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Red Dot   作者: Chris K. Tomato
東京圏
11/11

過去と疑惑

 2056年7月24日(月)


  地面を焦がさんと照らす太陽。


  至る所から聞こえるセミの合唱。


  顔から滝のように吹き出る汗。


  輝紀は炎天下で、黒塗りのスナイパーライフルを伏射で構えていた。


「あぢぃ……」


  輝紀は汗でベタつく服にイライラしながら愚痴った。


「なぁ〜、退院して早々に狙撃訓練ってさすがに嫌なんだが」


「まぁまぁまぁ、そう言わずに。張り切りなよ、輝紀君。スーパースナイパーが直々に狙撃の指導してくれるんだよ?」


  笑顔でなだめる優輝に輝紀は苛立ったように言った。


「なら、後ろにいる三人は何のために来てんだよ」


  同時に後ろを向く輝紀と優輝。


「暇潰しじゃっ!」


「イジりネタの確保」


「みんなでランチ」


  アイスキャンデーを舐める光里。

  こっち見るな変態と言って輝紀に輪ゴムを飛ばす千華。

  美味しそうに麦茶をすする玲華。


「おい、お前らはピクニックしに来てんのか? 俺らは訓練しに来てんだよ」


  パラソルの日陰でくつろぐ三人を見て、輝紀は余計に苛立っていた。


  突然、視界を邪魔するようにカンペが輝紀の目の前に出現した。




『狙撃に集中して』




「ごめんよ、英寿」


  輝紀は、不機嫌顔で見下ろす英寿に謝りながら狙撃に戻った。

  意識をスコープに映る小さな缶に集中させた。


(クッソあちぃ……)


  顔に滴る汗。

  何度となく集中を途切らせるセミの鳴き声。


(集中、集中……)


  輝紀はトリガーを絞り、射撃の機会を待った。


  高鳴る鼓動。

  体にまとわりつくTシャツ。

  呼吸する度に喉や肺を焼く空気。


(今だ……!)


  輝紀がトリガーを引いた瞬間、強い衝撃が彼の右肩を襲った。

  輝紀は的の缶が飛沫をあげて破裂するのを期待した。


(あれ?)


  何秒経っても変化しない缶。


(おかしいな。ちゃんとクロスヘアが交わった瞬間にトリガーを引いたのに)


  戸惑いながら排莢すると、横から英寿の声が聞こえた。


「集中……してない……」


(はぁ? 集中してたじゃんかっ!)


  輝紀は英寿の言葉に驚きと一瞬の怒りを感じたが、英寿は気にせず続けた。


「指……力んでる……軸……ぶれてる……」


(あぁ、それはそうかも)


  納得した輝紀は、一瞬英寿に怒りが湧いたことを恥じた。


「精神力を鍛えるしかなさそうだね」


  輝紀は優輝の言葉に疑問が湧いた。


「忍耐力なら鍛える意味がわかるけど、なんで精神力なの?」


「この前の霞ヶ浦遠征でさ、朝に田中さんと光里と一緒に東の丘でレビスの群れを撃退してたでしょ? あの時他にレビスが来ていなかったったから、屋上から君らの様子を見させてもらったんだ。間近で見てたわけじゃないけど、度胸や冷静さとかがなかったように見えたね」


