表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Red Dot   作者: Chris K. Tomato
東京圏
10/11

霞ヶ浦遠征編 Part3

  雲一つもない空に、散りばめられた星々。

  昨夜の豪雨や日中の戦闘が嘘だったかのように静かな大地。


  夏が近づいて日没の時間が遅くなったとはいえ、午後7時を過ぎれば、街灯のない利根川周辺は闇に覆われる。


  だが、よく目を懲らすと、所々に小さく灯る明かりが見えてくる。


  明かりが灯っている場所の1つに輝紀たちがいた。

  どうやら、迷彩服を着た男性がちょうど演説をしているようだ。


「霞ヶ浦遠征はいよいよ大詰めを迎える。日中の襲撃を受けて、我々以外にさらに第11機甲科中隊から10式戦車2両と第139普通科連隊から2個小隊がここの防衛に加わった。弾薬は完全補充し、ジャベリンやM2重機関銃も追加された。戦力が十二分に揃った! 臆するな! たとえ、1万ものレビスが来ようが、返り討て! 今の我々ならそれができる!」


  勢いよく両手をバッと広げてキメる男性。


  訪れる静寂。

  淡い灯りが照らす人々の顔は皆無表情のままその男性を眺めた。


「気が済んだか、新兵?」


  冷めた表情の田中が、カッコつけた柳原に聞いくと、柳原は急に恥ずかしそうにして縮こまった。


「は、はい、一曹」


「それじゃ、俺からは霞ヶ浦遠征の現状を説明する。資材輸送の第1陣と第2陣は問題なく、すでに完了した。残る第3陣は問題が起きている。昼過ぎにここで起きた戦闘で出発が3時間遅れた。万が一、俺らが負けた時、輸送隊の被害を防ぐためだ。従って、本来今夜0時に全てが完了する予定だったが、それがいつになるかは不明になった。予定通りナイトビジョンのスコープを使用するが、借り物だから壊すな。弾薬は俺たちの分だけで2万発ある。どんなに消費が激しくても余裕で一晩は保つから、遠慮なく撃て。誰か質問はあるか?」


  田中が長い説明を終え、質問を待った。


「輸送に使われた船はいつ戻るんですか?」


  輝紀は、任務の質問というより、個人的な疑問を聞いた。


「第1陣は、第3陣が到着した時に戻った。第2陣は第3陣の資材揚陸が終わり次第、作戦に参加した部隊を回収しながら川を下ることになっている。第3陣は霞ヶ浦で破棄する予定だ。他に質問は?」


  田中が淡々と答え、他にも質問がないか待ったが、現れなかったので、交代で夕飯を取らせた。


  光里がロウソクの(ともり)を頼りに保存食をせかせかと食べていると、スプーンを持つ右腕に輝紀の目がとまった。


「光里、右腕を見せろ」


  輝紀はそう言って、光里が隠そうとする右腕を掴んだ。


  薄っすらと残る長い傷跡。

  灯りが十分に明るいところで診ると、その傷跡は肘から手首まで伸びていた。


「おい、この傷はどうしたんだ? いつのものだ?どうして黙ってたんだ?」


  輝紀が責め立てるように問い詰めると、光里が押し黙ってしまった。


  真っ直ぐ見つめる輝紀。

  俯いたまま黙る光里。

  静まり返ったまま時間が過ぎた。


  痺れを切らした輝紀は光里を引き寄せ、服の右脇腹に触れた。

  錆た金属のようにボロボロと落ちる赤黒い粉。


「黒い服だったから血が付いていることに気づかなかったけど、その傷跡とこの血餅(けっぺい)の具合を見る限り重傷ものだな。光里の治癒能力を考えると5時間ぐらい前に負ったんだろう。違うか?」


  重たい空気が流れる中、輝紀が殺気立ったような眼差しでそう言った。

  さらに俯く角度を深める光里。


(しまった、強く聞きすぎた)


 輝紀は自分を落ち着かすように深く呼吸した。


「いくら常人よりも治癒能力がめちゃくちゃ高いといっても、痛みを感じるのは同じだろ? それに、それだけ深い傷だと受けた時のトラウマがあるかもしれない。光里が持つ治癒は外傷を癒せても心の傷を癒せないからな。無理に隠す必要はない、光里」


