわけじゃないのに、こんなにも苦しいのはなぜなんだ?)


「その顔を見る限り、してなかったようだな。今度からは気をつけるように。それと、弾が外れた時は胸を押さえて深呼吸するといい」


  田中はそう言って、周りに散らばった空薬莢や弾倉を拾い始めた。


(練習で何度もレビスを倒したけど、本番になるとこんなにも違うんだな。それにしても田中さんの狙撃、いや射撃って言った方があってるな。まぁ〜どっちでもいいや。とにかくすげぇとしか言えねぇ)


  そう思いながら輝紀も自分でばら撒いた空薬莢を拾い集めた。


「輝紀は〜ん! 真横からレビスの群れが来るで〜! まだかなり距離あるけど」


  光里がそう言いながら木の上から落ちてきた。


  振動で木の枝を揺らす着地。

  両足で着地した光里は足をさすりながら輝紀に甘えた。


「いったぁ〜い! 足折れたかもしぃひん。輝紀はん、おんぶして〜!」


  輝紀は何も反応しないでその場から離れようとしたが、一瞬で光里に捕獲された。


「どこ行くん? 痛がる淑女を放っておくとは、恥ずかしく思ぉ〜ひんの?」


「高い木の上から落ちてくる淑女は存在しねぇ! それに、足折れてたら一瞬で俺を捕まえれねぇだろが!」


「あちしがいるやないか。輝紀はんの目は節穴かいな? それよりも、おんぶしてくれないならシャー芯全部折るで?」


「わ〜かったから、地味なイタズラやめてくれ」


  ジャンプしながら喜ぶ光里を横目に、輝紀が拾い集めた空薬莢を袋に入れてると、田中が口を開いた。


「いちゃいちゃも済んだか? 廃工場のポイントに戻るぞ」


  そう言って歩き出した田中を輝紀は急いで装備品を持って後を追った。


「田中さん、いちゃいちゃする関係じゃないですよ。ところで、この拾った空薬莢ってどうするんですか?」


「空薬莢は囮やトラップに使う。弾倉は弾を補充して再利用する」


  田中は歩きながら答えた。

  納得した輝紀はしばらく歩いてから再び質問をした。


「あ、あのっ。もし良ければ、狙撃の仕方を教授していただけませんか?」


「狙撃なら土田さんに教われば十分だろ」


「霞ヶ浦遠征前までツッチーさんから狙撃の基本だけ教わりました。うまく言葉に表せれないんですが、田中さんの狙撃はツッチーさんのとはどこか違う感じがするんです」


  田中が急に振り返ると、輝紀と光里も足を止めた。


「どう違う?」


「え〜っと、その…」


  輝紀が答えあぐねていると光里が代わりに言った。


「ツッチーさんのは狙って撃つけど、たなべえさんのは撃てば勝手に当たるって言いたかったんやないの、輝紀はん?」


  輝紀は驚きの眼差しで光里を見た。


「そう、それ! ツッチーさんは百発百中を主眼に撃ってる感じですけど、田中さんはなんだか当たる前提で撃ってる感じがします。 てか光里、変なあだ名付けんな。田中さんに失礼だろ」


「あだ名のことは別に構わない。それより、本題に入ろう。多分、君の言う違いはあながち間違ってはいない。けど、基礎はどのスナイパーでも同じだ。ただ、戦ってきた状況が違うだけだ。土田さんは君らと同じ傭兵まがいの道を辿ってきたのだろう。俺の知る限り、傭兵まがいなら土田さんの狙撃はどちらかと言えばポリス・スナイパーの部類に入るな」


  食い入るように聞いていた輝紀は再び質問した。


「そのポリス・スナイパーと田中さんのスナイパーとはどんな違いがあるんですか?」


「歩きながら話そう。先ずポリス・スナイパーも俺たちミリタリー・スナイパーも主な役割は一緒だってことを頭に入れとけ。その役割はターゲットとその周囲の状況を監視し情報収集することだ。狙撃はあくまでも戦闘スキルの一つであって、メインじゃない」


  田中が話している途中、光里が顔でおんぶしてと訴えたので輝紀は黙って光里を背負った。


「たった今、ポリス・スナイパーもミリタリー・スナイパーも主な役割は一緒だって言ったが、取り巻く状況が違ってくれば求められるスキルも内容も当然違ってくる。ポリス・スナイパーは撃ち返されるといった身の危険がずっと少ないし、身を隠せられるなら狙撃ポイントは選び放題だ。ついでに言えば、一度に扱う標的の数が少ない」