  輝紀は確かめるようにその時の状況を思い返し、そう言われてみれば確かにそうだったなと思った。


  優輝は思い当たる節があるように軽く頷いた輝紀を見て、話を続けようとした。


「もうお昼の時間だよ〜。サンドがあったまっちゃう前に食べて〜」


  玲華の声で、すでに12時をすぎていたことに気づいた三人。


「んまぁ〜、精神力の鍛錬はお昼を食べ終わった後にするとしようか、輝紀君」


「あぁ、早く行かないと、姉さんのお手製サンドが全部光里に食われちまう」


  輝紀がそう言うや否や、英寿がいつの間にかパラソルの下にいることに輝紀たちは気づいた。


「輝紀君、備品しまって早く行こう! グズグズしてるとパン屑まで残らないぞ!」


  そう言ってスナイパーライフルやフィールドスコープに手をつける優輝。

  優輝がはたと周りを見渡すと、輝紀はすでに玲華たちの方へと走っていた。


「輝紀君の裏切り者めぇぇぇぇぇぇぇぇぇええ! うおおぉぉぉぉぉぉぉぉおお!」


  発狂したように喚く優輝は超人的な速さで輝紀を追いかけた。


「千華お姉ちゃん、英寿! 輝紀たち(レビス)が来よったぞ! 一緒に迎撃するのじゃ!」


「了解っ!」


  輪ゴムを伸ばし輝紀と優輝に照準を合わせる千華と英寿。

  アイスキャンデーの棒を構える光里。


  死に物狂いで迫る優輝。

  走る目的が途中で、優輝からの逃亡に変わった輝紀。


「放てぇ!」


  千華の合図と共に、玲華のお手製サンド(人類の未来)を賭けた戦いが始まった。


「こんな炎天下の中でも、みんな元気ね」


  灼熱地獄の中、お手製サンド争奪戦(死戦)が繰り広げられている傍ら、玲華はアウトドア用の小さな扇風機で涼しみながら麦茶をすすっていた。











 2056年8月4日


  日に日に増していく蒸し暑さ。


  どこでも開催するセミの生ライブ。


  日差しが強く照らす中、輝紀、光里、英寿の三人が緑色に茂る小さな公園にいた。


  公園に建てられた、習志野戦の戦没者を祀る慰霊碑に光里が代表で花束を捧げた。


(もう9年半が経つのか。当時の拓兄って、今の俺とほぼ同い年だったよなぁ)


  輝紀が体験した習志野戦は9年半前に起き、多くの避難民がレビスによって殺戮された場所は今輝紀たちのいる場所である。


  三人で黙祷を捧げた後、光里が聞き辛そうにそわそわしていた。


「どうした、光里?」


「輝紀はん、ここに知り合いの人がおるん? ウチな、玲華お姉ちゃんにも千華お姉ちゃんにも聞いたんやけど、教えてくんないんよ」


  拓也や雪のことを話そうと思った途端、輝紀の頭に9年半前に起きた習志野の光景が鮮明に蘇ってきた。






 2047年2月4日

 千葉県船橋-習志野


  ボロボロの服を身にまとった人混み中、わずかにできる隙間から周囲の光景が見えた。


  瓦礫と化した民家。

  塗装が剥がれ所々弾痕が残るオフィスビル。

  脇にどかされ錆び朽ちた自動車。


  雲の隙間から漏れ出る光がそれらを不気味に照らし出し、肌を刺す冷たい風が砂埃を舞い上げる。


  突然、後ろから地響きと射撃音が響き渡ってきた。


  動揺する少数の人。

  動揺しないで歩き続ける大半の人々。


  俺の手を繋ぐ拓兄もまた歩み続けている。


  数分後、拓兄が急に立ち止まった。


「急に立ち止まってどうしたの、拓兄?」


  拓兄の挙動に気になって声をかけたが、拓兄が反応してくれなかった。

  拓兄の異変を感じたのか、いつの間にか雪姉ちゃんが姉さん(玲華)と千華を連れ戻ってきていた。


「拓也君、どうし・・・」


  拓兄が右手で雪姉ちゃんを制止した。


「少し黙って。何か変んなんだ」


  雪姉ちゃんが困惑した顔であたりを見回したが、特に見つけれなかったようだった。


「何もおかしいことないと思うけど……」


  何かが弾けたかように北東に向く拓兄。

  拓兄に続いて俺も注意深く北東を見た。


  すると、横から無線が入る音がした。

  胸騒ぎして、横にいる自衛隊の分隊に顔を向けると、無線を掴む分隊長らしき自衛官の顔に一筋の汗が流れていた。


  その自衛官が無線を切るといきなり怒鳴った。


「戦闘準備ぃ!!! 北東よりレビスの大群が我々に向かっている! 我が隊はここで陣取り、やつらを迎え討つ! 避難民の皆さんは迅速に予備モノリスへ向かってください!」


(…………………!)