  輝紀はそう言って優しく抱き寄せた。

  光里が静かに泣くのを感じながら、黙って優しく背中をさすった。


  輝紀は光里が気が済むまでこうしておきたかったが、レビスがそれを許さなかった。


「北北東より飛行型レビスの群れが接近中!」


  悲鳴に近い声で叫ぶ吉川がレビスの接近を知らせた。


「対空戦闘用意ぃ! 紗良、スポッターを務めろ! 笠原、スナイパーライフルを使え! 残りはライフルだ!」


  田中が命令を下すと、廃工場の屋上が一気に騒がしくなった。


  田中、鈴木、英寿の三人以外全員が自衛用のライフルを持ち、各自撃ちやすい場所に着いたが、不思議とM2重機関銃に取り付く人はいなかった。


  ヘリで屋上に取り付けられたM2重機関銃はあまり俯角を取れないことを皆知っていた。


  騒がしい屋上と対照的に、鈴木はフィールドスコープを覗きながら静かに言った。


「飛翔すりレビス捕捉。方位25度、俯角45度から50度、距離1500、その数19」


「高度は1000mといったところか。笠原、自分のタイミングで撃て。残りの者は奴らがここに降り立つ瞬間を狙え!」


  屋上の隅々まで届いた田中の命令。


  場所を変える数人の自衛官。

  輝紀たちと田中のチーム以外にも複数人の自衛官がいた。


  輝紀は場所を変えるついでに優輝の元へ駆け寄った。


「ツッチーさんもスナイパーライフル使わなくていいの? ツッチーさんも狙撃うまいのに」


「輝紀君、対空戦闘の難しさを知らないようだね。この際、教えよう。先ず、目標の動ける次元が違う。地上はほとんど2Dだが、空は3Dだ。次に弾道計算が地上の時よりも難しい。そして、そもそも弾が届かないんだ。対物スナイパーライフルでも有効射程距離がだいたい1.8kmなんだが、空の目標は高度だけでも1kmを超している。それだけ高いと地上付近と上空では風の向きや速さが違ってくる。それに、距離が1kmにもなると、たとえ目標が地上であっても、着弾まで3秒ぐらいかかる。これを聞いてもなお、スーパースナイパーじゃない俺ができると思うかね?」


  笑顔でそう問いかける優輝に、輝紀は顔を横に振って答えた。


「わかったならいい。さぁ〜早くポジションに着きたまえ、輝紀君」


  どこか楽しそうに言う優輝を輝紀は不思議に思ったが、優輝の目線の先を見て納得した。


  屋上に生えるダクトに背を預けながらMSを構える田中。

  片膝を立てて座る状態でTac-50を構える英寿。

  二人はなにか近寄り難い雰囲気を醸し出していた。


(あの二人なら空を飛ぶレビスでも簡単に撃ち落としてくれそうだ。それに、またスーパーショットを見られるのが楽しみだな)


  レビスが接近しているのにも関わらず、輝紀は不思議と心の余裕を感じていた。


「目標降下開始。方位変わらず、俯角60度、距離1200、1100、1000・・・」


  音声ガイドみたいに聞こえる鈴木のカウント。

  カウントする度に、次のカウントまでの間隔が短くなっていった。


「600、500、400」


  "400"と言った瞬間、周囲に響き渡る2つの銃声。


  片翼を失って錐揉み状態で落ちる1匹のレビス。

  姿を保ったまま垂直落下する別のレビス。


(二人ともすげぇ……)


  舌を巻いた輝紀は目線を田中に戻した。

  田中が早撃ちの演奏を奏でていた。


  口に無線を当てながらカウントする鈴木の声が大きなっていた。


「200、100。射撃用意………撃てっ!」


  地上や屋上に降り立つ15匹のレビス。

  それと同時に、無数の閃光で照らされる廃工場。


  一斉射撃で大半のレビスが穴だらけになったが、生き残ったレビスが近くの自衛官を襲った。


  ライフルごと腕をもぎ取られた者。

  外壁に叩きつけられ吐血する者。


  輝紀は夢中になってトリガーを引き続けた。


  激しい銃撃音の中に混じる悲鳴。

  閃光が走る度に照らし出される血痕や肉片。


「くたばれぇぇぇ!」


  目の前のレビスに弾倉丸ごと叩き込む輝紀。


  突如、レビスが奇声をあげながら輝紀の方に向いた。

  赤い目が合う。


  恐怖に支配された輝紀は目を離さずに弾倉を変えようとしたが、うまく装填できず地面に落とした。


(え? ど、どうして?)


  輝紀は思わず下を向くと、自分の状態に気づいた。

  自分の手が異常に震えていたのだ。


(お、落ち着け。胸に手を抑えて深呼吸するんだ)


  輝紀は田中に教わったやり方でどうにか落ち着きを取り戻した。


  素早くリロードし、レビスの頭や首を飛散させた。


  高鳴ったままの心臓。

  輝紀は肩でせわしなく息をしていた。


(なぜ、俺に隙ができていたのに動かなかったんだ?)