  田中がそこで一呼吸入れて話を続けた。


「一方、ミリタリー・スナイパーは数を相手にするのがほとんどだ。その上、敵にスナイパーがいることもあるし、ミサイルやらなんやらで反撃を喰らうこともある。したがって、狙撃ポイントもかなり限られるし、距離がかなり()くこともある。これらのことから求められるスキルの違いがわかるか?」


  田中はあまり口数が多くない、というイメージがあった輝紀は意外に思いながら聞き入っていた。


  自分のイメージも織り込みながら田中の問いに答えた。


「ポリス・スナイパーは精密な狙撃と局地的な箇所を集中して観察する能力が求められるのに対して、ミリタリー・スナイパーは複数の敵とやり合えるだけの射撃スキルと、周囲にも警戒を怠らない集中力が求められてる、で合ってますか?」


「だいたい合っている。まだ知っておいて欲しいことが沢山あるが、質問に関係ないからまた今度な」


  田中そう言うと、いつの間にか廃工場に着いていた。


  光里を下ろした時、生温かい風が吹いた。

  急に険しくなる光里の表情。

  光里が緊迫した声で輝紀に異変を伝えた。


「輝紀兄ちゃん、レビスの群れが近づいてる! さっきと違う!」


  輝紀と田中は光里の言葉を受けて、急いで屋上に向かった。

 





「沙良! レビスの方角、距離、数は?」


  屋上まで走って登ったのにほとんど息を切らしていない田中が自分のスポッターに聞いた。


「おかえり、長兵衛さん。ちょうど北東から数十匹規模の群れが何個も続いているわよ。先頭はだいたい800mといったとこかしら」


  鈴木がそう言って田中に双眼鏡を渡した。


「東南東からもレビスが来ているな。吉川、新入り、北東のレビスが射程範囲内来たらライフルぶっ放せ。沙良、俺のスポッターやってくれ。土田さんたちも北東の方をお願いします」


  周囲をぐるりと見渡した田中が指示出し、MSRと弾薬箱を抱えて東南東のレビスを正面に構えられる隣の角に向かった。


「光里ちゃん、階段と外壁を警戒して欲しい。ここに登ってくるレビスがいたら倒してくれ。輝紀君、屋上に着いた早々ですまないが、そのSR-25で北東のレビスを撃ってくれ」


  優輝が息を切らす輝紀にそう言って、すでに射撃を始めていた英寿の元へ行った。


(も、もう始まったのかよ!少しぐらい休ませろよ、レビス)


  輝紀は怒りながら、屋上に置いていったリュックからSR-25の予備弾倉を半分ほど取り出し、優輝たちのいる角へ向かった。


  すでにレビスの大群れが利根川に向かって突進していたので、全員サプレッサーを外していた。


  英寿が放つ大口径の銃弾。

  優輝が放つ7.62mmの銃弾。

  二人ともボルトアクション式のスナイパーライフルだった。


  排莢、装填、照準、発砲。


  田中と比べればずっと遅いが、無駄のない動作に輝紀は目を奪われた。


  英寿の間隔が長い動作音に、優輝の短い間隔の動作音が合奏を奏でるかのように噛み合った。


  輝紀も負けじと銃弾を放ち始めた。

  まだ頭に銃弾が当たらないが、首元や足に叩き込んで足止めを食らわせていた。


  すぐに何十匹ものレビスをあの世に送っても、小虫のように湧き出るレビスの群れの勢いに押され、次第に距離が縮まった。


  距離が約500mまで迫ると、吉川も柳原も乾いた銃声を鳴らし始めた。


「輝紀さん、手前のレビスから狙ってください! ただ当てるだけで良いです!」


  普段ほとんど口を開かない英寿が大声で言った。

  輝紀は驚きながらも手前から順に銃弾を撒き散らした。


  進む速度が一気に落ちる前列のレビス。

  玉突き事故を起こす後続のレビス。

  突進から前進へと遅くなった群れ。


(なるほど、俺が無理に倒さなくても前列を遅くさせりゃ良いのか)