  自衛官の声を合図に、周りの人々が一斉に予備モノリスに向かって走りだした。


「左のモノリスに向かえ!」


  拓兄がそう言うと、雪姉ちゃんを先頭にして海寄りの予備モノリスの方へがむしゃらに走りだした。


  横や後ろから聞こえる悲鳴と怒声。

  荒くなっていく呼吸。

  顔を切り裂くような冷たい風。


  そんな中でも俺も頑張って足を動かした。


「死にたくなければ死ぬまで走れぇ!」


  後ろから檄を飛ばす拓兄の言葉に、少し緊張が和らぐ感じがしたのか、思わず口が開いた。


「死にたくないのに死ぬまでっておかしいだろ!」


  荒く呼吸する千華から少し笑ったような声が聞こえた。


  突如、後ろから激しい銃撃音が鳴り響き、続いてレビスの奇声と人の悲鳴が大音量で聞こえてきた。


  より一層、掻き立てられる恐怖。

  急に横の視界から消えた千華。


  心臓が破裂しそうなほど驚き、反射的に後ろを向いた。

  拓兄が千華の腕を掴んで強引に引き起こしながら走り続けていた。


(よかった、無事で)


  まだ距離があるが、拓兄と千華の後ろを追いかける数十匹の2種が見えてしまった。


  狼と馬を足して2で割ったようなレビス。

  爆発したかのように拍動する心臓。


  拓兄が一瞬だけレビスの群れの方を向くと青ざめた顔で俺たちの方に向かって怒鳴った。


「すぐ後ろにレビスの群れが来てる! 気をつけろ!」


(気をつけろって言われても……!)


  恐怖と戸惑いを感じつつも、拓兄の怒鳴り声に後押しされるように走り出した。


  ノコギリで切られたかのように痛み始める脇腹。

  足枷をつけられたかのように重く感じる腕と足。


(もっと……動け……速くっ!)


  不意に後ろから今までに体験したことのないほど大きい爆発音がして、前へ吹き飛ばされた。


(えっ?)


  一瞬だけ視界の上に映る地面。

  続いて、ほとんど雲に覆われている空。


  背中から地面に叩きつけられ、肺から空気を絞り出された。


「ガハッ!」


  薬物中毒者のように空気を求める肺。

  自分の呼吸すら聞こえないほどの耳鳴り。


(な、な、何が起きたの?)


  混乱したまま仰向けになっていると、拓兄の顔が視界に現れた。


「大丈夫か、輝紀?」


  拓兄に手伝ってもらいながら、なんとか立ち上がった。

  ふと迫っていたレビスの方向を向くと、真っ黒に染まったクレーターとその周辺に散らばる内臓や肉片が見えた。


  耳鳴りが治まってくると、ヘリ独特の爆音が聞こえてきた。

  空を見上げると、白くペイントされたSH-60が低空で飛んでいるのが見えた。


(あのヘリがやってくれたのかな?)


  しばらく、飛んでいるSH-60を眺めていると、そのSH-60から稲妻のような射撃音を伴って、いくつもの閃光が走った。


  それと同時にレビスの奇声が聞こえ、思わずクレーターの方を向くと、ちょうど1匹の狼風レビスが顔や前脚を吹き飛ばされ、胴体をえぐられていた。


(うわっ! まだ生きてるやついたのかよ! さっさとくたばれ、レビスめっ!)


  そう思った瞬間、俺は衝撃を受けて体が硬直した。


  大半の顔面や足先を失い、胴体のあちこちに小さなクレーターまがいができていたレビス。

  身体中から真っ赤な血が吹き出ているにも関わらず、そのレビスは倒れず迫った。


  一瞬にして血の気が引き、呼吸が止まった。

  レビスのしぶとい生命力に対する恐怖で何も考えれなかった。


  突然、そのレビスが何者かに押されたかのように倒れたが、またもう1匹の狼風レビスがクレーターの向こうから現れた。


(頭に何か生えてる……鶏冠?)