  倒れたレビスを無心のまま見ていた。


  すると、輝紀の右脇に何かがかすめた。


  輝紀は恐る恐る脇腹に手を当てた。

  生温かい液体の感触。


  マズルフラッシュで一瞬だけ照らされた。


(赤い……!)


  思い出したかのように激痛が走り、膝をつく輝紀。

  声を発するどころか思考するのも困難なほどの痛み。


  輝紀はライフルを落として、そのまま倒れ伏した。


  段々と小さくなる銃撃音。

  ほとんど見えなくなるフラッシュマズルの作る影。

  自然と辺りが静まり返り、輝紀の視界は真っ暗になった。


(あぁ……もう死ぬのか……)


  輝紀は体から力が抜けた。

  瞼を閉じるように脳が命令したが、最早瞼が閉じているかわからなかった。


(死ぬ前にもう一度光里たちに会いたかったな……)


  唐突に自分の耳が何かに反応した。

  全神経を耳に集中させる輝紀。


(誰かが近づいてくる足音だ。死神か?)


  そう思うやいなや、いきなり顔に眩しい光を当てられた。


「メディック! ここにも負傷者がいるぞ!」


(あれ、まだ死んでない?)


  眩しすぎて片目をわずかに開けると、赤十字の腕章をつけた人が駆け寄ってくるのを見た。


(俺は助かるのか!)


  嬉し涙で曇る視界。


「おい君、大丈夫か? 意識はあるようだな。痛むと思うが、君のためだ。我慢しろ」


  輝紀が混乱していると、赤十字の男がナイフを取り出した。


(な、何をする気だ?!)


  輝紀は抵抗を試みようとしたが、すぐに別の誰かに押さえつけられた。

  なんとか首を動かして、自分の身に何が起きているか確かめた。


  切り裂かれた服。

  何枚もの赤いガーゼを押し当てられている脇腹。

  ガーゼを抑える指の間から流れ出る真っ赤な血。


  輝紀は死の恐怖に襲われ、パニックを引き起こした。


  寒気を感じ、震え始める手足。

  ぼやける視界。


「やばいな、ショック症状が現れ始めた。おい!屋上にも救護ヘリを要請しろ、今すぐに!」


  切羽詰まった表情の衛生兵が大声で怒鳴りながら点滴液を取り出した。


(まだ死にたくねぇ……!)


  輝紀は突然、誰かに左手を握られる感じがした。

  驚いて左を向く輝紀。

  手を握る涙目の光里。


  輝紀は、握られている手から温もりをもらい、次第にパニックが収まっていった。


「ひかり…ぶじで、よかった……」


「死なないで! また一人にさせないで!」


  甲高い声で泣き叫ぶ光里。

  輝紀は激痛で、なんとか意識を保っていた。


「だいじょ、ぶだ…ひかり…まだ…しなねぇ……」


  輝紀はそれだけ言うと、意識が混濁の渦に飲み込まれた。








  不気味な夜空の闇に姿を消すヘリ。

  ヘリが消えていった方向をジッと見る優輝。


「田中一曹、光里ちゃんも一緒に載せちゃって大丈夫だったんですか? またレビスに肉薄されたらひとたまりもないですよ」


  吉川は優輝の背中を横目に、田中に聞いた。


「確かにあの子の戦闘能力は欲しいが、あの状態じゃ逆に足手まといになる」


  田中は弾倉に弾を込めながら、無表情で答えた。


「そうですね。いくら戦闘能力高いといっても所詮幼い女子(おなご)。このまま戦えるような精神力持ってませんしね。それより、被害の状況がわかりました。戦死者(KIA)9、戦傷者(WIA)7。残存兵力45、傭兵も入れると47です。10式は2両とも無事です」


  吉川が田中に報告を済ますと建物の中に消えていった。


「田中さん、鈴木さんと柳原さんは?」


  田中は驚いて、声のした方を向いた。

  そこには、復讐に燃えた目つきをする英寿が立っていた。


「二人ともKIAだ」


「KIAって?」


「戦死だ」


  無表情のまま淡々と答える田中。

  困惑する英寿。


「辛くないんですか?」


「辛いな」


「なら、なぜ感情を出さずにいられるんですか?」


「まだ作戦が継続中だ。悲しみに浸っている暇はない」


  言葉を失って、呆然と立ち竦む英寿。

  田中は首を戻して、話しを続けた。


「戦闘が終われば、感傷に浸る時間なんていくらでもある。大切なのは、今やるべきことを果たすことだ」


  英寿は何も口に出さずにその場を離れた。


  「北東からレビスの群れが接近中!」


  監視についていた自衛官がそう叫ぶと、再び廃工場が騒がしくなった。


  反射的にMSRを構える田中。


(さすがに今回はちと厳しいな)