  スコープを覗いたままの輝紀がそう思った瞬間、目を疑った。


  一定間隔で鳴る重たい銃声。

  重たい銃声の数よりも多く倒れるレビス。


  驚くことに、英寿が次々と放つ大口径の銃弾は同時に2匹、時には3匹のレビスを貫いていったのだ。


  さすがの相棒優輝でも驚きを隠せなかった。


  英寿がスーパーショットを連発させたおかげで、残り300mのところでなんとかレビスの大群を食い止めていた。


  しかし、絶望は突如訪れた。


「もう弾倉(マガジン)がない!」


  最初に英寿が悲鳴をあげた。


  大口径のTac-50は銃自体も重く、携帯できる弾薬も限られていた。


  続いて、優輝もMSRの弾を撃ち尽くした。


  再び流れ込むような勢いで迫るレビスの大群。


  輝紀は半分残してあったSR-25の予備弾倉を持って、優輝に本体ごと渡した。

  だが、焼け石に水の状態だった。


  倒れゆくレビスを踏み超えるレビス。

  迫り来るレビスの大群と共に、押し寄せる絶望感。


  輝紀が気づくと、手には優輝から借りたハンドガンを握っていた。


(まだ絶望するには早い。きっとすぐに援軍が来る! それまで光里と一緒に本領の近接戦で耐え抜いてみせろ、俺!)


  輝紀は外壁を光里に任せ、屋上に続く階段で待ち構えた。


  建物の中でも聞こえる奇声と地響き。

  突如、建物内に鳴り響く爆発音。


  田中たちの仕掛けたトラップにレビスが引っかかったのだ。

  次から次へと続く爆発音。


  輝紀は身を乗り出すように下に広がる工場の空間を見た。


  火が着いたまま丸焦げになったレビス。

  体の半分が吹き飛んだレビス。

  巨大な機械の下敷きになったレビス。


  至る所に転がっているレビスが見えた。

  すると、1匹のレビスが階段を登ってくるのが見えた。


(クソッ、たまたまトラップに引っかかんなかったのかよ。てか、馬と鳥とヘビのミックスならせめてペガサスにヘビがくっついた感じになれよ)


  顔を引っ込ませた輝紀が毒づいていると、さっき下で見たレビスが再び現れた。


  鳥の胴体に馬足が6本が生え、頭と上顎がヘビになっているレビス。

  外に出ている何本もの牙の隙間からちょろちょろと出る細長い舌。


  しばらく、お互いに睨み合いを続けていた。


「輝紀君、後ろに逃げろ!」


  そう聞こえたと同時に小さな黒い物体がレビスの後ろに飛んでいった。


(手榴弾!)


  輝紀が反射的に屋上に向かって全力で走って飛び込むように伏せた。


  爆発音が鳴り響くと共に輝紀を襲う熱風と衝撃。

  耳鳴り以外聞こえない世界。

  輝紀の目に映るもの全てがボヤけていた。


「・・・・・・!」


「おぉいぃ!だぁいぃじぃょぉぶぅかぁ?」


  耳鳴りが少しずつ治まると優輝の声も聞こえてきた。


「大丈夫か、輝紀君!」


「あぁ、大丈夫だ。ただ、耳鳴りがひでぇ」


  耳鳴りがしたまま輝紀は優輝に手伝ってもらって起き上がった。


  輝紀の目の前には黒焦げた床の鉄板と壁。

  さっきまで対峙していたレビスは鉄板の一部ごと消えていた。


「ツッチーさん、どうやってここから降りるの?」


  優輝はなくなった鉄板の床を眺めながら答えた。


「ん〜、気合い?」


  輝紀がため息をつこうとした時、大きな爆発音と共に熱風が輝紀たちを襲った。


  何かが崩れる金属音。


(今度はなに?! さっきまでのトラップとは段違いに威力が大きいぞ!)


  今の爆発で治りかけていた耳鳴りが再び鳴った。


「輝紀君、大丈夫かい? ちょうど今援軍が来たみたいだぞ」


  手榴弾で壁に開いた小さな穴を覗く優輝がそう言って輝紀を手招きした。


  スナイパーライフルの弾切れで絶望感を味わっていた輝紀は穴を覗くと、安心を覚えた。


  泥を撒き散らすキャタピラ。

  まるで車体とは別の意識が宿ったかのように旋回する砲塔。


(10式戦車だ! 助かった!)