  恐怖を通り過ぎて、変に冷静になっていた。


「早く走れ! まだ奴らが追ってくるぞ!」


  拓兄の怒鳴り声で我に返り、姉さんと千華の三人で再び予備モノリスに向かって先に走りだした。


  ボロボロのスコップでえぐられたように痛む脇腹と心臓。

  恐怖と疲労で持ち上がらなくなっていく足。


「あともう少しで予備モノリスに着くぞ! 辛抱しろ!」


  後ろから聞こえる拓兄の声。


(走れっ! 速くっ! もっと速くっ!)


  疲労困憊の状態なのに不思議と足が止まることがなかった。


  突如、鳴り響く爆発音と、それに続く墜落音。


(急げっ! もう少しでモノリスに着くっ!)


  あと僅かな距離まで迫った予備モノリスだが、着くまで何時間にも感じた。


(まだ着かないのかっ! もう着いてくれっ!)


  そう願いながら死力を尽くして走った。


  ようやく目の前まで近づいた予備モノリスの麓。


  三人でスライディングするように駆け込んだ。


(着いたっ! 助かった……)


  お互いに顔を見合わせて、自然と口元を(ほころ)ばせた。


(雪姉ちゃんと拓兄は?)


  胸騒ぎがして元来た方を向くと、レビスから逃げる雪姉ちゃんと拓兄が見えた。


「雪姉ちゃんっ! 拓兄ぃ! 速く逃げてっ!」


  鼓膜を突き破るように叫ぶ千華。


(速く走ってっ! もっと速くっ!)


  何もいい方法が思いつかず、いつの間にか手を振りながらジャンプしていた。


  一瞬だけレビスの方を見る拓兄。

  拓兄がいきなり雪姉ちゃんの手を振り払って、自分の体を180度回転させていた。


(何考えてんだよっ、拓兄ぃ!)


  拓兄が振り向き始めると同時に飛びかかるレビス。


(………………………………………………!)


  拓兄が振り返った瞬間レビスとぶつかった。


  受け身を取らずに後頭部から倒れる拓兄。


  鶏冠を生やした狼レビスが拓兄を無視して雪姉ちゃんに襲いかかった。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