  田中はそう思いながらも、緑色の世界に浮かび上がるレビスを見やった。


  硝煙や鉄の臭いが消え、自分の鼓動のみが聞こえる世界。

  急速に動きが緩慢になるレビス。


  指の体温で温まったトリガーをゆっくりと絞った。


(今に見てろよ、レビス共。1匹足りとも逃さない)


  そして、田中はトリガーを引いた。













  重い瞼を開けた。


  眩しく感じる真っ白な天井。

  輪郭がぼやけている蛍光灯。


(ここはどこだ? と言っても、絶対病院だよな)


  首だけ動かして辺りを見渡した。


  ベットが右側に3つ、左側に十幾つか並べられていた。


  数ヶ所以外全部のベットに誰かしらいた。

  首を固定された状態で仰向けになってる人。

  目と口だけ出るように包帯でぐるぐる巻きになっている人。

  片腕がない人。

  何も巻いてない人もいた。


  意識が覚醒した輝紀は上半身を起こそうとしたが、右脇腹に激痛が走り、すぐに諦めた。


  そのまま寝転びながら、しばらく病室内を眺めた。


  ギプスで塞がった腕を使わず、片手で本を読む人。

  ただ単に天井を見上げている人。

  何か紙に書いている人。


  病室にいる人々は何かしらやってたが、不思議と病室内は静かだった。

  ふと頭側の壁を見上げた。


  そよ風に揺れるカーテンレース。

  窓の外に青い空が広がっていた。


「目覚めましたか、伊藤さん。具合のほどはどうですか?」


  驚いて声のする方に顔を向けると、真っ白なナース服を着た若い女性がいつの間にか横に立っていた。


「体が怠いです。それと、右の脇腹が痛みます」


「他には異変を感じることはありませんか? 例えば、気を失う直前までの記憶とか」


「特にないです。ヘリに乗せられたところまでは覚えてます。ところで、今日の日付を教えてくれませんか?」


  若い看護師がカルテルみたいな紙に何か書きながら答えた。


「6月19日です。時刻は11時半を回ったところですよ。それでは経過を見ますね」


(え? ヘリで運ばれて2日経ってたの?!)


  心の中で驚く輝紀。


  輝紀の右手首に指をあて、腕時計を見ながら脈を測る若い看護師。

  輝紀はいつの間にかその看護師を眺めていた。


「あら? 私の顔に何か付いてますか?」


「あ! いえ、なんでもないです。ただ、ぼーっとしてて」


  輝紀は頰を赤く染めながら顔を隠した。


「ケガのことなんですが、幸いにも他の臓器は無傷です。それと貫通射創なので早く退院できますよ」


「そうですか、良かった」


  輝紀が安堵すると、若い看護師が微笑みながら言った。


「それでは、担当医を呼びますのでそのままでいてくださいね」


  輝紀は病室から出る若い看護師を目で追った。


  スラッとした後ろ姿。

  たなびくショートヘア。


  輝紀は完全に見惚(みと)れていた。






  しばらくすると、目の下にクマができている白髪頭の男性医師がやってきた。


「伊藤さん、気分はどうですか?」


「さっき看護師にも言ったんですが、体が怠いのと右の脇腹が痛む以外異変を感じてません」


  輝紀は男性医師を観察するように見た。

  白衣を身にまとっているが、その下には屈強な肉体を持っていることを容易に想像できた。


「そうですか。では、伊藤さんのケガについてお話しします。率直に言いますと、かなり幸運に恵まれています。貫通射創ですが、腸と脇腹のお肉を少し失っただけで済んでいます。貫通した弾はおそらく対レビス戦用の弱弾です。もし入射角が少しでも鋭い、もしくは被弾が数cmでもずれていたら、今こうしてお話しすることは叶っていなかったでしょう。全治はおよそ1ヶ月半とみています。1週間後には動けるようになりますが、最初の3日間は絶対安静してください。説明は以上ですが、何かご不明な点がありますか?」


「それじゃ。映画や本のなかでもよく貫通射創で良かったなと聞くんですが、どうして貫通射創はまだマシなんですか?」


  男性医師は顎を触りながら答えた。


「まぁ〜銃弾の種類や被弾箇所によってはむしろ悪い時がありますが、一般論でお話しますね。銃弾が貫通しないということは、銃弾の重心が非常に不安定な状態で入射した、もしくは銃弾の持つ運動エネルギーが全て臓器の破壊に向けられたということです。一方、銃弾が貫通したということは、重心が安定したまま貫通した、もしくはあまり臓器の損傷にエネルギーを使ってないということになります」