  10式戦車に続いて、数両のゴツい装甲車が姿を見せた。


  泥を投げ飛ばすように停車する10式戦車。

  同時に装甲車も停車すると、車体後方から吐き出されるようにぞろぞろと現れる歩兵。


「さっ、輝紀君。屋上に上がろう」


  優輝がそう言って、輝紀の腕を掴んで屋上に向かった。







  何十個も迫り来るレビスの群れ。

  レビスをひき潰す戦車。

  車両や歩兵に襲いかかるレビス。

  備え付きの機関銃から銃弾の雨を降らすを装甲車。


  輝紀は屋上から見える光景に釘付けにされた。


「おい、歩兵携行式ミサイル(ジャベリン)を持ってるやつはいるか? 俺のところに来い、撃ちやすいぞ。あぁ、そうだ。今お前が見えている廃工場の屋上にいる。部下に道案内させるから工場の外で待ってろ。あっ、それと7.62mmと12.7mmの弾も持って来てくれ。あぁ、弾切れなんだ。ありったけ寄越せ」


  輝紀は無線を片手に、吉川に指示を出す田中に気づいた。


「田中さん! 中に侵入したレビスとの戦闘で屋上に通じる階段が壊れました」


「ほんとか、伊藤君? どの辺りが潰れたんだ?」


  輝紀の予想に反して、田中は表情を変えなかった。


「1つ目の階段を降りたところに伸びる鉄板の床です。光里や英寿なら飛び越えて渡れると思いますが、普通の人には無理だと思います」


「ここからそこまでの間は大丈夫なんだな?」


「え? あっ、はい。無傷のままです」


  反応が遅れて答えた輝紀は、どうする気なんだろうと思いながら田中を眺めた。


「おい、ちょっと面倒なことが起きた。お前らを出迎えれなくなった。階段が潰れたんだ。黙れ、今から建物内のルート教えるから聞いとけ」


  無線に取り付いている田中がルートを教えていると、吉川が戻ってきた。


「田中一曹、途中で道が潰れてます」


「あぁ知ってる。ロープを持っていけ。それと新兵も連れてけ」


  輝紀は二人のやりとりを見ていると、どこからかヘリの音が聞こえてきた。


「アパッチか。ってことは、ここは一番レビスが来ている場所の1つなんだな」


  空を見上げて呟く田中と同じ方を見た。


  AH-64が低空に降下して、1つの群れに向かって何条もの白い筋を伸ばした。

  そのまま上空を通過すると、その群れに動いているレビスはいなかった。


(すげぇ……一瞬で消えた……)


  降下、掃射、上昇を繰り返す戦闘ヘリ。

  無数に飛び交う銃弾。

  次々と炸裂するミサイルや砲弾。

  吹き飛ばされたり、木っ端微塵になるレビス。

  レビスの死体を踏みこえる戦車や歩兵。


  レビスの大群は援軍によって一方的に殺戮されていった。

 







  最後の群れも殲滅し終えると、一帯は急に静まり返った。


  赤黒く染まった大地。

  白い空に立ち昇る黒煙。

  レビスの死体や小さなクレーターが辺り一面を埋め尽くしていた。


  装甲車の中に運ばれる死亡者や負傷者。

  潰れて砲身があらぬ方向に向く戦車。

  半分地面に埋まったボロボロの装甲車。


  それらは輝紀の見える光景そのものだった。


「なんだ、戦場は初めてなのか?」


  輝紀は、後ろから声をかけられ振り向いた。


「田中さん。レビスとの戦闘は何度も体験しましたが、こうやって落ち着いて戦場の全体を見ることがなかったので、どうしたらいいのかわかんない状態なんです」


  田中は、そうかとだけ言ってその場を離れた。


(無数のクレーターに、焦げた地面。屋上にも漂ってくる焦げた臭いや鉄の臭い。13年前守谷で見た光景と似ている)


  物思いにふけって眼下を眺めている輝紀に光里が近寄った。


「輝紀兄ちゃん、大丈夫?」


「光里か。大丈夫だ。心配かけてごめんね」


  輝紀がそう言って光里の頭を撫でた。


(そう言えば、東南東から来ていたレビスはどうしたんだ?)