  ここまで聞こえる雪姉ちゃんの悲鳴。

  動く手足で必死に抵抗する雪姉ちゃん。


  レビスはあざ笑うかのように雪姉ちゃんの両腕を食いちぎった。


  傷口から滝のように流れ出る血。

  なおも首を振って抵抗する雪姉ちゃん。


  だが、レビスはお構いなしに雪姉ちゃんの頭にかぶりつき、引きちぎった。


  雪姉ちゃんを中心に広がる泥混じりの血の池。


  感情や思考が崩壊していたのか、何も言葉が湧かなかった。


  目はただ食い入るように動かず、胃は荒れ、ひっきりなしに嘔吐する感覚が襲いかかり、心臓は今にも破裂しそうだった。


  姉さんの泣き声。


  雪姉ちゃんを襲ったレビスは向きを変え、拓兄の方にゆっくりと近づいていった。


「や、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


  思わず拓兄の方へ足を出したが、出した足が痙攣し、倒れ伏した。


「拓兄ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


  倒れたまま、叫ぶしかできなかった。


  狼のレビスが拓兄の頭にかぶりつき、再び泥が混ざった血の池を作り出した。


  千華と姉さんのくぐもったような泣き声だけがしばらく響き渡った。


  すると、拓兄とレビスの周りの土がゆっくり盛り上がり、突然拓兄とレビスが消えた。


  代わりにそこから頭だけを出した蛇のレビス。

  真っ黒い皮膚に気色悪く浮き上がる血管みたいな何条もの赤い筋。

  呼吸しているかのようにゆっくり動くエラっぽい器官。

  一際目立つ、トンボみたいに分かれている赤い目。


  その赤い目と目が合い、恐怖で体が硬直した。

  蛇のレビスは何もせず、静かに土の中へ姿を消した。


  冷たい風が白い砂埃を舞い上げ、大きな穴と雪姉ちゃんの亡骸に降り注いだ。


  空には1機の白いSH-60が飛び回り、視界の奥に立ち昇る黒煙の周りに車両と人の姿が映っていた。


「大丈夫か、君たち?」


  そう聞こえたが、言葉として理解ができず、ただ雪姉ちゃんや大きな穴を眺めていた。


「おい、衛生兵(ドク)っ! この子反応しないぞっ!」


「|心的外傷後ストレス障害《PTSD》かもしれない。速く車に運べっ!」


  そう聞こえた後、何者かに抱きかかえられた感じがした。


  遠ざかる雪姉ちゃんの遺体。


  ここでこの日初めて、一筋の涙を流した。


  心の中には喪失感と虚無感しか残っていなかった。








  激しい動悸。


  縮み上がる胃。


  輝紀は夏のせいかフラッシュ・バックのせいかわからなかったが、びっしょりと汗を流していた。


  鼻で大きく息をしている輝紀を心配する眼差しで見る光里と英寿。


「人の過去には、思い出すだけでも辛いことがある。ましてや、この場に花束を捧げる人の過去ならなおさらだ」


  突然の声に、輝紀たちが驚き振り向くと、東京圏の住人なら誰もが見覚えのある人間が立っていた。


「陣内元首っ?! どうして、東京圏の元首さんが秘書だけ連れて、ここにいるんですか?」


  東京圏元首陣内照史が顎を使って秘書を下がらせた後、輝紀に歩み寄った。


「俺にもこの地で散った知り合いがいるんでね」


  慰霊碑を眺める陣内。


  誰も言葉を発さず、時間が過ぎた。


  そして、重たい空気の中、顔に汗を滴らせる陣内が口を開いた。


「ところで、どうして君たちもわざわざ今日を選んでここに来たのかね?」


「命日に来れなかったんです。民警の資格取得で忙しくて。それにこの半年間も民警の仕事でいろいろあって、今日になっただけです」


  陣内が輝紀に年齢を聞くと、陣内が少し驚いた顔をした。


「ほ〜? かなり若いのにもう民警になっているのか。立派な若者だな。所属はどこなんだい?」


「立川防人民間警備会社です」


  輝紀がそう言った瞬間、陣内の顔が一瞬だけ固まった。


「何か?」


「いや、なんでもない。そう言えば、もう時間だな。俺はもうこれで失礼するね」


  陣内がそう言って足早にその場を去った。


(なんだったんだ? 後で姉さんに聞いとくか)