  説明聞いても輝紀はざっくりとしかわからず、違う質問でアプローチしてみることにした。


「なら、貫通射創の方が良くない場合って具体的になんですか?」


「拳銃の銃弾で被弾する場合、脳や心臓といった重要器官が貫通する場合が反例になりますね」


  輝紀は、なるほどと合点した。


「他に質問はありませんか?」


「最後に2つ。霞ヶ浦遠征が最後どうなったのかとここがどこなのか教えてください」


「先ず後者からお答えします。ここは横須賀基地に建てられた臨時病院の病棟です。前者は恋人さんから伺ってください。面会に来ていますよ」


「俺に恋人なんていませんよ」


  困惑する輝紀。


  男性医師が聞く耳持たず、にっこり笑って病室から出ると、入れ替わるようにして玲華と光里が入ってきた。


「輝紀兄ぃ〜ちゃ〜ん! 」


  光里が叫ぶように言って、タックルのごとく輝紀の首に飛びついた。


「グヘッ! 光里、病室の中は静かにしろっ」


  輝紀は小声で叱ったが、飛びつく光里を見て、心のどこかに安心を覚える自分がいた。


「輝紀兄ちゃんのバカ、アホ、ドジ、のろま、根暗、眠り魔!」


「いきなりディスりかよ…」


  輝紀はそう言ったが、すすり泣く光里の頭を優しく撫でた。


「良かった、本当に良かったわ。あのまま目覚めなかったら、私たち……」


  横に立ったまま言葉に詰まる玲華。


「姉さん……心配かけさせて、ごめん……」


  首に回した腕をより強く絞める光里。


「ゔっ!ぐ、ぐるぢぃ! じ、じにゅぅ!」


  光里の背中に降伏の合図をする輝紀。

  さらに絞め上げる光里。


  意識がブラックアウトする寸前で、光里の首絞めから解放された。


「俺を殺す気か?」


  輝紀はむせながら言ったが、光里は何も答えずただジッと輝紀を見つめた。目の周りを赤くしたまま。


「後で千華もお見舞いに来るから、ちゃんと謝るのよ。あの子、日曜からろくに寝てないの」


  涙ぐむ玲華がそう言って、ベットの角に座った。


「ちゃんと謝っとくよ、姉さん。ちょっと聞きたいんだけど、霞ヶ浦遠征はどうなったの?」


「輸送と作戦は成功したと聞いてるけど、詳しいことはわからないの」


  輝紀は、そうかと言って天井の方を向いた。


(何か忘れてる気が……あ!)


「そういえば、ツッチーさんと英寿はどうしたの?」


  思い出して玲華に尋ねると、玲華は目の周りが赤いまま微笑んだ。


「二人とも無事よ。けど、ツッチーさんだけ今の姿見たら絶対笑っちゃうわよ。今は店番をやってもらってるけど、後で千華と一緒に来るかもしれないわね。楽しみにしててね」


  輝紀はそう言われたが、いまいち優輝がどんな姿になっているか想像つかなかった。


「あぁ、楽しみにするよ」


「それじゃ、私はこれで帰るね。光里ちゃんをよろしくね。泣かせちゃダメよ?」


「え? もう行くの? まさか、光里を置いて行く気?」


  困惑する輝紀に、意地悪そうに微笑む玲華が何も言わずに病室を出た。


「行っちゃった。光里、一人で帰れるのか?」


「おいどんを子供扱いするでねぇ。おいどんは立派な淑女だ。お行儀の悪いペットはお仕置きじゃっ」


  頰を膨らませた光里が輝紀の右脇腹を突っついた。


「いってぇ〜よ! そこ、突くな! 医者から絶対安静だって言われてんだよ。 つぅか、お前はまだガキだろうが!」


  輝紀は光里の腕を掴もうとしたが、綺麗に避けられた。


「安心するでごわんす。お医者さんからは許可もらってあるでごんす。淑女を泣かせたなら少しだけいいよって言ってたでごわんす」


  そう言って、光里は不気味な笑みで輝紀に飛びかかった。

  輝紀は必死に抵抗しつつも、笑顔が溢れる光里に元気が出た。


  病室にいる人たちはそんな二人のやりとりに笑って見ていた。







  廊下まで聞こる輝紀の声と大勢の笑い声。


(元気が出たようね、二人とも。っさ、急いで店に戻んないと。ツッチーさんがちゃんとレジ打ててるか心配……)


  一人、足音が響き渡る廊下を歩く玲華。

  輝紀たちの声を背にして病棟を出た。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