  疑問に駆られた輝紀は急いで田中を追いかけた。

  輝紀に頭を撫でられてご満悦になってた光里は、急に動き出した輝紀に付いて行った。


  建物の中に入って行った輝紀は、鉄板の床が途絶えているところでロープを巻いている田中を見つけた。


「田中さん、手伝います」


  田中が遠慮する前に輝紀はロープに取り付いた。


  光里も手伝おうとしたが、子供が手伝うことじゃないと二人に言われたので邪魔にならないところで見守った。


  二人は20分かけて、かなり重い木箱を10箱ほど引き揚げた。

  引き揚げの下にいた自衛官が建物の外へ向かった。


「田中さん、こんな重いものを一人で引き揚げようとしてたですか?」


  肩で息をする輝紀は引き揚げた箱を眺めながらそう言った。


「まぁな。吉川と新兵には、戦闘中休まず荷物の引き揚げをさせていたからな。それより、手伝ってくれてありがとう。もう休んでていい」


  田中はそう言って積み上げた箱を運びだした。


(こんだけ引き揚げたのに疲れてないのか?! 最早、凄いを通り過ぎて怖いんだが)


  輝紀は、疲れを見せずに運ぶ田中を見ていた。


  最後の1箱を持った田中が口を開いた。


「伊藤君、俺に何か用があってここに来たんじゃないのか?」


  輝紀は忘れていたことに気づいた。


「あっ、そうだった。田中さん、東南東から来てたレビスをどうしたんですか?」


  田中は振り向かずに応えた。


「片っ端から倒して全滅させた」


「いや、詳しい状況を知りたいんですが」


「大したことじゃない。80匹程度の群れが来ただけだ」


  輝紀は、素っ気なく答える田中に少し苛立ちを覚えた。


「もっと知りたいなら紗良に聞くといい」


  輝紀は、そう言って屋上に向かった田中の背中を見て、なぜか寒気を感じた。









  微風に揺れる木の葉。

  心休まるような緑の田畑。

  横から聞こえてくる銃撃音。


  木々で覆われた丘からレビスの群れが突如、姿を見せた。


「第1群。方位120度、距離600、その数5。550まで3、2、1、0」


  0をカウントした瞬間、隣で伏せている田中の流れるような銃捌(さば)きが始まった。


  発砲、排莢、装填。

  リズミカルに鳴るコッキング音。


  頭を失ったレビスが倒れる前に、別の頭が吹っ飛ぶ。

  ものの十数秒で消滅した最初の群れ。


  田中がリロードする頃には、次の群れに意識が向いていた。


「第2群。方位115度、距離600、その数11。第3群。方位120度、距離600、その数10」


「紗良、スモーを撃て」


  スポッターが使うフィールドスコープから離れ、片膝をついてロケットランチャーのSMAWを構えた。


  心の中でカウントした。


(3、2、1、撃てっ!)


  トリガーを引いた瞬間、襲いかかる衝撃と熱風。

  衝撃に耐えれず、ロケットランチャーを担ぐ肩が後ろにもっていかれた。


  肩に痛みを残したまま、すぐさまフィールドスコープに取り付いた。


  真ん中で火花が散る左側の群れ。


  それを合図に、再び田中の演奏が始まった。

  一瞬で全滅した左側の群れ。


  田中は体勢を変えずに弾倉を変え、演奏を再開した。

  最早、リロードすら演奏の一部と化していた。


  田中が4本目の弾倉を捨てる頃には右側の群れも死体の山となっていた。


  5本目の弾倉を込める田中の視線はすでに新たな群れに向かれていた。


「第4群。方位120度、距離450、その数17。400まで4、3、2、1、0」


  田中の早撃ち演奏が始まったと思ったら、数分も経たぬうちに演奏が終わっていた。


  次の群れが来るまでしばらく時間がかかった。


「第5群。方位115度、距離600、その数8、ただし雑種1を含む。590まで5、4、3、2、1、0」


  田中は雑種以外のレビスを瞬時にあの世に葬った。


「紗良、目標の設定よろしく」


「はいよ。1mmでも外さないでね。もし1発でも外したら長兵衛さんの猫に合わせてね」


  田中にそう言って、フィールドスコープを覗いた。


(う〜ん、爬虫類の肌に甲殻類の頭ねぇ。頭を撃ち抜くには角度が厳しいわね。脚は…多足昆虫ね…キモっ。それにしても、まだ雑種に成りたてみたいで良かった)


  そう思って作戦構想の最後の決め手を田中に聞いた。


「長兵衛さん、残弾は?」


「装填してあるやつも入れて16だ」


「それじゃ、右に見える脚と目を10発使って撃ち抜いて。見えているやつだけでいいから」


  田中は了承の声を出す代わりに雑種の脚と目を次々と撃ち抜いた。


  レビスの被弾した左側を隠すように方向を変えて、こちらに横を見せるレビス。


(チャ〜ンス。やっぱり、首あたりにちょうどいい射角の隙間があるわね)


「長兵衛さん、触覚が生えている甲羅と首を覆っている1枚目の甲羅の隙間に鉛玉をプレゼントしちゃって」


  狙って欲しい箇所にきちっと当てた田中。


(やったかな?)