  輝紀は先のフラッシュ・バックからだいぶ落ち着いていた。


  裾を引っ張られる感じがして横を向くと、光里が暑そうな顔をして訴えた。


「早く行こうよぉ……焼け死ぬぅ……」


「悪りぃ悪りぃ。もう行こっか。ってか英寿、何してんだ。置いてくぞ」


  いつの間にか木に登っていた英寿が飛び降りて輝紀の元へ駆け寄った。


  輝紀が英寿も横に来たことを確認してから、三人一緒に公園を出た。


「帰りにコンビニ寄って、アイス食べるか?」


「賛成っ! ウチはハーゲン!」


「高いのはやめろっ! 普通のを選べ」


  輝紀のケチと言ってあっかんべーをする光里を輝紀は放っておいて、英寿に何食べるか聞いた。


「僕は……チョコ……モナカ……がいい……」


「それでいいの?」


「うん……」


「いや〜、光里にも見習って欲しいよ。淑女は高い物をねだらないってね」


  輝紀が笑ってそう言うと、光里と英寿が驚きの声を出した。

  輝紀は光里たちの反応に少し戸惑った。


「ど、どうした、お前ら?」


「輝紀はん、まさか気づいてないん? 英寿は男子なんよ?」


「ん? そうなんだ」


  納得して少し歩みを進める輝紀。


「って、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええ?!」


  輝紀は衝撃の事実を知って、思わず飛び退いてしまった。


「な、なんだ? もしかして、光里は知ってたのか?!」


「うん。ってか、玲華お姉ちゃんと千華お姉ちゃんも知ってるよ」


  光里と英寿の顔を交互に見る輝紀。

  普通の口調に戻って哀れむように輝紀を見る光里と悲しげな顔をする英寿。


「それに、名前も男子の名前じゃん」


「マジかよ、気づかなかった。てっきり、一人称が"僕"の女子かと思ってた」


  輝紀が英寿に目線を動かすと、俯いた英寿が肩を震わせていた。


「あ〜あ、輝紀はんが英寿を泣かせちゃった。後でツッチーさんに殺されちゃうねっ」


  意地悪そうに笑って輝紀の脇を突く光里。

  その場にしゃがみこむ英寿に、慌てて謝りながら弁解する輝紀。


  輝紀がどうしたらいいかと困り果てていると後ろから聞き覚えのある声がした。


「お前ら、ここで何をしている?」


  輝紀が振り返ると目を見開いた。


  その先にはスキンヘッドで年嵩(としかさ)の男性が立っていた。


(今日はやけに意外な人と会うな)


「久しぶりだな、てるてる坊主」


「まだ生きてたのかよ、ジジィ。ここに何しに来たんだよ」


  年嵩の男性に敵意の眼差しを送る輝紀。

  顔に傷があればヤクザのボスと見間違えそうな顔立ちの男性。


  二人が作る空気に気圧された光里と英寿は少し距離を置いた。


「何しにって、お参りに決まってるだろうが。俺の同僚とお前の義理の姉兄にこの花を添えるのはダメなのか?」


  年嵩の男性は片眉をあげて輝紀を挑発するように聞き返した。


  さすがに、これ以上傍観できないと感じた光里が二人の間に割り込んだ。


「ダメダメっ! 闘争はここじゃなくてモノリスの外でやって! 工場の人たちに迷惑かかっちゃうじゃんっ!」


「おい、なんかと勘違いすんな。これはただの挨拶代わりだ」


  輝紀は一旦年嵩の男性を睨むのをやめると、あっそうなんだと呟いた光里が疑問をぶつけた。


「ところで輝紀はん、この人は誰? どこの組長?」


  輝紀よりも先に年嵩の男性が口を開いた。


「奥平大也だ。儂はヤクザじゃない。こいつと玲華と千華の面倒を見た里親だ。君が光里ちゃんだね? 玲華から話は聞いておるよ。うちのクソ坊主の面倒を見てくれてありがとうね」


  大也がそう言って、笑顔で光里に握手を求めた。

  握手に応じて、大也に質問責めをする光里。


「ねぇ、組長っ! 輝紀はんって昔はどんなやつだったの? あと黒歴史も! それと、いつどこでお姉ちゃんたちと会ったの? お姉ちゃんたちの昔ってどうだったの?」


「ぬはははっ! ヤクザという社会的にやばいことに手を出したことがないが、まぁいいか。光里ちゃん、面白いレディーだね。 てるてる坊主との用事が済んだら、後で組長が何でも教えちゃうぞ〜?」


  やった!と言いながら喜ぶ光里を輝紀は睨んだ。


「てるてる坊主、そんなに眉間にシワ寄せてるとシワシワ坊主になっちまうぞ」


「てめぇがシワシワの坊主だろうが。んで、俺に何の用がある?」


  さっきまで光里にデレデレしていた顔が一気に無表情に変わるのを見た輝紀は少し寒気がした。


「お前たちが石碑の公園を出る前に、陣内の野郎が出てくるのが見えたんだが、あそこで一体何があった?」


(陣内元首を野郎呼びするかよ、普通。ってか、何があったか聞くとか怪しいな)


  輝紀は答える前にわざと間を置いた。一切表情を変えずに。


「ちょっとした世間話以外なんもしてない。ただ、俺が立川防人民間警備会社に所属していることを言ったら、一瞬だけ表情を変えたんだが、何か知らねぇか?」


「知らねぇもなにも、玲華と千華の親父さんがあのクソ野郎の知り合いなんだよ。知らなかったのか、てるてる坊主?」


  輝紀は困惑しながら顔を横に振った。


「なら教えてやる。玲華と千華の親父さん、根本弘樹って言うんだが、習志野戦で二人が知り合ったらしいんだ。親父さんは習志野の医師団で、クソ野郎は習志野方面の指揮官だった。ここからは噂なんだが、避難民の虐殺はあのクソ野郎が引き起こしたらしい」


  輝紀は取り乱して、思わず話を止めた。


「ちょっと、待てっ! 陣内元首が習志野戦の悲惨な虐殺の犯人なのかよっ!」


  大也は輝紀に落ち着くようになだめてから話を再開した。


「あくまでも噂だ。ただ信憑性は高いんだがな。儂にハッキングの能力あれば確かめておったがな」


「空自だったのに機械オンチなのか?」


「パソコンいじりなんぞやったことがないし、空自だからと言って誰もがパソコンできるとは限らん。まぁ、そんなのはどうでもいい。もう少し詳しく言うと、真東からレビスの大群が襲ってきて、クソ野郎が北東の守備隊を引っこ抜いて真東の防衛に充てたんだが、そのせいで北東に穴ができてそこから隠れていた少数のレビスが突破したんだ。親父さんは北東の守備隊を引き抜くのを反対したんだが、クソ野郎に目をつけられて、戦死偽装で殺されたらしい」


  輝紀は言葉を失って立ち竦んでいた。


「玲華には言っておいたんだが、知らされてなかったようだな。寂しいやつだな。民警なんぞ辞めて、お家に帰ってもいいんじゃぞ?」


「誰が辞めるかよ、クソジジィ。寂しいのはてめぇの方だろが。家にゴキブリがいっぱいいんだろ? そいつらと戯れてろ」


「ぬはははっ! そう言えば、お前の部屋でゴキブリを飼っておるから、お前の居場所なんぞなくなっておったわい」


  そう言って笑う大也に、普通にキモいって思う輝紀。


  光里と英寿の方を見ると、二人もまたドン引きしていた。


「それにしてもほんとここはだいぶ変わっちまったな」


  笑い疲れた大也がしんみりと呟いた後、我に返った。


「まぁ〜、よい。それじゃ、儂は公園に行く。光里ちゃん、英寿君、元気でね」


  手を振って去る大也に、光里と英寿はぎごちなく手を振り返した。


  輝紀はしんみりと辺りを見回した。


(本当に変わったよな、ここは)


  瓦礫の山と錆び朽ちた車で埋め尽くされていた9年半前の習志野。


  今は、ほとんどの瓦礫と大半の予備モノリスが撤去され、東京圏に武器兵器や車両を供給する一大工場地帯となっていた。


「置いてくよ、輝紀はん! 早よ来ぃひんと、ハーゲン3つ買わせんよ?」


  輝紀は光里の声で現実に引き戻された。いつの間にか光里と英寿が先に歩き出していた。


「悪りぃ、悪りぃ。今そっち行く」


  輝紀は先に行く光里と英寿の後を急いで追った。


  ばらばらに鳴くセミの声に混じる一定間隔で鳴る機械音。

  炎天下で、習志野の慰霊碑に置いていかれた色取り取りの花束。


  その花束の中にある、黄色く丸い花言葉が平和、幸福(ヨモギギク)だけが散った。









自分の不注意で次話のデータが半分ほど飛んでしまったので、またしばらくお待ちくださいm(_ _)m


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