 と思ったが、淡い希望はすぐに消え失せた。


  絶命せずに、その場でもがくレビス。


(やっぱり、脳みそは甲殻類みたいね。どうしたものね。残弾がいっぱいあれば無理矢理甲羅をはがせるけど、無理よね…)


「………上を向いて口を開けてくれたらいいんだけど…」


  気づかぬうちに声に出ていたようで、田中がスコープを覗いたまま言った。


「口を開けさせればいいんだな」


「え? そんなことできるの?! いくらあなたでも無理よ!」


  そう言っても、田中は無視して演奏を始めた。ただ、残弾が6発の状態で。


  田中の放った鉛玉4発が腹部の一点に着弾した。

  奇声をあげながら体をくねらせるレビス。

  わずかに開く小さな口。


  間髪入れずに残った2発を放つ田中。


(お願い! 貫いて!)


  口をカバーする甲羅に当たる初弾。


(防がれた?!)


  またもや淡い希望を打ち砕かれたように感じた。


  しかし、戦場の女神はこちらに微笑んだ。


  初弾が切り開いた隙間に入り込んだ次弾。

  その直後、暴れていたレビスが急に動きを止め、ゆっくりと横に倒れた。


  驚きで何も言葉が出なかった。


  田中は愛銃のMSRにセーフティロックをかけながら言った。


「クリア」


  涼しい風が吹き、火薬の臭いが薄れる中、田中の"クリア"はまるで掃除をしていたかのように聞こえた。








「・・・っと、まぁ〜こんな感じかな。これでいい?」


  鈴木が輝紀に確認した。


「ありがとうございます。気になっていたことが全てわかりました」


  輝紀はそう言ってお辞儀した。


(雑種を20発以内で、しかもたった一人で倒すって……バケモンだ)


  畏怖の念に駆られる輝紀。


「役に立てたようで良かったわ。けどごめんね、伊藤君。長兵衛さんって仕事で仕方ない場合と狙撃のアドバイスと猫のこと以外ではあまり喋らないし、表情が乏しいから一緒に行動して居心地悪かったでしょ?」


「ね、猫? 狙撃一筋かと思ってたんですが、意外とほっこりする一面もあるんですね」


  意外に感じた輝紀がそう言うと、鈴木が笑いのツボに落ちた。


「でしょ〜? 任務中は、無口にむすっとした顔で淡々と仕事をこなるのに、猫のことになるとデレデレのベロンベロンになっちゃうのよ〜! しかも、硬い表情のままでメロメロになるから、本当に可愛いのよ〜」


  輝紀がクスッと笑う聞きと、急に寒気を感じ恐る恐る後ろを向いた。


  輝紀に背中を見せて座る田中。

  黙ったまま、弾倉に弾を込めているようだ。


  ふと田中の横にある木箱を見ると、蓋にナイフが刺さっていた。


  輝紀は顔を青白くして、ロボットのように首を戻した。


「あら? どうしたの、伊藤君?」


  能天気に聞く鈴木に輝紀は小声で言った。


「あのっ、田中さんが怒っているみたいなんですけど!」


「あ〜それね、大丈夫よ。ストレス溜まったらレビス狩りで発散してくるのよ。っま、たまに違うこともあるけど」


  鈴木がそう言って、不気味な笑みを浮かべた。


「え? あっ、急に用事思い出したんでこれで失礼します。鈴木さん、お話ありがとうございました」


  より恐怖を感じた輝紀は不自然な口調でそう言って、光里たちの元へ逃げた。


「あらら、逃げちゃった。違うことと言っても猫に戯れるだけなんだけどね」


  鈴木が楽しそうに呟いた。


「あまり言うな。面倒になる」


  相変わらず背中を向けたまま田中がそう言った。

「良いじゃない、ギャップがあって。私は長兵衛さんのそういうところに惚れてたの」


  鈴木がそう言って、楽しそうに田中の後ろ姿を眺めた。







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